光の粒子性と波動性(第3回)
                〜 望遠鏡に入る光 〜
 
                            上原 貞治
八つぁん(以下 H):こんばんは。ご隠居。
ご隠居(以下 I): よぉ、八つぁん。お久しぶりだね。こんな夜にどうしたい?
H:おいらだって忙しいですからね。そうちょくちょく昼間っからご隠居のうちに来てられませんや。
I:よく言うね。ま、こちらは暇だから、夜でも時間があったら来ておくれよ。
 
望遠鏡の基礎原理
H:さて、今日は望遠鏡で、星がその、回折なんとやらで何とかなるとかそういう話でしたね。
I:うん、そのまあ何とかの何とかの話なんだけど、その前に、望遠鏡で星が見える仕組みを確認をしておこうか。
H: 確認もなにも初めからほとんど知らないので、よろしくお願いいたしやす。
I:じゃあま、反射望遠鏡から考えよう。屈折望遠鏡はレンズが面倒なので後回しだよ。反射望遠鏡は、凹面鏡を使うんだが、これが、ニュートン式では、放物面鏡ということになっている。断面が放物線でそれの回転体になっているんだが、そんなことはどうでもいいやな。次の図は、放物面鏡で星の光が反射して、1点に焦点を結ぶ図だ。ニュートン式には、斜鏡というもう1枚、鏡があって光を90°曲げてんだが、図がややこしくなるので、斜鏡は省略するよ。斜鏡は平面鏡で光の向きが直角に曲がるだけだから、省略してもいいよね。
H:はいはい、ようがす。話を簡単にするためなら、ややこしい部分はどんどん省略して下さってけっこうです。ご遠慮なく、どんどん。
I:おいおい、まじめに聞いてくれてんのかね。それで、星からの光は、平行光線で、図のように、望遠鏡の軸の向きに平行に入ってくる星の光は、軸上、すなわち、視野の中心に焦点を結んで1点に集まるわけだ。
H:そうですか。それが焦点。
I:そうだ。ここにスクリーンやフィルムを置くと、光が集中して焦げるような気がするから「焦点」っていうんだな。
H:太陽光と虫眼鏡で火が付く原理ですね。長寿番組「笑点」とはわけが違う。
I:うんそうだ。そして、この焦点を接眼レンズで覗くと星が点に見える。星は、遠くにある恒星で、大きさは見えないものとしておくれ。
H:とりあえず了解です。
I:たとえば、またそのそばに別の星があって、今度は望遠鏡の向きにちょっと斜めに入ってくるとして、その星の光は、次のように、ちょっとずれた所に焦点というか点像を結ぶ。望遠鏡の原理で大事なことは、入ってくる光の方向の違いが、像の位置の違いに反映されるということだ。
H:ほう、ほう、そうですか。それは、難しいことをしているんですね。
I:難しいこともなにも、そうしないと、ものの景色というのは見えないんだ。我々の目玉だって、あっちやこっちから入ってくるいろんな向きの光を網膜上の位置を変えて画像にしているから、ものが形としてみえるんだね。
H:ほーう。そう考えるとえらいものですね。 おいらは、そこにある四角いものが四角く見えるのは当たり前と思っていましたけど、空中では光の向きの違いで、また、目玉でそれを場所の違いにして形になおしているわけですね。
 
望遠鏡の光路長・反射望遠鏡
I:これで、望遠鏡の基本の話はよしとして、光の波としての性質を考えてみよう。
H:回折というのは、光の経路の長さがいくらか違うと、位相の違う波が重なって消えたり消えなかったりするんでしたよね。
I:そうだそうだ。ではここで問題だが、上の2つの図それぞれで、焦点に集まる5本の光路が描かれているが、これらの5本の光線の星から焦点までの距離の違いはどうなっているでしょうか。
H:え、こいつは難しいな。星はずっと遠いんだよね。よくわからんので、まず平行線の部分は同じ長さとして、望遠鏡の中はどうだろか。中心通るのがちょっと遠いのかな。
I:残念でした。正解は、全部同じなのでした。
H:えっ、何で・・・?
I:反射鏡の端のほうで反射した光は、望遠鏡の中を斜めによぎるので、反射した後の距離が長いんだね。
H:ふーん、不思議な凝った作りになっているんですね。望遠鏡って。
I:凝ったもなにも、こうでないと望遠鏡は役に立たないんだよ。たとえば、遠くに点光源があって、点光源は小さなLEDライトでも何でもいいけど、それを望遠鏡で見るとするよね。LEDライトの光は、凹面鏡の全面をくまなく照らすわけだ。それらがみな焦点に集まるわけだから、凹面鏡に当たって焦点にやってくる光はどれも、LEDライトから焦点までの最短距離を通っているわけだ。だから、同じ距離だろ。          
H:そういうことになりますかね。よくわかりませんが、望遠鏡がそのように設計して拵えてあるということで納得しやす。望遠鏡作っている会社さんエライ!
I:ホントに真面目に聞いてんのかね。光は2点の最短距離を通るわけだからね。最短距離でないのは、位相がばらばらで消えてしまうというのが前回の話だ。で、これらの図では、距離が同じで、位相も同じだから、焦点に集まる光は消えない。
H:ふむ。これでめでたく星が見えるわけですな。で、途中に鏡がありますが、位相は大丈夫なんですか。
I:うん、金属メッキの鏡では、反射する時に位相が一気に180°進むんだが、どの光の経路も1回反射で同じことが起こるので、回折や干渉の話をする限りは、鏡は気にしなくて大丈夫なんだ。
 
