「ダークマター」とは何か(第3回)
上原 貞治
4.「ダークマター」の実体を探す
(4.1 「グレーゾーン」の物質 → 前回(第2回)掲載済)
今回は、いよいよ、ダークマターの直接的な探索方法について、単刀直入に進みたいと思います。探索の支援となる理論的なことは、次回の第5節で補完することにします。
4.2 ダークマターの直接的探索の原理
ダークマターの本体を捕まえるにはどうしたらよいでしょうか。ダークマターは、正体不明で何でも通り抜けるタイプの透明人間だとしますと、これを捕らえるのは、無理難題というものです。人相書きすら書けません。出来ることとしては、地上で網を張って待つくらいです。透明人間に近いので、できるだけ目の詰まった網、つまり比重の大きめの物質を使うのが有効だろうということになります。それでも、相手が「完全透明」ならダメですが。
網として使える物質は、すべて原子で出来ています。原子の中の原子核か電子に、ダークマターがゴツンとぶち当たって、原子核か電子が動くということを期待するのが、控えめ、かつ正統的なやりかたになります。宇宙開闢以来、ダークマターが今日まで安定して存在しているのならば、それは地球の周辺にも常時たくさんあって、その状況に大きな変化はないだろう、たいていはおとなしく地球の物質を通り抜けているが、たまに原子核や電子を蹴飛ばすこともしているだろう、という期待になります。質量密度でいうと、ダークマターは通常の物質以上にあるのですから、銀河系付近に多少なりとも集まっているならば、星間物質と同じくらいはあってよく、その密度は、1立方センチメートル当たり陽子1個の重さに匹敵すると期待できます。もちろん、ダークマターは陽子ではありません。未知のダークマター粒子が仮に陽子と同じ質量なら、宇宙空間の希薄な水素ガスと同じくらいの数の粒子が地球の周辺にあるだろうということです。
最悪、ダークマター粒子が「完全透明」で「検出絶対不可能」の可能性もあります。そうだとすると、直接的な探索で見つけられる可能性はゼロとなり、探索の動機自体も失われます。しかし、「完全透明」ということ理論的にはありそうにないと言えます。宇宙の初めの時に、ダークマターは、なんらかの作用で通常の物質と同時に作られたと考えるのが合理的です。このことから、ダークマター粒子は、通常の物質と何らかの反応をすることが期待できるのです(詳細は第5節)。
さらに、もう少し捜査の指針がほしいです。そこで言われているのが、WIMPという仮定です。WIMPは、想定されているダークマターの形態の一種で、Weakly Interacting Massive Particle の略です。このWIは、弱く相互作用をするという意味ですが、これは、ダークマターの作用が強いなら、そんな物はとうの昔に見つかっているだろうという考えによります。ダークマターは、電磁気力と強い力に直接関わらない、つまり、電荷、磁力、核力を持たないモノということになります。逆にいうと、弱い力(ニュートリノが持っているのと同種の力)が働くこと、または真空の働きで電磁気力や強い力に間接的に感じることは排除されません。詳細は、素粒子理論の説明になりますので、次節に譲ります。
Massiveは、重い、質量の大きいという意味ですが、これがどのくらいなら重いのかは制限も定義もありません。普通に考えると、陽子よりも重ければMassiveでしょう。でも、これは、絶対要件では無く、ダークマターが軽い粒子のこともありえます。重い粒子だと決めつけて探索すると失敗することもありえますが、重い粒子の探し方と軽い粒子の探し方は違うので、場合分けをしておくのが有効です。
最後のParticleは粒子という意味で、これは、ごくごく小さい粒子であろうという意味です。原子よりもはるかに小さく、原子核よりも小さいだろうということです。大きい粒子の可能性もありますが、透明人間が大きいというのは素粒子論ではかなり不自然なのです。何でも通り抜ける透明人間が、一定のサイズを維持しているのを想定するなら、それには、透明物質は、透明同士では互いに結集して複合体を作れるという追加の仮定が必要になります。こういう余計なことを想定しないなら、透明に近い粒子は、結集せず、単体の粒子として振る舞っているというのが、ダークマターのリーズナブルな仮定です。素粒子は、点状が基本だからです。小さい粒子なら、地上の物質に入ってきた場合、原子核か電子のどちらか一方だけと当たると考えるのが合理的です(図5)。ごく小さい粒子であるという仮定は、エネルギーが局在しているという点で、検出しやすい側にもしにくい側にも働きます。
図5 上段:ダークマター粒子(えんじ色)と原子核の衝突。左が衝突前、右が衝突後。
下段:ダークマター粒子と電子の衝突。
