史上最強の日月食予報−−エクセリグモスの検証
 
                          上原 貞治
 
はじめに
 「史上最強の日月食予報」というのは、多少盛り過ぎかもしれないが、人類史上もっともわかり易くて、その割に役に立つ日食月食の予報方法ということで、「エクセリグモス」を取り上げたい。最も正確な日月食予報ということなら、もちろん現代の天体力学に基づいた国立天文台などのコンピュータに入っている計算プログラムということになるが、それは当たり前のことなので、ここでは歴史のある簡単な予報方法が現在にどのくらい通用するかということを確かめてみたい。
 これは、西中筋天文同好会の発足から「50周年+α」ということとも関係している。エクセリグモスは、似たような感じの日食月食が、単に約「54年1カ月」の周期で起こることを指す。ある程度の正確さを保つためには、「ある日食か月食があったとして、その54年1カ月後にも似たような現象が起こる」と表現するのがいいだろう。つまり、 西中筋天文同好会の発足当時に起こって、当時、少年少女、青年であった我々が観察した日食、月食と似た日食、月食が、それぞれの「54年1カ月」を隔てて、現在から今後の十数年にわたって続々と起こるというのである。
 
エクセリグモスとは
 「エクセリグモス」とは、日食月食の周期性として有名な「サロス周期」から派生したものである。3サロス周期=エクセリグモス である。サロス周期とエクセリグモスの理論については、『銀河鉄道』WWW版第46号の「偉大なる天体の周期 第2回」で詳しく解説したので、詳細はそちらを参照いただきたい。
 サロス周期は、約6585.32日の間隔をおいて、似たような日食月食が起こるということである。これは、かなり正確で有用な周期性であるが、この0.32日のハシタのために、このぶんだけ地球が自転してしまって、日食、月食が見られる場所が、経度で約120°だけ西にずれることになる。これが、この周期性を同一観測地で確認するのに大きな障害になる。しかし、3倍のサロス周期となると、ハシタの3倍が累積して約1日になるので、ほぼ同じ場所で観測できるようになる。この意味で、エクセリグモスの周期を、ぴったり整数の日数と理解し、6585×3+1= 19756日 とするのがよいであろう。19756日は、約54年と1カ月である。さらに正確にいうと、この間に、閏年の2月29日 が13回あれば、54年と33日 となる。2月29日が14回なら54年と32日、12回なら54年と34日である。閏年の回数によって間隔がかわってややこしいように聞こえるが、実際にはそんなことはまったくない。日数で言えば、19756日で決まりである。また、実用上も、閏年の数を数える必要はない。日食は、新月の日にしか起こらないので、カレンダーで新月の日を確認すればよい。ある日食が起こった日の54年+1カ月後あたりの新月の日をカレンダーで見つければよい。月食は、満月の夜にしか起こらず、同様である。
 エクセリグモスは古代ギリシャですで知られていて、日月食予報に使われていたという。もっと以前から知られていたものかもしれない。 これを理論的に見つけたのか、経験的に見つけたのかは興味のあるところだが、理論的には、サロス周期は、朔望月と交点月の「ほぼ最小公倍数」という根拠がはっきりしていて、朔望月と交点月は、何回かの日月食などの天体観測で比較的簡単に正確に求めることができるので、理論的に発見されたことも考えられるし、また単に、60年とか100年以上に渡る同一場所の日月食観測記録が多数あれば、それだけからエクセリグモスを発見することも可能なので、理論と経験の両方の可能性、あるいは、理論と経験の両面の支援でエクセリグモスが発見されたと推定するのが合理的であると思う。
 
現代の日食月食におけるエクセリグモスの検証
図1,3に引用するのは、鈴木敬信著『天体観測ハンドブック』(誠文堂新光社・1970年発行版)の内容のコピーである。私が中学生の時に酷使したのでボロボロである。この本の日本で見られる日食、月食の表から1967〜1989年に見られる日月食の部分をピックアップした。ボロボロで文字が剥がれて消えているところや、また、この表の記載内容自体、不正確なところがあるので手書きで修正したところがある。だいたいは正しいと思う。エクセリグモスの周期性によれば、この期間のデータで、2021〜2043年の日月食が予測できることになる。2021〜2043年のエクセリグモス後に対応する日月食の予報については、図2,4に私がまとめた。ソースは現代の内外の複数のWebサイトから取ったが、詳細はここでは述べない。いずれも、現代の天文学計算によるものである。ここで、エクセリグモスを隔てた日食月食の対応関係をわかりやすくするために、私が背景に色塗りを施した。
 最初に断っておくが、日本付近で見られる日食月食 といっても、多少の曖昧さが残る。本土から遠い離島部でしか見られない現象もあれば、日出、日没、月出、月没頃の短時間、低高度でしか見られない現象もある。食分が浅すぎて、日食、月食だと気づかないような場合もある。これらの一部については観察がかなり困難になることになる。そのような不定性というか曖昧さがあるので、「日本で日月食が見られるか?」という問いの答えがYesかNoかについては、あまり厳密に追求しないでほしい。
 

