彗星の命名法
上原 貞治
 
 
 前号で、太陽系天体の軌道を表す数値について紹介した。それをご覧になって、彗星の軌道に興味を持たれたとか、移動する彗星を追いかけて観測してみたいと思った方もいらっしゃるかもしれない。そのための情報はネットなどから得ることになるだろうが、そこで必要になるのが個々の彗星の識別である。彗星はたくさん夜空にあり、しかも悩ましいことに紛らわしい符号や名前がついている。しかし、これで個々の彗星を識別しないことには、どの彗星がどちらに見えるのかさっぱりわからず、困ることになるだろう。いずれにしても、彗星がどのように識別されるのかは基本的な知識なので、ここでご紹介しておきたい。
 
 彗星には「符号」と「名前」がある。ここでは現行のシステムについてのみ説明する。1つの彗星の符号と名前は、独立した考え方とプロセスで与えられるので、別々に決まると考えて良い。
 
1.彗星の符号
 彗星の符号には、かつては「仮符号」と「永久符号」のまったく別個の2種類があったので、今でもこれを「彗星の仮符号」と呼ぶ人がいるが、現行のものは、その多くは永久に残り、一部のみが後に変更されるので、仮とも永久とも言えず、ただ1種類の「符号」があってそれが時々変化しうると考えるのが正しいだろう。
 
a. 普通の場合
 普通、彗星が発見が伝えられ、彗星であることが確認されると、例えば C/2019 A1 などといった符号がつく。Cは彗星(comet)を示し、2019などの4桁の数字は発見年の西暦である。過去に遡ってこの方式は使われているので、大昔に発見された彗星は大昔の暦年がついている。Aは、発見が行われた時期を示し、Aは1月の1〜15日の間に発見されたことを示す。各月を15日以前と16日以降の2期に分け、1月はそれぞれ、A, B、2月はそれぞれ、C, D、といった具合に、以後同様、ただし、I だけは1と紛らわしいので飛ばして、・・・5月はJとK、・・・ 12月はXとYになる。最後の数字は、彗星の発見順、あるいは報告順である。半月のあいだに複数の彗星の発見が報告されるのはザラであるが10個以上というのはなかなかないようである。たとえば、C/2018 F2 と いうのは、2018年3月16〜31日の期間に発見された2番目の彗星ということである。
 
b. 周期彗星であることが判明した場合
 彗星のうちのある一部は、惑星と同じように太陽の周りを数年〜数百年の周期で回っている。太陽に近づいた時は見え、太陽から遠ざかるといったん見失われる場合が多い。見失われた場合は、軌道計算で次に帰ってくる位置がかなり正確に予想できる場合と、さっぱりわからなくなる場合(行方不明)がある。
 いずれにしても、彗星が発見がされた場合は、多くの場合、普通の新彗星としての「符号」がつくのであるが、過去に観測された彗星と同一である周期彗星であることが確実に判明すると、過去の符号を踏襲して用いる。新しい符号は捨て去られるわけではないが、参考程度にしか使われなくなる。同じ符号を長く使ったほうが良いからである。こういうのを周期彗星の「再出現」というが、再出現という限りは、前回の出現と今回の出現のあいだに少なくとも1回、軌道上で太陽から最も遠いところ(遠日点)を通過していないといけない。遠日点を通った後、初めて次の周回と見なされるからである。2回連続の周回で観測される必要は必ずしもなく、2周目では見逃されて3周目が初の再出現になることもあるが、それでも同じ扱いになる。
 それで、周期彗星の再出現がその彗星について初めて確認された場合は、C/・・・  と符号は変更され、例えば、105P/ などという番号付きの周期彗星になる。この符号は、105番目の周期彗星(periodic comet)の意味で、番号は永久不変の通し番号で、永久会員番号のようなものである。よって、この番号には権威がある。1P/はかのハレー彗星であるが、この1番は永久に変わらない。2018年現在、370P/ くらいまでこの番号はついている。21P/ はジャコビニ・ツィナー彗星である。
 この周期彗星(永久)番号がつけられているのは、言うまでもなく、2回以上の出現の観測されている彗星に限られる。軌道の状況から見て周期彗星であることは間違いないが、現時点ではまだ2回の出現が観測されていないが近い将来にされることが期待できる周期彗星の場合は、元の符号のC/をP/で置き換えて、例えば、P/2019 A1といった書き方がされることが多い。あるいは、2回以上の出現が観測されていることが確実であっても、周期彗星番号が確実に割り振られるまでは、このような状態になる。この P/ はオプションのようなもので C/ と書いても誤りではない。しかし、たとえば、21P/ を 21C/ と書くのは誤りで、これは番号付き周期彗星に対して失礼?になる。
 周期彗星の再出現らしいけれども、過去の観測が不完全なために確実に同定できない場合もしばしばある。こういう場合は、過去の彗星の符号は、C/・・・あるいは P/・・・ でそのまま残し、今回の(あるいは新しいほうの)出現観測には、別の符号がつけられることになって、同一の彗星に符号が2つ利用されることも起こりえるが、正確な識別ができていない以上、仕方のないことである。
 
