金星に動植物? 〜論文紹介〜
 
                                     上原 貞治
 
1.きっかけ
 このたび、たまたまですが、面白いニュースを見つけました。2012年頃に「ロシアの科学者が『金星に動植物のようなマクロな大きさの生物がいて、それらが探査機のカメラに写っていた』と発表した」というニュースが報じられていました(これは当時の私の記憶にはありません)。その後、この説はNASAの科学者によって一蹴されましたが、再反論をしつつ詳細の再解析をした論文が2019年に発表されました。最近、その論文を読む機会があったので、内容を簡単に紹介したいと思います。
 
 背景については、「金星に生物 ロシアの科学者」という感じでネット検索をかけていただければ、2012〜2019年の間の情報が見つかると思います。しかし、それらは取材記事で、論文ではないので、信憑性を判断するには不足でしょう。ということで、ここでは、論文の記述に絞り、私の主観を入れずにご紹介したいと思います。論文は、英文、科学的記述とも、学術論文として特に高度なものではなく平易に読めるので、気になる方は直接に読んで下さればと思います。
 
2.論文
 ここで、私が読んだ論文は、以下の題名、著者、雑誌巻号とネットソースです。
 
Hypothetical signs of life on Venus: revising results of 1975 ? 1982 TV experiments
L V Ksanfomality, L M Zelenyi, V N Parmon and V N Snytnikov
Physics-Uspekhi Volume 62, Number 4
Citation: L V Ksanfomality et al 2019 Phys.-Usp. 62 378
 
https://iopscience.iop.org/article/10.3367/UFNe.2018.12.038507/meta
 
発表された雑誌 Physics-Uspekhiは、ロシア科学アカデミーの出版する雑誌、Успехи физических наук(物理科学の進歩)の英語版です。この論文の原文はロシア語(下の画像)で、私が読んだのはそれの公式英訳(上のURL)です。著者4名の所属は以下のようになっています(一部は併任)。
 
・ロシア科学アカデミー宇宙研究所、モスクワ物理・技術研究所・大学、ロシア科学アカデミー・シベリア支部ボレスコフ触媒研究所、ノボシビルスク大学
 
 
 
論文原文(ロシア語)の第1ページ:(ロシア論文ポータルサイトMath-netより)この紹介記事に利用したのは英語版である
 
 
3.題名とアブストラクトの紹介
 以下に、題名とアブストラクト(要約)全文の和訳を紹介します。拙訳ですが、適当和訳での論文引用ということで著作権的にはOKとして下さい。
 
 金星の生物の仮説的な兆候:1975〜1982年のTV観測の改訂解析結果
 L.V.クサンフォマリティ、L.M.ゼリョヌィ、V.N.パルモン、V.N.スヌィトゥニコフ
 
 地球外生物は、おそらく、地球から数十パーセクも離れた天体ではなく、太陽系にあるもっとも近い惑星、すなわち金星、において発見されたようである。この結論は、ソビエト連邦の「ベネラ(金星)」宇宙探査計画で1975年と1982年に行われたTV観測のアーカイブデータの新しい解析からもたらされた。その主要な結果である現地からの金星面のTVによるスキャン観測は、その後のどの探査でも行われていない。このユニークなアーカイブデータは、画像の精度を相当改善できる現代の技術を使って再解析された。このベネラ画像の新しい解析によって、複雑で規則的な構造を持ち、おそらくとてもゆっくりと移動可能な仮説的な生命体が、最大18件見いだされた。これらは、そのサイズはかなり大きいが、地球とは決定的に違う物質的環境の惑星上の生命の存在を示唆しているようである。水は、地球上では生命の基盤であるが、探査された金星面の着陸箇所の特徴的な温度下、約460℃では液体として存在できない。ガス状態での水分濃度も無視できる程度である(2×10-5)。水と酸素は、金星大気にはおそらくほとんど存在しない。だから、問題は、この惑星上の生命はどんなものから作られうるのかということである。我々は、仮説的な金星生物の基盤になり得る高温でも安定で存在できる化学物質について検討した。我々は、金星の仮説的生物を探査するため、それに特化したベネラよりずっと進歩した新しい探査機を金星に送り込むべきと結論する。
 
