星野写真−光害がある場合の極限等級の推定計算
 
                       上原 貞治
 
  天体写真について、撮像センサや画像処理のデジタル技術が進歩して、光害があるところでも、暗い星まで撮影が可能になってきたと言われる。そこで、どのくらい暗い星まで撮影できるのか、どのような方針で撮影するのが暗い星を撮るのに得策かということを計算で考える方法を理論的に考えてみた。また、できる範囲で、実際に撮影して実証を試みた。ここでは、点状の恒星(あるいは小惑星でも衛星でもよい)の撮影を考え、空間的に広がった星雲や銀河、彗星のコマや尾などは対象として考えない。ただ、厳密に点でなくても、写真の鑑賞の時に点像に近く見える天体なら大きな誤差はなく適用できるものと考える。
 
1.光害がない場合
 まず、光害がない場合を考える。厳密には、限界等級が光害の影響を受けない場合である。実際、計算の原理は、光害のある時とない時でまったく異なる。ただ、同じ撮影機材と方法を用いるなら、光害がある時に、光害がない時より暗い星まで写るはずはないので(天気は良いとする)、光害のない場合は、光害のある場合の原理的で絶対的な限界を与えることになる。光害がなくても、夜天光や長時間露出における量子ノイズ、「粒子の荒れ」などに限界等級が依存するが、今回は、光害の影響の議論なので、これらには触れない。なお、撮影時には、光は粒子(光子)として作用するので、どんな高性能のセンサを使ったとしても、現物の光子のある程度の個数がセンサに届かない限り、決して星像は撮影できないことを指摘しておく。
 光害のない場合の限界等級を、天文年鑑2024年版の369ページの表9の表を参考に理論的に考えて計算してみた。まず、星が点状に写るとして、1つの星からカメラ内のセンサが感じる光量は、口径Dの2乗に比例、ISO感度Sに比例、露出時間Tに比例する。ですから、全体として、これらの積
 
      Q=D2ST
 
に比例することになる。光害のないときに、ある撮影機材と露出時間が上記の式でQ0の時にm0等が限界等級だったとすると、これを基準にして、QQ0より何倍か大きくなると、その倍数だけ暗い星まで撮影できることになる。たとえば、Q/Q0=2だと2倍暗い星まで写るということで、等級でいうと、これはおよそ+0.8等だけ暗い星まで写る計算になる。
 星の等級の定義は、明るさに対して対数関数になっていて、5等違うと100倍明るさが違うことになっている。だから、明るさの比率が1/Lになると、等級の数値は、+2.5logLとなる。logは底が10の常用対数である(本稿を通じて、logの底は10)。Lが100なら等級の違いは5になることを確認いただきたい。Lが2なら0.75くらいになる。
 だから、上記の場合、
   m = m0 + 2.5log(Q/Q0)
なる式が成立する。これが光害のない場合の理論計算式である。
 天文年鑑の表9から、レンズの有効径が20mm、ISO感度が100、焦点距離が35mmの時の限界等級は7.7等となっている。この時に、星が点状に写る露出時間を15秒として、Q=D2STを計算すると、D=0.02 (メートル単位)、S=100、T=15で答えは0.6である。
この0.6をQ0 とし、m0=7.7とすると、上式は、
 
  m = 7.7 + 2.5log(Q/0.6)          (1)
 
となる。これが、撮影条件がQで、光害のないときの限界等級である。対数内の割り算を定数項として外に出して、
 
  m = 8.25 + 2.5logQ           (1')
 
でもよい。例えば、口径10cm(D=0.1)の望遠鏡で、ISO3200のカメラで、2分間追尾するとT=120、Q=3840で、限界等級は、17.2等となる。空の条件がよければ、17等星くらいまでは、小型の機器で撮影できそうである。
 以上の原理で行くと、ISO感度Sと露出時間Tを上げていけば、どんどん限界等級が伸びていくことになるが、実は、上述の通り、センサの量子ノイズがあるので、だんだん頭打ちになってくると予想される。そのためには、1つのコマ(単写=シングルショット)で長時間露出するよりも、小分けに露出して、スタックする(あるいはコンポジットで平均する)ほうがよいかもしれない。その場合は、露出時間Tとして、単写の露出時間×コンポジット枚数を使うのが適当であるが、コンポジットでもノイズが個々のコマで影響していたら、枚数を重ねていってもいずれ頭打ちになると予想される。また、月が無くても、星明かりや夜天光という自然の光が光害と同じ効果をもたらす。しかし、今回は、人工光害のある場合の計算がメインなので、これ以上の追求はしない。
 
