光の粒子性と波動性(第2回)
        〜 光の波はまっすぐ進む 〜
 
上原 貞治
 
ご隠居(以下 I):さて、お茶も飲んだし、光の話の続きを始めようか・・・。八つぁん・・・、おい、八つぁん・・・。眠ってるんかね。
八つぁん(以下 H):ムムム・・・。いやー、寝てはいませんよ。お茶があんまりうまかったので、考え事をしていただけでさぁ。
I:そうかね、ならいいんだが。じゃあ、続きだね。
 
波の光も直進する
H:光は波でも直進する、まっすぐ最短距離を進むということを説明していただくんでしたね。不思議な話ですよね。
I:そうかね。当たり前のことで、直進するだけなら、特に説明することもないと思いますよ。
H:だって、波ってぐにゃぐにゃして曲線ですよね。まっすぐ進むとはあっしには考えられないですけど。
I:それは、波の振れている部分と、空間を進んでいる部分を一緒にしているんじゃないかな。まっすぐ進むというのは空間を進む話で、その時は、波はただひたすら最短距離をまっすぐ進むよ。
H:へっ、よくわかりやせんが、そうですかね。波はヘビみたいにぐにゃぐにゃ進みますよね。
I:なに、ヘビだって身体はぐにゃぐにゃしていても、あれでも、けっこうまっすぐ速く進んでいると思うが・・・、まあ、ヘビではややこしいので、やはり水面の波で説明しようか。
H:はい、お願いいたします。
I:さて、ここに円いかたちの古池があるとする。その真ん中付近の水面に、空中からカエルが飛び込むとする。
H:どうやって、カエルが古池の真ん中まで飛ぶんですか。
I:そんなことどうだっていいやね。助走つけて跳ぶのでも、池の上にある大木の枝から飛び込むのでも何でもいいんですよ。古池の昔の話なんだから。
H:むちゃくちゃですね。じゃあ、まあ、飛び込んだとしましょう。
I:すると、飛び込んだところを中心に、リング状の波ができる。この波は、上のほうに水が出っ張っているから水面の波に違いないが、だんだんリングが大きくなるので、中心から離れて、池の周りのほうに進んでいく。図をご覧よ。
H:そうですね。画はまずいですが、まあわかります。。
 

 
I:ここで、一人の男が、古池の周りの1つの場所に立って飛び込むカエルと水面の波を見ていたとする。
H:松尾の芭蕉じいさんですな。
I:そうすると、このじいさんにとって、カエルの飛び込んだ場所から自分の足下までやってきた波の1点は、まっすぐ一直線に進んできたように見えるだろう。
H:おっと、そりゃそうですがね。・・・何かおかしいような。
I:何がおかしいかね。古池ができた昔からずっとそうで、おかしいことも何ともない。
H:そもそも、「波の1点」って、本当に1つの点があって、それが動いてきたわけですか。それだったら、波じゃなくて粒でしょう?
I:うーん、八つぁん、それはなかなか鋭い言い分だが・・・。ここで「1点」と言ったのは、言葉のアヤってもんで、波のリングのかたちの出っぱりの自分にいちばん近いところを見ていると、それはそのまま自分に一直線に進んでくるという見た目の話をしているだけですよ。もちろん、「1点」というゲンブツの粒があるわけではない。水の形が移動しているだけで、池の真ん中へんの水が、周囲まで引っ越ししたわけではないね。
H:波は見た目のかたちってことですね・・・。まあ、そう見えることは認めやしょう。問題は、ぐにゃぐにゃした波なのに、なんでこの場合まっすぐ進むかということじゃないですか。
I:そこは、古池と芭蕉翁だけでは納得いただけないだろうから、もうちょっと真面目な説明をしますか。
 
波はぐにゃぐにゃ進んでも結局まっすぐ進む
I:確かに、波は、曲がって伝わったり障害物を回り込んだりすることもできるんだが、何もない空間では、思う存分ぐにゃぐにゃ曲がって進んでも、結局はまっすぐ進むことになるんだ。
H:はぁ? まったくついて行けませんが。 思う存分ぐにゃぐにゃ曲がって進んだら、なんでまっすぐ進むことになるんですか。
I:というか、思う存分に曲がった結果として、まっすぐ進むことになる、というのがいいかな。
H:ますます理解出来ません。道楽息子が好き放題に遊びほうけた結果、真人間になるような話ですか?
I:ちょっと違うんだが。光の波には、位相というのがあるんだね。
H:「イソウ」? 何ですか、それ。
I:「位相」だね。光に限らず、波には位相といって、そのなみなみの局面を表す数値というか、なみなみの「1山1谷」を1周期として、これを角度だと思うんだ。1周期で360°進むとする。
H:1山1谷で360°ですか。
I:うん、その後は、400°、500°と進んで、720°で2周期になる。
 

