「ダークマター」とは何か(第4回)
上原 貞治
5.「ダークマター」を予測する理論
前回までで、宇宙の観測によると宇宙にはどうやら見えない(あるいは透明っぽい)質量があるらしい、ということと、それを直接探しているがなかなか見つからないという話をしました。さらに、それは未知の種類の物質らしいという話をしました。未知の物質なら、そんなものがあるのか、あってよいのか、どんな性質か、ぜんぜん見当がつかなくて困ってしまうのですが、そこの辺のところが、物質の基礎理論である素粒子理論で何とかならないかということを今回考えます。
5.1 素粒子理論が予想するいろいろな粒子
素粒子理論の今日までに完成している部分は、よく出来ていて、知られている現象の多くをうまく説明することが出来ます。しかし、完成しているわけでなく、深い理由がわかっていないところがいくつかあります。未知の現象や、未知の素粒子についても、予想はオープンで、諸説紛々です。今までにわかっているパターンを大胆に拡張して、WIMPとかWISPとか、とにかく宇宙に見えない質量を作り出し、かつ、これまでの宇宙論や実験や確立した基礎理論に矛盾を及ぼさない範囲のものを想定することになります。それらをここで網羅的かつ系統的にカバーすることは無理なので、「たとえばこんなものが考えられます」「こういうこともありえるかもしれません」という断片的なアイデアが示せるに過ぎません。どれが正しそうかなどと評価ができるレベルには達していません。以下、いくつかの典型的なアイデアを紹介します。まずは、特定の未発見の粒子説の例を挙げ、次節以降で、もうちょっと一般的な話をします。
1)ヘビーニュートリノ
4.1節(第2回)で、ニュートリノが宇宙の初期にたくさん生成されてダークマターの候補になる可能性を検討しましたが、知られている種類のニュートリノはいずれも質量が極端に軽く、予想される数の範囲で、ダークマターの観測量にはるかに足りないことを言いました。でも、1個あたりの質量が大きい未知の「ヘビーニュートリノ」があると話は別です。ここでは、知られているニュートリノより十数桁(1兆倍以上)重いニュートリノが宇宙に存在すると考えます。そして、そのようなニュートリノは、宇宙創成時から現在まで宇宙に生き残っていてそのへんにあるが、容易に観測できたり実験で生成が再現できるものではないということになります。
そのような安定なヘビーニュートリノの反応には、2種類の反応が仮定されます。一つは「荷電カレント」、もう一つは「中性カレント」というものです。基本的には、岐阜県神岡でやっている宇宙からのニュートリノの観測と同じ原理ですが、ヘビーニュートリノに普通のニュートリノとまったく同じ理論が適用できるかどうかはわかりません。むしろ、まったく同じ理論なら、すでに荷電カレントで電子や軽いニュートリノに崩壊して消滅してしまっていると考えられるので、ダークマターとしては、ぜひとも崩壊しにくい性質でないと困ります。下の図7では、荷電カレントは何らかの理由で働かなくなっていって、中性カレントで陽子と弾性散乱するとします。中性カレントとは、通常、Z粒子による弱い力の媒介のことです。
(ファインマンダイアグラムの見方)今回のそれぞれの図は、ファインマンダイアグラムと呼ばれているもので、種々の線は粒子の動きを示し、左から右へ時間が流れています。上下は空間方向です。矢印は、物質粒子につけられていて、時間とともに飛んで行く方向を表します。反物質の粒子は、それと逆方向に矢印をつけることになっているので、矢印の向きに逆らって移動すると考えてください(過去に向かって飛ぶと考えるものではありません)。左端、右端に達している線は、「外線」と呼ばれて入れいて、左端から来ているのは「始状態粒子」、右端に達しているものは「終状態粒子」と言います。終状態粒子のダークマター粒子でないもの(黒色)が我々が直接観測できる可能性のある粒子です。とちゅうにループを作ったり、ハシゴの桁のように短く飛んでいる粒子は「内線」と呼ばれるもので、素粒子には違いないものの時間的にごくごく短時間例えば(1兆分の1秒以内)しか存在せず、直接観測はできないもの(仮想粒子と呼ぶ)と考えてください。この内線の働きによって、このような現象がどのくらいの確率で起こりそうかが(理論の仮定で)計算できるのです。ファインマンダイアグラムは、現象の確率の計算方法との対応を図示したもの(設計図)であって、単なる説明図ではありません。実線、破線、波線などの違いは、粒子の特性を反映した慣習によるもので、それ以上の意味はありません。今回は、便宜上、ダークマター粒子をえんじ色の線で示しました。
