双眼鏡や小望遠鏡で彗星を見よう

                        上原 貞治
 
 皆さんは、彗星をごらんになったことがあるでしょうか? この答えは、たぶんYesだと思います。1996年と1997年に、2個の肉眼ではっきり見えるような大彗星が相次いで観察できました(百武彗星とヘール・ボップ彗星)。では、それ以降、彗星を見たことがありますか? たぶん、答えがNoの人が多いと思います。それ以降、現在(2001年11月)まで、肉眼で楽に見られるような彗星は出現していません。
 でも、双眼鏡や小望遠鏡を使ったら、数個の彗星を観察できたと思います。双眼鏡で何とか見られるような彗星は、平均して年に1個程度現れています。
 肉眼で大彗星を見てしまったから、もう小さい望遠鏡で暗い彗星を見る気はしないとおっしゃるかもしれません。しかし、彗星はひとつひとつ千差万別であり、また、望遠鏡の暗い視野にぼーっとうかぶその姿は、えも言われず美しいものです(どの程度美しいかは彗星によります)。彗星は、短い間に、まったくその明るさや見た目が変わります。まさに一期一会という言葉がふさわしいものがあります。ですから、双眼鏡や小望遠鏡で彗星を見ることはそれなりに価値があることだと思います。
 では、双眼鏡や小望遠鏡で彗星を見る方法について少し書いてみたいと思います。
 
 

1.彗星の出現の情報を得る

 肉眼で楽に見えるような彗星なら、マスコミや世間で話題になりますので、とくに情報を収集する努力はいりませんが、少し暗い彗星の場合は、それなりの情報ソースが必要です。
 以前なら、天文同好会や天文ニュース配布の会員になることが必要でしたが、現在は、インターネット上のホームページが、これに取ってかわっています。しかし最近では、これすら必ずしも利用する必要はありません。それは、彗星が地球に接近するかなり以前に発見されるようになったからです。以前は、彗星の観測のためには発見情報の「速報性」が命でしたが、現在ではそんなことはありません。発見された後、じゅうぶん明るくなるまでに、数ヶ月から1年くらいかかるというのが普通です。「彗星のごとく現れる」という言葉はすでに死語になりました。ですから、月刊の天文雑誌で十分間に合います。国立天文台のテレフォンサービスやFAXサービスもあります。
 ヘタに、彗星の発見速報ばかり読んでいますと、まったく明るくならない彗星の発見情報ばかり目についたり、明るくなるまで半年もかかるような彗星の情報ばかりで、明るくなるまでに忘れてしまったりしますので、気をつけて下さい。インターネットを利用するにしても、国立天文台のニュースや、全国の天文同好会やプラネタリウムの一般向けの観測ガイドのようなものがよほどタイムリーに情報を与えてくれます。
 さて、彗星の明るさですが、30〜50mm程度の口径の双眼鏡なら4〜7等、6cm〜20cm程度の口径の小望遠鏡なら7〜10等くらいの彗星が手頃なターゲットとなります。3等に渡る幅をつけたのは、空の状態や彗星の光の広がり方(拡散の程度)で、かなり見やすさが変わるからです。
 

2.位置予報

 彗星の位置に関する情報が、次に必要になります。この際、双眼鏡などで彗星を見るためには、彗星の軌跡が記入されている天空の方位の図や星図だけではやや不十分です。赤経と赤緯の数値を記載した予報(暦と呼ぶ人もある)がどうしても必要です。星図でも間に合いそうな気がしますが、星図では精度が不足していることがあるのです。また、暗い星が載っていない場合も多いです。ひょっとすると彗星の経路が間違っているかもしれません。また、星図には、彗星の毎日の位置が記載されていますが、それが何時(なんじ)の位置なのかはっきりと書かれていないことも多いです。このような不確かさは、数値で書かれた予報では生じません。ただし、彗星が発見されて間もない時点での予報を使うと、予報自身にかなりの誤差が含まれている可能性があります。彗星発見後、2週間程度以上のちに発表された予報を使うのが無難でしょう。
 数値での位置予報は、インターネットで入手するのがよいでしょう。天文雑誌に載っていることもありますが、最近は、必ずしも載っていません(私は、これは天文雑誌の怠慢だと思います。こういうデータを載せないで、どうして天文の初級者が彗星の位置推算にまで興味を発展させることができるのでしょうか)。もっとも、「権威ある」のは、国際天文連合の位置予報です。   http://cfa-www.harvard.edu/cfa/ps/Headlines.html で、
"Ephemerides and orbital elements for (potentially) observable comets."の項をクリックして下さい。全部英語ですが、彗星の仮符号と名前がわかっておれば、目的の彗星の予報に容易にたどり着くことができます。 ephemeris が「位置予報」(ephemeridesは複数形)、R.A.が赤経、Decl.が赤緯です。
 