上に述べたように、ダークマター粒子が重いか軽いかというのは、便宜の仮定の分類です。軽めのダークマター粒子を想定する場合は、WISP と呼ばれているらしいです。Sはスリム(Slim)だそうです。以下では、最初に速さの違いを論じ、そのあと質量の違いを考えます。
4.3 衝突の力学
ダークマターが、電子なり原子核なりにゴツンとぶつかって、これを蹴飛ばすとしましょう。その時に何が起こるでしょうか。複雑な反応が起こることも想定されますが、ダークマターがそれほど高速でないとすると、起こることは、単純な「蹴飛ばし現象」に限定される可能性が高くなります。なぜなら、ダークマターは、そもそも安定な物質であり、これまで、宇宙で直接観測されないで生き残っているので、派手な変化は見せないと考えるのが無難だからです。物理学では、単なる「蹴飛ばし」を、「弾性散乱」と呼びます。ここで、粒子は、喩えとして、多少大きさのあるもの、たとえばビー玉やビリヤードの球のようなものをイメージしてもよろしいです。ただ、簡単のために、以下では、1個の玉と1個の玉の衝突(2体散乱)のみを想定してください。図5下段のイメージです。
A + B → A+B
反応式では、上のようになります。Aがダークマター粒子で、左辺で動いています、Bが地上の物質粒子です。Bは左辺では止まっていますが、右辺では蹴飛ばされて動きます。
ダークマター粒子Aは、WIMPでもWISPでもいいですが、銀河系のハローにある程度トラップされていて、独自の加速機構を持たないとすると、その速さは、300km/秒くらいと想定されています。これは、銀河系内の太陽系の(恒星間空間での)速さである240km/秒に近いです。もちろん、個々の粒子によってふらつきがありますので、300km/秒は平均値の目安です。逆にいうと太陽系に引きずられていない限り、これより大幅に遅いことは期待できません。速いほうは、大宇宙のどこかになんらかの加速機構を想定するか、または、ビッグバンのあとにダークマター粒子があまり冷えなかった状態を想定すれば、いくらでも光速に近いものがあっても不思議はありません。ただし、300km/秒より大幅に速いものは銀河系付近にトラップされなくなります。また、速度の予想は、ダークマター粒子の質量にも依存しそうです。
300km/秒は、相当速いように思われるかもしれませんが、宇宙線として考えると低速の部類です。光速の1/1000です。むしろ、流れ星より少し速い程度と考えたほうがいいかもしれません。しし座流星群の速い流れ星は、70km/秒くらいです。ダークマターは、光りはしませんが、原子核や電子を蹴飛ばして、原子核あるいは電子が同程度の速度を得ることはありえます。ダークマター粒子Aは透明なので、こちらは決して見えず、蹴飛ばされた右辺のB(=原子核か電子)だけを観察してダークマターを間接的に捕らえるものとしてください。
一般に、標的が止まっている場合、衝突によるエネルギーの移行がもっとも効率的なのは、ダークマター粒子と的(まと)の粒子が同程度の質量の時です。的の粒子がダークマター粒子よりはるかに重いと、ダークマター粒子は、大きく跳ね返りますが、どうせ観測不可能で、観測可能な的の粒子は、慣性の法則により、たいして動かないことになります。逆に、的の粒子がほうがずっと軽い場合は、的は派手に吹っ飛びますが、エネルギーとしては小さく、ダークマター粒子は蚊にかまれた程度のこともなく、慣性で以前同様に飛んで行きます。どちらにしても、的の粒子は速さは、ダークマター粒子の元の速さの最大2倍までしか速くなりません。また2倍になるのは、的の粒子がダークマター粒子よりかなり軽い場合のことで、この場合は、エネルギーの移行の効率としては悪くなります。いちばん効率のよいのは、ダークマター粒子と的の粒子が同じ質量で、まともにぶつかったときです。その時は、ダークマターが止まって、運動エネルギーの100%が的粒子に移行し、左辺のAの速度が右辺のBの速度になります。
高速の場合、たとえば、ダークマター粒子の速度が300km/秒よりはるかに速く、光速の1%とか光速の10%とかで飛んでいると、検出はより容易になります。衝突で解放されるダークマターのエネルギーが大きいことになるからです。その場合は、より多くの検出器の原子をイオン化したり、原子核の破砕や、電子シャワー、素粒子の生成という現象も期待できますので、通常の宇宙線や素粒子実験の要領で捕らえることが出来ます。
4.4 ダークマター粒子の質量
次にダークマターの質量が重い場合と軽い場合を分けて想定してみましょう。ダークマターの地球付近での密度の予想(1cm3あたり陽子1個の質量に近い)があるので、ダークマター粒子が重ければ比較的数は少ないだろう、軽ければ多めだろうというトレードオフになります。それでも、検出の難易度と効率からいうと、WIMPという重い場合の仮定のほうが有利です。この場合は、標的として原子核が想定されることになります。仮に、物質中で1個の原子核が300km/秒程度で蹴飛ばされますと、それは、じゅうぶんにその原子核を含む原子をイオン化し、また、近くの原子も連鎖的にイオン化していくことができるでしょう。原子核はプラスの電気を帯びているからです。だから、放射線検出器の類いでダークマターは検出可能となります。通常型のダークマター粒子検出器はこの原理を使っています。(図5上段)
