編集後記
発刊部 上原 貞治
この12月18日に、久しぶりに日本のロケットの打ち上げの実況中継を見た。和歌山県串本町から打ち上げられた「カイロス2号機」というものだった。順調に上昇していったように見えたが、1〜2分後にかなりの上空で固体ロケット燃料の排気の煙がくるくるとループを描いている。「あれっ、これはおかしい、・・・失敗だな」と思ってみていると、数時間後、1段目のノズルの不具合で軌道がそれ、2段目に停止措置が施されて「失敗」に終わったという発表があった。ロケット会社の社長は失敗という言葉は使わないそうだが、失敗である。スポーツの勝ち負けで言えば、敗者が負けを認めなくても審判の判定で負けということである。
私が固体ロケット打ち上げの失敗の実況中継を見たのは久しぶりで、おそらく1970年のミューロケット以来ではないかと思う。でも、実は最近、日本の固体ロケットはけっこう失敗が続いている。カイロスは人工衛星を軌道に乗せることを目的とした民間の固体ロケットであるが、これで初号機、2号機と連続で失敗したことになる。国のプロジェクトのほうの固体燃料ロケットは、ミューロケットの後継であるイプシロンロケットというものだが、これは、新型のイプシロンSが地上燃焼試験の段階で、これは失敗でないが2回爆発事故を起こしている。これで、イプシロンS初号機の打ち上げは、2025年度以降にずれこむことになった。従来型のイプシロンロケットはすでに完成して実績を積んでいるが、それでももっとも最近の2022年に打ち上げ失敗していて、すでに、イプシロンロケットの衛星打ち上げは3年間停止していることになる。
このような状況では、日本の固体ロケットの伝統と「ものつくり技術」の現状に疑問符がつくのは当然であろう。しかし、これでただちに日本の技術力が落ちたとまではいいきれまい。新型のロケットの開発は、たとえ固体燃料であっても、難しいものなのである。失敗を積み重ねて手探りで進めていくほかはない。どうしても成功したければ、それだけの人力と資力を投入するべきであるが、今は安いコストで短時間で打ち上げるというのが固体ロケット開発の目標になっているので、カネや手間をかけたのでは意味がないのである。初めから「安かろう」の材料調達でのロケット開発なので、失敗してもそれほど批判をするには当たらない。失敗も開発のうちと思うしかない。
ただ、コストを下げ、人力を省くのは、昔と今とは意味合いがかわっているのではないか。50年前のラムダロケット、ミューロケットの時代も人力資力とも限られていた。しかし、当時は、開発研究者の「手作り品」ということで1つ1つ改良されていった。値段は安くとも、実は研究者やメーカーの人のボランティア的な手間がかかっていたのである。今はそれとは違い、早期に商業ベースに載せることが目標に入っているので、その都度手間をかけるのは論外で、何とか出来合の部品をうまい組み合わせを見つけてマニュアル化し、あとはソフトの工夫でどんな場合も成功に持って行きたいという戦略であろう。このような戦略をとったときは、いかに日本の技術陣が優秀でも(新たな意味での)失敗は避けられないのではないかと思う。そして、開発者はどうやれば成功に導けるかということの見通しが描きづらくなっているるのではないかと思う。私は、ロケット開発の現場のことは知らないが、外国から出来合の技術が導入できるのであればいざ知らず、この方式の戦略で国内で進めていくのは、経験と勘と職人技で改良を進める日本人技術者にとっては不利な状況ではないかと思う。それでも、勤勉な日本人のことだから、いずれはうまくいくと期待するが、できる頃には、国際競争力の点でどうなるのか。いつの時代になっても、固体ロケットに無限の需要があればいいのだが、そういうことも考えてベンチャーをやらないといけなくなった。50年前と同じで良いことと良くないことの区別はなかなか難しい。
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