c. 番号付き周期彗星として再出現が観測された場合
 番号付き周期彗星の場合には、軌道がよく知られていてもはや見失われることのないもの、あるいは、遠日点付近で観測されなくてもその将来の正確な位置予報があらかじめ得られているものが多い。こういう番号付き周期彗星は、毎回の観測で常に確実に識別されているので、もはや、再出現毎にC/・・・ とか P/・・・ の新たな符号がつけられることはない。
 
d.周期彗星が消滅した場合
 周期彗星が分裂や蒸発で消滅して永遠に失われた場合、あるいは長期間行方不明でもはや再観測が期待できない場合は、3P/ などの PをDで置き換え、3D/ などと書く。こういう彗星は、今後観測できないということである。ただし、長い周期の彗星が分裂して暗くなって見えなくなった場合は、わざわざ D/にはしない。通常、Dにするのは、番号の付いている周期彗星が消えた時だけである。
 
e. 小惑星として見つけられた天体が彗星であったことがわかった場合
 彗星も小惑星も太陽系の小天体で、完全に区別されるものではない。気体状の物質の噴出が光学的に観測できたものが彗星である。はじめは小惑星だと思っていたが、あとで気体の噴出が観測された天体は、小惑星から彗星に変更される。その場合は、小惑星仮符号の前に、C/がつけられる。小惑星仮符号のつけ方は、彗星と似て非なるもので、ここでは省略するまったく別のシステムなので、元は小惑星と見なされたことが区別できる(アルファベットが2文字あることからそれがわかる)。ただし、元小惑星ということは、たいていの場合は周期彗星で、いずれは P/ になり、再出現が観測されると番号付き周期彗星になるので、そこまでくると元小惑星であったことは符号からはわからなくなる。
 
f.1つの彗星が分裂して複数になった場合
 彗星の核が分裂し、複数の彗星に分かれることある。この場合は、核のそれぞれに、A核、B核、・・・といった識別符号をつけ、区別する(どれがどれかわからなくならないよう注意を要する)。そして、-A などのハイフン付き記号をつけて示す。明瞭に核を区別したい場合は、例えば75P-C/ のように書くこともある。
 
g. 不確かな彗星の場合
 彗星として一度は発見が報告され認められたものの、その後どうも確実でない、ひょっとすると彗星ではなかったかもしれない、もう確かめようがない、ということもある。こういう場合は、C/ を X/ に変更する。こういう場合にはいろいろあって、そもそも天体の発見として認めたことが誤りだった場合もあれば、彗星だったけれども十分に観測をされるまでに消滅してしまった場合、別種の新天体であった場合などが含まれるだろう。将来の研究のために記録を残しておくのである。
 
 
2.彗星の名前
 彗星には名前がつけられ、現行では、基本的に、発見者の名前(個人の場合は姓)がつけられる。そして、「符号(名前)」 あるいは、「符号 名前 彗星」のように呼ばれる。
 
a. 通常の彗星の場合
 発見者の名前(姓)がつけられる。発見者の意見によってこれを変更することは基本的にできない。すなわち、下の名前(given name)やニックネームや家族や他人やペットの名前をつけてはいけないし、辞退も基本的に禁止である。
 発見者が、独立して(互いの発見事情を知らずに)2人以上いる場合は、最大3人まで発見時刻順に名前がつく。しかし、2名以下に留めておくのが望ましい。2人の共同作業によって彗星の発見がなされ、2人の貢献が同等であった場合は、2人とも名前がつくことがある(同姓であった場合は、家族、親戚、他人を問わず、重ねてはつかない)。これは、2人目がたまたま近くにいて手伝ったというのではだめで、あらかじめ共同作業として役割が決められていないと認められないことが多い。3人以上のチームにこれは適用されず、誰か1人の個人名かプロジェクト名がつく。
 新天体を系統的に探索する目的の大規模プロジェクトが存在する。それで新彗星が見つかった場合は、プロジェクトの目的、形態、発見者が人間であろうがAIであろうが、一般的にプロジェクト名が彗星名となる。スペースウォッチとかパンスターズとかいうのがそれである。プロジェクト名は、多くの場合、観測装置の名称と同じである。ただし、普通の天文台のメインの望遠鏡など、汎用目的で建設され、単一の使用者チームに特化していない施設については、天文台名ではなく個人名がつく。
 知人や友人が撮影した写真から彗星を発見した場合は、撮影者が個人である場合は、写真から見つけた人の名前が優先される。が、もとから彗星捜索を意図した撮影であった場合は、2人による共同発見と見なされ、両方の名前がつく場合が多いだろう。名前のついているプロジェクトで撮影された写真から発見した場合は、発見者が関係者であるか部外者であるかを問わずプロジェクト名がつけられる。
 以上は原則で、実際には、いろいろな場合があり、国際天文連合による複雑な裁定や人情物語になる場合もあるが、それについてはここでは触れない。
  同一の人間、たまたま同姓の人間、同一のプロジェクトなどが複数の彗星を発見した場合は、それらは同じ彗星名になり、符号を見ないことには区別できない。パンスターズ彗星など、山ほどあって符号付きでないと区別できない。かつては、周期彗星に限り最後にローマ数字をつけて、テンペルI、テンペルII などと区別した(これらは、1世、2世というような感覚であるが、日本語ではテンペル第1彗星などと呼ばれた)が、現在は正式にはこのような数字はつけない。かつてついていたものでも剥奪されたことになっているが、長く観測されてきた周期彗星については、無いよりはあるほうが識別に役に立つので現在でもこの数字をつけて呼ばれることがある。
 