図7 ヘビーニュートリノと陽子の中性カレント(Zボソン)による弾性散乱のファインマンダイアグラム
上の場合、終状態の陽子が蹴飛ばされて(右下)観測可能になります。
2)最軽量中性超対称性粒子
超対称性粒子理論(SUSY)は、粒子が未発見という意味では机上の理論ですが、素粒子の世界の理論としてもっとも美しく魅力的なものと言えると思います。また、ダークマター粒子の候補についても、自然な予想を与えます。それは、最も軽い超対称性粒子が電気的に中性なら、その粒子はもはや崩壊できず、宇宙に安定的に存在することになっているからです。
超対称性粒子というのは、我々の知っている素粒子とくらべて、スピン(自転に対応する固有角運動量)が1/2だけ違ってペアになっている粒子で、それは、超対称性粒子を含む粒子群にしか崩壊できません。ということで、最軽量の超対称性粒子が電気的に中性なら、それはもはや崩壊できず、我々の知っている粒子と反応は出来ますが、反応後も消えることはないことになります。それでも、条件が許せば、ある程度の強さで反応や弾性散乱をすることが期待できます。図8の2つのダイアグラムは、ニュートラリーノという最軽量中性超対称性粒子が、Zボソンあるいは荷電粒子のループを通じて、物質中の電子と弱い相互作用あるいは電磁相互作用で弾性散乱を起こす様子を示します。
図を見てわかるとおり、前者(上)は、ニュートラリーノが中性カレントに感じるとしていて、これは、ヘビーニュートリノの図7と同形になっています。後者は、電気を帯びた超対称性粒子が片側に生じる「ループ」を含みます。
以上、ヘビーニュートリノ、超対称性粒子は、おもに重いダークマター候補WIMPであると考えられています。WIMPは重いために既存の加速器実験で生成が確認できないという説明で未知の粒子とされるケースが多いです。
図8 ニュートラリーノと電子との弾性散乱。上:中性カレントによるもの。下:荷電粒子のループを仲介したもの。
3)アキシオン
次は、軽いほうのWISPの例を考えます。アキシオンは、光子に似た電気的に中性の粒子ですが、普通の光子が質量のない「ベクトル粒子」という性質を持っていて、電荷を持った粒子と強く反応するのに対し、アキシオンは、強い相互作用にCP対称性を持たせるという特殊な働きをしています。そして光子とは少し違う、「擬スカラー粒子」という空間対称性を持っています。しかし、アキシオン自体は「強い相互作用」をせず、今のところ加速器で生成が見つかっていないところから、通常の物質との相互作用はごくごく弱いようです。もし、アキシオンの質量が電子質量の2倍未満で通常粒子との反応が弱いなら、これはダークマター候補になります。その場合は、アキシオンは、図9上のように、物質粒子のループを通じて、外界の通常の粒子と弱く反応することになりますが、アキシオンが通常粒子に分かれる部分の確率は理論的に特定の予測ができていません。また、ニュートリノ対への崩壊はごくごく小さいという仮定が必要です。
図9 上:アキシオン(上辺の粒子)と電子との弾性散乱。下:ダークフォトンと電子の弾性散乱。
4)ダークフォトン
ダークフォトンは、アキシオンよりさらに光子に似た粒子で、これもWISPの候補です。この粒子は、ベクトル粒子で、光子の「隠れた兄弟分」とでもいうべき仮説的存在ですが、我々の知っている荷電粒子とは直接反応しません。多少なりとも反応するためには、ダークフォトンは通常の光子の「成分をわずかに持つ」、つまり、ごくまれに一瞬だけ光子に化けるという仮定を置かないといけません。この仮定では、ダークフォトンは荷電粒子のペアについて、上のアキシオンとほとんど同じような振る舞いをすることになります(図9下)。ダークフォトンが我々の知っている電荷とどれほど強く反応するかは理論的に予測はできません。
5.2 「影世界」の粒子たち
超対称性粒子やダークフォトンの理論は、我々の知っている物質世界からは直接見えない「影世界」の存在を示唆します。影世界というと、異世界、パラレルワールドのように聞こえますが、実際は、現実の同じ世界に同居し、かつ重力作用は共通なので、現実の宇宙のダークマターの候補となっているのです。しかし、素粒子理論的には、異世界、パワレルワールドの認識でほぼ正しく、あちらの世界とこちらの世界は、ごくごく弱い手づるで繋がっているに過ぎません。そして、異世界の粒子が我々の世界の荷電(静電気)や核力に関わらない場合は、物質反応としてほとんど没交渉になります。こういう理論は、SFか山人か裏社会の話のようですが、実際には、いくつかの理論的制約があります。上の超対称性粒子やダークフォトン(一般には、素粒子の「ダークセクター」と呼ばれる)はそのように理論が構築されています。
