知られざる原子核とハドロンの話(第6回)
              〜 原子核とハドロンの間 〜
                              上原 貞治
 
八つぁん(以下H):ご隠居、寒くなってきましたね。風が出てきましたよ。
ご隠居(以下I):あぁ、八つぁんかい。お入りよ。あっ、例の話の続きだね。
H:そうなんすが、前の話はややこしくて、もうだいたい忘れてしまったんすよ。
I:そうかい。まあ私も忘れてしまったから、ちょっと話の整理から始めるかな。
 
エキゾチックハドロンはハドロンか?
H:なんかエキゾチックとか何とかばっかり憶えているんですけどね。それって何でしたっけ。
I:エキゾチックというのは、日本語でいうと「異国風」ということなんだけど、前回出てきたのは、「エキゾチックハドロン」で、つまり、バリオンでも中間子でもないハドロンの種類のことだね。それが見つけるのは難しいけど最近見つかったという話だったんじゃないかな。
H:そうだったんだ。で、エキゾチックハドロンというのはハドロンなんですか。
I:それ以上細かく分離できなければハドロンということになるが、分離できれば、原子核とか2中間子分子ということになるな。そういう場合は、エキゾチックハドロンと呼ぶのは不適切だろうね。
H:そうなんですか。では、見つかったと言われているエキゾチックハドロンが、本当は原子核だったり、2中間子分子だったりすることはあるんじゃないですか。
I:それは簡単な問題じゃないんだよね。原子核や2中間子分子のようなのは分離可能というが、実際には簡単に分離してみせるわけにはいかないんだよ。エキゾチックハドロンの候補は寿命が短くてすぐ崩壊してしまうんだ。分解と崩壊は違うんだね。分解は構成要素に分けることになるが、崩壊はそれとはぜんぜん違う状態になったりするんだ。また、分解といっても、小さい物なので分解方法がわかっていない。
H:じゃぁどうして判別すればいいんですか?
I:質量を測るとか、崩壊で出てくる粒子の様子を調べるとかして、理論と比べて総合的に判定するしかないな。今のところはね。
H:しゃっきりしないですね。
I:まあ、明瞭に原子核とか2中間子分子とかであるという証拠がないものは、特殊な一体物と見て、とりあえずエキゾチックハドロンとしておくのがよいだろうね。その上で、その全体の性質や内部構造を研究すれば良い。
H:そういうことなんですか。じゃあ、一応、原子核とハドロンというのは区別が付けられるものなんですね。
I:そういっていいと思うが、実は、原子核を高温にしていくとややこしいことが起こる。
H:へーぇ。原子核を暖めてやるんですか。面白そうですね。鉄板を熱すると、鉄の原子核が暖まるでしょうね。
I:そんな温度ではだめだ。もっと暖めないと、1兆度でも足りないくらいだね。
 
温度環境と圧力環境
H:へっーえ。そんなむちゃくちゃ高いの、無理でしょう。ガスコンロでは。
I:普通の方法では無理だね。重イオン加速器というのを使って、正面衝突で原子核同士をぶつけるんだ。すると、一瞬、高温状態ができるんだよ。だとすると、その時、原子核が原子核でなくなる。
H:何になるんですか?
I:それが、クォークがばらばらになり、グルーオンがその間を飛び交う、「クォーク・グルーオン・プラズマ」略してQGP、っていうものになるんだよ。
H:へっ、キュージーピー、イマイチ冴えないけど、なんかすごそうですね。ばらばらってよくわかりませんが、どんな感じなんすか?
I:「ばっらばらー!」って飛び散る感じだね。 自由に好き勝手に飛びまわっているような。
H:そうですか。それは、けっこう。そこから一つクォークを取ってくればいいですね。
I:手で取れればね。でも、取るヒマもなく、また再結合してハドロンになるんだ。
H:で、もとの原子核にもどっちゃうんですか。
I:エネルギーをもらってばらばらになるともう元には戻らないね。たくさんのハドロンになって散らばってしまうんだね。で、このQGPは、原子核でもハドロンでもない状態なんだけど、原子核からQGPが作れるわけだ。
H:なるほどね。
I:それで、ハドロン内部もある意味ではQGPに似ていると言える。ハドロン1個のエネルギーは大したことないんだけど、中の細かいところを覗くと、クォーク同士が接近しているようなところでは、比較的、粒子間の力が弱くてQGPに近い状況になっていると言える。
H:えっ、接近すると力が弱いんですか。逆じゃないんですか。
I:そうなんだよ。常識とは逆だね。家の中では比較的自由に暮させてもらっている娘を、嫁にもらおうと思って連れだそうとすると、父親が猛烈に反対してそうさせないんだね。あんたの好きな喩えではね。
H:またもーう。ご隠居は。自分からそんなクダラナイ喩えを言うんだから。
I:あたしが言わなきゃ、あんたが言うだけだろ。
 