原子核ではなく、原子中の電子に当る場合もあるでしょう(図5下段)。電子に当たった場合は、秒速300km/秒程度の電子は、運動エネルギーが小さすぎで、自分1個が電離するか出来ないかというギリギリのところで、連鎖的なイオン化での観測は難しそうです。流星なら、周辺の大気の塊の温度を上げて多数の原子がイオン化するところですが、ダークマターでは反応が弱く多分子の高温化は無理です。せいぜい1個の電子を動かすくらいです。半導体や導体を用いて、低速の電子の流れでも検出できるような電子デバイスを使うことになります。
ダークマター粒子がWISPで、電子くらい軽いとすると、原子核との衝突では、原子核がほとんど動かず、検出の期待ができなくなるので、電子との衝突が優先的に考えられることになります。軽い分だけ、数は多いだろうと期待できるのが、せめてもの救いです。電子の動きを捕らえるためには、単に半導体や導体の検出器を使うだけではなく、アンテナのような形状の検出器を使って、複数のダークマター粒子を集めようというアイデアもあるようです。もちろん、こういう方法が利くためには、電子がある程度ダークマター粒子に感じることが必要です。ところが、ここで期待するのは通常の電磁気力の強さよりはるかに弱い未知の力です。だから、いくら電子デバイスの感度が上がって、少数の電荷が識別可能な技術を使っても、ダークマター自体は電気的に中性なので検出できる保証はありません。ダークマター粒子がかなり軽い場合は、宇宙初期の生成のメカニズムによっては、比較的高速である(光速度に近い)可能性も期待できるかもしれません。
4.5 ダークマター粒子の検出の困難さ
以上、ダークマター粒子の検出において、速度も重さ(質量)も予想し難いが、とにかく原子核か電子を蹴飛ばしてくれることを期待することを述べました。
ここから、多少の私見と主観を交えます。第1回で、私は、ダークマターは存在するものなら比較的早期に見つかるだろうと思っていた理由は、ダークマター粒子は、(1)けっこう重いWIMPで、しかも相当の高速で飛んでいて、弱い相互作用で派手な反応すると期待できるだろう、仮にWISPでも、(2)軽い粒子なら加速器実験で生成されて、その性質が精密にわかるだろう、と思っていたことです。(1)or(2)が成立している可能性が高いと思っていたのです。今から思えば、この考えは甘かったのでした。
いまだに見つからないことから考えると、(1)は、WIMPだとしても粒子の速さは遅く、おそらく300km/秒程度で、かつ、この場合は、原子核にゴツンと当たるかどうかは本当のところも不確かなのではないでしょうか。ダークマター粒子の性質によっては、原子核全体に影響は及ぼす効果は少なくて、原子核の内部の隙間を通り抜けて行くのが主流なのかもしれません。その場合でも、原子核内の陽子または中性子の内部にあるクォークにゴツンとぶつかる可能性はあるのですが(図6)、ダークマター粒子の速度が遅いと、クォーク単体の質量は軽いので、クォークが受け取るエネルギーは些少で大したことは何も起こらず、原子核全体が壊れることもなく、それどころか原子核全体が大きく動くことすらないのかもしれません。こういう場合は、ダークマター粒子は、結果として、原子核に対して何も作用せずに通り抜けることが多いというのが、量子力学の理論(有効場理論)が通常教えるところなのです。これについては、スピン相互作用の理論が重要な観点なので、ダークマター粒子とクォークのスピンに依存する反応の理論によって変わってきます。
図6:ダークマター粒子が原子核中のクォークの1個だけと反応する場合。ここで、原子核中の円形(球体)は、陽子と中性子を表し、それぞれが内部にクォークを3つずつ含んでいる。
(2)についても、加速器実験の探索で軽いWISP粒子がなかなか見つからない現状を見ると、ダークマター粒子は軽いとしても、通常の粒子から生成される確率がかなり低いのかもしれません。それは、我々の知っている粒子とダークマター粒子の間には、なんらかの作用があったとしても、その強さは未知であり、極端に低い場合も排除されない、ということに関係します。そういうことがわかってきたということで、私の予想のハズレは説明できそうに思います。
しかし、まだあきらめることはありません。なかなか見つからないということは、そこに素粒子理論を援用すれば、捜索範囲を絞っていけるということに繋がります。次回は、素粒子理論から、どんなダークマター粒子が予想されるのか、考えたいと思います。
(つづく)
今号表紙に戻る