恒星の呼称の標準化に向けて(後編)
 
上原 貞治
 
  前編の続きです。 ここでは、日本語を使う一般の人々が個々の恒星を識別するために、どういう恒星の呼称を採用すればいいかという検討をしています。天文学の専門家のための議論ではありませんので、ご承知置き下さい。
 
3.3等〜9等の恒星
 前編の終わりのほうでは、「3等〜6等程度の恒星」の名称の標準化について考えましたが、6等あたりで名称の標準化規則を変える理由は見当たらないので、3等〜9等まで同じ規則を採用するのがよいと思います。その理由は、5等とか6等とかの恒星を観察しようと思ったら、どうせ望遠鏡や双眼鏡が必要となるからです。望遠鏡や双眼鏡を使えば7等星でも8等星でも楽に見えます。6等と7等のあいだでルールを変える必然性はまったくありません。
 前回は、3等より暗い恒星については、バイエル符号がついていたらそれを用いる、バイエル符号がついていない変光星については、アルゲランダー記号を優先的に用いる、バイエル符号がついておらず変光星でもない星については、フラムスティード番号を優先的に用いる。ただし、星座の所属が変わってしまい、正しい星座にアサインされた名前でない場合はそれを使用しない。という規則を提案しました。
 なお、「アルゲランダー記号」は「アルゲランダー記法」と呼ばれる場合が多いのですが、この「記法」は designationの和訳で、designationには、「記法」と「名称」の両方の意味があり、個々の星にアサインされたものは方法ではなく名称のほうであろうということで、妥協的に「記号」としました。
 
 さて、上記の3種のどの名前も持たない恒星が6等以下にはたくさんあり、これらの大部分はもはやいかなる名前も持っていません。その場合は、「星表のインデックス」というものを使います。星表(star catalogue)というのは、星のリストで、個々の星ごとにその位置と明るさと色の情報、スペクトル型などが記載されているものです。そこには、星の名前は与えられていませんが、見出し番号がついています。これをインデックスあるいは認識符号などと呼びます。星表を選んで、恒星を指定すればそこにはインデックスがついていますので、その恒星が載っている星表を選べばいいことになります。9等までの星を記載した星表はたくさんありますので、これは、星表の選択の問題に帰着します。ここでの私の提案は、おもに肉眼星のみを扱う星表(輝星カタログなど)は対象にしない、ということになります。
 
 
4.星表の選択
 星表には、ある明るさまでの全天の星をすべて網羅するのを目的にしたものと、網羅しなくてもよいので、全天の座標系の助けにするために、位置精度の極限化を目指したものの2種があります。今回の目的に整合性のよいのは前者のほうです。また、後者は、位置観測装置の測定精度が上がれば、古い星表は陳腐化し改訂をしない限り使われなくなるので、その意味でも前者のほうが好都合です。ただし、前者といえども、漏れがないわけではありません。
 ということで、ここで候補にのぼるのはボン掃天星表(BD)とヘンリー・ドレーパー星表(HD)とスミソニアン天文台星表(SAO)です。今後は括弧内の略称を用います。それぞれの歴史について説明するのはくだくだしくなるのでここでは省きますが、いちばん新しいSAO星表でも今や50年以上にわたって使われている、どれも伝統のあるものです。歴史の検証を経たものを使うということで、どれを使っても間違いはないと思いますが、私としては、HD星表を優先し、SAO星表をこれの補助として使うのが良いと思います。BD星表は、長い伝統があるのですが、制作に時間がかけられて拡張版が作られ、複数のバージョンがあってそれらの全体的な範囲がわかりにくいこと、記号に赤緯帯を示す”°”(角度の度))の記号が入り、数列なのに、通常の半角の英数記号だけで表現できないことが難点です。HD星表とSAO星表はどちらも同程度の星数(9等までの約20万個の星)を含む甲乙付けがたい星表で、いずれも、最大6桁の単純な整数の番号でシンプルです。使用期間が長い、すなわちより歴史のあるHD星表を優先し、HD番号がついていない星についてSAO番号を用いることを提案します。SAO星表は、時代の最先端であった時期がやや短く(1970〜80年代頃に限られていた)、定着度にやや不満があるからです。それでも、HD星表だけに絞ると、あとで述べるように、漏れている星について、さらに桁数の多い後者の範疇(位置精度の極限化を目指したほう)の星表を使うことになるので、できるだけそれを避けるという意味で、SAO星表で補うことにします。呼称は、HDのあと、あるいは、SAOのあとに最大6桁の整数が並ぶことになります。5桁以下の時は桁数を減らし頭にゼロは付けません。
 最後に、HD星表にもSAO星表にも記載がなく、これまでのところで呼称が解決しない9等星までの星があったら、現在、より広く使われている星表である、ヒッパルコス・ティコ星表の流れのティコ第2星表を使うのがよいでしょう。なお、ティコ第2星表の呼称は、TYCのあとに整数4桁ハイフン(−)整数4桁となります。正式には、この後にさらに“−1”や“−2”がつくことになるのですが、桁数がさらに増えると見づらくわかりにくいので、一般向けには“−1”の場合は省略する規則にするのが適当と思います。
 
