うるう秒の厄介な問題
上原 貞治
 
1.うるう年とうるう秒の違い
 今年2020年は閏年である(「閏年」は「うるうどし」と読んでいただきたいが「じゅんねん」でも間違いではない)。西暦が4で割り切れる年が閏年、または夏のオリンピックのある年が閏年であることを知らない方はいらっしゃらないであろう。
 なぜ、閏年と言うめんどくさいものがあるのか? これもよく知られていて、地上の季節変化と密着している地球が太陽を1回回る1年の周期が、正確に365日ではなくて、ほぼ365日と1/4日だからである。この1/4が4年積もると1日余分の日ができるので、2月29日を設けて1年を366日にする。これが閏年である。
 閏年は本当にめんどうくさいですか? まあ、無いよりは面倒くさいが、4年に1回来ることをよく知っているので、厄介だというほどめんどくさいものではない、というのが一般的な感触であろう。正確には、現行グレゴリオ暦の閏年は、1800年、1900年、2100年など、100で割り切れて400で割り切れない年には実施されず、400年で97回なので、もっとめんどくさいのであるが、我々の時代には2000年が閏年だったので、これはそれほど気にならない。また、1800年、1900年、2100年などが閏年でないことを記憶さえしておけば、これはさらにめんどうなことが起こることはないだろう。比較的簡単な規則で、過去、未来について定まっていることが本質的に重要なのである。現在は、コンピューターも電子時計もスマホアプリもあるので、カレンダーの日付や曜日との対応は簡単な内蔵プログラムにより完璧に計算表現できる。これらのプログラムを組むのもそんなに難しいことはなく高校の情報科のレベルでこなせる範囲である。
 さて、次に「うるう秒」とはなにか? 以後、便宜上「閏秒」と書くが、これは「うるうびょう」と読んでほしい。「じゅんびょう」という呼び名はされないからである。閏秒は、1秒を時刻の中に挿入することである。正確には挿入する場合を正の閏秒、他に削除する場合もあってそれを負の閏秒と呼ぶのだが、いままで負の閏秒は実施されたことがないので、閏秒と言えば、挿入する「正」のほうと考えていただいてよい。この挿入の実施、あるいは挿入された1秒間のことを「閏秒」と呼ぶ。閏秒が実施されるのは、世界時の6月30日と7月1日の間の変わり目、あるいは、12月31日と1月1日の変わり目である。日本時間は世界時より9時間進んでいるので、1月1日あるいは7月1日の午前9時直前となる。閏秒があった日は、1日が86400秒ではなく、86401秒になる。
 なぜ、こんなめんどくさいことをするのか? 答えは、地球の自転周期が一定ではなく、だんだん遅くなってきているので、閏秒で修正してやらないと、宇宙空間での地球の地理的な向きが時刻表示と合わなくなっていくからである。ざっくりというと1日の長さ(以下 LOD (Length of Day)と記す。「平均太陽日」に同じで、ほぼ正確に24時間=86400秒)が一定でなく変化をするので、我々の生活上の時刻表示をそれに合わせて修正するために閏秒がある。 これは、本当にめんどくさい。なぜならば、閏秒をいつ入れるかは将来にわたって決まっていないからである。入れるとしたら、1月1日あるいは7月1日であるが、毎回この日付に入れるわけではない。入れないことのほうが多い。あらかじめ決まっていないので、地球の自転周期を観測して、それから閏秒の実施を決定し、世の中に知らせる、知らせを受け取った者は自分の器械に組み込む、という手続きをずっと継続しないといけない。これは本当にめんどくさいことである。めんどくさいだけならよいが厄介な問題である。厄介な理由は、もちろん、閏年が、予測不能、すなわち不規則に挿入されるからである。
 
2.閏秒の理由と実態
 閏秒がこれまで不規則に入れられてきた理由と実態は、Wikipedia「閏秒」を見ていただけば詳細に書かれている。しかし、それをたどるのは本記事の主旨ではないし、読むだけでもめんどくさいと思うので、ここでは、そのあらましのみを述べる。
 1972年に閏秒の制度が始まってから、今(2020年年初)までの49年間で、正の閏秒が合計27回(+27秒)実施された。マイナスの閏秒は1回もなかった。これは、一般に「地球の自転がだんだん遅くなってきているから」と説明されるが、実はWikipediaにも書かれているようにこれは短期的には正しくない。1972年の時点で、すでに、1日の長さ(LOD)が86400秒よりある程度長かったからである。
 この86400秒というときの1秒の長さは、セシウム原子の発する電磁波を用いて物理化学的に定義されていて、地球の自転とは関係がない。この原子時計による1秒の長さが1967年に定義された時点で、その1秒の長さは、1900年時点における地球のLODに合わされた。これが失着のもとである。いわば、1900年から1967年のあいだに地球の自転が遅くなっていたのが理由である。1972年以降、現在までの間に地球の自転はそれほど遅くなってはいない。それは、閏秒が入るペースを見ればわかる。1970〜80年代はほぼ毎年のように閏秒が年に1回入れられていたが、21世紀に入ってからは、閏秒が実施されない年のほうが多い。
 しかし、ここで現状の擁護を多少すると、1967年以前から1秒の定義として1900年の自転速度が使われており、1秒の長さを1967年に変更することは当時の物理学工学に与える影響が甚大で実際のところ出来なかったというのが真相であろう。また、長期的傾向としては地球の自転はふらつきながらもだんだん遅くなるので、どちらみち、1秒の長さを固定すれば将来にわたって閏秒をまったく入れない、というわけにもいかないのである。現状は、やむをえない選択だったと言えるだろう。
 