 
H:ほう、でも、360°になった瞬間に0°に戻ったと考えてはいけないのですか?
I:それでもよいが、まあ、位相というのは、ぐるぐる単純に同じ速さで同じ方向に回っているイメージだから、「戻る」というのは不適切かもしれんね。車輪が一方方向にぐるぐる回るのが位相だと思ってくれ。
H:なるほど、車輪が位相で、車輪が回ると車輪を付けた自動車全体はまっすぐ進むというわけですね。その位相がどうしました。
I:で、光などの波は、あらゆる異なった位相の波が1箇所に集まって重なってしまうと、山と谷がきれいに打ち消し合って何もなくなってしまうんだ。
H:へーぇ。そんなにきれいになくなりますかね。
I:いろーんな位相の値が平等に重なると、本当になくなる。なみなみの凸凹が無数に重なって、相殺して平らになるということだ。
H:ということは、光にとっては、どういうことですか?
I:例えば、電球などの光源の1箇所から、光が出て、それらが同時並行的にいろいろな経路をたどって、観測者のところに向かったとする。途中はどんなにぐにゃぐにゃ曲がっても良い。次の図では、スタートからゴールまで、光は好きなコースが取れるとする。
H:ムチャクチャな仮定をしているような気がしますが、まあ、そうだとしやしょう。
I:ただし、光の速さは一定で、波長も一定で、だから、同じ距離を進むと位相も一定だけ進むとする。だから、寄り道してきた光は、位相もその距離に比例して余分に進むんだ。自動車の車輪と同じだね。出発点では、それぞれの位相は同じ、簡単のためにゼロ度としよう。
H:なるほど、すると寄り道を許せば許すだけ、いろんな位相の光がやって来ることになりそうだな。
I:図では、いろんな経路を通った光の位相の1周期、つまり360°毎の区切りに目盛りを付けたよ。これで、好き勝手な経路の光をゴールの1点に集めると、あらゆる位相が平等にやってくることがわかるだろう。だから、寄り道した光は、互いに打ち消し合ってしまうんだよ。
 

 
H:なるほどそうか・・・。寄り道同士で消えますね。えっ、だったら、光は全部消えてしまって、そこのところには光はゼロになるんじゃないかな。たくさんの光が届いているのに、結局、光が届いていないことになるんですか。
I:不思議なことに、互いに打ち消し合う光については、結局、届かなかったことになるんだな。しかし、全部打ち消し合って全部ゼロにはならないんだ。最短距離を進む光は、打ち消されないんだよ。 また、最短距離よりもわずかに寄り道をしただけの光も打ち消されない。多少の寄り道同士ならどの光も最短距離よりわずかに長いということで等距離だからね。最短距離の光と近い位相を持っているから打ち消されない。最短距離付近だけは特別なんだ。
H:最短距離は時間が早いからですか。
I:というよりは、最短距離付近では、極値というか、最短距離より少し経路の長い距離の光が多くなっているからだね。最短距離よりもちょっとだけ長い距離の光はたくさんあるが、最短距離より短い距離の光はまったくない。この非対称性が、打ち消し合うのを妨げている。対称だったら、少し長いのが少し短いのによって打ち消されるが、いろんな波がべたーっと来ているとしても、最短距離付近だけは特別で、そこだけは打ち消されない。最短距離に対応する位相と1周期くらいのずれ、つまり、+360°くらいは、打ち消されずに残るんだ。
H:そういうことになりますかね。すぐには、よくわかりませんが。
I:計算してみたらわかるんだが、ここでは計算はしないがね。光の数の図でも書いておけば、理解の足しになるかね。最短距離付近の光は打ち消す相手がない。最短距離よりある程度寄り道してきたのは、位相は自由になるから寄り道同士で打ち消し合う。結局、最短距離、つまり、まっすぐ付近を進んできた光だけが残る、という説明でどうかな。
 

 
H:うーん、ま、同じような説明の繰り返しで、話が進まないので、そういうことにしましょう。
I:ここで、大事なことは、このために、経路の光は1波長くらいは、曲がって進むということなんだ。また、その程度の寄り道に費やした時間も測定にはかからない。光を観測して、仮に粒として認識したとしても、それは波長程度の広がりを持っているということになるんだ。これが、量子力学の不確定性原理につながるんだがね、その説明は省略させてもらう。
H:でも、光の波長くらいだとするとわずかの長さですね。顕微鏡でも見えないくらい。
I:うん、目に見える光の波長は、例えば、500ナノメートル、つまり、1ミリメートルの1000分の1より少し小さいくらいだ。ミクロの長さだね。上の理由から、光の波長より短い構造は、光では観測できないことなるので、八つぁんの言うとおり、光学顕微鏡では観察できない。また、それだけの距離を走る時間にしても、光速で割り算すると、1京分の1秒くらいだね。
H:じゃあ、絶対にわからないじゃないですか。
I:ところがそうじゃないんだ。この1波長の距離の差は、角度をもって斜めに差し込む2本の光線を考えると、目に見えるくらいの角度になる。また、望遠鏡のように角度を拡大する光学装置では、簡単にその効果が見えるんだね。だから、光の波の性質はバカにならないんだよ。
 