同・屈折望遠鏡
H:反射望遠鏡はわかりましたので、今度は屈折望遠鏡の話をしてください。レンズではどうなりますか。次のような図で焦点をむすぶのかな。
I:おーう、そんな感じだね。さすが、八つぁん、大工さん、あたしより絵図面はうまいね。
H:まったく変わりやせんがね。なんでレンズのガラス面で光が曲がるんですかね。
I:それは、ガラスなどの面に斜めに差し込む光は屈折するからなんだけど、その説明はいろいろあるが、今回は省略させていただいて、それが最短距離だからということでお茶を濁させておくれ。
H:茶はいくら濁してもらってもけっこうですがね。曲がったものが最短距離ってことはないでしょう。曲がっていますよ、ここでゴキっと。まっすぐ行ったほうが近いでしょう。
I:ここでいう最短は、本当は距離ではなく時間なんだね。ガラスの中では、光の速さが遅くなるんだ。だから、屈折も起こるんだけど、たとえばね、次の図のようなのがあって、これは、凸レンズの一部なんだが、レンズのガラスの部分では光の進むのが遅いんだね。それで、AからBへ行くとすると、時間的には、直線よりちょっと脇へ逸れて曲がったほうが早いんだよ。
H:そうですかね・・・ ちょっとピンときませんが、そういうものかな。
I:たとえば、ガラスのない部分は、陸地でそこを人が走るとして、ここでは光の速さを人の走る速さに喩えるよ。それで、ガラスのレンズの所は池で泳がないといけないとすると、そこで遅くなるよね、それで、多少脇に逸れても幅のちょっと狭いところを渡ったほうが、早くBに行けるというわけだがわかるかな。
H:あっ、そりゃわかります。正直にまっすぐ泳いで渡るやつは、バカの付く正直ですね。かといって、延々と池の周り走るやつも江戸っ子としてはいただけない。
I:まあそういうことで、ちょっと曲がるところに時間的な最短距離があるんだ。
H:へっ、ようがす。ということは、おいらの屈折望遠鏡の図でも、5つの光線は同じ距離というか、同じ時間で届くわけですね。
I:そうなんだ。だから、位相が同じということも同じだね。
H:えっ、位相も同じですか。距離がちがっても。
I:波が進むのが遅いところは、波長が短く詰まるんだね。波は、一定の時間周期で振動しているので、時間が同じなら位相は同じだ。
H:そうか。時間を基準に振動しないと、波がふんづまって勘定が合わず困るんかな。
I:ま、ここでは、屈折望遠鏡も反射望遠鏡も、光の波については、その効果はほぼ同じということにしておくれ。
 