 
5.例と検索方法
 最後に、ここで標準化ということで提案した星の呼称を検索する方法の例と、それによって見つかる実際の呼称の例をご紹介します。複数の星表を横断的に検索するには、天体データベースのクロスリファレンスと呼ばれる機能を使うのですが、ここでは、ストラスブール大学にあるSIMBADと呼ばれるCDS(どちらも天文データベースの機構の名前)のデータベースによる検索を使って(*)、恒星のおおよそ赤道座標位置を与えて、その周辺の恒星を抜き出します。例として、オリオン座の3つ星の真ん中の星の周囲2度の範囲から9等までの星をピックアップしてみましょう。100個くらい星があって、全部の紹介はここでは無理なので、一部の星だけです。ここでは、2重星は気にしないことにします。
 
 オリオンの三つ星のいちばん左の星は、2等星なので、固有名で呼び、アルニタク。
 三つ星の真ん中の星も2等星で、固有名で呼び、アルニラム。
 いちばん右の星も、2等星で、ミンタカ。
 次に明るいのは、アルニタクのすぐ下にある4等星の オリオン座σ星。
ミンタカの下にある5等星は、バイエル符号がなく、フラムスティード番号で、オリオン座31番星。
 あと、アルゲランダー記号がついている6〜7等の変光星として、オリオン座VV星、オリオン座V901星、オリオン座V1197星などがあります。
 変光星でなく、フラムスティード番号もついていない明るい星として、5等星のHD 37756、6等星のHD36780などがあります。アルゲランダー記号のついていない変光星の HD36591 もあります。
HD星表番号のない8等星として、SAO132223 があります。
約8.5等のHD星表番号もSAO星表番号もない、TYC 4767-1407 というのもありました。これは、-1がついていて、TYC4767-1408(=HD 37371)に接近しているものの2重星ではありません。でも、両星が近いので、HDとSAOでは記載されなかったものと推測します。
 
 上記は、一部の例に過ぎませんが、9.5等より明るい大部分の星にはHD番号がついているとしてよさそうです。また、HD番号がついていなくてもSAO番号がついていることはじゅうぶん期待できるようです。
 
(*) http://simbad.u-strasbg.fr/simbad/
 
 
6.まとめ
 最後にまとめをします。私の、日本語での一般向けの恒星名の標準は、
 
 2等星までは、IAUが近年推奨する固有名をカタカナ化したもの
 3〜9等星は、バイエル符号を優先。変光星でアルゲランダー記号がついていたらそれを優先。その他の場合は、フラムスティード番号を優先。ただし、これらにおいて呼称の星座名が実際の所属する星座と合っていない場合は使用しない。
次に、星表番号として、ヘンリー・ドレーパー星表(HD)、スミソニアン天文台星表(SAO)、ティコ第2星表(TYC)をこの優先順で使用。
 
ということです。
 ただし、問題として、日本で多くの人が使っている天文アプリ等に、HD星表やSAO星表のインデックスがついていないかもしれません。そのような事情は調査していませんが、標準化というものはその時々の世の情勢に合わせるものではありませんし、今後何十年も維持してほしい規則です。天文学の普及のためには、伝統あるこれらの星表のインデックスを参照する方針を確保することが有用であることは明白だと思います。ぜひ、普及しているアプリには、両星表のインデックスを参照できる機能を加えていただきたいです。パソコンでウェブサイトで検索すればすむ問題ではありますが、アマチュア天文愛好家の育成と伝承のために、特にお願いしたいと思います。
 


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