私の天文グッズコレクション(第14回 補遺編II)
 
上原 貞治
 
 長々と続けてきた本連載ですが、今回の補遺編2回目で最終回とさせていただきます。
 
8.自作日食フィルター
 これは、太陽観測用フィルターシートで自作した望遠レンズ用の日食フィルターです。2012年の金環日食用に作りました。確か国際光器から購入した輸入品で、同じシートの切れ端で、肉眼用(両目用)の日食めがねも数個作りました。これで、太陽を見ると灰色に見えます。銀河鉄道の先号(WWW版第59号)の表紙の部分日食の写真もこれで撮りました。サングラスや白黒フィルムなどが使用しづらいご時世になりましたので、こういう良質のフィルターが安価で買えることは本当に助かります。



 
9.ジャン・ペラン著  植村琢 等訳『原子』(岩波書店、1925)
 今回は、ちょっと希少価値のある書籍を何点か紹介させていただきましょう。これは、大正時代に出版された理学の翻訳書です。フランスの物理学者で、ブラウン運動の測定でノーベル物理学賞をのちに受賞するペランの主著です。原子論は古代ギリシアの昔からあり、化学の進歩により原子や分子の存在は19世紀末までにはほぼ確実になりましたが、その実体を直接的測定で確実にするためには、1910年代のアボガドロ数と分子運動の定量的な測定までかかりました。そうして、原子の存在を最終的に確立したのが、ペランの研究と著書『原子』でした。この本は、和訳の初版で、関東大震災のために出版が遅れたとあります。しかし、1926年のノーベル賞受賞には先んじました。
 横書きなので左開きなのですが、外見上は日本式の右開きになっていて、初めて中身を読もうとすると、おやっと思うことになります。この本は、後に、岩波文庫になり、日本人にとっての理学古典の名著の一つとなりました。 

 
 
10. 草下英明著 『宮澤賢治と星』(私家版、甲文社、1953)
 これは、科学解説者の草下英明氏の自費出版本です。500部だけの限定出版で、草下氏の宮沢賢治の星に関わる文学への個人的な思い入れから出版されたものです。のちに別の出版社から再版されましたが、野尻抱影の序文と内容の一部は、草下氏の事情(私情?)により削除されています。生前の宮沢賢治は文学者としてはほとんど無名で、今日では知らぬ人がいないような作品でも、亡くなるまではほとんど知られていませんでした。その賢治の星の世界を分析し世間に広めたという点では草下氏の力が大きいと思います。賢治文学のすばらしさは子どもが読んでも一瞬にわかることですが、星との関連を分析することは、文学者でも天文学者でもなかなかうまくいかず、草下氏の熱意と力が必要ということだったのでしょう。草下英明、宮沢賢治、野尻抱影の大物がからむ限定部出版でしたが、なぜか相当の安価で入手できました。
 なお、この本の内容については、「野尻抱影による宮沢賢治作品の註解」(銀河鉄道WWW版第41号掲載)で取り上げたことがあります。

 
 
11.関勉著 自家出版版『未知の星を求めて』他
 これらは、彗星ほか新天体捜索家の関勉氏の彗星発見等に関わる著書です。『未知の星を求めて』は 三恵書房からの出版本としてベストセラーになりましたが、これは、同名の出版では最新の1993年に出されたものです。他の2冊も、関氏自身により自家出版として再編成されたものです。関氏の自伝物の著書の魅力は、その天文知識や観測精神論は別にして、天体観測に付随して偶発的に起こる諸事件の記述が実におもしろく、それが当時の世相をよく反映しているように思います。また、そのエピソードの量とバリエーションが半端でなく、関勉氏は野尻抱影に並ぶ天文随筆の大家だと思います。 



 
12.星座グラス
 次は、軽い天文グッズです。星座がコップの外側に蛍光塗料で印刷されています。アストロアーツから買った物で、さすがにほぼ実際の星座の配置になっています。我が家でのささやかな星見会の記念品にするために購入した物です。 

 
 
