偉大なる天体の周期 (第2回)

上原 貞治
 
 
本シリーズ第2回の今回は、サロス周期を取り上げる。サロス周期は、天文学で言われる周期の中で最も名高い周期ということになるだろう。歴史的に見ても精度からみても美的感覚から見ても利用価値から見ても、偉大な中でもっとも偉大なる天体の周期と言えるだろう。ただ、残念ながら、周期の本質や性質の説明は少し難しく、それなりの天文学の知識を要する。
 
サロス周期とは
簡単に言えば、サロス周期とは、ある日食あるいは月食があったときに、その太陽と月の接触状況がわかったとして(月食の場合は、地球の影と月の接触状況だが、地球の影は太陽の180度反対側にできるわけだから、基本的には、太陽の対象点と月の接触状況ということになり、両者の考え方に差はない)、それとほぼ同様の状況の日食あるいは月食が起こるまでの周期のことである。これは、18年と11日である、より正確にいうと
6585.3212日(223朔望月)であり、1周期にうるう年の2月29日が5回はいると18年と10日になってしまう。
 前回紹介したメトン周期は、月齢と太陽暦(具体的には例えばグレゴリオ暦)の暦日が、ほぼ一致する周期で、ちょうど19年のことであった。そして、日月食が起こったときの1メトン周期後は、日付と月齢が一致するだけではなく、高い確率でまた日月食が起こることも説明した。これに対して、サロスは、ちょうど整数の年間隔である条件を外す代わりに、日月食の状況をより正確に再現することを要求した周期のことである。いわばメトン周期が「日付優先」であり、サロス周期は「日月食状況優先」なのである。そして、サロス周期は、メトン周期よりも12朔望月=約354日だけ短い周期になる。
 なお、余談だが、サロス、メトン といえば周期のことに決まっているので、サロス周期、メトン周期などと呼ぶ必要は無く、サロス、メトンだけでよい。むしろ、そう呼ぶほうがカッコいい。「サロス周期」などというのは、外国人観光客向けに「相撲レスリング」、「東大寺テンプル」などというようなものである。しかし、本稿ではわかりやすさを優先して、「サロス周期」と呼ぶことにする。これでサロス周期を理解された読者の方が、その内容を他の方に説明するときには、単に「サロス」と呼ばれることをお勧めする。
 
サロス周期の図解
 では、ちょっと難しい、サロス周期の構造の説明を図解でやってみよう。
 地球から見ると、太陽も月も円形の軌道を描いて天空を回っているように見える。これらは地球から見た見かけ上の軌道であるが、この太陽の軌道を黄道と呼び、月の軌道を白道と呼ぶ。白道と黄道は5度ほど傾いているが、両方とも球面の大円なので、球面の2箇所に交点を持つことになる。実際には、楕円軌道で、角速度も一定ではないのだが、地球から方向だけ見たのでは天体までの距離はわからないので、楕円であることはとりあえずは考えないことにする。それを、模式的に図解すると、次の図のようになる。
 

サロス周期の図解・地球の周りの天球面の黄道と白道の模式図
黄道と白道は2つの同じ大きさのリングが2点で交わり、互いに立体的に少し傾いているイメージ
 
 2つの交差する円が、黄道と白道であり、AとBが、それぞれ、黄道と白道の交点である。交点は、恒星天に対してゆっくりと移動するが、今は、月と地球と太陽の関係しか問題にしないので、交点の移動は考えなくてよい。よって、ここでは、交点を固定して考える。今、太陽が交点Aにあったとする。この太陽が黄道を1周して交点に帰ってくるまでの時間が食年(346.62日ほど)である。いっぽうの月は、交点Aから出発して、27.21日(交点月)でまた同じ交点に戻ってくる。月が太陽より12.7倍ほど回転が速い。
 さて、ある瞬間に太陽も月も正確に点Aにあったとしよう(このときに日食が起こる)。その後346.62日だけ経つと太陽は、またAに帰ってくる。この時に月はどこにいるかというと、すでに月のほうは12周して、13周目の後半である。この間に太陽を11回追い抜いているが、まだ12回目に追いついていない(月が周回遅れの太陽を初めて追い抜くのはその2周目であるから、12周しても11回しか追い抜けない)。よって、月が13周して交点に帰って来たときには、太陽はすでに1周を終えて、少しだけ先に進んでいる。そして12回目に月が太陽に追いつくのは、すなわち12朔望月=約354日後のことである。この時に、太陽は交点からやや進んでいる。それでも、太陽と月は交点に近いので、南北へのずれは少しだけなので、また日食になる可能性が高い。しかし、ここで問題にしているのは、そんな中途半端にずれた状況ではなく、ぴったりと重なる状況なのである。そして、そのぴったりと重なるのが、223朔望月= 6585.3212日であり、これは、242交点月=6585.3575日に非常に近い。つまり、月が242周してA点に戻ってくると、そこにちょうど太陽がいる。これが月が223回目に太陽に追いついた瞬間なのである。これがサロス周期である。この間太陽は19周している。19年がメトン周期であるが、サロス周期は19食年に非常に近い。
 さらに、このサロス周期は、月が楕円軌道であることを考えても、月が近地点を通ってから次に近地点にくる周期(近点月)の整数倍にとても近く、239近点月になっている。つまり、地球から見た、月の距離(すなわち見かけの大きさに関わる)、角速度、朔望月の長短も近い状況にあり、前回の日食(月食でも良い)非常に近い状況の日食が「再現」されるのである。
 
