天文趣味の50年
                             上原 貞治
 
 
 西中筋天文同好会会誌「銀河鉄道」の創刊50周年を記念して投稿をさせていただきます。銀河鉄道の歴史については、前回100号記念の時に書いたので、今回は、私の主観的体験と偏見をもとに、天文趣味の変遷についてエッセイ的に書きたいと思います。ここでいう、「天文趣味」は、「アマチュア天文学」というように取っていただければいいと思いますが、いいかげんなエッセイなので「天文学」は避けて、「天文趣味」としました。
 
1.年齢層
 今から数年前、茨城県内の近くの地方都市の路上での公開天体観望会に、天体導入役として参加したことがあるのですが、その時に、一般の観望者の方から何か聞かれて、「私は小学生の時から、望遠鏡で星を見ています。(だから、今やっているような天体導入には慣れています。)」と答えたことがあります。その時、その答えを聞いた方はたいそう驚かれました。私にしてみたら子どもが望遠鏡で星を見るのは当たり前なので逆にこっちが驚いたのですが、今では、子どもが自主的に望遠鏡を振り回すのは、異様であり、これはそもそも天文は中高年の趣味であるという世間の受け取めなのかもしれません。これは、間違いなく、この50年で変化があったことだと思います。
 今は光害や安全上の問題が大きいかもしれませんが、自宅の敷地から月や惑星を見るのなら昔も今も大差ないと思いますし、メシエ天体などは見にくくなりましたが6cmの望遠鏡があれば今の光害下でも多くの天体が見え、昔と比べても大差ないというか、昔だって6cmで見にくいようなメシエ天体をどれほどの小中学生が探したかというと疑問です。それから、昔は、星図を買う必要がありましたね。今はインターネットがあるので、その点も今が気楽です。心と根性の問題のように思います。
 
2.星図
 星図の話が出たので、ちょっと触れますが、何十年か前は、星図帳を持っているかいないか、あるいは、赤経赤緯軸を記した星図(星図帳でなくても、天文年鑑や月刊誌に載っているガイド星図でいいのですが)で、見たい天体を導入できるかどうか、というのが初級者と中級者の敷居だったと思います。今は、印刷された星図は、買おうと思っても、天文年鑑に載っているのか古本か外国出版物になりそうで、大概はネットにいろんな星図が載っているので、星図帳を持っているかとか印刷された星図を利用しているかなどは、初級、中級の区別にはならないようになってきました。ところで、最近の自動導入の赤道儀、あれは使ったことありませんが、初級者に使える物なのでしょうか?(使いこなすのは無理でしょうね)
 
3.同好会設立と情報源
  私たちは、中学から高校時代に、自主的に天文同好会を設立して会誌を発行したわけですが、こういうのは、現在ではどうなのでしょうか。学校の部活は顧問の先生がいて学校予算を使っているのでちょっと違うと思います。また、卒業したら人が入れ替わりますよね。若者の「同人誌」というのは、あらゆる趣味やカルチャーにあるので、現在でもこれは変わっていないでしょう。インターネットが出来たので、コミュニティの場も作りやすくなったと思います。しかし、若年者だけの天文同好会というのは、今どれほどあるのでしょうか? 上の1.で触れた問題があって、あまり流行っていないかもしれません。
 より本質的な点は、「情報源」だと思います。昔は、今ネットで見られるような初心者向けマニュアル的なものがそもそも入手しづらかったので、同好会を組んで、詳しい人に教えてもらう、あるいは手分けして情報を入手するというメリットが大きかったです。当時の情報源は、詳しい人に聞く、雑誌、望遠鏡メーカーや天文研究会が出す天文ニュースなどで、入手には交通費や購読費、郵送費がかかりました。
 今は、個人主義でもここはネット情報でカバーできますので、同好会を組む利己的なメリットは減ってきたと言えると思います。いっぽう、みんなでわいわいやると楽しいのはいつの世も変わらないので、同好会と言わなくても、何らかのコミュニティとかサークルのようなものは今でもあるのかもしれません。ネットには、SNSというのがありますし。
 それから、子どもの頃に設立した天文同好会が50年を経て高齢者の入り口にいる頃まで続いた例がどれほどあるか。メンバーが世代変わりした同好会は別にして、だいたい同じメンバーで、ということです。我々は、けっこうレア種かもしれないので、いちど全国を対象に調べてみたいと思っています。いま、ちらっと見ると、50周年の他の同好会というのは、やはり、我々が50年前に天文ガイドで見たような同好会に限られるようです。
気が向いたら、調べて、次号に報告したいと思います。
 
