恒星の呼称の標準化に向けて(前編)
 
上原 貞治
 
  ここでは、日本語を使う一般の人々が個々の恒星を識別するために、どういう恒星の呼称を採用すればいいかという議論をします。個々の恒星には、歴史的に様々な名称や番号がオーバーラップして付けられていて、けっこう複雑なのですが、「物の名前」ですから呼び方は標準化されているほうがいいだろうということで、私なりの「私案」を考えて提案させていただきたいと思います。
 
0.前提
 学問的には恒星にはどんな名前や符号を付けても自由だし、研究目的にそれぞれの便宜に従った呼称を使っていいことになっています。プロの天文学研究は国際的ですが、ここでは一般の日本人の便宜が優先なので、カタカナで書いて日本語的に発音する「ベテルギウス」などの呼称を推奨しようとしています。これを"Betelgeuse"と書いたら、多くの小学生は読めません。
 また、標準化ですから、1つの恒星について推奨される呼称は1つだけです。同じ恒星に対して、一般向けに2つも3つも異なる呼称を用いてもあまりいいことはないでしょう。2種類の名前を同時に推奨すると、「どう使い分けるのか?」と逆に質問されて、返答に窮するだけだと思います。推奨できる使い分けなどありませんから。
 星にいろいろなニックネームを付けて楽しむのは自由ですが、天文の教育普及や天文を業としようとする人が素人向けに新たな呼称を開発することは好ましくないと考えます。誰の専有物でもない恒星名について、自分勝手な名前をつけて「事業」をするなら、それは素人相手の詐欺まがい商法同然と言われても仕方がないでしょう。だから、ここでは、あくまでも既存の普及している呼称の範囲で標準化を行います。
 最後に、対象とする恒星ですが、口径60mm以下の望遠鏡や双眼鏡で、それなりにはっきり見える「9等級までの恒星」としたいと思います。変光星も含みます。今回は、星団や銀河は扱わないことにします。また、重星には特にこだわらないことにします。
 とにかく現状は、小学生が自分の望遠鏡で楽に見える5〜6等星すら容易に名称を識別理解しづらい状態にあります。これでは天体観測の入門すら困難があるので、なんとかしないといけません。
 
1.2等星までの恒星
 2等星までの恒星というのは、実視等級で2.50等より明るい恒星という意味です。 これらについては、「国際天文連合が選んだ固有名」を用いることを推奨します。 2018年以来、国際天文連合(IAU)が明るい恒星について固有名のリストを公表しています。2.5等までの恒星については、これを用いることを推奨します。
 ここで、IAUのリストは、Webページ1)にあり、1つの恒星について1つの名前しか挙がっていないので大きな問題はありません。しかし、これについて付随するいくつかの無視できない問題があります。
 まず、従来から、1つの恒星に2つ以上の固有名が一般に用いられている場合がありました。IAUのリストは、これらの中からIAUが1つだけを選んだものですから、昔からある呼称が結果的に捨てさせられることになった場合もあります。たとえば、くじら座のしっぽにある2等星(β星)には、「ディフダ」という名前と「デネブカイトス」という名前と2つあって、どちらかというと日本では後者のほうがよく使われていたと思いますが、IAUは「ディフダ」のほうを選んでしまいました。ここは文句はあってもIAUに従うものとします。
 また、IAUは、国際組織ですので、アルファベットでの綴りは載せていますが、それの読みは与えません。"Betelgeuse"を「ベテルギウス」と読み書きするのは、あくまでも日本語の慣用です。ここで今さら英語やアラビア語の発音を強制されるいわれはありません。それでも、「ベテルギウス」であって「ベテルギューズ」ではないとか、そういう一定の申し合わせは、混乱を避けるために国内で必要と思います。「アルクトゥルス」、「アークトゥールス」など数種類のバリエーションに悩まされるのも避けたいものです。ローマ字読みを基本に、1種類だけのカタカナ表記を指定するのが望ましいです。
 
