大彗星? 暗くなる? の見分け方? の続編
上原 貞治
1.前回の要約
銀河鉄道WWW版第67号に「大彗星? 暗くなる? の見分け方?」という拙論を掲載しました(
リンク)。何を書いていたかというと、太陽に近づいてそこそこ明るくなると期待される彗星が、太陽最接近前後まで順調に明るくなるか、それとも増光が頭打ちになったり大減光したり、最悪は分裂したりしてまったくの期待外れに終わるのかを、軌道の離心率を使って事前に見分けようということでした。軌道の離心率というのは、軌道の形を表すパラメータで、楕円なら1未満、放物線はちょうど1、双曲線は1より大きいという変数です。通常は、
eの文字で表します。もし、
e<1の楕円なら、太陽の周りをぐるぐる回っていて、おそらく今回は2回目以降の太陽接近で過去にも太陽に近づいた経験があって生き残っているのだろうから、たぶん消滅や大減光はしないと予想できます。逆に、今回初めて太陽に近づく放物線、双曲線軌道の彗星は実績がないので、どうなるか信用ならないことになります。その仮説を最近出現した彗星で検証するものでした。検証結果は不良好で、離心率が1以上でも、順調に増光する彗星が多く、離心率が0.999前後でも、大減光する彗星がありました。だから、これは決め手にならず、前回の終わりのほうに、次のようなコメントを書いてお茶を濁しました。
1)「彗星が太陽の回りを1回以上回ったとしても、その都度、微妙に軌道が変わって常に同じ離心率の値が維持されるわけではないのかもしれません。」
2)「少なくとも、今回見た範囲では、離心率0.997台以下の彗星で大減光したものはありませんでした。可能性としては、離心率0.997台以下は大減光しない可能性が大きいという芽はまだあるかもしれません。」
今回の続編は、この1)2)の含みに、それなりのポジティブな示唆を与えるものです。
2.中野主一氏の研究
中野主一氏と言えば、彗星軌道の研究者で、シューメーカー・レビー第9彗星の木星衝突を世界で最初に予測した人として有名です。最近は、地球から遠く離れた彗星や小惑星の軌道の研究をされていて、その成果の一部を、毎年、誠文堂新光社の『天文年鑑』に報告しておられます。その最新刊の2025年版の「太陽系外縁天体TNO」に、彗星の軌道変化に関連する記述を見つけました。それによると、私の上の1)2)はどうやら「当たり」のようです。
TNOというのは、普通は、かつて「カイパーベルト天体」と言われた小惑星の一群を指します。冥王星や冥王星より少し外側の空間を回っている天体のことで、通常は小惑星あるいは準惑星に分類されます。中野氏はそれらと長周期彗星との関係、それから、はるか遠くの「オールトの(彗星)雲」との関係を探っています。中野氏の研究によると、『天文年鑑』2025年版262p.の図1(ネット上にも同じ図があります(*))で、彗星の原初(original)軌道について、図の横軸を、軌道長半径a としてその分布を見ると2つのピークがあり、a=50000AU付近のピークがオールトの雲にあたります。また、a=400AUのへんにもピークがあり、これは長周期彗星ということになります。この図は、彗星の原初軌道、つまり、太陽系の内部に近づくずっと以前の遠く離れたところにあった時の軌道ですから、彗星の出発点の位置を表しています。ただし、aは長半径ですから、出発点の遠日点は、そのほぼ2倍の距離にあるとしなければなりません。
(*)外部URL 中野主一氏作成のグラフ(東亜天文学会のサイト): https://www.oaa.gr.jp/~oaacs/image/Fig-2-Axis2025origin_future.bmp
中野氏の結論で大事なことは、オールトの雲から出発して太陽に近づいた彗星は、そのほとんどが太陽系内部で、木星などの大惑星の引力で、軌道が大きく変えられてしまって、未来軌道(future)ではa=400AUのピーク付近に半数が移り、残りの半数はさらにaが大きくなるか、双曲線軌道に移ってしまうということです(双曲線軌道では、e>1なのでaはマイナスの数になりますが、それは次節の式でわかります)。未来軌道にはオールトの雲のピークは無くなり、いずれにしても、オールトの雲からやってきた彗星はオールトの雲には戻らないというのが結論です。ということは、オールトの雲出身の彗星のほとんどは、太陽接近は1回目ということになります。また、a=400AUのピークは、カイパーベルトの領域にあたり、このピークからやってくる彗星は、大昔はオールトの雲にいたのが過去の太陽接近によってここに移ったもので、太陽接近経験者で、これから起こる太陽接近は2回目以降にあたることになります。
