光の粒子性と波動性(第6回)
〜粒子としての光はあるか〜
                       上原 貞治
            
八つぁん(以下、H:)ご隠居、こんにちは。よろしくおねげえいたしやす。
ご隠居(以下、I:)おぉ、八つぁん、なんか久しぶりだね。どうしました。仕事のほうはどうだね。
H:仕事はぼちぼちですが、あんまり、ご隠居のお手間を煩わせてもいけないので、家でできることをしておりました。でも、家で日曜大工をする気にもなれず、稽古事も何かと物入りのようなので、また、ご隠居にすがりにきました。
I:そうかね。元気な八つぁんにすがってもらうだけ力はもうないが、遠慮は無用にして下さいよ。
 
波長が短ければ粒子か?
H:光のお話も長くなりましたが、今回は江戸っ子の気概で、粒子っぽい光ですぱっと話にケリをつけてもらいたいですね。
I:それについて、私もしばらく考えてたんだが、まあなかなかそうもいかないね。 光にも複雑な事情があるようで。
H:波長の短い光なら粒っぽいということはないのですか。
I:確かに、波長の長い電波は、どう考えても波っぽいので、波長の短いのを考えるのがいいだろうね。それも、回折とか干渉とかが問題にならないくらい短くないといけないね。
H:では、紫外線とかでしょうか。
I:いやいや紫外線でも回折はあり、X線ですら原子では回折が起こるそうだ。ここは、まあガンマ線しかないな。それも、高エネルギーのガンマ線。
H:そうですか。じゃあ、波長の極端に短いガンマ線なら粒子なんでしょうか。
I:そこなんだよね。そう簡単ではない。前にも話をしたが、真空中の光の波長というのは、観測者によって変わるので、光の本人さんが自覚している決まった波長ってものはないんだよね。光さんが「オレは極端に波長が短けえから、もともと粒なんでぇ」と息巻いても、光と同じ向きに動いている観測者を想定すれば、波長は長くなるわけで、もともと粒ってわけにはいかないんだ。
H:ドップラー効果ってやつですね。本人が言ってるから間違えねえとは言えねえんですね。じゃあ、観測者が粒と見なせればいいってことにするしかないか。
 
粒子っぽい光でも「双極子放射」
I:そうなんだが、それでもいろいろあってね。たとえば、観測できるようなものとして、ガンマ崩壊を考えよう。高エネルギーのガンマ線は、たとえば、質量の大きい中間子Aがあって、A→A'+γ という崩壊で起こる。AとA' がチャーモニウムと呼ばれる中間子の場合は、ガンマ線のエネルギーは、数百MeV(MeVはエネルギーの単位で、メガ電子ボルト)という原子核からのガンマ線の100倍以上の高さにまでなる。
H:ほう、なんかよくわかりませんが、相当高いエネルギーのガンマ線なんですね。
I:そうだよ。このガンマ線は波長がとても短く、まあ、陽子の大きさくらいの波長に相当するんだ。そういう意味で、回折ってことは問題ないので、粒で飛んでいくと思っていい。
H:てぇっことは、このガンマ線には波の性質は見えねえってことなんですか。
I:ところが一つだけ、問題があって、やはり波なんだ。とういうのは、ガンマ線が放射される方向が確率的な波になってしまう。たとえば、場合によるが、よく知られている多くの場合に、ガンマ線は、電気双極子放射と呼ばれる方向分布の強度で放出される。
H:何ですか。その電気双極子放射というのは? 波なんですか。
I:そうなんだ。これは、ダイポールアンテナという電場が交替する普通の電波のアンテナからの電波の強度分布とおんなじなんだね
H:粒子のガンマ線が? アンテナからでる電波とおんなじ?
I:ほい、粒子のガンマ線がおんなじ。イメージしやすいように、またまずい図を描いておくね。 左右の方向に、より強く、電波なり、ガンマ線が飛んでいくんだ。この向きは、アンテナの金属棒の向き、あるいは、中間子のスピンの自転軸の方向で決まる。電波もガンマ線もどちらも光だよね。
H:なんでまた? 粒子のガンマ線が、電波と同じになるの?
I:身も蓋もないが、やっぱり波なんだね。波長が短くても、ガンマ線を発生させるアンテナであるチャーモニウムが陽子より小さいくらいなので、波長より発生源の構造が小さいので発生する瞬間は波なんだ。
H:うーん、そうか・・・。あれっ、この間の話では発生する時は、粒子じゃなかったっけ。そして飛んでいく時が波。
I:そうだった、そうだった。ゴメン。発生する時は粒子。飛びかけた瞬間は波。といっても、この粒子と波は、ガンマ線発生ではほとんど同時だね。この場合は、波の性質が、粒子の放出される方向を確率として与えるってわけだ。サイコロを振って目が出るようなものだ。サイコロ振るのが波で目が出るのが粒子だね。
H:じゃあ、発生した時に粒子っぽいところもあるんですか。
I:うん、前にも言ったと思うが、新しく出来た中間子A'が移動する方向を測れば、ガンマ線を観測しなくてもガンマ線の飛んでいく方向はわかるから、Aを測定器に入れておいて、あらかじめA'の移動が測れるようにしておけば、崩壊後直ちにガンマ線が飛んでいった方向が確定する。A'ははっきりと、高エネルギーガンマ線の逆方向に蹴られるんだ。その意味では、粒子なんだけど、なんせ電気双極子放射が波なので、この方向は、確率的にしか決まらないんだ。A'の方向を測った後は、ガンマ線の飛んでいった方向もわかるし、もう回折も干渉も問題にならないので、飛行中も含め測定にいたるまで粒子のイメージでよいというわけだ。
H:そこはわかったことにしますが、江戸っ子というほどはしっくりこないね。
I:居直るみたいだけど、元が波なんだから仕方ないね。
 
