「ダークマター」とは何か(第1回)
上原 貞治
 
 「ダークマター」について、いささか私見のはいった解説を数回の連載で書いてみたいと思います。私見ということで、私の偏見や経験や感想も入れたいと思います。ただ、偏見といっても科学的な評論ということをキープし、主観的な感想とは区別して読んでいただけるよう努力します。私は、ダークマターの専門家ではないので、一般的な説明はその筋の参考書を見ていただくほうが良いと思いますが、こういう見方もありうるということで参考にしていただければありがたいです。
 
1.ダークマターとは何か
 まず、一般的な意味合いで、「ダークマターとは何か」という問いの意味を考えておきます。この疑問文には二つの意味があります。1つは「ダークマターの定義は何か」ということで、もう1つは「ダークマターの正体(実体)は何か」ということです。この二つの意味は、まったく別々です。1つめの問いの答えはわかっていますが、2つめの問いの答えはまったくわかっていません。正体と実体は微妙に意味が違いますが(実体を捕らえても正体がわからないことがありえますので)、今のところ正体も実体もわかっていません。ここでは、まず、わかっている「定義」を先に簡単に片付け、わかっていないほうは、後からねじくることにします。
 「ダークマターの定義は何か」の問いに関しては、天文学観測にあると思っていいと思います。もともとは、望遠鏡などで観測される銀河の回転(光のドップラー効果や渦巻きの形状など)から、銀河に目に見えない質量が隠れていることが提唱されました。ですから、これは、現時点のリアルな天体観測で見つけられているモノです。理論物理学とか宇宙論の起源から言われているものではないというのが本質です。ここで「モノ」と書いたのは、ダークマターが「質量を持つ物質」ということです。単に、効果とか力とかエネルギーとかいう捉えどころのないものではなく、物質だということです。一般相対性理論によると宇宙の時空で働く重力には様々な効果があるのですが、とにかくダークマターはモノの質量の影響で万有引力源として機能している部分ということになります。重力のそれ以外の部分は、「ダークエネルギー」と呼ばれて別に扱われています。ここでは、ダークエネルギーとダークマターは別ものと考えて、ダークエネルギーの議論はしないことにします。ダークエネルギーは、重力の効果であるかどうかすらわかっていません。
 といっても、ダークマターとしても、直接観測もできず、正体もわかっていないので、本当に、ダークマターが質量として存在するモノかどうかは確証はありません。あくまでも、見える星などの動きから、ダークマターによる重力の影響を間接的に観測し計算で求めたものに過ぎません。だから、謙虚に言うと、「あたかもそこにモノがあるように見える」というのがダークマターの定義だと言っていいと思います。最近は、銀河内にあるだけではなく、銀河やその場所によってダークマターの密度が違うこと、衝突する二つの銀河において、光っている星とダークマターで移動速度が違うことも、観測から確認されているそうです。これも、本当にダークマターが質量を持ったモノとして運動しているかどうかの確証にはならないのでしょうが、そのようなモノがあるかのように見えるということでよろしいのでしょう。あるかのように見えるモノがダークマターなのです。
 それで、ダークマターの正体がわかった時点で初めて、それは確かに「質量を持ったモノ」であることが確認できることになります。すでに書いたようにダークマターの正体はまったくわかっていませんが、「ダークマターの正体がわかる」というのはどういうことかというのは、次回4節以降で説明します。
 