3.星図

 数値で書かれた予報を使うときは、星図は自分で用意しないといけません。赤経・赤緯線がはいっている6等より暗い星まで描かれている星図ならOKです。8等くらいまで載っていると完璧です。最近は、安価で良い星図が買えるようになりました。また、天文年鑑や月刊誌にも星図がついている場合があります。星図を印刷できるコンピュータソフトを使う手もあるでしょう。ただし、古い星図には注意して下さい。1950年分点と記載されている星図は使えません。必ず2000年分点の星図を用意して下さい。
 予報にある彗星の赤経・赤緯をたよりに、星図で、彗星が星空のどこにいるかを調べます。できれば、数日分の予報位置を星図にプロットすると良いでしょう。この時、観測日だけでなく観測時刻にも注意して下さい。1日で彗星はかなり大きく動きます。予報には、何時の位置かが普通書かれています。UT0h(またはTT0h) と書かれているものが多いと思いますが、これは世界時0時、つまり、日本時間午前9時のことです。比例配分か目分量で夜の観測時刻の位置を見積もって下さい。任意の時刻における位置を、高い精度で求めるためには、比例配分や目分量では不十分なこともあります。こういう場合は、補間法という計算を用いる方法もあります。そんなにやっかいな計算ではありませんが、ここでは省略します。
 彗星の位置の把握の必要精度ですが、多くの場合、赤経で0.5分、赤緯で0.1度程度を目安にすればよいでしょう。また、彗星の予報位置近くに、星雲や銀河、星団が載っていないか、一応、チェックしておきます。
 彗星が、確実に夜空で地平線上にでているかを確認しておく必要があります。暗い彗星の場合は、暗い夜でないと見られません。高度が低い場合も問題があります。でも、見えるかどうかは実際に見てみないとわからない、という部分もありますので、疑わしい場合でも、まずチャレンジしてみるというのでよいでしょう。
 月の状況も気になります。空気がかすんでいる月夜の場合は、やめたほうがよいかもしれません。逆に、月が近くに出ていても、空が透き通っているように感じるときは、挑戦する価値は十分にあります。
 

4.彗星の方向に向ける

 双眼鏡、あるいは、小望遠鏡で、星ぼしをたどり、彗星の予報位置を視野に入れます。この時、望遠鏡、または双眼鏡の倍率は5〜15倍程度にします。望遠鏡の倍率がこれよりも大きいときは、ファインダーがぜひとも必要です。ファインダーで予報位置を中心に捕らえたら、これより多少高い倍率(40倍程度)で観察してもさしつかえありません。 ここで、星ぼしをたどるのは決して簡単ではありません。あるていどの経験が必要です。経験をつむつもりで頑張って下さい。5〜6等の星をたどるとうまくいくでしょう。多少、暗めの星でも、複数の星が特徴のある形に小さく固まっているような場合は、よい目印になります。いろいろと工夫してみて下さい。望遠鏡の場合は逆に見えますので、星図との向きの対応関係を始めに確かめて下さい。
 

5.彗星を見つける

 さて、これであっさり彗星を視野の中心に捕らえることができれば問題ないのですが、暗い彗星の場合や、彗星が淡い(光が集中せず広い範囲に拡散している)場合は、一筋縄ではいきません。まず、空が暗いことが肝要です。街の明かりや薄雲などで、背景の空が明るく感じる場合は、あっさり諦めましょう。こういう場合は、努力でカバーできるものではありません。(もちろん、街から遠くへ移動する、という努力は有効です。)
 空がある程度暗いときは、目の努力が有効です。まず、暗闇に目を慣らしましょう。また、視野の中心を凝視するのではなく、視野全体をきょろきょろとちらっちらっと見回すと良いでしょう。人間の目は、視野の中心ではなく、ややはずれたところが暗いものに対する感度がよいといわれています。彗星はぼーっとしたものですが、望遠鏡のピントは恒星をつかってピッタリ合わせておかないといけません。そうでないと、彗星特有のつやというものを見ることができません。
 彗星らしいものを見つけたら、目をちらちらと動かしたり、望遠鏡の視野を少しずらしたりして、目の幻でないか確認して下さい。彗星を探している場合、彗星がなかなか見つからないという場合だけでなく、彗星に似たようなニセモノや幻が見える、ということがたいへん多いものです。また、数個の暗い星が固まっているときは、ぼーっと彗星のように見える場合もあります。こういう場合は、星図にも載っていません(個々の星は、かなり暗いため)。できれば、1時間くらいおいて移動を確かめるのが理想ですが、明け方の場合や、彗星が西に傾いている場合は、そうもいかないでしょう。頑張って、できる限りの確認の努力をするしかありません。位置が、数分の精度で予報と合っていれば、よしとしてもよいでしょう。そういう意味では、あらかじめ、非常によい精度で予報位置を意識していない方がよいかもしれません。
 

 6.観測

 ここでは、細かい観測方法について述べるつもりはありません。着目点をいくつか紹介するにとどめておきます。
 まず、注目すべきは明るさです。明るさは近くの恒星の明るさと比較することにより目測します。もちろん、恒星の光度(等級で表す)がわかっている必要があります。この時、注意と方法があります。まず、比較に使う恒星は、できるだけ彗星の近く、特に、地平線からの高度がほぼ等しいものを選びます。そうでないと、空のコンディションが違って正しい比較ができません。そして、双眼鏡または望遠鏡のピントをわざとずらし、恒星の光を円盤状に分散させます。この円盤の大きさを彗星の光の広がりと同程度にして明るさを比較します。恒星を点のままにして比較すると、恒星がするどく明るく見えるため、彗星を暗めに見積もってしまいます。
 そのほかに、彗星の形状や明るさの分布、尾の方向や長さも観測すると良いでしょう。スケッチをとっておくと完璧です。明るめの彗星の場合は色に着目するのもおもしろいと思います。青緑色の彗星が多いようですが、黄色やピンク色の彗星もあります。高度が低い場合は、大気の影響で、本来の色より多少赤っぽく見えるはずです。
 彗星は、夜毎にその姿や明るさを変えていくことがよくあります。昨夜や以前観測したときとの変化に着目するのも良いでしょう。しかし、人間の感覚にたよると、その夜その夜の天気や観測者の体調の違いの影響を受け、正しい比較ができません。観測の都度、客観的な記録を残すことによって、初めて彗星の形状の変化が確実にキャッチできます。
 
 以上、やや暗めの彗星を見る方法をまとめてみました。これで、あなたも毎年のように彗星の美しさを楽しむことができるでしょう。