5.3 生成時の見える粒子との繋がり
ダークマターの素粒子世界があるとして、それらと我々の物質世界がちゃんと繋がっているかはわかりませんが、仮に、宇宙の初めに、ダークマターと我々の見ている物質が「同時に形成」されたのであれば、それは繋がっている可能性が高いです。たとえば陽子とダークマター粒子とがともにビッグバンで作られたとしますと、その生成のファインマンダイアグラムは図10のようになります。
図10: ビッグバンのエネルギーからの陽子の生成(上)とダークマター粒子対の生成(下)。赤小丸、青小丸は、結合強度を象徴的に示している。
ここで、「エネルギー(粒子)」というのは、何かわかりませんが、ビッグバンの「火の玉」に当たるエネルギーで、何らかの素粒子が担っていると思ってください。これがどれだけ物質化するかは、図の赤小丸、青小丸で示したところの結合の強さで決まり、これは素粒子の理論に依存します。しかしながら、ダークマター粒子ができたということは、何らかの青小丸の結合があったわけです。としますと両図の「エネルギー(粒子)」に共通部分があるなら、それを利用すれば、図11上のような、物質の衝突によるダークマターの創造も原理的に可能になります。または、これの時間をひっくり返した(左右を反転した)図も作図可能です。これで、あちらの世界とこちらの世界がエネルギー(粒子)で繋がったことになります。
面白いことに図11上を90°回転させると図11下になります。あらあら不思議、これは、我々の求めるダークマター粒子と陽子の弾性散乱になったではありませんか! (ファインマンダイアグラムで、始状態から入っていく反陽子を終状態から出て来るように「移項」すると、陽子になります) この図が、ダークマターを弾性散乱で探索する有効性の支持となります。
図11: 上:陽子・反陽子対の衝突によるダークマター粒子対の生成、下:ダークマター粒子と陽子との弾性散乱
5.4 理論への期待
ここで、例によって、私見を交えて、「私がどんな理論を期待するか」ということを述べたいと思います(話半分にお願いします)。図10で、赤丸と青丸の結合強度が同程度で、我々の知っている物質とダークマターとが作られたとします。観測は、質量ベースでわずか5倍の違いと見ましょう。100倍とか1/1000とかではないので、結合はなんらかの理論の必然によって同程度になっているとみます。だとしますと、ダークマター粒子は総質量が5倍あるので、個々の質量も我々の知っている粒子よりよりちょっと重いくらいだと思います。ダークマター粒子といっても残っているのは最軽量の中性粒子だけなので、我々の知っている粒子より数は少し少ないかもしれません。だとすると、質量は、陽子の10倍とか100倍とかが想定されます。WISPではなくWIMPではないかと思います。
WISPの問題点は、中性カレント(Zボソン)からのダークマター対崩壊を大幅に抑制しないといけないことです。というのは、やや専門的な話になりますが、Zボソンの崩壊の観測で、Zボソンのダークマター対への崩壊は、我々の知っている物質への崩壊と比べてずっと小さいことがわかっているのです。よってZボソンからの崩壊を抑制する機構が必要になりますが、WISPならダークマター総質量を稼ぐために通常粒子に比べて多数の生成が必要になりますので、ビッグバン時にZボソンとは別のエネルギーソースが必要でちょっとジレンマになるかもしれません。
いっぽう、ダークマター粒子がWIMPでZボソンの質量の1/2以上だとしますと、Zボソンからの崩壊は自然に抑制されます。それは陽子質量の約50倍以上となります。ダークマター粒子が陽子質量の50倍を少し超えるとすると、その辺には、Wボソン、Zボソン、標準ヒッグス粒子などがすでにあります。ダークマターも、その程度の質量となります。また、これは典型的な金属元素の原子核質量に近いので、検出器での検出にとっては効率的になります。ただし、運動エネルギーはそれほど大きくなく、反応も決して強いとは言えないので、大がかりで精密な観測装置が必要です。
以上、多少の理論からの推理と希望的観測と合わせた私の期待です。
次回は、加速器実験によるダークマター粒子の生成の探索、その他、関連しそうなアイデアについて書きます。
(つづく)
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