13.ダイソー プラネタリウムキット                   
 プラネタリウムは高価な装置ですが、おそらくこれは世界でもっとも安価なプラネタリウムのキットでしょう。企画・販売はダイソー、価格は100円。でも、残念ながら星座の形に穴を開けるガイドはついていませんでした。説明書によると、星座の形を参考にして、適当に針で穴を開けろということです。たぶん、100円の範囲で出来ると思うので、星座の穴の型紙を付属してほしかったです。



 
14.ダウエル光学ステッカー
 「ダウエル光学」をご存じですか? ある年齢以上の天文ファンは全員ご存じですね。ダウエル光学は戦前からある天体望遠鏡メーカーで、成東商会という名称もありました。東京都文京区の東大の近くにありましたが、千葉県の成東町との関係は不明だそうです。望遠鏡の部品と組立製品の双方、どれもとても安価で、お金のない天文少年少女にはたいへんな助けになりました。ただし、性能は、・・・?? 粗悪で騙されたという酷評もあれば、相当の高コスパ品であったという好評価もあり、ともにウソではないようです。とにかく、品質管理が不十分で、仕入れやその時々の技術の加減で物に相当開きが出たということのようです。このステッカーは、最近、「昭和天文学史」愛好家の会合で、望遠鏡研究家のS氏からいただいたものです。いつ頃のものかはわかりません。

 
15.自作単焦点反射(ニュートン式10cm写真鏡) 
 かく申す私も「ダウエル光学」の顧客でした。これは、自作の口径10cm、焦点距離400mmの単焦点反射で、主鏡と主鏡セルはおそらくダウエル光学製、斜鏡スパイダーはスリービーチ製、鏡筒と斜鏡セルは自作です。あと詳細は忘れましたが、部品を集めた自作品で、鏡筒と接続プレートは近所の鉄工所に頼み、斜鏡セルと組み立て塗装は自分で行いました。いつ作った物か記憶も記録もありません。銀河鉄道に記載が無いことから、休会中前後(1975〜1976年)に作った物と思われます。その頃は高校卒業と大学進学で多忙だったので、ほとんど使用した記憶はありません。写真で、F4.6とあって計算が合いませんが、斜鏡のケラレを差し引いたものです。斜鏡が大きすぎて眼視では覗き辛かったです。
 私たちに夢を与えてくれたダウエル光学を記念して、今回、一瞬だけシールを貼って記念撮影をしました。

 
 
16.宮沢賢治著Giorgio Amitrano訳 イタリア語版「銀河鉄道の夜」(Marsilio (Venezia), 2005, 初版1994)
 異例の長期連載の掉尾を飾るのは、宮沢賢治さんと我らが会誌に敬意を表して、『銀河鉄道の夜』の本です。ただし、イタリア語訳です。なんでここでわざわざイタリア語訳が・・・?さて、「銀河鉄道の夜」の主人公は誰でしょう。ジョバンニ、カムパネルラ? なんかイタリア人みたいでしょ? まあ国籍不明の設定なので、どこの国の人でもいいのですが、イタリアの人にも賢治作品を楽しんでいただけるのは日本人としてうれしいことです。ブログ「天文古玩」さんの記事での紹介で触発されて購入いたしました。
 
表紙の絵は、宮沢賢治作の「日輪と山」です。日本語の植物名などの注釈付き。



 
 私も読んでみました。私は、イタリア語は読むことも話すこともできませんが、書いてある内容はよくわかりますし、読みながら我が身はジョバンニになり、目の前に煙ったような明るいような、星空が現れてきます。
 
 «Sì, quella zona bianca in mezzo al cielo è fatta tutta di stelle!», si disse.
 Tuttavia, per quanto si sforzasse di tenerlo a mente mentre la guardava, non gli riusciva proprio di pensare che quel cielo fosse lo stesso luogo freddo e vuoto di cui il maestro aveva parlato a lezione. Anzi, più lo fissava e più non poteva fare a meno di immaginarlo come una prateria piena di boschi e di pascoli.
 
(あああの白いそらの帯がみんな星だというぞ。
 ところがいくら見ていても、そのそらはひる先生の云ったような、がらんとした冷いとこだとは思われませんでした。それどころでなく、見れば見るほど、そこは小さな林や牧場やらある野原のように考えられて仕方なかったのです。)
 
(連載終わり)
 
 長い間、おつきあい下さり、たいへんありがとうございました。


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