知られざる原子核とハドロンの話(第5回)
              〜 クォークの閉じ込めと変わったハドロン 〜
 
                                上原 貞治
 
 
ご隠居(以下I): おっ、八つぁん久しぶりだね。
八つぁん(以下H): そうなんすよ。やっと長男夫婦の新居の設計が一段落してね。まあ、うちから見ると増築なんすが、せっかく新築するんだからといって、これが息子から注文が多くてね。
I:そうかい、息子さんに頼られて、うまくいって、本当に良かったね。八つぁんもこれで、楽になるね。
H:何を言っているんですか、ご隠居。これからですよ。施工もおいらがするんですよ。
I:あっ、そうだったか。
H:もうボケないで下さいよ。一緒に仕事する大工もこれからおいらが頭を下げて頼んで回らなくちゃいけないんですから・・・
I:まあ、でも、今日の所は一息だね。
 
クォークの色
I:で、前回の話の続きだけどね。クォークが1個だけ取り出せないということと、バリオンと中間子以外のハドロンのかたちが存在するかというのは、関連していることなんだよね。
H:へっ、そりゃどういうことなんですかい?
I:一応、理屈があって、クォーク1個の状態は単独では存在しないが3個なら存在できるということなんだよ。で、この理屈が正しいなら、どういう状態は単独で存在して、どういうのは存在しないのか予想できる。
H:ほうほう、今日は理詰めですね。ご隠居。
I:年寄りは理屈っぽいからね。で、クォーク1個が出てこないというのは、「クォークの閉じ込め理論」だが、これは、量子色力学というのが効いている。
H:一人娘を閉じ込めて嫁に行かせねぇとは、親の虐待もここに極まれりだね。おいらなら、どんなかわいい娘がいても喜んで嫁に出してやるね。お前など家にいなくなったら、せいせいするわ、とタンカ切ってね。でもその夜はきっと一人でヤケ酒だね。
I:まぁ黙って聞きなさい。量子色力学というのは、クォークには色がついていると言っている・・・
H:へっ、りょうしいろりきがく? 色がついてる? 何をいってるんすか? それは。
I:色だね。クォーク1つ1つに、1つの色がついているとするんだ。
H:はっ? クォークに赤や青の色がついているとでもいうんですか?こりゃ意外だな。
I:実際に目に見えるような色がついているわけじゃないよ。ものの喩えなんだよ。
H:そうですか、喩えですか。おいらまたトンボ玉みたいにカラフルなのかと思って驚きやしたよ。喩えねぇ。「だんなー、せっかく休みの日に遠くから来てんだから、もうちょっと色付けてやってくださいよー」というような色ですか?
I:何を言ってるんだあんた。あんたそんなこと言って客に酒手をねだってるんじゃないだろうね。
H:今時そんなことはしませんよ。そういう喩えですかという質問です。
I:へっ、クォークにそんな色がついているものかい。クォークには3種類あって、その3種の分類を色分けとして、赤青緑の3原色に喩えたわけだ。だから、まあ、色ではないが、3種類の別があると思っておくれよ。
H:えっ、確かこの前の話では、クォークは5か6種類かだったと思いますが、違いますかね。
I:あぁあれね。あれは「香り」というんだけど、こちらもものの喩えだね。クォークには香りが6種類、そのそれぞれに色が3種類ということだね。
H:そうですか。香りと色は別々。では 三六、18種類あると考えてよろしいですね。
I:そういうことだね。さらにそのそれぞれに反クォークがあるから、それを入れるとさらにその2倍だ。
H:道具立てだけでけっこう多くなったね。
 
クォークの閉じ込め
I:さて、それで、クォークの閉じ込めだけれども、全体として色がついている状態は単独では存在できないという理論があるんだ。だから、色がついている1個のクォークは分離して存在できない。
H:ほう。そういうことですか。じゃあ、3個なら何でよくなるんですか。
I:3個の時は、赤青緑の組み合わせにしてやれば、光の3原色同様白色になるじゃないか。色が消える。だから、単独で存在できる。
H:はぁー、妙なことを考えましたね。3つで一組というわけですか。そうして色を消してるんですね。じゃぁ、クォークと反クォークで出来ている中間子はどうですか。
I:反クォークは補色がついているとするんだ。赤青緑の補色は、シアン・黄・マゼンタだね。
H:はっ?それはプリンタのインクの色のことを言っているんですか。
I:そうだそうだ。反クォークには、プリンタインクのカラー3色がついているとする。すると、赤のクォークとシアンの反クォークで白色にできる。青と黄、緑とマゼンタでもよい。補色を使うと2色で色が消える。
H:はん。ヘリクツもいいところのような話ですね。
I:喩えはヘリクツだけど、数学的な法則が同じなんで、これで説明できるわけだ。色鉛筆で、ちょいとバリオンと中間子を描いてやるとこんな感じだな。


