光の粒子性と波動性(第5回)
〜光は本当の波なのか〜
                       上原 貞治
            
八つぁん、以下H:ご隠居、話の続きを伺いにめえりやした。
ご隠居、以下I:おやおや、八つぁん、仕事の帰りかね。
H:そうでやす。結局、今日またも来てしまいました。でも、仕事はちゃんとしておりますです。
I:まあ、そうだろうがね。じゃあ、続きを話そうかね。
 
光の波の本質とは?
H:今朝のお話では、最近、光の波の研究で、ノーベル物理学賞が出たとか。
I:そうなんだよね。2022年度のノーベル物理学賞では、光が波の性質から粒の性質に変わる時に、「量子もつれ」という現象が起こるんだが、その時に、局所性が破れていることがわかったんだ。光の研究というよりは、量子力学の理論の検証の意味合いが大きいのだけど。
H:何のことかさっぱりわかりませんが、話を進めていただけませんか。
I:ノーベル賞の意義の全体を解説をするのはたいへんだが、光の波の性質の本質にも関係することなので、ちょっとその部分だけでも説明してみようか。
H:そうなんですか。光は、どんな波なんでしょうね。
I:光は飛んでいる時は波、といっても、それだけではどんな波なのか、どんなのが波なのかもわからないよね。これまで、「位相」という角度を持っているのが波の性質と説明しただけだったかな。
H:位相があれば、波なんですかね。波なら、ぐにゃぐにゃうねっていてほしいんですがね。
I:大丈夫大丈夫。光は、もっと波らしい波なんだね。空間を横波として伝っていく。ヘビのたとえで悪くない。
H:ヘビの喩えはわかりますがね、そもそも横波ってなんですか。
I:そうだね、波の進行方向と直角に揺れるのが横波だ。地震を震源地で体験したとして、直下の地下から真上に伝わってくる時、地面に平行に揺れたら横波だね。垂直に揺れたら縦波だ。
H:じゃあ、光が横向きに進む時は、上下に揺れたら横波ですね。
I:うん、そうだけど、光が私に向かって進む時は、上下に揺れても左右に揺れても横波だ。ヘビは普通、左右にうねってるね。上下にうねる蛇もいるか知らないけど。
H:ほう、じゃ、横波は2方向あるんだ。
I:そうだね。でも、光には上下も左右も区別ないので、これで横波に2種類あって、2種類は種類としては同等で、これを2次元の成分があるというんだね。(x,y)の2次元座標のようなものだ。この2成分は、そのへんを飛んでいる普通の光線の中では混じっているんだ。
H:横波の揺れている方向はいろいろということですか。
I:うーん、そこがちょっとややこしいんだけどね。光の横波を見てきたように説明するためにはちょいと頑張らないといけないね。光は、この2成分(x,y)のそれぞれの波の重ね合わせで表すことができるんだ。そして、このそれぞれのいっぽうしかない場合を「偏光」という。偏った光、と書くんだよ。
H:なんで偏っているんですかね?
I:2つのうち、いっぽうだけを含んでいるからだね。
H:そうですか。じゃあ、そういう偏光が実際にあるんですね。
I:うん、自然界にある光でも、青空の光やガラスや水面で反射した光は、特定の方向から見るとけっこう偏光している。いっぽうだけというと言い過ぎだが、2成分に大きな差があるんだな。人工光で言えば、液晶モニターの光も偏光している。これらは、偏光フィルターを使えば、偏光していることが観察できる。でも、これは、話が長くなるので省略させてくれよ。
H:まあ、今日のところは、光が横波であることが観察できるってことで、よしといたしやしょう。
 