ガンマ線ビーム
H:じゃあ、ガンマ線のビームのようなものを作ったらどうだろ。
I:それはいいアイデアなんだよね。波の性質を持ちにくいように、わざとエネルギーの違うガンマ線の混ざったビームをつくればいい。それには、電子ビームを原子核に当てたり、レーザー光線に当てたりして、高いエネルギーのガンマ線が発生される方向を使えば、これがガンマ線ビームだ。この場合、ガンマ線のエネルギーは不揃いになるけど、方向は、ほぼ平行、つまり、もとの電子ビームの進行方向に進むことになる。これは、進行方向が決まっているし、波長の短いガンマ線なので、粒子性が強いとみていい。
H:方向は、もとの電子ビームの向きに従うんですね。ガンマ線エネルギーはどのくらいになるんでしょう。
I:当てる相手が原子核の時とレーザー光線の時で違うけど、もとの電子ビームよりはエネルギーは低くなる。半分とか1/10とか。しかし、元の電子のエネルギーをとても高くしておけば、たとえば、5000MeV(=5GeV)くらいにしておけば、たとえ、1/10になってもガンマ線はじゅうぶん高エネルギーだ。
H:ああ、すごいですね。じゃあ、波の性質はどこに行ってまったんすか?
I:波の性質は、エネルギーが不揃いになるというところに行ったんだが、それに目をつぶれば、ガンマ線は粒子っぽいよ。
H:でも、エネルギーが不揃いだと不便じゃないですか?
I:それは、利用用途と使い方によるね。また、ガンマ線の放出に使われた電子の残りのエネルギーを1つ1つ測定すれば、個々のガンマ線のエネルギーを知ることも可能だ。
H:まあ、そこは何とかなるわけですね。じゃあ、まあ、こういうガンマ線は、事実上、粒子性ばかりと思ったらいいんですね。
I:申し訳ないが、実はそうもいかない・・・
 
スピンの波の性質だけはどうしようもない
H:えっ、ご隠居、何か言いました?
I:それでも、最大の問題があって、そんなガンマ線でも「偏光」だけは、残るんだよね。
H:「偏光」って何でしたっけ?
I:光の横波の方向の2次元の自由度が残るんだね。
H:そっかそーか。でも、それは、右巻き、左巻きの自転になるんですよね。
I:うん、偏光は、自転のスピンということになるんだが、このスピンの波っぽい性質、つまり向きが確率で決まるとか、右巻きと左巻きの波の合成で特定方向の横波になっているとか、そういうのは、波として考えないとどうにもならないんだよね。スピン自体が波なんですよ。
H:スピンなんか無視すりゃいいんじゃないすか?
I:無視したい人は無視してもいいけど、常に無視したのでは、ガンマ線ビームの性質がスピンによって違うので、実験してもスピンを無視しては実験条件の記述ができない。
H:じゃあ、スピンを完全に粒子の自転運動として考えればいいでしょ?
I:アスペの実験のような、いつどう物事が決まったのかわけのわからない量子力学的な現象は、ガンマ線でも起こるので、それもだめだ。ガンマ線がはじめから決まった自転していましたということにはならない。
H:例のアスペですか。ありゃ、何とかならないんですか。
I:今のところ、量子力学の波束の収束の問題は、江戸っ子風の解決はできていないので、八つぁんのお気に召すように片付ける知恵はないね。
H:いまいましいけど、しかたないね。じゃあ、結局、波長が短くても、涙ってことですね。
I:そうですよ。それは初めから、ドップラー効果でそうだと言っていますよ。
H:まあ、そうか。スピンは、光の粒に付随している現象なので、エネルギーを高くしても消えることはないのか。
I:まあ、そういうことですね。私も、2週間ほど時間もらって考えたけど、そんな結論ですよ。
H:じゃあ、あきらめることになってふんぎりはわるいけど、それで良しとしますか。
I:それも、科学の結論ということで、江戸っ子らしくあきらめてください。
H:そうですか。じゃあ、引き下がって、今回のお尋ねはこのくらいにしたいと思います。
 
I:そうかね。光の波動性と粒子性の話、八つぁんの得るところはあったかな。
H:うん。得るところというか、世の中ママにならないのは、我々の業界だけでなく、宇宙全体だということがわかりました。人も自然も、光すらもみんな苦労しているようです。
I:へんな感想だけど、ま、そういうのもいいんじゃないかな。けっこうな感想を伺いました。また、疑問なことがあったら尋ねてくださいよ。
 
 
                               (連載終わり)


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