口径による回折パターン
I:さてとこれでいよいよ、望遠鏡での星の見え方の話をするけどね。望遠鏡では、口径というものがあるので、やはり二重スリットみたいな干渉のパターンが起こるんだね。
H:そうなんですか。回折じゃないんですか。
I:干渉と言っても回折と言っても、この場合は同じだね。仕切られた口径内でいろんな経路を通った光が強め合ったり弱め合ったりして像をつくるんだから。 それで、次の図のような、これは屈折望遠鏡だと思っておくれ、レンズは省略しているけど。口径があると、あっちの端を通ってきた光とこっちの端を通ってきた光が干渉して、口径の端で光が急になくなっているので、その部分が回折パターンを作るんだ。おまけに、二重スリットの時のように、光路が1波長違う組、2波長違う組のところでも、光が強め合って、縞々のパターンになる。実際には、これは、望遠鏡の口径が丸いから、縞々は同心円になるんだけどね。こういうのをエアリーパターンという。
H:へえー。そんなになるんですか。
I:そうなんだよ。それでね、この、中心部分の丸のサイズをエアリーディスクと言うんだが、これが望遠鏡の分解能を決めていて、これが「ドーズの限界」の理論式をつくっているんだね。ドーズの理論では望遠鏡の分解能は、角度の116”(秒)を口径のmmで割ったくらいになるんだ。10cmの口径なら、1.16"だね。この角度より接近している2個の恒星は望遠鏡で分離できないという。
H:よくわかりませんが、そもそも、そんな1.16"なんて角度、望遠鏡で見えるんですか。確か、角度の単位は時間と同じで、1°の1/60が1'(分)、そのまた1/60が1"(秒)ですよね。
I:望遠鏡で倍率200倍にすると、見た目232"くらいになって、これは、目で見る角度4'くらいだから目には見えるんだが、星はそのくらいの団子になって点には見えないということだ。だから、団子の範囲にもう一つ星があったとしても分離できない。この団子がエアリーディスクだよ。倍率を上げても、口径を大きくしない限りだめだ。そして、星が明るいと、団子の周りに、2重3重くらいのリングが見える。団子もリングもその半径は口径に反比例するんだ。口径が大きいと光路の違いが角度に敏感に反映されるからなんだけど、だから、口径の大きい望遠鏡では、天体の細かいところまで見えるんだね。
H:そのリングが干渉の模様というのはいいけど、口径の端っこが干渉の形をつくるというのがちょっと感覚的に信じられないな。
I:うーん、じゃあね。こういう説明をしよう。逆に、このようにね、なにもない広い空間に円形の遮蔽をおいたとしようよ。黒い厚紙の円板の遮蔽だね。そしてそれを平行光線の下に置いたとする。するとその影の中心付近では光はどうなるか。
H:なにもないってレンズはあるんですか。
I:まあ、あるとしようか。そうすると遮蔽の真ん中の部分に光は集まるよね。それから、光路差が遮蔽の両端から1波長差、2波長差、になっているところも、干渉のパターンが出る。
H:なんか似たような話ですね。望遠鏡と。
I:うん、なにもない空間では干渉パターンは出ない。いろんな位相が均等に来るからね。無限大の完全な遮蔽でも干渉パターンは出ない。光がぜんぜん来ないからね。それで、干渉パターンは、遮蔽のヘリ辺りの光路差が生じさせる位相の不揃いで起こるのだから、遮る側でも通る側でも同じことだと言いたいのだけどね。
H:つまり、一部だけ遮って起こる位相の不揃いの具合も、一部だけ通して起こる位相の不揃いの具合も同じことだいうことですね。
I:そういうことだね。わかってくれたかね。
H:まあ、説明が回りくどいですけどね。考え方は面白いので、それでわかったことにしますか。
I:じゃあ、わかってもらえたとして、次は斜鏡スパイダーとかバーチノフマスクの回折パターンの話でもしようか。
H:いや、・・・待てよ。ちょっと待った、ご隠居。ちょっと待った。おいら重大なところに気づきましたよ。ちょっと待てよ。やっぱりそうだ。これはだまされていたかも・・・。
 