波で言えば偏り、粒で言えばスピン
H:でも、ご隠居、へんですね。前にも聞きましたが、光はまっすぐ進むのに、本当にヘビのようにぐにゃぐにゃしているんですね。
I:そうなんだよ。光自体は進む以外に、自分自身で自転のような動きをしていることになるんだ。これを、光の粒である光子で考えると、まさに自転の意味で「スピン」というんだ。
H:えっ、本当に自転しているんですか?
I:うん、光子は「固有角運動量」という量、つまり自分自身の回転量だね、それを持っているので、空間中で自転していると考えて差し支えない。
H:波って自転なんですか?
I:上下方向の横波と左右方向の横波を、4分の1波長だけずらして重ね合わすと、右回りか左回りの螺旋になるんだ。螺旋は知っているよね?
H:知ってますよ。あっしゃ、大工ですからね。ネジとかドリルに切ってあるぐるぐるとした曲線ですよね。
I:螺旋は、自転しながら進んでいく形を表している。この場合は、進行方向を基準にして、右ネジと同じなら右巻き、左ネジと同じなら左巻きという。これが粒子のスピンで、波の場合の横波に相当するものだ。
H:ふーん、では、光は飛んでいる時は横波で、粒子になったときは、自転していることになるんですね。
I:まあ、そう言っていいだろうね。光が金属板などにあたって反射する時は、スピンしているボールみたいに、仮に飛行中は直球であっても、ものに当たったときには、弾かれ方に影響を与えるんだ。野球でもバレーボールでもおなじみだね。これは、粒が空間内で自転していることを意味する。さらに、光の粒が電子をたたき出す光電効果やコンプトン散乱といわれる現象でも、電子の方向や電子のスピンにその回転情報が受け継がれるんだ。これもビリヤードの的球を回転させるテクニックと同じだね。
 
アスペの実験
I:ここまで前置きが長くなったけど、いよいよ、ノーベル賞の話だ。光がこの横波の2成分を持っていて、それを測定する時に、波の不思議な性質が問題になる。
H:ほうほう。
I:2022年度物理学賞受賞者アスペのやった実験では、真ん中に光源がある。この光源は1つなんだけど、光源からは左右の方向に1個ずつ、同時に合計2個の光子が発射される。光は波として伝わるので、数は数えられないのだけど、測定すると1粒1粒分離して観測される光子だ。この時に、光は、それぞれ勝手な方向に偏った波になっているが、同時に出た右と左の光には相関があって、常に、逆方向に偏っている。逆方向というのは、波の揺れている方向は同じで、位相が180度ずれているという意味だ。
H:へーえ。そんな不思議な光源がありますかね。
I:そういう光源をわざわざ探して、この実験に使ったということだね。だから、左右のどちらかいっぽうだけで見ていると、光はランダムな方向に偏っているということになるんだけど、同時に出た左右の対を見ると、完全に相関、逆相関というのかもしれないけど、相関しているわけだ。
H:そうだとしましょう。
 

図:アスペの実験の偏光測定
 
I:これだけだと話は完璧、これ以上、疑問の出ようがなんだけど、実は、光に限らず、回転の角運動量には、不思議な性質があって、1個の光子について、2成分を同時には測れないんだね。
H:えっ、測れないって? 実験するのに測れないのですか。
I:2成分を同時には測れないんだね。だから、1成分だけを測る測定をする。角運動量の不確定性関係と言って、角運動量は1度に1成分しか測れないんだ。これは、量子力学に用いられている数学でそうなっているんだ。そういうものだと思ってくれ。
H:ものわかりが悪くてすみません。2成分あるけど、1成分しか測れないってどういうことですか。
I:まあ、わかりやすく言えば、平面上の位置座標(x, y)で、xかyかいっぽうしか測れないって感じだね。xを測るとyはムチャクチャになる。yを測ればxがムチャクチャになる。両方同時に測る方法は原理的に存在しない、ということにしてください。
H:まあ、なんか厄介そうですな。想像もしにくい。
I:1次元の世界の測定器しか存在しないといえばいいかな。それで、1回測定すると、対象が変化して再測定が利かないという感じだな。2回目の測定で、もう1次元を測定しようとしても、状況が変わっていて意味がないんだ。
H:ワンタイムパスワードみたようなものか。打ち直しが効かない。
I:さらに、光の横波成分をある方向について測定したら、答えは常にその方向に偏光成分があるかないかのどちらかになる。本当にデジタルの1次元情報だ。
H:何か不自由な測定ですね。痒いところに手が届かないような。
I:ところが、この不自由さが、本質に迫れるキーなんだから、世の中捨てたものでは無い。アスペの場合、測れる光子は2つあるんだね。左と右の光子で別々の向きに測ればいいじゃないか。右と左は、相関しているんだけど、それぞれ勝手な方向の組み合わせで測定ができるだろう?
H:おっ、案外おもしろそう。
I:左右の測定方向を揃えた時は、どちらの光も同じ方向になっていることが検出される。本当は逆方向なんだけど、平行の場合は、正方向も逆方向も向きは同じに見える。いっぽう、左右の測定方向を互いに90度ずらしたら、いっぽうが測定にかかれば他方は測定にかからない。これは、何十回、何百回測定を繰り返してもそうだということを確かめておく。
H:ほーう。そうしておいて、左右の測定方向を45度ずらしたり、20度すらしたりしてみたりするんですね。そうしたら、2方向同時に測れて2つの光子は困るだろうという。ずる賢いですね。こりゃあ、光子に対する一種のいじめですね。
I:まあ、いじめるつもりはないんだが、やっぱりいじめているかね。
H:光子のカップルを相手に微妙な相性テストでしょ。根性はいじめですね。
I:いじめでもいいや。八つぁんも結果に興味あるだろ。
 