 
図1:1969年〜1988年に日本で見られた日食(誠文堂新光社 「天体観測ハンドブック」(1970)より。
 

 
図2:上図のエクセリグモス後(2023年〜2042年)の日食の日本での状況
 

 
図3:1967年〜1989年に日本で見られた月食(誠文堂新光社 「天体観測ハンドブック」(1970)より
 

 
図4:上図のエクセリグモス後(2021年〜2043年)の月食の日本での状況
 
日食の検証
 日食のリストの最初は、1969年3月の現象である。これは、私が初めて観察した日食で、福知山市観音寺で、6cm屈折(ミザール・エース型)を同年2月に買ってもらった直後に投影法で見たものである。これのエクセリグモス後の対応する日食は、ごく最近の2023年4月20日の日食で、これは、福知山では見られず、紀伊半島まで南下しないと見られない日食であった。日食の場合は、見られる場所が、南か北に1000kmのオーダーずれるもののようである。続く2つの日食は、日本では北海道でしか見られなかったもので、もちろん福知山では観測できなかったが、これらのエクセリグモス後は、日本ではどこからも見られず、日食帯は北シベリア〜北極海まで北上してしまう。地球の丸みのため、両極付近では日食帯の南北境界の動きは激しくなる。この2つについては、福知山が日食帯の南にあって見られないという状況に変化はない。
 次いで、1978年10月の日食は、9年ぶりに私が見た日食で、私が学生時代に広島で観察した唯一の日食である。下宿の前を通る小学生たちに真っ黒に感光したモノクロフィルムのネガを渡して太陽を見るように教えた記憶がある。1/3くらい欠けた食分だったので、小学生はそれなりに感激してくれた。これのエクセリグモス後は、2032年11月の日食で、これまた似たような条件で、広島でも1/3位欠けて見えるようである。
 次の1981年7月31日の日食は、私が物理関係の学生の合宿で、長野県戸隠高原に出張している時に起こったものである。これは、極東シベリア、サハリン方面で皆既日食になるという日本でもそれなりの食分で見られた日食であった。このエクセリグモス後の日食が、1935年9月2日の日本の本州の中央部で皆既食が見られる日食である。この時は、戸隠高原も皆既帯にはいる。
 1987年9月の金環日食は、沖縄で金環食が見られたものである。そのエクセリグモス後の2041年10月25日には、福知山市を含む京都府全域などで金環食になる。京都府と滋賀県の南部、名古屋市などでは、2012年5月の金環食からの引き続いて21世紀前半2度目の金環食になる。
 図5では、この8組の組み合わせについて、食分の無・微・小・中・大の対応関係の相関をとってみた。正の相関が見られるようである。ということは、エクセリグモスは、日食の食分についても、ある程度の予言性を持っているということである。
 

 
図5:本論の日食の表にある、エクセリグモス「前」「後」の食分の相関
 
月食の検証
 月食は、表3、4のように日食より数が多い。日食と月食が起こる回数を比べると、地球全体としては同程度なのだが、日食が地球上の一部でしか見られないのに対し、月食は月面自体が暗くなるので、月が見えている地球上ではどこでも(地表面の半分以上)見られることがこの大きな違いの理由である。一部だけかいつまんで紹介しよう。
 1968年10月の月食は、中秋の名月で、お月見の最中に月食になるというものであった。私も観察し、写真撮影もした。そのエクセリグモス後の月食が2022年11月の皆既月食で、これは1カ月のずれのため中秋の名月にはならなかったが、やはり宵の早い時間帯の現象で、天王星の食が皆既中に起こったことで記憶に新しい。私にとっては、エクセリグモスを隔てた両方が観察、写真撮影できたことになる。
 1970年2月の月食は、福知山では、雲間から少しだけ欠けた月が見られたことを憶えている。食分の浅い部分月食であった。このエクセリグモス後の2024年3月は、月食にはならない。半影月食になるだけである。1972年1月の月食は、望遠鏡で観察した。夕方まもなく起こり、皆既食の時間は約30分と短めだった。途中で雨が降ってきたにも関わらず月は見えたので、赤道儀にカバーをかぶせながら観察を続行したことを憶えている。このエクセリグモス後の現象は、2026年3月3日に起こる。皆既時間は1時間程度まで伸びるようである。
 1974年11月の皆既月食は、深夜に皆既月食になった現象で、なぜか理由はわからぬが我々が三岳山まで出張り、翌日、麝島先生の不興をかったというものである。このエクセリグモス後は、2029年1月1日早朝の年明け直後に起こる。覚えておいて、初詣のあとに同好会で落ち合って54年前を思い出すというのもよいかもしれない。1978年3月の月食も、我々が観音寺で観測会を行った長大な皆既月食であったが、エクセリグモス後の2032年4月25日の深夜の皆既月食もそれなりの規模のものである。
 以下、省略するが、エクセリグモス前後の最大食分の相関を図示した。半影月食の食分は、負の数として定義できるのだが、データがないので、図では、一律、-0.1 としてプロットした。前回月食で次回半影月食のものはプロットしたが、その逆の前回半影月食で次回月食というのはプロットしていない。非対称で申し訳ないが、エクセリグモスの予言能力の検証ということなので、ここでの過去未来非対称性についてはご容赦願いたい。正の相関は見られるが、2回連続皆既月食の範囲での比較では、けっこう最大食分の変化があるようである。
 

 
図6:本論の月食の表にある、エクセリグモス「前」「後」の食分の相関。 負の値になっている(値は適当)になっているものは、半影月食である。
 
評価
  以上から見て、たいへん、大雑把な言い方ではあるが、エクセリグモスは、日月食に関しては、よい予報を与えるようである。しかしながら、完璧な予測からはほど遠い。まずまず、ということで、感触としては、70点台程度の点数、あるいは打率7〜8割くらいで当たっていると言えるのではないだろうか。点数的にはじゅうぶん合格だし、予報方法の単純さから言えば、多少盛って最強といってよいと思う。


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