有人宇宙船用大型ロケットについて(第4回)
 
上原 貞治
 
6.ロシアの将来計画 
 前回までで、これまで有人宇宙船用大型ロケットはアメリカ合衆国にしか存在しなかったこと、それからアメリカの将来の計画について述べた(今「現役のもの」は存在していない)。それでは、もう一方の宇宙大国のロシアはどうであろうか。
 ロシアと言えばソユーズであるが、それが中型ロケットであることはすでに述べた。有人用大型ロケットとして開発されたのは、プロトンロケットとエネルギアロケットであるが、これらは無人で利用され、有人飛行は予定はされたものの実現前に計画が変更されて、現在、有人用に利用される具体的な計画はない。今、開発が進んでいるのは、アンガラロケットである。
 アンガラロケットは、ロシア国営で最近試験運用が始まった新型ロケットである。現在のところ、アンガラ1.2とアンガラA5型があり、後者は低軌道ペイロード24.5トンの大型ロケットである。当面の利用は物資(貨物)の衛星軌道への打ち上げと見られるが、将来これを転用して有人用に使うこともスケジュールに載っている。また、このロケットはプロトンロケットの後継機としても位置づけられており、プロトンロケットはゆくゆくは廃止されるということである。
 アンガラロケットの1段目はケロシン系液体燃料を利用している。2段目は現在はソユーズ系のロケットを応用しているようであるが、将来有人用に転用するアンガラA5Vでは水素燃料ロケットで置き換えるということである。
 宇宙船も新規開発になる。ロシアの新型宇宙船は、PTK NP と呼ばれていて、これは「Пилотируемый Транспортный Корабль Нового Поколения」(次世代有人輸送船)の略だという。打ち上げ時質量20トン、最大6人乗りという大型の宇宙船で、船室は一つしかないが推進モジュールと自力で着陸する機能を付属している。
 問題は、この重い宇宙船を何に利用するかということであるが、これは特に決まっていないようである。これまでのロシアの戦略に従うならば、汎用性を持たせることによって商業用(様々な宇宙旅行の請負)を含められるよう狙ったものではないかと思われる。2018年から打ち上げる計画であったが、現在、これは遅れていて、2021年の打ち上げを目指しているようである。
 
7.その他の国々の状況
 現在、有人宇宙飛行を行っている国としては、米国、ロシアの他に中国がある。中国の宇宙船「神舟」は長征2F型ロケットによって打ち上げられており、これも中型ロケットである。中国では有人用大型ロケットの開発はすぐに実現しそうな状況ではない。それは次に中国が目指しているのが「月着陸」であるからである。
 すでに書いたように有人用大型ロケットが必要とされるのは、当面は「宇宙旅行用」と「月着陸用」に限定されるが、中国には後者しか存在しない。後者の場合はシステムが複雑になるので、開発に時間がかかりすぐにスケジュールに載せられるものでない。中国は当面は、有人開発は中型で行い、並行して無人による月探査の技術開発を続けることになるだろう。現在、無人探査に使われているのも中型の長征3型であるが、将来的には開発中の大型ロケット長征5型が使われるようになるだろう。大型ロケットによる有人宇宙船の打ち上げはそのあとの段階になる。
 次にヨーロッパであるが、欧州宇宙機関(ESA)に現在具体的な有人計画は存在せず、予算や機関の運営からしてもすぐに有人飛行が実現しそうな状況にはない。
 案外、可能性があるのは日本かも知れない。有人飛行の経験がない、計画もないということでは、実現性はまだまだ低いのであるが、可能性のある筋道だけは定まっている。それは、HTV(こうのとり)の経験があるからである。HTVは大型ロケットH-IIBで打ち上げられ、H-IIB打ち上げ能力はHTV軌道(LEOより2倍くらい高い)で16.5トンとされている。与圧の貨物室を含んでいて、これを有人用に転用するということは誰でも考えることである。つまり、現実に、日本が有人飛行を手っ取り早く行おうとするならば、それは大型ロケットで、ということになるのである。
 さらに追い風として、ISSの後継計画が決まっていないこと、H-IIIロケットの開発ということもある。H-IIIロケットがISSの後継の宇宙ステーションの建設に協力するということになれば(米国がISSの後継基地を建設することになれば、当然、日本にこのような協力を要請してくるだろう)、それに有人運搬機能を持たせるという話が浮上して来るであろう。現時点では、このようなストーリーは想像上のものでしかないが、一気に具体化する可能性を持っている。
 
8.目的はどこに?
 結局のところ、大型ロケットによる有人飛行の問題は目的(動機)の不足ということになる。「一般の宇宙旅行」、「月着陸」といっても、現在の世界的な不況と財政難の状況ではそれほど元気の出る話題ではあるまい。日本のところで触れた「ISS後継の建設」は今後の重要課題であるが、(1)宇宙ステーション自体に利用価値や需要があるのか (2)その建設に大型ロケットで貨物も人間も輸送するのはすでにスペースシャトルで失敗した道である、ということから、だからといってすんなり進む道ではない。特に、月着陸の問題はすべてアメリカが(より低い安全性で)やってしまったことを、それ以上の手間をかけてたどることになってコスト・パフォーマンスが悪いということである。火星飛行と抱き合わせにすると確かに意義は出てくるが、それはいつのことになるかわからない。結局、大型宇宙ロケットの当面の利用は「宇宙旅行」、それも民間人のそれに限られることになるであろう。それには宣伝が重要である。宇宙ロケットも、ボーイングやエアバスの大型旅客機のように、旅の安全性と快適性をアピールする段階になれば、「大船に乗ったゆったりした旅」の実現の日も近くなるのではないか。
 
(連載終わり)
 

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