2.光害がある場合の最大限界
 次に光害がある場合の最大限界等級を考える。光害がある場合は、その場所場所、その時々の光害の強さに依存するので、普遍的な1つの数式を立てることはできない。光害の強さの目安を測定し、それを式に数値として入れる必要がある。
 一般に、光害がある場合でも、感度を上げ、露出時間を長くするとより暗い星まで写るはずである。背景の空が明るい灰色に写っていても、デジタル画像処理の明るさのコントラスト補正、いわゆるガンマ補正とかカーブ補正とか呼ばれるものを適用すると、星像がちゃんと見えてくるものである。簡単に言うと、背景光に相当する明るさを「しきい値」として、すっぱり差し引くと、理屈上は、補正後は背景の空は暗くなって暗夜の背景の星野のような写真ができる。でも、これでは、背景光と同じ程度の明るさの星はほとんど見えなくなるので、ここで限界等級が決まる。ごくおおざっぱにいうと、背景光の1ピクセルあたりの明るさと同程度の明るさの星が限界等級となる。背景光の明るさが灰色だと、元来その程度の灰色に写るはずの星が画像処理をしても見えなくなるのだから、限界等級は大幅に後退することになる。しかし、背景光と星の明るさが近いという関係はセンサ上ではなく夜空のほうで決まってしまっているので、露出時間を短くしたところで限界等級は改善しないし、感度を上げたところで改善はしない。それなら、前節で述べたQ値は大きめにしたほうが、限界等級は少なくとも多少なりとも上がるだろう。
 しかし、過大にQ値を上げると光害のため背景が真っ白にカブってしまい、星を浮かび上がらせる画像補正が効かなくなる。こういうのを明るさがサチュレーション(飽和)するという。そうなる一歩手前の明るい星の像が背景から区別できるQが最大限の努力と考え、そのQQmaxとしよう。Qは、カメラがセンサに導く明るさなので、センサ上の星の明るさも背景光の明るさもQに比例するはずである。Qmaxというのは、経験上、画像処理前の写真で背景の空が白と黒の中間くらいの灰色になり、明るめの星だけポツポツと見えている状態を指す。このQmaxの条件で画像処理を頑張った時の限界等級をm'とする。m'は光害の強さによるので、実測をするしかない。しかし、光害の影響がある限りは、m'は、光害のない場合のm((1)式にQ=Qmaxを代入した結果)よりも小さい(明るい)はずである。
 ここでとても重要なことがある。下に述べる理由により、光害のある場合のQmaxm'は、カメラレンズ系の焦点距離fに依存するのだ。だから、Qmaxm'だけでは情報不足である。むしろ、fのほうが重要である。光害のある星野を実際に撮影して測定する時は、(f, Qmax, m')すべての記録が必要となる。繰り返しになるが、Qmaxm'は、補正前の写真で背景が中くらいの濃さの灰色になるときの撮影条件(Qmax=D2ST)と限界等級の実測値である。
 ここで、思考実験として、焦点距離fを長くすることを考える。fはいわゆるセンサスクリーンまでの距離である。QQmax の同じ数値を維持したまま、fを2倍にすると、センサ上の1ピクセルに入ってくる背景光(=光害)の明るさ(照度)は距離の2乗に反比例して1/4になるはずである。いっぽう、恒星は(ほぼ)点像なので、点像全体の星の明るさは変わらない。これは光害の影響が1/4に減ったことを意味するので、1/4の明るさの星まで写るように改善されたはずである。2.5log4=約+1.5等の改善があるはずである。Qが同じなら恒星が明るくなるわけではないが、焦点距離fが伸びた分は光害の照度が減るので、相対的に限界等級は儲かるのである。光害の影響が減るならば、焦点距離が2倍になることによって、Qmaxは実質4倍になるということになるだろう。
 