1) https://www.iau.org/public/themes/naming_stars/
 
 
2.3等〜6等程度の恒星
 先ほどのIAUのリストに見るように、3等より暗い星の多くにも固有名がついています。しかし、これらの使用は推奨しません。その理由は、数が多すぎて覚えきれないからです。2等星までの恒星の数は約85個で、覚えるにはこの程度が限界でしょう。3等星まですべてとなりますと270個くらいになってしまいます。また、3等星の多くにはIAUが固有名を与えていません。したがって、3等星より暗い恒星については敢えて固有名を使用しないのがよいと考えます。これによって、一般の人々が、2等より明るい恒星と2等より暗い恒星を区別することができます。もっとも、特別な理由がある時は、3等より暗い星の固有名を使ってもかまわないことにしたいと思います。
 実際、2等星のうち半分くらいの固有名については、すでに時々用いられて天文書などで普及していますが、3等星になると天文ファンでも知らない固有名がほとんどではないかと思います。普及していない恒星名まで天文普及のために頑張ってカタカナ化して覚える意味はないでしょう。また星の固有名を100個以上憶えるだけの意欲と余力のある方には、まず全天88星座を憶えること(日本名、学名、略称、だいたいの方向)を優先されることをお勧めします。そちらのほうが応用が広がるからです。それは、下の通り、3〜6等の多くの恒星名は星座名を冠した名称を使うことが推奨されるからです。
 3等より暗い星については、「バイエル符号」又は「フラムスチード番号」がついている限り、「バイエル符号」→「フラムスチード番号」をこの優先度で標準用いることにします。ここでバイエル符号の歴史や定義を述べるのは面倒ですので、例だけ挙げてお茶を濁させていただきます。多くの場合、ギリシャ文字を使った「ペルセウス座δ星」というような表記になっているのがバイエル符号です。δを読めない人も多いでしょうから「ペルセウス座デルタ星」の表記も可とします。ただし、ギリシア文字のカタカナ化は、ギリシア読み(ξ・クシーなど)と英語読み(π・パイなど)が混在が広く行われて識別に誤解や困難を伴うので、できればギリシア文字のままが好ましいです。略称の場合は、天文学で行われているように「δ Per」とします。また、少数ですが、ラテン文字アルファベットが使われているバイエル符号もあるので(「さそり座G星」のように、必ずしもバイエルの命名によるのではありませんが)、慣行としてよく使われているものに限り使用可とします。また、バイエル符号には、上付添え数字が付いているものもあります。上付きで書きにくい場合は、平らに並べてもよいでしょう(例:オリオン座π3星)。
 バイエル符号がついていない恒星については、変光星についてはアルゲランダー記号(これも必ずしもアルゲランダーが命名したものではありませんが)を採用することにします。これは、外見がバイエル符号に似ていて、バイエル符号と同様の扱いが可能です(例えば「エリダヌス座S星」。アルファベット2文字のもあります)。バイエル符号がついていなくて変光星でもない星については、フラムスティード番号を採用します。フラムスティード番号は星座ごとに割り振られた整数(自然数)で、「わし座31番星」(略称は「31 Aql 」)のように表します。
 いくつかの問題があります。バイエル符号やフラムスティード番号、それからアルゲランダー記号には星座名がついていますが、歴史的経緯によって、現在では所属する星座が変わってしまっているものがあります。これは星座の境界が、命名後に設定されたからです。星座境界線の設定者のデルポルトはこのようなことが出来るだけ起こらないように配慮したのですが、やむをえずこうなってしまった件がいくつかあります。この場合は、「現在の星座の所属」を優先し、バイエル符号、フラムスティード番号等に正しい星座のものが存在しない場合は、その使用をあきらめることにします。たとえば、「やまねこ座41番星」はおおぐま座にありますが、「(おおぐま座にある)『やまねこ座41番星』」などという記述は回避するべきです。
 フラムスティード番号は、南天中高緯度の恒星には付けられていません。従って南天の恒星は、ここまでの時点で北天の恒星より不利な扱いを受けることになりますがこれはやむをえません。また、北天の恒星についても、6等星についてはフラムスティード番号がついているものとついていないものと混在しています。従って、付いている範囲で利用するということで、これまたやむを得ません。
 以上の理由で、バイエル符号、フラムスティード番号、アルゲランダー記号が使えない3〜6等の恒星については、後編に述べる7〜9等の恒星についての規則を用いることにします。というよりは、最終的には、6等を境に規則を変える特段の理由はないので、3〜9等の恒星について、同じ優先順位の規則が要請されるようにしたいと考えます。
 (つづく)


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