サロスの系列
 上では、太陽と月が点Aでピッタリ重なったパターンから出発した。そして、それから月が太陽に223回目に追いつく時に、両者がまた、A点にピッタリと帰ってくる。しかし、それは、A点に限った周期性ではない。例えば、太陽と月が他の適当な場所で同じ方向に近づいた(月が太陽を追い越した)としよう(新月となるが日食にならなくてもよい)。その後のやはり223回目の月の太陽への追いつきの際も似たような状況となる。つまり、サロス周期は、すべての新月のパターンについて、それぞれに成り立っている周期である。してみれば、1サロス周期の間に起こる223回の新月のそれぞれがサロス周期を持っていることになる。同じサロス周期に属する新月を仮にサロスの系列と呼ぶことすると、新月サロスの系列には223種類のものが存在し、これらを順に1番サロス群、2番サロス群、・・・と呼ぶことにする。1番サロス群の新月が起こり、1朔望月経つと次に第2サロス群の新月が起こり、・・・ 223番サロス群の次は、ちょうど1サロス周期経って、1番サロス群が帰ってくるのである。これは1番から順に223番までの番号札を下げた新月が輪になって並んでいて、順番に我々に出会うというイメージである。
 ただし、すべての新月で日食が起こるわけではない。日食は年に2回くらいしか起こらない。つまり、日食が起こる新月は6つに1つくらいである。現在では、223の新月サロス系列のうち、40系列が日食を起こすことがわかっている。残りの183群は日食の起こらない新月群で、これは、サロス群には違いないが、まあスカのサロス群である。(しかし、サロス周期は完璧に正確な周期ではないので、あとで述べるように、遠い遠い将来には、アタリがスカになり、スカがアタリになる)。実際には、日食が起こる(あるいは歴史上の過去に起こった)系列についてのみを選んで、系列○○(○○は数字)というように番号が付けられて慣用されている。月食も満月について同様のサロス系列が起こり、現在、223の満月サロス系列のうち、月食が起こるのは41系列である。 
 
サロス周期の弱点
 サロス周期の唯一にして最大の弱点は、その周期が地球の自転と同期していないことにある。 6585.3212日という日数で表した周期の小数点以下の端数がいけない。0.32日はほぼ1/3日、すなわち8時間なので、昼間の場所が地球一周の1/3ほどずれてしまうのだ。前回の周期で日本でよく観測できた日月食は、次は、地球が余分に1/3回ってしまって、ヨーロッパにやってくることになる。その次の周期はアメリカ大陸である。
 さいわいにして、3サロス周期経つとほぼもとの場所に帰ってくる。サロスはかなり正確な周期なので、3周期くらい経ってもびくともせずに似たような食を見せてくれる。と、いっても3周期は54年と1カ月くらいになるので多少の変化は否定できず、皆既日食の場合は、多少は南北にずれてしまう。それでも、それほどおおきなずれではない。なお、3サロスのことを「エクセリグモス」(ギリシア語)というらしい。
 
サロス周期の例
 サロス周期はとても顕著な周期性を持っているので、いちいち、例を挙げて日月食の状況を紹介する必要もないくらいである。それでも、例として、まず、日本で夕方に見られた2014年10月8日の皆既月食を取り上げてみよう。これの1サロス前は、1996年9月27日にヨーロッパとアメリカで見られた皆既月食で、これは日本は昼間で見られなかった。そのまた前は、1978年9月16日の皆既月食で、これは日本では明け方の月没の直前に皆既月食になった。私も観察したのでよく憶えている。3サロス前の皆既月食は、1960年9月5日に起こったが、この時は日本では欠け始めだけ見られなかった。私はまだ小さかったので見た記憶はない。3サロスというのは、本当に長い期間なので、一人の人生で役に立つほどの周期性ではない。
 それでは、2012年5月21日の金環日食について調べてみよう。その1サロス前は、1994年5月10日の金環日食で米国北部デトロイトなどで見られた。そのまた1サロス前は、1976年4月29日の金環日食で、北アフリカ、トルコ、中央アジアで見られた。そして、3サロス前は、1958年4月19日で、この時は金環日食が見られたが、金環日食帯は、日本列島本土をわずかに南にそれ、種子島、八丈島などの島々で見られた。3サロス経つと、このように、食が見られる中心帯は、わずかに南または北に移動する。 たとえば、2009年7月22日のトカラ列島、小笠原諸島地方で見られた皆既日食の3サロス前は、1955年6月20日の皆既日食で、この時は、皆既食は日本の領海からは見られず、インドシナ半島かフィリピンあたりで見られた。
 
サロス周期の寿命
 サロス周期はよほどしっかりとした周期で、3周期くらいでは、多少南北にずれるだけで、びくともしないことがおわかりいただけたと思う。では、1つのサロス系列はどのくらいの期間持つのであろうか。日食、月食とも皆既食にこだわらなければ、平均して1300〜1400年くらい持つという。この間、日食、または月食(どちらかいっぽうに決まっているが)70〜80回ほど起こることになる。サロス系列は、北極または南極から始まって、地球を縦断しながら、赤道を通過し、数々の食現象を起こしながら、1400年後に反対側の極から抜けるのである。たとえば、上で挙げた2012年5月の金環日食の系列は、西暦984年に南極から始まった。千年以上が経過して金環食帯が日本本土に上陸した。この後、2282年の北極に抜けるまでこのサロス系列は連続する。まさに、サロスは偉大なる周期の王者と言えることがおわかりいただけたであろう。
 

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