     Qmaxf2 
 
ということである。それなら、fを伸ばしてQmaxが大きくなった分だけ、Qも新たなQmaxまで引き上げて撮影すればよいのである。ちなみに、fを長くしたがためにQmaxが大きくなったぶんを口径Dを大きくして対応するならば、Qは、Dの2乗に比例するので、レンズの明るさF=f/Dは一定に保たれることになり、他のSTの条件が同じなら、光害の照度とそれを反映したQmaxFで決まることになる。もちろん、口径を増やすには新たな光学系が必要でたいへんなので、それよりも、1本のズームレンズを使って、露出時間か感度を上げるほうが手軽である。ズームレンズは光害のある空ではとても役に立つ道具で、fを何倍かに伸ばしてもFが極端には変わらように設計されている。望遠鏡なら、エクステンダーかアイピース拡大機構が役に立つが、こちらはFがそのぶん増加する(暗くなる)。
 ここまでをまとめると、仮に(f0, Qmax0, m'0)という、ある条件の光害下での限界等級の実観測がある場合に、別の焦点距離fでの限界等級は、
 
      Qmax=(f/f0)2Qmax0 
 
の撮影条件で(これで背景の空の明るさが中程度の灰色になる)、
 
      m' = m'0 + 2.5log(f/f0)2    (2)
 
となるのである。log内の2乗は前に係数2として出るので、
      m' = m'0 + 5log(f/f0)
でもよい。
 ここで注意をしておくが、(2)式だけ見ると、fさえ大きくするといくらでも暗い星まで限界等級が伸びるのに見えるが、実際には、Qmaxで撮影するという付帯条件があるので、それを達成するだけの口径、感度、露出時間の少なくとも1つの増強が必要である。また、光害のある場合は、光害のない場合にQ=Qmaxが達成する限界等級には及ばないので、そこが常に限界として存在する。
 
3.光害のあってQ値が小さい場合
 前節では、Qmaxでの撮影条件の時の限界等級について述べたが、一般のQ<Qmaxで撮影した場合はどうであろうか。 たとえば、fは長くしたが、DSTは制約があってじゅうぶんに大きくできなかった場合などである。この場合は、背景の空は中間的な灰色より暗めに写ることになる。
 この時は、理論的には両極端の2つ仮説が存在する。1つは、Qを減らしたところで、競い合っている背景光(光害)と恒星像の光量の比率は変わらないので、事態は変わらないという仮説である。この場合は、Qに関係なくQ<Qmaxで(2)式が利用できる。もちろん、それは、光害のない場合との比較の制約 m'<mの範囲内の話である。mのほうがQに依存するので、上限はQの影響を受ける。もう1つは、恒星像の妨げになるのは、背景光の明るさというより、そのふらつきであり、かつそのふらつきの大きさは、背景光の明るさ(センサ上の照度)には比例せず、明るさの平方根に比例するという仮説である。この仮説に従うと、Qを半分にすると、恒星光は半分になるが、背景光のふらつきは1/√にしかならず、限界等級は1/√だけ損なわれる。つまり、2.5log√Q/Qmaxだけ損をするということである。Q/Qmaxが1未満なのでこのlogは負の値となる。
つまり、
     m' = m'0 +2 .5log(f/f0)2       (2)
と               
     m' = m'0 + 2.5log(f/f0)2+ 2.5 log√Q/Qmax  (2')
 
の2説が両極端となる。どちらが正しいかは、実測で測定するしかないし、ISO感度や光センサの性能にもよるかもしれない。一般にどちらが正しいとは言えそうにないので、暫定的にその中央値をとって、
              
     m' = m'0 + 2.5log(f/f0)2+ 1.25 log√Q/Qmax    (2'')
 
くらいで、あとは実測と比べるということにする。ルートはlogの前に1/2として出せば平方根の計算は不要になり、下位の桁を四捨五入して、
 
      m' = m'0 + 2.5log(f/f0)2+0.6 log(Q/Qmax)        (3)
 