では、太陽に近づいてきて地球から観測されるようになったオールトの雲からの彗星が、すでに何回も太陽を巡っている彗星と区別できるでしょうか? というとそれは、ただちには難しいことがわかります。通常、我々が観測に参照している彗星軌道というのは、原初軌道ではなく、太陽最接近時に観測され、計算された軌道だからです。この間にすでに軌道が変化して、もはやオールトの雲に戻らないとすれば、地球近辺で観測されるその軌道は、おそらくもはやオールトの雲を指していないことになります。
3.離心率eへの換算と結論
仮に
a=50000AUの彗星の軌道が
a=400AU に変化するとして、それは離心率
eでは、どのくらい変わることになるでしょうか。 近日点距離を
qとして、
q=(1-
e)
a が成立しますので(以下、軌道パラメータ間の関係の数式は、銀河鉄道WWW版73, 74号の「ホーマン軌道に関する計算
(1)(2)」にある式を参照してください) 、仮に大雑把に、
q=1.0AU としますと、
e=1-1/
a[AU] となります。
a=50000AUなら
e=0.99998 とほとんど1に近いのですが、
a=400AUなら、
e=0.9975となります。この程度の大きさで
eが変わるものなら上の1)は正しそうに見えますし、2)も、過去にオールト雲からカイパーベルトの領域に移ってきた彗星が
a<400AUあたりに残っているとすると、もっともな推定のように見えます。
e=0.997台というのが、カイパーベルトの領域と符合するからです。
従いまして、前回、私の書いた1)と2)は正しい可能性が大きいのではないかと思います。ということで、離心率eは、太陽接近で変わるのですが、そこで、e<0.997の彗星であれば、大減光する可能性は小さいという予想は出来そうです。e>0.997については、両方の出自が混じっているので、何ともいえないことになります。
これで、主眼とした結論とそれにいたる説明は終わりです。以下に、もう少し厳密な計算上の注釈を補足として加えます。疑問やらご興味のある方は下もお付き合いください。
補足1.摂動〜qの安定性
上で、aの変化をeの変化に換算するときに、q=1.0AU は大きくは変化しないという暗黙の仮定を置きました。これは正しいでしょうか。この問題は、簡単ではありませんが、通常言われているティスラン・パラメータTPの安定性を利用すると、間違った仮定ではなさそうです。ティスラン・パラメータは彗星の軌道の分類をするためのパラメータでその表式は、日本語版ウィキペディアの「ティスラン・パラメータ」をご覧下さい。その表式で、aP<<a とし(摂動天体というのは彗星の軌道を変える木星などの大惑星を指します。それは、彗星の軌道長半径に比べるとはるかに太陽系の内側を回っています)、軌道傾斜角iは大きくは変わらないとすると、ティスラン・パラメータの根号内について、a(1-e2)≒2qが成立することから、ティスラン・パラメータの近似的不変性により、qがほとんど変化しないであろうことが導かれます。
補足2.摂動〜eの微分の表式
太陽系内部の惑星による彗星の軌道変化を摂動として考えるとき、議論する軌道パラメータは、その変化率が小さいパラメータを選ばないといけません。aとか1/aとか1-eとかのパラメータは元の値と変化後の値が大きく違ってしまい、摂動の計算での考察には不適です。やはり、eそのものを使うのがよいようです。上で述べたように、eは元の値である約1.0に対して、例えば0.0025くらいしか変わらないからです。 なぜ、この程度の変化量になるのか、微分を使って計算してみましょう。ここでは、大雑把な見積もりととして、ホーマン軌道における近日点でのvの変化がどのようにeの変化をもたらすかを見積もります。
上述の「ホーマン軌道に関する計算(2)」の式(10)から、e=(v2/v02)-1 、これをを微分しますと 次の式が得られます。
de/dv =2v/v02
deをeの微小変化Δeとし、dvをvの微小変化Δvとし、元のeとvの値を、それぞれ近似で、e=1、v2=2v02として、vの変化率との関係で表現すると、
Δe = 4Δv/v
が導かれます。たとえば、vが太陽の0.1%相当の質量を持つ木星によって、0.1%変化したとすると、Δv/v=±0.001ですから、eは、元値の1.0から±0.004くらい変化することになるでしょう。だいだい、eの変化量の桁の話は合っているのではないかと思います。 全体の結論は、3.の終わりに書いたので、これで終わりにします。
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