天文ガイド・購読半世紀の思い出②

田中邦明  

 この記事は、天文ガイド1972年1月号から半世紀にわたって定期購読を続け、その思い出を、主に、天文ガイドの表紙と広告からたどるものです。  今回は、前回からの続編になります。
 続編の最初は、阪神淡路大震災の半年前、1994年7月17日に木星面に突っ込んだシューメーカーレビーです。世界中に大きなインパクトを与え、話題になりました。
 この衝突を予告していたのは中野主一氏でしたが、大学の先生方の中には否定される方も複数いらっしゃって、結果的に予告通りになった後、中野氏の計算の正しさが証明されたようで、アマチュアの多くの方が勇気をもらったような気がしたのではないでしょうか。
 

天文ガイド1994年10月号表紙

 


 次は、百武彗星です。20世紀において最も美しいと評判の高かったベネット彗星の記憶は、私にはありませんが、この百武彗星も美しい彗星でした。
 二男と報恩寺まで出かけて見た記憶があります。その幼かった二男も今年31歳。年月が過ぎるのは早いものです。
 

天文ガイド1996年7月号表紙


 


    激動の20世紀も、ぼちぼち終わりが近づいていました。
  アンゴルモアの大王が出現することなく、21世紀へ向け、失われた30年の中で蠢いていた頃に、獅子座流星群の情報が流れ始めます。
  印象的だったアッシャー博士が表紙を飾り、その自信に満ちた出現予想に、今までにない煌めきを感じたものです。レオニズ2001です。
  面白いのは、2002年1月号の表紙に「祝!大出現」と表現されているところです。

 天文ガイド2000年3月号表紙  天文ガイド2001年12月号表紙  天文ガイド2002年1月号表紙


 

    一昨年(2022年)年末、藤井旭氏が逝去されました。私たちの世代の天文ファンには、天体写真を身近い感じさせてくれた兄貴分だったような気がします。
  宮本正太郎先生や佐藤文隆先生のような専門性の高い師と仰ぐタイプではなく、どことなくユル~いソフトな感じで気楽にやればいいんですよ。と教えてもらった気がします。
  そんな藤井旭氏のインタビュー記事が天文ガイド創刊40年を記念して2005年7月号に掲載されました。

天文ガイド創刊40年記念藤井旭氏インタービュー① 天文ガイド創刊40年記念藤井旭氏インタービュー② 天文ガイド創刊40年記念藤井旭氏インタービュー③ 天文ガイド創刊40年記念藤井旭氏インタービュー④


 

  2005年後半。天文ガイドにおけるフィルム写真からデジタル信号への曲がり角だったような気がします。
  次の画像は、2006年1月号の目次です。地味に連載が始まった「デジタル一眼レフと出かけよう 西条義弘」を見ることができます。
  この西条氏の連載は、画像処理、動画データの活用とテーマを変え、昨今のデジタルフォトの広報活動のような記事だったと思います。
  その3部作の3つめの連載開始に関わって、面白い表現がありました。表紙と目次で違う表現になっています。
  表紙「WEBCAM ASTROPHOTO 超入門・動画撮影と復元処理で目指す高解像拡大写真」
  目次「動画からめざす高解像静止画像」
  じつに面白い違いでした。約5年間でフィルムは、ほぼ消えることとなりました。

天文ガイド2006年1月号目次 天文ガイド2010年11月号表紙 天文ガイド2010年11月号目次


 

 最後は、天文ガイド2008年11月号の表紙です。
 この頃、干支が一周する頃にはリタイアして、星見三昧の日常を送りたいと考えることが多くなっていました。
 そのイメージが天文ガイドの表紙になりました。。
 バブル経済の破綻から、失われた10年が過ぎ、さらに、失われた20年になろうとしていました。
 東日本大震災の前で、退職前の10年で、なんとか経済的に余裕が生み出されるのではないかとという僅かな望みが残っていた時期でもあります。
 その頃、次の天文ガイド2008年11月号の表紙に、憧れのリタイアをイメージさせる画像が載りました。
 まだ、夢は捨ててはいません。いつかきっと…。
     天文ガイド2008年11月号目次





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