H:はぁ、ご隠居、手が震えていませんか。大丈夫ですか。
I:何を言ってるんだ、大丈夫ですよ。まぁ、これで、色を消してハドロンの中からクォークが出てこないようにしているということだな。
H:はぁ、それがクォークの閉じ込め理論なんですか。じゃあ、なんで色がついていると単独で存在できないんですか。
I:その説明は難しいんだが、色には周りに強い力のしがらみのようなものが発生して、それで、周りから何かと強い力が働くんだ。それが無色になると、力が内部に閉じ込められて、全体としては収まって分離できる。だけども内部は分離できない。
H:ふーん、不思議ですね。複雑そうで良く理解できません。
I:じゃぁ、八つぁんの好きそうな喩え話をするとね。人間には男と女があって、夫婦というものがあって法律で保護されているよね。
H:そうですね。最近は、男同士でも結婚できるようにしようとか、いろいろ議論になっていますね。
I:まあ、普通の法律で認められた夫婦の話をするとね、独身のうちは夜遊び歩いても男がいろんな女と付き合ってもそう問題はないわけだ。また、婚活みたいに集団見合いをしたりもする。
H:そうですね。結婚している人が集団見合いに行ったのがばれたりするとえらいことになりますね。
I:で、独身者は、いろいろ婚活できるんだけど、日本の法律では独身者は親の戸籍に入っているわけだ。まあ、そういうことなんだね。独身者は色がついていて色々力が働くけど、結婚してしまうと力が内部に閉じてしまって、代わりに所帯としては2人1組で独立するというわけだ。今度は双方の合意がないと離婚も難しくなる。
H:よくわかったようなわからんような。その独身者の力が色だというわけですか。結婚してしまうと力が内部に閉じ込められるというのは、ご隠居もなかなかシビアなこと言いますね。でも、結婚すると、独立した所帯が現れるところは理解できました。
I:で、クォークには、この男女の性が2つではなく3つあって、色の3種類で結婚するわけだ。
H:あっ、そりゃまた、シュールなことを。それは、えらいことになりますよ。3種類あると。
I:もう喩え話はこれで終わりなので、それは真剣に考えることないよ。
H:考えてしまいますよ。3種類あると、どうやってくどいたりするんだろ・・・。見合いの返事もたいへんだね。あっちはいいけどこっちは気に入らないとかだったら。
I:だからもういいって・・・
 
異国風ハドロン
H:では、白色になる組み合わせを他に探せば良いということですね。
I:そういうことだね。クォークをq、反クォークを~qとしようか。ホントはqの上に線を引く q、つまり、qバー、またはアッパーバーqなんだけど、パソコンでは出にくいので、~qで代用するよ。
H:アンダーラインはあるのに不便だね。アッパッパだからないのかな。
I:で、qqでは決して白にならない。q~qなら白が作れる。qqはダイクォークと呼んでいるがクォーク同様外には出てこない。q~qはさっきも出た中間子だね。
H:大クォークですか。
I:大じゃなくて、西洋語の2という意味でのdiだね。qqqはバリオンで、こいつは白だ。ただし、クォークの色は選んでやる必要がある。さて、ほかにどんなのがあるかな。
H:色を消せる組み合わせですね。意外に不自由だな。これは、qq~q~qとか、qqqq~qとかくらいしかないかな。
I:そうなんだよね。案外、単純に考えられるのしかないんだ。qと~qを足した数を数えて、qq~q~qはフォークォークあるいはテトラクォーク、qqqq~qはペンタクォークと呼んでいる。テトラはギリシャ語で4、ペンタは5だ。
H:フォークォークというとqqqqだと思わないんですかい。
I:普通に考えるとqqqqだけど、qqqqは単独で存在しないと信じて、qq~q~qのことをそういうんだね。
H:じゃぁ、qqqqqqとかqqqqqqqqqとかもあるな。
I:qqqqqqはダイバリオンだよ。
H:あっ、バリオン2つね。でも、それだったら原子核じゃないの?
I:いいところに気がついたね。ダイバリオンは、質量数2の原子核、つまり、重水素原子核とどう違うんだという話になる。
H:そういえば、qq~q~qもq~qq~qだと思えば、ダイ中間子ですよ。
I:そうなんだよね。そういう問題があるんだ。でも、そういう原子核的な状態ではなく、4個なり5個なり6個なりが完全に混じり合った状態があってよいので、これらをエキゾチックハドロンと呼んで原子核と区別しているんだ。本当に区別できるかという問題は残っているけど、混じり合って悪いことはないだろ。
H:じゃあ、原子核の他にそのエキゾチック・・・?何じゃそら。そのエキゾチックというのは、アラビアのハーレムのようなものですか。
I:どういう連想かい、あんたは。エキゾチックというのは異国風という意味で、アラビアのおねえさんの専売特許ではないよ。バリオンでも中間子でもないハドロンをちょっと変わったハドロンという意味で、エキゾチックと形容しているんだ。
H:あぁ、そうですか。異国風ハドロンね。やっぱり、アルジェリアのカスバあたりにありそうですね。
 