4.論文の各節の概要と一部の図の説明
 以下は、論文の各節(セクション)に書かれていることの概要と、本文から引用されている図のうちの一部の説明です。論文をざっと眺める方々の便宜のために書きました。
 
4.1 第1節 イントロダクション
これまでの地球外生命探査の歴史、生物生存のための環境的要件の研究、地球上の生物の存続に関わるDNA、RNAなどの生体物質の化学組成について議論されています。最後に、金星面の環境のこれまでの測定研究が紹介されています。
 
図1:地球の40億年にわたる大気の化学組成等の変化
 
4.2 第2節 金星の雲の中の生命の仮説
 金星の大気上層の雲の中に生命(微生物)が存在するという仮説についてのこれまでの研究を紹介しています。
 
図2:2018年に日本の探査機「あかつき」によって撮影された金星の雲の写真
 
4.3 第3節 ベネラ探査機とTV観測
 金星面に着陸してTV画像を送ってきた 1975年のベネラ9号、ベネラ10号、1982年のベネラ13号、ベネラ14号の観測方法について説明されています。これらは、これまでの金星面からのTV観測として唯一のものです。また、ソビエト連邦のベネラ金星探査計画の歴史の詳細が紹介されています。
 TVカメラには、CCDアレイ技術が使えなかった当時は撮像管を使うのが一般的でしたが、金星面の高温下ではそれは使用不可能と予想されたので、光電子増倍管が使われました。そして、反射スクリーンを動かすことによって金星面をスキャンして2次元画像化した技術的詳細が紹介されています。
 
図4:ベネラ13号の外観。上から送信用アンテナ(円筒形)、減速シールド(円盤形)、本体(球形)。本体部分最上部にTVカメラのための光の入射口がある。最下部は着陸用のショックアブソーバー。減速シールドまでの高さが約1メートル。
図5:感色スペクトル。ベネラ9,10号のTV画像はモノクロだったが、ベネラ13号、14号では、光学フィルターによってカラー画像が得られた。
 
4.4 第4節 ベネラ13号、ベネラ14号の着陸地点の大気の物理化学的特性
 ベネラ13号、14号の着陸地点の大気の観測。たとえば、13号では、温度735K(462℃)、気圧8.87 MPa、ガス質量密度59.5 kg/m3 、散乱された太陽光の照度3〜3.5 klx でした。大気は、ほとんどが二酸化炭素と窒素からなっており、微量の二酸化硫黄、水、酸素などが観測されました。
 さらに、金星面の岩石と大気中の物質との間の平衡的な化学作用について議論されています。
 
4.5 第5節 金星面の画像
図7,8:当時の処理による金星面画像
 
に対して、その視角的歪みを修正した
 
図9,10, 11:現代のデジタル処理を施した画像 
 
が紹介されています。撮像系のノイズによって、本論文で紹介されるような生命体とおぼしき(ニセの)構造が作り出される可能性はゼロに近いことが主張されています。引き続き、これらの写真に写っている生命体とおぼしき物体の映像が一部が紹介されます。
 
図12: ベネラ13号によって撮影された、「サソリ」と呼ばれている移動する物体
図13: ベネラ14号によって撮影された、「四つ葉植物」のような構造
 
4.6 第6節 仮説的な光合成 
 金星面に植物のようなものがあるとして、光合成ができるかということが検討されています。金星面には、水と酸素はほとんどないが、一定の明るさの太陽光は雲を通して届いています。二酸化炭素はあります。地球上とは環境や利用できる光の波長は違うものの、光合成によるエネルギー摂取は可能であると議論されています。
 