3.閏秒の厄介さ
  閏秒の厄介さが問題になったのは、コンピュータが世の中、特に経済や社会インフラを支配するようになったからである。閏秒はいわば不規則に挿入される1秒である。コンピュータシステムには扱いにくい。これは「コンピュータの時計を合わせにくい」という意味ではない。コンピュータの時計は、電波時計やGPSを外付け接続あるいは内蔵させて合わせても良いし、近年では、インターネット上にある「時刻サーバー」から時刻情報をもらってくれば良い。スマホなどを使っている人は、いちいち時計合わせの意識をしなくても、スマホの時計はいつも正確であることを知っている(そう信じている)ことだろう。
 問題は、時計あわせではなくデータベースにある。コンピュータで、データを時系列で保管運用するときに、閏秒の扱いが難しい。たとえば、通常利用の時刻とか(世界時や日本時)やUNIX TimeなどOSのシステム時間を使うと、閏秒は無視されてしまう。余分の1秒がなかったことにされるのである。2017年1月1日8時59分60.3秒などという時間が表現出来ないからである(上記の時刻は、日本時間で実際に存在した!)。科学観測、経済のデータ、通信技術などが高速になったので、表現出来ない時刻というのはデータの記録に支障がある。だから、ちゃんとデータを切れ目なく保存するには、普通の世界時や日本時やUNIX Timeを使っていたのではだめである。どうすればよいか? 答えを言ってしまうと、原子時か地球時を使えば良い。詳細は省略するが、原子時および地球時は、閏秒があろうがなかろうが、自然のままにそれを無視して1秒ずつ進んでいく時刻で、閏秒が挿入されるたびに、世界時と比べて1秒ずつ進んでいく(差が広がっていく)。閏秒というのは、人為的に時計を1秒間止めることになるので、地球の自転に関係ない自然観測には不用のもの(あるいは誤りの元)である。コンピュータのデータベースをこういう時刻(原子時か地球時)で構成すれば問題はない。しかし、こんなデータベースは一般には使いにくいので、普通の世界時に換算するための時刻表現の換算関数、あるいは、換算した項目の追加が必要である。換算のための仕組みを用意することは必ずしも困難ではないが、この換算の表現形式が統一されておらず、異なるコンピュータシステム間で、閏秒の影響を被るデータベースの互換性が失われているということが最大の問題であるようである。もちろん、この換算表は、閏秒が実施されるごとにアップデートされねばならない。この問題を理由に、コンピュータ業界の人たちは閏秒の廃止を訴えたという。
 ところが、これは、天文業界の人の反対に合い、いまだに問題は解決していない。閏秒はそう簡単には廃止できないのだ。まず、閏秒を廃止してしまうと、将来、地球の自転がさらに遅くなったときに、累積的しかも加速的に時刻と地球の回転とのずれが起こり、何分も何十分も太陽の南中時刻がずれてしまうこともあり得る。それでも、閏秒で補正しない、というようなことはとうてい納得がいかない。だから、閏秒の完全な廃止は原理的にできないことになる。また、恒星その他の天体を電波望遠鏡などで観測している天文台などでは、地球の自転と時刻の関係が1秒以上ずれると、観測装置の使用に困難が生じるという。閏秒が挿入されることを前提に機器の制御プログラムが作られているのであろう。
 
4.本当に厄介なのか
  このように閏秒は厄介な問題を生んでいて、廃止するかしないかでもめている状態である。しかし、ここからは筆者の見解であるが、これは本当に厄介な問題であろうか? 解決策はあるのではないか?
 コンピュータの内部時間やデータベースは、換算表をOSに内蔵させればすむ話である。時刻に関する基本的なことなので、マイナーな追加ではないかもしれないが、まあ、OSのアップグレードの追加機能として、原子時と世界時の差の表を内蔵させればよい。将来に対して、閏秒の更新データが不明、かつその情報のアップデートの手間が問題ならば、現行の1秒ずつ入れるというのを少し妥協して、数秒たまった際に、たとえば3年後にまとめて5秒の閏秒を入れるなどとすれば良いのではないか。その間に、データベースの更新版をダウンロードすれば良い。しかし、こうなると、世界時と地球自転とのずれは、1秒以内に収まらず、数秒はずれうることになる。これでも、日常生活に困ることはなく、困るのは天体観測家だけである。これは、天体観測家のほうの装置で解決してもらうしかない。そもそも天体観測家であっても、惑星や彗星や人工天体の追跡をしているような人は、はじめから閏秒は気にしてないのである。彼らははじめから力学時を使っている。惑星や人工衛星は閏秒の間も移動するからである。恒星天文学をやっている人の特殊事情ばかりを強調するのはおかしい。
 筆者による提案は、数年ごとにまとめて数秒入れる。その秒数を少なくとも3年前に予告する、コンピュータについては、データベース用の変換表をOSに組み込み、この3年のあいだのOSのバージョンアップ時に更新、ということである。 素人考えなので、これに問題があるとおっしゃる方は、またご指摘をいただきたい。


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