ハリーに次ぐもの
 
                                        上原 貞治
 
 またも奇妙な題名で申し訳ありません。ここで、「ハリー」はあの有名なハレー彗星のこと、「次ぐもの」はジェームズ・ホーガンのSF小説の有名作「星を継ぐもの」のパクリで(題名だけ)深い意味はありません。ちょっとレトロモダンな味を出してみました。なお、ハレー彗星の軌道を計算した天文学者エドモンド・ハリーは、「ハリー」と発音するのが「ハレー」より圧倒的に正しいのだそうです。ですから、ここではかの彗星も「ハリー彗星」と呼ぶことにします。
 
 さて皆様、ハリー彗星はご存じですよね。1985〜86年に地球と太陽に近づきました。この時はそれほど明るくはなりませんでしたが肉眼光度にはなりました。76年周期なので、2062年までもう帰ってきませんが、その時は大彗星として見られることが期待されます。でも、周期が長いので、せいぜい一生に1回か2回だけ見られるかどうかという彗星です。ここで、皆様、不思議に思われたことはありませんか? 
 ハリー彗星は大彗星で周期彗星である。一生に一度くらいしか見られない。それで有名である。では、他に、このような大彗星になる周期彗星はないのか? 周期彗星はたくさんあって時々双眼鏡で見えるくらい明るくなっているのはあるみたいだが、ハリー彗星以外に「何年ごとに大彗星になる」という話は聞かない。本当にハリー彗星だけなのか!? そうだとしたら、それはなぜか?
 
 と、私も不思議に思ったものでした。長く彗星ファンをやったので、今ではハリー彗星に匹敵するような周期彗星は他にないことを知っています。ハリー彗星が1つあるだけでラッキーと思うべきです。しかし、それに次ぐクラスの彗星ならあるかもしれません。そこで、「ハリーに次ぐもの(明るい周期彗星)」について調べてみることにしました。
 
1.条件
 ここでは、「ハリー彗星に次ぐ彗星」として、次のような3つの条件を課します。以前に私が書いた「大物周期彗星」に似た条件です。
 
1.これまで、2回以上の出現(回帰)で、5.5等よりも明るく観測されていること。
2.周期が20年以上150年未満であること。
3.今後も5.5等より明るく観測できる可能性があること。
 
 ハリー彗星は、もちろん、これらの条件に楽々当てはまります。1.の条件は、過去の公転周期を隔てた複数回の回帰で、肉眼で観測できる可能性のある5等以上の明るさでの出現を要求するものです。これは、過去の実績として最低限の要求です。2.は、周期の範囲の限定です。20年以下の周期の周期彗星は多くが知られていて、繰り返し観測されているのも多いですが、毎回帰でコンスタントに5等程度まで明るくなっているものはありません。たまにそれくらい明るくなる彗星はありますが、そういうのはたまたまバーストを起こして明るくなったとか、地球との位置関係がものすごく好条件になったとか、とにかくたまたまなのです。周期が短いとたびたび地球の近くにやってくるので、複数回たまたまが重なることもあっても、それは実力ではなく、公転周期ごとに明るくなるわけでもないので、はじめから除外します。
 また、長い方の制限(150年未満)は、人の一生よりあまりに長いと、一生に1度も見られない人が多数派になってしまいますので、人間の健康寿命の2倍程度におさえました。これより周期が長い大彗星はいくつかありますが、見られるかどうかは個人の生きた時代に依ることになります。3.は、すでに消滅しているなど今後明るくなる見込みがないものは、紹介してもしようがないので排除するものです。
 
2.結果
 結果は、(ハリーを除外して)以下の3つの彗星だけです。いずれも1.の条件突破に余裕が小さく、これだけとっても大彗星ハリーがいかにラッキーな存在であるかがわかります。以下、個別に紹介します。
 