4.7 第7節 金星面で可能性のある生命体のかたち
 金星面で生存できる生命体の化学組成について予測されています。高温、高圧、水の欠如から、地球上と同じような炭化水素を基盤とする生命体は難しいとしつつ、 硫黄など別の元素を含むポリマーによって固体の生命体が構成される可能性が議論されています。また、考えられる生命の創生と進化の過程についても、まだ現代科学は明確な結論を出せていないとしています。
 
図16:二酸化炭素の相図。金星面は超臨界状態。
 
4.8 第8節 結論
 これまでの議論が要約され、生命体とおぼしき物が金星面で観測されたこと、金星面で生命の存続が不可能とは言えないことが結論されます。
 
4.9 第9節 付録 仮説的な生命体の形状の発見
 18件見つけたという、金星面での生命体の仮説的兆候が画像とともに紹介されています。なお、撮影は、スキャン方式でおこなれているため、同じ所を2、3度測定することによって、物体の移動の有無が検出できます。また、ピンボケの具合からも動きが検出できるといいます。
 
図17:マッシュルーム、あるいはキノコのような構造
図18:風で動いているように見える植物の茎のようなもの
図19:花と茎と葉のようなものを持つ植物のようなもの
図20:別種の花と茎と葉のようなものを持つ植物のようなもの
図21:前記2種に同じ
図22:太い茎のようなもの
図23,24:岩に登ろうとしている小動物のようなもの
図25:節構造のある小動物のようなもの
図26:撮影中に動いているように見える物体
図27,28:とぐろを巻いた蛇のように見える構造
図29:尻尾のついた特徴的な表面構造を持つ物体
図30:表面が明るい物体
図31:探査機着陸の際に殺された生物の液状痕と見られる黒いしみのようなもの
図32:ベネラ13号によって記録された金星での音。風の音かもしれない。
 
5.紹介者のコメント
 この論文を紹介するに当たっては、私の主観に基づく感想はいっさい書かず、読んで下さる方々のご興味に完全にお任せしようと思っていました。事実、すぐ上まではそうしましたが、紹介だけしてコメントをまったく何も書かないのはかえって不誠実なような気がしますので、以下にできるだけ客観的に努めたコメントを付け加えます。
 
 金星の生命がいるかもしれないという指摘は、言うまでもなく、非常に高い重要性と興味のあるものです。また、金星面からの画像撮影は、上空からの高精度のスキャンが雲の存在のために難しいことを考えると、現在の技術による再探査が不可欠です。ところが、その計画がない以上、過去の貴重な画像を新技術で再解析をすることに特筆すべき意義があるでしょう。しかし、精度はしょせん過去の技術で制限されていることに変わりはなく、ここで過度の期待を持つことは禁物です。
 見いだされた生命体とおぼしき画像については、ノイズや撮像システムの構造に起因する可能性があります。電波ノイズに起因する可能性は、計算によってゼロに近いほど小さい(vanishingly small)としていますが、どんなモデルで計算したかは書かれていませんし、計算に入っていない要因の可能性、あるいは撮像システムの機械的構造、すでに指摘されている探査機からの破片の飛散についても、もっと綿密に批判的に論文に記述すべきであろうと思います。
 現時点で、金星面で生存可能な生命の化学的組成にまで言及することは尚早であり、また論文としても異例であります。まず、これらの物体を無生物と仮定して(たとえば、地殻変動、気象活動、化学反応の生成物として)、表面の特徴からどのような鉱物、岩石の可能性があるか詳細に検討することを優先すべきでしょう。しかし、その上で、金星での生命の発生について、我々はそれを肯定するにも否定するにもじゅうぶんな材料を持っていない、という著者の観点についても、我々はこれを頭から否定せず、尊重するべきだと思います。
 なお、この論文でも触れられていますが、金星の上層大気中に生命の痕跡を探す研究は、着陸する必要がないので、別途、ロシア以外の研究者によっても行われています。これは、今回の研究とは手法も対象も大きく違うので、ここで関連付けて言及するのは避けておきます。


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