4.天体望遠鏡
 天文趣味の人が個人的に所有する天体望遠鏡については、話が多岐にわたりそうなので詳細は省略します。車の運転免許を持たない青少年が自分で自由に庭やベランダに設置して使える天体望遠鏡としては、昔も今も大きな変わりはなく、今のほうが値段的には少し入手しやすくなっていると思います。入門機の望遠鏡の定価、1万円〜数万円、というのは、ここ50年でほとんど変わっていません。個人的な楽しみという点では大きく変わるはずはないと思いますが、3.の事情で今は潜行して、外からは見えにくくなっているということでしょうか。
 
5.天体写真
 今、ふと気づいたのですが、昔は、天体写真というのは、特別な技術が必要だったように見えて、実は必要なかったのです。昔のカメラは、オート露出やオートフォーカスがついていないのが当たり前でしたから、スナップ写真でも、手動で、日差しなどを考慮して、露出を設定したものです。カメラには、補助になる露光計はついているのが多かったですが、天体写真では、常に露光計では光量不足に決まっていましたので、露光計の知識も不要でした。天体写真では、ピントは距離無限大、露出時間はバルブでシャッターを押している時間だけ(好きなだけ)開いておくということですから、かえって考えることは少ないくらいです。恒星の日周運動がまず常番で、これは基本的に露出時間を除けば風景を撮るのと同じ技術でした。こんにちのカメラで、風景をとるのと恒星の日周運動を取るのとでは、その技術は雲泥の差でしょう。
 ただ、天体写真にも特殊技術があって、フィルムの増感現像をやりたければ自分で現像作業をする必要がありました。それでも自宅で高感度フィルム用に暗室を展開するのはけっこう手間なので、写真屋さんが懇意なら、「天体なのでちょっと増感気味にやってよ」といえば、受け入れてもらえました。 高感度フィルムと言えば、トライXには、長尺物が格安で売られていて、これを買って、自分で暗室にパトローネに入れるとたいへんお得、それでも、光を一瞬でも当ててしまうとすべてパーというバクチのようなことを多くのお金のない天文ファンがやっていました。
 それでも、プリントの際は、大伸ばしにしてトリミングしたり、濃淡の硬軟調、覆い焼き等をしたいもので、細かい注文はなかなか写真屋さんに頼みにくいので、モノクロ写真の印画なら自分でやったほうが良かったです。天体写真の硬軟のコントロールに慣れること、これが一つの天文趣味の醍醐味でした。今は、これはありませんね。デジタルの画像処理にあたるのですが、当時の写真プリントはそれとはだいぶ違うような、手先の技術だったという感じがします。
 
6.天文民俗、天文学史
 50年ほど前は天文民俗学というのが一種のブームになっていて、多くの星の和名は、このころ一般にも知られるようになったと思います。野尻抱影氏の子ども向け星座解説書がたくさん売れていました。そして、まだ、近くのお年寄りに昔の星の名前や習俗を尋ねることも出来ました。実用の社会でそのような和名や習俗が急速に廃れたのが戦時中だとしますと、その体験をもつ老人の数がどっと減ってきたのが1980年頃ということになり、天文民俗学の環境は、その頃を境に大きく変わったことになります。
 いっぽう、それと逆に変わってきたのが天文学史ではないでしょうか。昔は、日本天文学史というと、明治の前半くらいまでが対象で、文献を調べるのも容易ではありませんでしたが、今は、戦後の昭和まで、天文学史の対象になってきました。また、今日では、当時のことがネットの電子図書館等の出版物などをあたることが出来ます。ですから、天文学史は、今は研究しやすくなったと言えると思います。
 私たちの天文同好会も50年経ったのですから、昭和天文学史の対象に入ってきたと言えるかもしれません。我々がそれを「研究」することも出来ますし、奇特な子孫がいれば、我々の子孫がそれを研究してくれるかもしれません。
 
 天文趣味が将来にわたって、変わりながらも続くことを願っております。


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