としておく。これによると、Qが半分になると、限界等級は約0.2等減ることになる。、現時点で、露出時間を変えて実測したところは、この計算はそれほど悪くないようであるが、光害の照度が大いに変わる2倍の露出時間でたった0.2等なので、測定にはかかりにくい小さな効果である。ただし、このQについて、Q<Qmaxであることと、Qを(1)式に代入してみて、m'<mであることを確認しておく必要がある。そうでなければ、公式の適用外である。
 
4.光害がある場合のスタック(コンポジット)の効果
 2.、3.節で述べたのは、いずれも、光害のある場合のシングルショット(単写=1コマだけの撮影)の場合である。同条件で測定を繰り返し、複数のコマを蓄積して平均すると、限界等級の改善が期待できる。これがスタックとかコンポジットと呼ばれている技法である。光害の背景光のふらつきとそれと同程度の恒星光が競い合っている写真をN枚合成すると、ランダムな背景光のふらつきは1/√Nに平滑化され、恒星光はそのまま変わらないので、相対的に√N倍恒星光が儲かり、その分、暗い星まで、背景のふらつきから浮かび上がってくる。したがって、同じQでN枚平均した場合は、

     m' = m'0 + 2.5log(f/f0)2+0.6 log(Q/Qmax) + 1.25logN      (4)
 
となる。なお、このQは、単写についてのQなので、そこのTN倍や√N倍にしてはいけない。ある背景光のふらつき状況を持っている単写に比べて√N倍の改善があると期待しているわけである。(4)が今回の光害のある場合の最終式である。
 
では、例題をやってみよう。
 
 ある光害の条件下で、f0=35mm、D=12.5mm(即ちf0/D=F2.8) 、ISO感度3200、露出時間10秒で、背景が中間的な灰色になり、m'0=7.2等が限界等級であったとする。この光害下でD=10cm、f=800mmの望遠鏡を使って、自動追尾しISO感度6400の設定で1コマ15秒の撮影を16回繰り返し、16枚コンポジット処理(平均操作)をした場合の限界等級はどうなるか。
 
 f=35mmの撮影時のQmax0=0.01252×3200×10=5.0 、m'0=7.2 である。これをf=800mmに換算すると、Qmax=Qmax0×(800/35)2= 2612。与えられた望遠鏡の撮影条件のQ=0.12×6400×15= 960 で、QQmaxの条件を満たしているので、背景の光害はやや暗めの灰色に写るはずである。
 この場合、(4)式の2項目までの和は、7.2+6.8=14.0となる。3項目の補正は、Q/Qmax=960/2612で-0.26等となる。ここまでで、限界等級は13.7等となる。
 念のため、適用性のチェックとして、これを光害のない場合と比べてみると、Q=960を(1)式に入れた場合は、m=15.7なので、光害でちょうど2等級損したことになる。
 以上はシングルショットでの比較だが、コンポジットで損は取り返せる。N=16の場合は、最終項で+1.5等稼げるので、例題の答えの限界等級は、13.7+1.5=15.2等となる。ただし、光害のある場合のコンポジットは、枚数の平方根でしか稼げないので、光害の無い状態で、露出時間を延ばす効果には及ばない。光害下で、Qmax以上に露出時間を延ばすことはできないので、複数枚に分けて合成するのは避けられない策であるが、1コマあたりの露出時間が短いのは、撮影時には追尾上と安全性の担保の利点があるだろう。
 いずれにしても、35mmでせいぜい10秒露出しかできず、7.2等までしか写らないひどい光害下でも、普通の望遠鏡の直接焦点の平凡な技術で16回(合計4分程度)撮影を繰り返して、コンポジットのソフトがあれば15等星まで写せるというのはすばらしいことで、勇気づけられる結果である。
 
 多少の撮影と実測はしたので、実測との比較についても詳述しようかと考えたが、記事が長くなりすぎるので、今回は、実測との比較で大きな食い違いがなかったことのみ記録しておく。さらに、2024年初頭に行われた「プラネタリウム100年・小惑星バウアスフェルダ撮影キャンペーン」に参加することがこの記事の動機になり、約15.1等のこの小惑星の撮影ができたことを、プラネタリウム関係者の皆様と、当同好会の福井さんに感謝します。


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