2.私の思い出
 ここで、本題に入る前に、私の経験と、経験による感想に触れることをお許しください。私は、ダークマターは、現代の天文学、宇宙論、物理学にわたる分野の最大の問題となっているテーマだと思います。そして、物質界では、ダントツに最重要のテーマだと思います。ダークマターの正体によっては、我々の物質界の法則が1段階も2段階も深く解明されるかもしれないからです。でも、そこは私の責任の取れる範囲ではないのでおいといて、私個人の経験について書きます。
 私は、かつて、「ダークマター」「ヒッグス粒子」「重力波」がこの分野で最高に重要な3つだと思っていました。そして、後の2つはすでに直接そのものが観測されてしまいましたので、「ダークマター」だけが残る1つということになりました。
 この中で、私がその説を知ったのはダークマターがいちばん遅かったです。いちばん始めに知ったのは、「重力波」でした。確か、高校生の時、1973年頃にブルーバックスで読んだのだと思います。当時は、ウェーバーという人の「重力アンテナ」実験で、それらしき信号が観測されているが確かではないということが言われていました。この観測はその後決め手がなく、今では誤認ということになっているようです。 ウェーバーの観測から50年近く経った2015年、より大型の装置によって、重力波は確かに検出されました。重力波は、時空間そのものが歪むということが実証されたという意味で重要です。
 私が次に知ったのは、「ヒッグス粒子」でした。これは、確か大学4年生の時、物理の素粒子論研究室の先生に「ワインバーグ・サラム理論(電弱統一理論)」というのを初めて教えてもらい、自分で素粒子の本を読んで、ヒッグス粒子という仮説上の素粒子があることを知りました。それは、電磁気力を伝える光子のほかに、弱い力を伝えるW粒子、Z粒子というこれも当時の仮説上の粒子があり、W粒子とZ粒子は真空中のヒッグス粒子の働きで質量を持っていると想定され、そしてヒッグス粒子も高いエネルギーを真空に集中させれば質量を持つ粒子として実体を表す、という仮定に仮定を重ねた理論でした。その後、すぐに、W粒子とZ粒子は1983年に発見されましたが、ヒッグス粒子はながらく発見されませんでした。そしてやっと2011年に素粒子実験により発見されました。W粒子やZ粒子を発見したのと似たような手法で発見されました。ヒッグス粒子は、真空が素粒子の効果により、物質の基本となる粒子に質量という形態のエネルギーを蓄積させる役割を果たす、ということで重要です。
 私が「ダークマター」を知ったのは、W粒子やZ粒子の発見を学んでいた1983年頃だったと思います。当時、私は素粒子物理学を実験と理論の両面から学んでいたのですが、「第5の力」というのに興味を持っていました。これは、電磁気力、強い力、弱い力、重力の知られている4つの力に続く未発見の5つめの力という意味ですが、それは重力に似た性質があると予想されたので、「第2の重力」と呼んでもよかったと思います。それで、この第5の力の存在に関係して天体間の力の働きについて調べて、銀河の回転と質量分布に関係する話題を発表した際に、聞いていた先生から「銀河の見えない質量」という話を聞きました。「第2の重力」があるのではなく「見えない質量」があると考えろというわけです。当時は、単に「見えない質量」ということで、「ダークマター」とは呼ばれていませんでした。当時は、光っていないから見えないだけの通常の物質からかもしれなかったので、「見えない質量」だったのでしょう。自分で光らない、光が当たらないと見えないというのは、月でも地球でも石でも机でも人間でもその辺にあるたいていのモノはそうですから、それをことさらに 「ダークマター」と呼ぶことはありません。「ダークマター」という呼称が広まったのは、もっとあとの1990年代のことだったと思います。そして、ダークマターの研究はその後進み、「ダークマター」の定義として、単に見えないだけでなく未知の物質ということになりましたが(それについては次回第3節)、現在のところ、直接の観測はされていません。実体も正体もわかっていないのです。
 これらの3つの実体の発見という意味で、私は、その発見順をなんとなく予想していました。ダークマターは何らかの素粒子、しかも宇宙にふんだんにある素粒子だろうから、宇宙線観測か加速器実験で、比較的早期に発見されるだろう、いちばん早く発見されるだろうと思っていました。いっぽう、ヒッグス粒子はあるものなら、ダークマターの次くらいに発見されるだろうが、それは仮説上のもので実際は存在しないかも知れないと思っていました。また、重力波は、間違いなく存在するものの、検出される信号が弱いので、地球にじゅうぶん強力に届くという幸運の保証はなく、何十年探しても信号は検出できないのではないかと思っていました。私のこの予想はことごとく外れまして、ヒッグス粒子と重力波が2010年代に検出されて、ダークマターだけが残ったのです。
 この節の最後に、ちょっと余分のコメントを加えておきます。ヒッグス粒子については、確かにその実体は検出されました。また、その効果(素粒子に質量を与える)ということも確認されました。しかし、その本当の正体というか、その起源はまだわかっていません。なぜヒッグス粒子が存在しないといけないのか、他の素粒子の起源とどういう関係にあるのか、ということはわかっていません。ヒッグス粒子の正体は、素粒子や時空そのものと繋がっていて、重力やダークエネルギーとの関係が隠れているのかもしれません。
 
 次回は、ダークマターについて、今わかっていることと、その正体へのアプローチの方法について書きたいと思います。    (つづく)

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