12P/Pons-Brooks 彗星
23P/Brorsen-Metcalf彗星
122P/de Vico彗星
 
過去の出現状況は、Gary Kronkの著書 Cometography、将来の出現については、吉田誠一氏のデータベースを参考にしました。
 
 2.1  12P/Pons-Brooks  ポンス・ブルックス彗星
 この彗星は、1812年7月21日に、フランスでポンスによって発見されました(この発見者Ponsの正しい発音は「ポンス」です)。 同年8月に肉眼で見え、2度の尾も見られたといいます。この時の最大光度は4等であったと推定されます。その後、軌道計算がされ、エンケが周期70.68年の軌道を計算しました。これによって、次回の回帰が1882年頃と予想されました。
 この彗星は、1883年に米国でブルックスにより再発見され、多少、不安定な光度上昇でしたが、最終的に、肉眼光度の3等に達しました。次(前回)の出現は、1953〜54年に起こり、この時は6等までしか明るくなりませんでした。周期は、約71年で確定しています。
 次回の出現は、まもなくですが、2024年に起こります。2020年時点ですでに23等で観測されています。順調にいけば、2024年の春に4〜5等で観察できると期待できます。 方角的に太陽に近くてそれほど楽な観測にはなりませんが、2024年3月から4月前半まで夕方の低空に見られるでしょう。この期間にぜひ観察なさって下さい。この彗星は、まさに「ハリーに次ぐ」価値のある彗星です。4月下旬以後は太陽の近くを南下して行きますので、北半球からの観測は不可能です。
 そのまた次の出現は、2095年の夏の明け方の空で、やはり4等まで明るくなると予想されています。
 
2.2  23P/Brorsen-Metcalf ブロルセン・メトカーフ彗星
  この彗星は、 1847年7月20日に、ドイツでブロルセンによって発見されました。その後、地球と太陽に接近し、増光しましたが、肉眼で見られるほどは明るくならなかったとみられます。71〜75年程度の周期の軌道が計算され、1919年頃に次の回帰が予想されました。
 1919年8月、この彗星は、米国でメトカーフにより再発見されました。このときは、北半球での観測条件が良く、4.5等まで明るくなりました。これで、約71年の周期が確立しました。その次(前回)の回帰では、1989年夏から秋に明け方の空で5.5等まで明るくなりました。筆者(上原)も、つくば市で観測しました。
 次回の出現は、2059年初夏に予想されていますが、残念ながら、この時は地球との位置関係が悪く小望遠鏡を使っても楽には見られないものと予想されます。
 
2.3  122P/de Vicoデビコ彗星
 この彗星は、1846年2月20日に、ローマ大学天文台のデビコによって発見されました。3月まで最大光度5等で観測されたのち徐々に暗くなっていきました。その後、複数の天文学者によって 69.7 〜75.7 年の周期が計算されました。
 しかし、熱心な探索にもかかわらず、1922年頃と予想された次の回帰には見つけられませんでした。それで、この彗星は行方不明〜失われた大物周期彗星〜ということになってしまいました。
 ところが、1995年9月18日明け方(日本時間)に日本の中村祐二氏、宇都宮章吾氏、田中正明氏が発見した「新彗星」がほどなくこの彗星であることがわかりました。この再発見により、74年周期が確立しました。この時は、5.0〜5.5等まで明るくなりました。筆者(上原)もつくば市から観測しましたが、緑色の本当に美しい彗星でした。
(西中筋天文同好会・彗星眼視観測報告(1995年)http://seiten.mond.jp/cometobs/cobs1995.htm
 それで、なぜ1921年に観測されなかったのかということですが、この時(おそらく1921年夏)にチャンスはあったものの、地球との位置関係が悪く、予報なしに楽に発見できる状態ではなかったと推測されます。次の回帰は2069年10月と計算されています。肉眼光度になるかどうかは微妙ですが、小望遠鏡で観測可能と期待します。
 
3.周期が似ている
 ここで、周期76年のハリー彗星のほか、上記のハリーに次ぐ3彗星のいずれも、71年、71年、74年、と同じような周期を持っていることが気になります。我々は周期に強い前提条件をかけていません。偶然とは思えませんが、これはどういうことでしょうか。
 これら4彗星の軌道はまったく違います。ハリー彗星だけは地球と逆方向に公転しています。ブロルセン・メトカーフ彗星は順方向で、残りの2彗星は、軌道面が地球の公転面に対して垂直近くに立っています。また、2彗星の地球公転面を横切る場所は大きく違っています。おおざっぱにいうと、太陽にもっとも近づく点(近日点)は、ハリーに次ぐ3彗星はだいたい似たようなところにあります。でも、そこにいたる軌道がまったく違うので、この3彗星は無関係です。また、ハリー彗星の近日点は3彗星とはまったく違う方向です。
 よって、4彗星は別々の起源ですが、遠日点距離がどれも33〜35天文単位なので、この程度の遠地点距離を持つ周期彗星は大彗星になりやすいのでしょうか。でも、軌道の確定後に彗星が成長するはずはなく、それは因果関係逆転のおかしな話です。大彗星の供給源に起因する何らかの傾向があるのかもしれません。


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