大彗星? 暗くなる? の見分け方?
                          上原 貞治
 
 ふざけた題名ですみません。そんなにふざけているつもりはなく、意図がわかりやすい題名にしたつもりです。新しい彗星が大彗星になるかも?という天文ニュースが報じられても、期待に反して明るくならなかったり、分裂したりで予想より大幅に暗くなってしまうことがありますよね。こういう彗星を何とか事前に見分けて運命を予想する方法がないか考えてみました。大したアイデアではなく、結果もまったくたいしたことはないのですが、長年気になっていたことをせっかく調べたので、ここに報告させていただきます。
 
 彗星というのは、太陽にいちばん接近した時に、だいたいいちばん明るくなります。多くの場合、太陽までの距離の4乗〜6乗に反比例して明るくなります。このような感じで明るくなれば順当なのですが、順当に明るくならない場合も時にあります。もし、彗星がかっちりしたただの固体であれば、その明るさは太陽まで距離の2乗に反比例するはずですが、それが4乗とか6乗とか激しく明るくなるのは、彗星自身が暖められて内部から膨張したガスが吹き出したり、それにつれて彗星の固体部分の一部が剥がれてダストが振りまかれるためです。これは、彗星自身にとってもリスクでありまして、太陽に近づく途中で噴出できるガスが枯渇したり、悪い場合は全体が脆くなって分裂してしまう可能性があります。分裂すると、一時的に明るくなる場合もありますが、すぐに拡散して全体的に薄くなってしまい、大彗星にはなりません。
 
 そこで、太陽に近づく前にこれを見分ける方法ですが、何十年か前に、「離心率に注目せよ」ということを何かの本で読んだことがあるように思います。このアイデアの出所に確固とした記憶はありませんが、その理屈ははっきりしていて、これによって、彗星がこれまで太陽に何度も近づいているか、今回が初めてかというのを見分けようということです。これまでに太陽に何度も近づいている大彗星なら、過去の接近で分裂しなかった実績があるということなので、今回も分裂してしまうことはあるまい、という考えです。もちろん、これまで何度も太陽の回りを無事に回っていても、たまたま今回初めて潰れる可能性はあるわけですが、初めて太陽に近づいた新参者よりは、はるかに信頼が置けるだろうということで、合理的な考えだと思います。
 
 ここで、補足しますと、「離心率」というのは、彗星の軌道の楕円の形を示す平面幾何の変数です。楕円軌道だと離心率は1.0未満、放物線軌道だとちょうど1.0、双曲線軌道だと1.0より大きいことになります。単純に考えますと、彗星が周期彗星であることと彗星の軌道が楕円軌道であることは等価です。つまり、周期彗星なら離心率は1.0未満、その逆もまた真ということになります。
 
 また、傾向として、確かに周期彗星であることが知られている多くの彗星は、表面にすでにヤキが入っていて、太陽から遠い時はそれほど明るくないが、太陽に近づくと急速に明るくなる傾向があります。いっぽう、新たに見つかる新彗星には、新参者とみられる彗星が確かにあり、こういうのは太陽から遠い時にすでに明るいが、太陽に近づくに従って表面物質が枯渇してくるのか、明るさが伸び悩むという場合がよくあります。でも、それで、新参者の大彗星候補が分裂してしまうとか暗くなってしまうのかというと、そこまではよくわかりません。それでも無事に生き残ってそれなりに明るくなるものも多いからです。
 
 予想はこのくらいにして、実際、統計を取って数えてみました。彗星の対象は以下のように選びました(事前に適当に決めたものです)。
 
・地上から6等より明るく観測された離心率が1.0に近い彗星
・かつ、離心率を含めて軌道が計算され、近日点距離が1.5天文単位以下の彗星
◎それの離心率の統計を取る。
◎この彗星が、通常の光度上昇予想と比べて、近日点付近で2等級以上の減光をして、その後、立ち直れなかったかどうかを判定する。
 
 最後の判定で、「大減光なし」、「大減光あり」の2種類に分けます。当初のもくろみ通り、離心率1.0未満の彗星が1.0以上の彗星よりも「大減光あり」の比率が小さくなっていますでしょうか? 以下、毎年の誠文堂新光社『天文年鑑』の中野主一氏による彗星出現の記事のグラフと、Webの吉田誠一氏のページ(*)のデータを参考に、1996年から2020年までに現れた彗星について調べてみました。目でグラフを見て手作業でカウントしたので多少の誤差はあるかもしれませんが、大勢には影響していないと思います。合計、34個の彗星によることになります。十分な数ではないかもしれませんが、25年ほどで、ともかくも6等より明るく観測される彗星はこれほどあるのです。
 
図: 大減光の有無による彗星の統計。横軸は離心率。彗星の選別の詳細は本文を参照。今回の対象となる範囲では、過去から知られている短周期彗星を除くと、彗星の離心率はすべて0.995〜1.001の範囲にあった。

 さて、結果からいいますと、離心率が1.0以上か1.0未満かで、単純に、彗星が減光するかしないか見分けるのは無理だということがわかりました。やはり世の中はそんなに単純ではないということでしょう。理由として考えられるのは、彗星の離心率測定にもそれなりの誤差があるだろうし、また、彗星が太陽の回りを1回以上回ったとしても、その都度、微妙に軌道が変わって常に同じ離心率の値が維持されるわけではないのかもしれません。いずれにしても、これらの彗星の離心率はどれも1.000に近すぎます。もっと彗星を長期間観測して、過去の軌道の変遷まで正確にわかるようになれば、もうちょっと正確な予想が出来るかもしれませんが、今回の実用の目的としては、新彗星が見つかってから太陽に近づく前の短期間のうちにに判定しないと予想の意味がないので、そんなことを言っても始まりません。
 
 また、少なくとも、今回見た範囲では、離心率0.997台以下の彗星で大減光したものはありませんでした。可能性としては、離心率0.997台以下は大減光しない可能性が大きいという芽はまだあるかもしれません。期待通りの結論にならなくてすみませんが、これで終わりにします。
 
* 吉田誠一 「彗星カタログ」 http://www.aerith.net/comet/catalog/index-update-j.html
 



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