 
I:真面目に喩えるとだな、原子核は液体のようなもので、QGPは気体のようなものだ。ただし、液体の分子にあたる物は原子核ではハドロンで、QGPの気体の粒はクォークとグルーオンだけど。
H:じゃぁ、固体にあたる物はあるんですか?
I:例えば、水でいうとね。H2Oの分子なんだけど、物質の3態というのがあって、温度と圧力で上の右のような図が書けることになっている。
H:はあ、固体は氷か。冷やせばいいんだね。
I:うん、冷やしてもいいんだけど、圧力をかける方法もある。原子核に圧力をかけると、左の図のようになる。似ているだろ。
H:図の見方がよくわからないけど、原子核に圧力をかけるとは、あんたらも偉くなったもんだね。
I:何をわけのわからんことを言っているんだ。星の重力なんかでね、強い圧力がかかる状態になると、原子核から右のほうに進んで、中性子星という状態になる。中性子ばかりがガッチリ結びついた巨大な原子核のようなものだね。1立方センチが10億トンとかいうべらぼうな密度になる。
H:えっ、えええーっ。星の重さが、サイコロのようなものが、10億トン、何じゃそら。
I:だから、まるごと原子核というような感じだ。これをさらに圧縮すると、今度は、中性子がクォークにばらばらに融けて「クォーク星」というものになる。クォークの塊だね。
H:へーっ、クォークにね、ばらばらに。それは、QGPとはちがうんですか。
I:QGPはクォークが好き勝手に飛び交っているけど、クォーク星は近所のクォーク同士でがんじがらめになっている。違う物だよ。
H:自由、不自由の違いですね。じゃあ、さらに圧力をかけるとクォーク星はどんどん小さくなるんですか。
I:パウリの排他原理というのがあって、クォーク同士はどこまでもくっつけるわけではないので、いずれ反発が働いてそれ以上圧縮できなるはずだ。でも、実際には、クォーク星より圧縮されてブラックホールになってしまう星もあるようだね。図のカラー超伝導相というのは、複数のクォーク同士の特殊な結びつき方による状態だ。
H:いろいろな状態があっても、ブラックホールになってしまうと、もう中身のことは、ブラックボックスでわからない。
I:まあそういうことだね。中性子星、クォーク星というのは、ある意味、がんじがらめで固体に似た状態と言えるだろう。
H:星とも関係のある話になってよかったですね。中性子星、クォーク星というのは見つかっているのですか。
I:中性子星は、超新星残骸のパルサーとして、50年近く前から見つかっているが、クォーク星はまだ観測の歴史が浅くて、候補が見つかっているくらいみたいだよ。
 
 
H:おかげ様で、ちょっとここへ来て、原子核の中身が目で見えるくらいになってきましたよ。勝手な想像の中でですけどね。
I:そうかい、それはよかった。まあ、写真に撮ることは出来ないから、見た目を想像するしかないね。知識を積んだ上で、それが少しでも目に浮かぶようになったらうれしいよ。
H:QGPもヒュン、ヒューンという感じに見えてきました。グルーボールは、にちょにちょだね。
I:あんたは、そういうイメージを作るところに特異な素質があるようだね。その点では優秀だよ。
H:じゃぁ、珍しく褒めてもらったところで、失礼することにします。ご隠居、長い間ありがとうございました。
I:何か、どこかに旅に出るみたいだね。この話が終わっただけだろ。また、何でも聞きにおいでよ。
H:もちろんですよ。どこにも旅立ったりしませんよ。まだ、増築の施工が残ってますからね。ご隠居があの世に旅立つまでは、何度でも来ますよ。
I:このやろーっ、なんていう、口が悪いね。
H:あーぁ、結局叱られてしまった。せっかく今日がこのシリーズの最終回だったんだが、このぶんじゃまた続くかね。
                              (このシリーズ終わり)
 


今号表紙に戻る