b. 命名済みの周期彗星の場合
 すでに名前のある周期彗星の名前は原則として変更しない。ややこしいのは、いったん新彗星としての名前がつけられたのち、過去に見つけられ、すでに名前がついている周期彗星と同じ彗星とわかった場合である。こういうのは、かつては、古い名・新しい名の連名となった。ジャコビニ・ツィナー彗星、デニング・藤川彗星などがそうである。しかし、現在では、周期彗星の再出現の観測者は発見者とは見なされなくなったので、発見は取り消しとなって名前もつかない。自分の名前がついたと思ったのに、取り消しとなるのは気の毒なので、最近は個人が新彗星を見つけた場合は、周期彗星の場合はしばらく命名しないで、似た軌道の既知の彗星や小惑星と同一天体でないか検討されるようである。
 それでも、いったん完全に行方不明になった彗星が偶然発見された場合には、別個の彗星として別個の名称を与えられ、だいぶ経ってから詳しい研究がされて実は同じ彗星であったことがわかることがある。そういう場合は、古い名前と新しい名前を合体することもある。そういうのは軌道追跡計算の精度の上がった現在では例外的であるが、古いほうの出現の位置観測精度が悪かった場合は起こりうることである。
 
c. 小惑星として見つけられた天体が彗星であったことがわかった場合
 小惑星として命名されていなかった場合は、彗星の命名法(発見者の姓など)に従う。すでに小惑星としての名を有する場合は、それをそのまま引き継ぐ。小惑星の名前は、通常は発見者名ではないので彗星の命名法とはまったく違うが、その名前が残る。実際には、小惑星の命名手続きには時間が掛かることから、後者はかなり例外的である。
 
d. 事情が複雑な場合など
 発見状況が複雑その他の理由で、3人以内の発見者の個人名が特定できない場合、独立な発見者が多い場合、また合意されたプロジェクト名がない場合、あるいは、赤の他人が個人的に撮影し公表した写真から、別人が彗星を発見した場合などは、最終的に彗星に名前がつかない場合がありうる。この場合は、符号のみの無名彗星になるが、それでも特に支障はない。そんな場合でも、複数の個人が発見者として認定される可能性は別にある。また、小彗星が太陽のごく近くを通過する時だけ明るくなって1〜2回だけ観測されたが、その他の時はまったく観測されない場合もある。こういうのも名前はつけないことがある。
 
e.1つの彗星が分裂して複数になった場合
 上の符号のf.のところで述べたように、元の彗星名のあとに核の符号をつけ、「○○彗星A核」のように呼ぶ場合が多い。
 
 
 実用・慣用として彗星をどう呼ぶかというのは、現代では難しい問題である。符号は憶えにくいし、名前だけでは同名の彗星が複数あって識別が難しい(パンスターズ彗星など、同時に同名の彗星が観測可能のことも多い)。実用的には、M1パンスターズ彗星などと呼んでいる人が多いのではないかと想像するが、公式的や報道用にはそういう用法はないようである。一般向けの報道であっても、過去の同名の彗星と区別するためには、符号と名前の両方を併記するか、あるいは「2016年6月発見のパンスターズ彗星」というふうに発見年月を示すしかないだろう。どれも単に「パンスターズ彗星」では、過去に話題になった別のパンスターズ彗星が帰ってきたという間違った解釈を招く(知らない人はそう思って当然)だろう。


今号表紙に戻る