アスペの実験の結果
H:もちろん、ありますよ。早く結果を教えて下さい。
I:まあ、結果は、バッチリは決まらず、相性は確率になってしまうんだ。でも、測定の方向の角度を変えながら、多数の光子で実験をして、重要なことがハッキリわかったんだ。なんと、2方向の光の偏光は、2つが分かれる時に決まっているわけではなく、観測される時に決まっているんだね。ということがわかった。
H:えっ、どういうことですか? 偏光の向きは、観測される時に決まるのかー。それはそれでいいんじゃないですか。
I:だったら、同じ方向の偏光を測ると2つの光子でいつも逆方向、というのをどうやって説明するね? あらかじめ打ち合わせてそうしておかなかったとしたら。
H:そっかー。ちょっと難しそうですね。打ち合わせなかったということが実験でわかったんですね。どういうことですか。
I:測定した時に決まるということだね。上の図ではややこしいので省略したが、本当のアスペの実験は、光が発射されたあと、測定する直前に偏光の測定の向きが変えられるようになっている。だから、測定の時に、両者の相関が決まるというわけだ。
H:そしたら以心伝心か。
I:うーん。以心伝心という非科学的なことを物理学実験で認めるかという話になってしまうんだね。物理学では、情報は同じ時空間で接触があったときに伝わるとしてるんだが、それを「局所性」という。それが破れているという、そういう危機に陥ったわけだ。
H:そもそも、なんで、そういう実験結果になったんですか。
I:なぜかはわからないんだけど、2つの光子が偏光の方向をあらかじめ打ち合わせしてから別れたとした場合には決してあり得ない数値の確率が、実際の実験では測定されたんだ。つまり、「打ち合わせ説」ではあり得ない数値が測定されたわけだな。
H:ということは、思いもよらぬ謎の数値が観測されたわけか?
I:なーに、そうではない。実験で測定された確率自体は、数十年前からすでに量子力学で理論的に予想されていた確率と合致していたんだ。だから、量子力学が正しいことが証明されただけなんだけど、これで量子力学が理論上も現実上も正しくて、量子の波、つまり光などの波の偏光は、観測された時に行き当たりばったりで決まる。しかも、2つに別れた光子であっても、量子力学に合うように以心伝心するということがわかったんだね。いわば量子力学が以心伝心みたいなかたちを取っていること、そしてそれが現実に正しいことが証明されたわけだ。
H:うーん。光の波というのは、以心伝心もあるのか。テレパシーみたようなものですか。
I:そうだね。テレパシーは、昔風にいうと「第六感」だが、、科学的には、こんなテレパシーがあったとしても、電波ではないことがわかっている。電波だったら、どんなに弱くても機械で測れるはずだからね。重力やニュートリノであるとも考えられない。しかも、アスペは、実験装置の工夫で、それが空間を伝達しているとしたら光速を越えていることを実証している。2つの光が遠ざかりつつある最中に偏光の測定を切り替えているからね。電波や重力やニュートリノは光速を越えないので、それはありえない。テレパシーみたいなものが仮にあるにしても、空間を伝わっているわけではないんだ。
H:じゃあ、4次元空間かということになりますね。
I:うん。地上の実験室での実験だから、空間は間違いなく3次元だけど、量子力学には、そのような抜け道があるのかもしれないね。また、ノーベル賞の解説記事でも読んで、いろいろと想像してみておくれ。
 
I:だいたい、このシリーズの話はこれで尽きたかな。
H:そうですね。長々と聞かせてもらいましたが、なんか光は、本質的にはおおむね波みたいですね。もっと粒子っぽい、プツッと歯切れの良い話を聞きたかったな。あっしは、江戸っ子だからね。スパッときれているのが好みでさあ。
I:オッケー。私も江戸っ子だから、次回にもう1回、粒子性にシフトした話を考えてみますか。 こんどは、ちょっと時間をおくれよ。
H:へいへい、明朝には来ねえようにします。
                               (つづく)


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