二重スリット
I:ここで、歴史的に有名なヤングの「二重スリット」の例を挙げよう。光源が遠くにあって、黒い紙に二つの縦長の穴が接近して空いているスリットを手前に置いて、そのまた手前にスクリーンを置くとする。スリットからスクリーンまでの距離を適切に調節したとしよう。
H:ほいほい。
 


I:2つのスリットの真ん中が、光源からスクリーンへの最短距離の線に当たるように、すべて左右対称(上の図では、上下対称)になるように置く。光もスリットに垂直に当てる。図のようになるね。そうすると、2つのスリットの間隔が十分狭い場合は、スクリーンには2本の光の筋が別個に現れるのではなく、それが重なったような形になって、対称の点がいちばん明るくなるんだ。直進する粒子だと2本のスリットのかたちに明るくなるはずだが、上で説明した波の位相の働きがあるので、そういうかたちにはならない。
H:そうか、この点は、2つのスリットから等距離だから、左右の経路で位相が同じになるからだね。
I:ここで、2つのスリットの間隔を2ミリメートル、スリットからスクリーンまでの距離をちょうど4メートルとすると、2つのスリットの穴から、スクリーンの最短の対称点までの距離を計算してご覧。
H:おっ、ピタゴラスの定理ですね。おいらの得意のヤツだ。おっと、桁が大きくて、ルートを取らないといけないので、スマホの電卓アプリを使わせてもらいますよ。2辺が、1ミリと4000ミリの直角三角形の斜辺は、っと、ルートを取って、おっと、ゼロがたくさん並んだね。4メートルよりたった、0.000125ミリ長いだけなんだね。スリットの間隔に比べればわずかなものだ。
I:直線距離との差は、目で見える光の波長よりいくらか小さいくらいだね。このくらいだと、真ん中のところがいちばん明るく見える。また、スリットの間隔の2ミリも近寄ればハッキリ見えるし、物差しで像との関係を測量することもできる。さらに、左右の距離の差がちょうど1波長、2波長のところも少し明るくなって、全体に縞々模様が現れる。この縞々の間隔は、光の波長によって変わるが、光の波長が500ナノメートル(0.5マイクロメートル)だと、ちょうど1ミリメートルとなる。スクリーンまでの距離と2重スリットの間隔との比が波長の拡大倍率になる計算だ。こういう、違う経路を通った光が重なって、弱め合ったり強めあったりする現象を「干渉」と言う。
I:干渉ってどういう意味ですか。人のしたいことに口を出すこと?
H:さっきの経路の話と同じで、位相と経路が違う波が光を強めたり打ち消し合ったりすると意味ですよ。2重スリットでは、両方のスリットを通った光が互いに干渉するんです。では、ここで、2重スリットの間の黒紙の部分を切り取って外して、長方形の1つの穴にしたらどうなるでしょうか。
H:穴が1つになったから、もう干渉は起こらず、縞模様も出ないんじゃないですかね。
I:うん、干渉も縞模様もだいたい無くなるが、でも、そう物事は簡単ではない。光の通り道に境界線があるからね。もともとスリットだった、長方形の両端のあたりの光は、やはり干渉をおこし、わずかながら光の濃淡を作るし、長方形の枠外にも多少回り込み、明暗のエッジも波打ったようなパターンになる。こういうのを「回折(かいせつ)」というよ。
H:そうなんですか。1つの穴でも、そういうことが起こるんですね。
I:1つの大きな穴も、実は、いくつかの穴が並んで空いているようなものだから、回折のパターンが残るんだね。そのパターンを決める原理は、上の二重スリットの干渉と同じなんだよ。前に言ったように、何も邪魔者がない空間では、光はまっすぐ進む。でも、多少なりとも障害物があれば、その境界で位相の分布が乱れるので、光は曲がることになるんだ。
H:なるほど。やっぱり、馬鹿な息子や娘でも、自由にさせておけばまっすぐ育つ。親が邪魔や干渉をすると、ヘソを曲げるってことですか。
I:まあそれはいいとして、こういうのは、単なるスリットではなく、望遠鏡で説明した方がわかりやすいかもしれないね。反射望遠鏡とか屈折望遠鏡で星を見た場合だね。望遠鏡で、星がどんなふうに見えるか。
H:へっ、ここで望遠鏡が出てくるのですか?
I:望遠鏡には、口径というのがあって、限られた窓口から星を見ているだろう。窓口には枠という境界があってこれが回折のパターンを作るんだ。そのパターンはとても小さいのだけど、接眼レンズで、100倍とか200倍に角度が拡大されるから、目で見てもはっきりと見えるんだね。
H:なんか、それは、天体望遠鏡で見え方の説明にもなって一石二鳥ですね。
I:これは天文同好会の会誌なので、ネタとしては一石三鳥だね。うまい話でありがたく続きをやりたいが、今日はもう疲れたので、これはまたの機会にしよう。
H:そうですね。お年寄りに無理をさせてはいけないので、今日はこのくらいにしましょう。
                            (つづく)


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