恒星からの光は1個だけ?
I:八つぁん。どうしたんだね。急に。大きな声で。
H:ご隠居、恒星ってホントは大きいんですよね。
I:大きいよ。恒星は、太陽だからね。
H:ってことは、恒星って立体ですよね。球ですよね。地球に向かってふくれているわけだ。太って腹が出た人みたいに。
I:そうですよ。
H:だったら、星から出て望遠鏡のあっちに当たった光と、こっちに当たった光は、星からの出所が違うから、距離は同じでないし、位相も同じな道理がないじゃないですか。恒星がでっかい立体で、地球に近いところや遠いところから光が出ているんだから。
I:ほうほう、八つぁん。妙なところに気がついたね。それは妙なところだが、大事なところかもだね。
H:ご隠居。この話には大きなごまかしがあるんじゃないですか。
I:確かに、恒星の表面のあっちから出た光とこっちから出た光は、距離も位相もばらばらだけど、それは、焦点に到達する時間も違うし、干渉もしないんだよ。ここでは、あくまでも、同じ所から出た同じ一つの光が、望遠鏡の鏡の別の所に当たってそして集まる場合を考えているだよ。
H:えっ、そうですか。一つの光が、望遠鏡の全面に当たりますかね。
I:あーん、前回話したでしょ。光は、波としてあらゆる好き勝手な経路を通るんだって。恒星から、ぐにゃぐにゃ曲がっても、好き勝手な経路で、望遠鏡の口径の全面に当たって、それで焦点で位相が揃っていれば、それでいいんですよ。
H:えっ、光が好き勝手な経路を通るって本当のことだったんすか。前回のはものの喩えの説明じゃなかったんですか。
I:ものの喩えは、八つぁんの道楽息子の話だけですよ。星からの光は、本当に広がって来るんです。そうでなきゃ同時に焦点に届きませんよ。光の粒の数にすると、6等星を、そこらあたりの小さな望遠鏡で見て、1秒間に10万個とかその程度の数なんだから。ぱらっぱらですよ。
H:1秒間に10万個なら多いじゃないですか。
I:10万分の1秒に1個だよ。10万分の1秒に光は3kmメートルも走るんだよ。1個光子が望遠鏡に入っても、次の1個はまだ3kmの上空にいるんだ。
H:ははっ、星からの光、すかすかですな。
I:すかすかだよ。八つぁん。6等星を望遠鏡で見ても、同時に望遠鏡の筒の中に光があるのは、1個あるかないかのすかすかなんだから。
H:ということはだね。回折パターンが見えるということは、星からの1つの光が、本当に望遠鏡全面に広がっているわけだ。驚いたね。まったく。これはー、エライものだね。
I:別に星に限った話ではないよ。地上のものでも、物を見たり、写真を取るときは基本的にそうだね。特に細工をしない限り、地上の景色でも、物体から出た1つの光がレンズ全面に広がった波になって、そして焦点に来てフィルムなりCCDなり網膜なりで1つの粒になるんだ。出発も到着も場所も時間も同じだから。どこを通ってきたかはわからない。こういうときは、光は波として全面に広がって来ているわけだ。
H:そうなんすか。喩え話じゃなかったんだ。ショックだね。
 
回折格子で見る光の広がり
I:じゃあ、ショックついでに、いま、バーチノフマスクの話をしようと思ったんだけど、それはやめて、同じことなんだけど、織物の布を通して照明を見た場合を考えよう。白いハンカチでも、サラシでもいいんだけど、繊維が平行に織ってあるのがわかる薄い布がいいな。それを目の前にくっつけて、それを通して、窓から遠くにある明るい照明を見たらどうかな、白いLEDの街灯などがいいと思うが。
H:おいらサラシ巻いてますからね。さっそくこれで見てみますか。
I:今時、腹にサラシ巻いてる人がいるんだ。フーテンの寅さん以来じゃないかね。
H:おーっ。縦向きに虹色の縞々が見えるね。けっこうはっきり見えます。
I:けっこう広い範囲に縞々が見えるよね。虹色なら、それは2重スリットや回折格子と同じの、回折による波長の整数倍の光路の効果なんだけど、広がって見えるということは、それだけ、街灯の光の波が寄り道して斜めになっているいるということだ。
H:うん、これははっきり寄り道していますね。うちにいるカミさんにバレるくらいの寄り道だ。
I:寄り道がバレる光は、八つぁんの目玉の中で最短距離の焦点とは違うところに来ているので、焦点の所に来た光とは別物なんだけど、同じ照明の同じ場所から出た光でも、それだけの広がりを持って波として飛んでいるということの証拠だよね。
H:寄り道自由で楽しそうだな。なんかうらやましいような話だね。おいらも光の波のようにぱっと広がれるといいな。
I:あんた今日はおかしいんじゃないのか。大丈夫かね。まあ、今日は夜なのでこのくらいにしよう。
H:そうですか。光の粒が1個というのはどういうことか、まだ、説明してもらいてぇんですがね。前にご隠居は、光は粒であると同時に波ではない、粒の時は粒、波の時は波、と言っておきながら、今、光の1個が波になって広がると言いましたよね。何かまだ騙されている気がする。
I:難しそうな問題だね。ちゃんとした説明ができるかは自信がないが、まあ次までに考えておこうか。八つぁん流に、星からの光の発生まで遡って説明すればいいのかな。今夜はこのくらいにしてもらって、また、忙しくても、夜でも、ちょいちょい来て下さいね。
H:いいですけど、ご隠居も今夜はおかしいんじゃないですか。
 
                                   (つづく)
                

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