江戸時代以前における日本で世界最初に発見された彗星

                                                          上原 貞治
 百武彗星など、日本人が世界最初に発見した彗星は、現在ではたくさんある。こうした彗星の最初のものは、1928年に山崎正光により発見されたクロンメリン彗星であると言われている。確かに、日本が天文学の国際社会に参入した明治以後においては、これが最初であろうが、江戸時代以前においてはどうだっただろうか? 江戸時代以前の日本での彗星の観測記録で、世界最初の発見になっているものがないか捜してみた。

 江戸時代以前の日本での彗星の観測のリスト[文献1]と世界中の観測に関する資料[文献2,3]を照合し、次のような彗星を捜した。
(1)日本と外国の両方において観測記録が残っている彗星。(2)日本での最初の観測日が、世界中での最初の観測日と一致しているか、または、より早いもの。ここで、17世紀以前のものについては、[文献2]を、18世紀以後のものについては、[文献3]を参照した。(3)軌道が計算され標識符号がつけられているもの。

 (1)の条件をおいたのは、日本での記録の信憑性を疑ったわけではなく、日本でしか観測されていない彗星に対して「世界最初の」というのはおかしいと思ったからである。(3)は、現代における彗星の登録要件を要求したものである。現代では、軌道が計算されて初めて、彗星は正式に登録され、発見者の名は歴史に残るのである。具体的には[文献4]に載っている彗星を選んだ。判断が難しいものが多少あったが、以下の13個がすべての条件を満たすものとして残った。

番号「発見日」日本暦(西暦) 標識符号(彗星名)主な文献
1 貞観9.12.23 (868.1.21) C/868B1三代実録
2 永祚1.6.1 (989.7.6) 1P/989N1(Halley) 日本紀略
3 寛仁2.6.18 (1018.8.2) C/1018P1 左経記
4 治暦2.3.6 (1066.4.3) 1P/1066G1(Halley) 諸道勘文
5 長承1.8.25 (1132.10.5) C/1132T1 中右記
6 久安2.12.1 (1147.1.4) C/1147A1 台記
7 寛喜2.10.28 (1230.12.4) C/1230X1 明月記
8 仁治1.1.2 (1240.1.27) C/1240B1 平戸記
9 永仁6.12.3 (1299.1.6) C/1299B1 師守記
10 正平23.2.19 (1368.3.8) C/1368E1 愚管記
11 天文6.12.9 (1538.1.9) C/1538A1 異本東寺長帳
12 明和7.11.24 (1771.1.7) C/1771A1(Great Comet) 寛保以来実測図説
13 文政2.5.1 (1819.6.22) C/1819N1(Great Comet) 間家記録その他

 この表にはもちろん出ていないが,日本最初の観測が、1、2日の遅れで、世界最初の発見とならなかったものが結構多い。また、日本とヨーロッパで同日発見というのもある。多くの場合、発見競争は接戦であり(当時は、外国にライバルがいることなどだれも考えもしなかったであろうが)、勝負が天候の運に左右されたものも多いであろう。記録に残されていないもっと早い観測もあったであろうが、記録が残っていない観測が発見とならないのは、現代においても同じである。

 平安時代、鎌倉時代に、発見が集中している。これは、当時ヨーロッパが中世で系統的な観測が行われておらず、ライバルが事実上、中国、朝鮮のみであったことが大きい。しかし、ヨーロッパが近代科学の時代に入って久しい江戸時代中期以降にも健闘が見られる。これは、当時の日本観測陣のレベルの高さを物語っているものであろう。以後、ヨーロッパでは、望遠鏡での発見が当たり前のものとなり、日本人による発見はなくなった。

  自然科学の分野において、江戸時代以前の日本人が世界最初の発見をしたという例はほとんど知られていない。和算(数学)などで多少の例はあるのだろうが、彗星発見13個というのは、特筆に値すると思う。

[文献1] 明治前日本天文学史、日本学術振興会、1960年、449〜455ページの表
[文献2] D.K.Yeomans, "Comets", John Wiley & Sons, Inc., page 361-424
[文献3]Catalogue of Cometary Orbits 1993, IAU, CBAT & MPC, page 38-51
[文献4]Catalogue of Cometary Orbits 1996, IAU, CBAT & MPC, page 9-73

S.Uehara (KEK-IPNS), Sept.9, 1997