グルーオン
I:ここで、グルーオンについても少し触れておかねばならん。
H:ぐるおん? また、横文字ですかい。
I:グルーは、英語で、糊のことだね。
H:江戸名物、浅草海苔ですか。
I:言うと思ったね。グルーというのは、ものをくっつける糊だね。
H:あぁ、だから、2人の人間がくっついているのをグルというんですね。
I:ホントかい。ありゃ英語だったのかい。
H:で、グルーオンというのも色がついているハドロンですか。
I:これは、ハドロンではないけど、色がついてる粒子で、クォークが放出する色の強い力を仲介する粒子なんだ。力が強いので糊に喩えられている。
H:クォークが放出して、色の力でべたべたくっつくんですね。蜘蛛の糸みたいですね。
I:そうだよ。グルーオン自体が色をもっているので、グルーオン同士でもくっつくんだ。蜘蛛の巣と違って、蜘蛛自身までくっついてしまう。それで、グルーオンだけの固まりも可能で、1個のグルーオンだけでは無理だけど、2個、3個グルーオンがくっつくと白いのもできる。
H:べたべた糊だけで固まってハナクソの固まりみたいになったやつですね。木工ボンドでいつもできますよ。
I:あんたは喩えがキタナイね。グルーオン1個をgとすると、gは無理だけど、gg、ggg、q~qgなどは、単独存在可能になる。グルーオンだけでできているのは、グルーボールと呼んでいるんだ。こういうのが実在すれば、異国風ハドロンの仲間となる。
H:グルーボールか。糊玉ですね。丸美屋の糊玉なつかしいな。
I:そっちは海苔玉だね。ついでに、異国風ハドロンのヘタな絵も描いておくよ。


 
異国風ハドロンの問題点
I:それで、異国風ハドロン探しというのが、クォーク理論の成立以降、40年ほど続けられているが、なかなか解決はしていない。
H:えっ、異国風が見つからないのですか。
I:そうではない。候補はたくさんあるんだが、決め手がないんだ。つまり、普通の中間子と区別がつきにくいんだね。
H:中間子もたくさん種類がありますからね。
I:そう。見つかっていない中間子はまだまだあるからね。でも、21世紀になってから、精密な実験をして、ついにエキゾチックハドロンがはっきり見つかったんだ。チャームクォーク、6種類のうちの1つで、cと書くやつなんだけど、これを含んでいるのがあることがはっきりした。
H:見つかって良かったですね。
I:でも、まだ解決はしていないんだ。一つは、数が少ないことで、あまり作りやすくはないんだね。それともう一つは、テトラクォークと2中間子分子の違いの問題だ。この2つは、どちらもはっきり性格がわかっていないので、新しいのが見つかっても区別が難しい。
H:そうですか。じゃあ、ダイバリオンと原子核の区別も難しいですか。
I:原子核とダイバリオンでは、質量が違うので、区別は出来ると思うが、新しい状態が見つかってその質量が測られても、内部の状態を突き詰めるのは簡単ではないだろうね。
H:ふーん。内部はどうなっているんだろ。
I:これで、また、ハドロンの話は、原子核の話に帰ってきて、両者はまとめて検討しなくちゃならないということなんだよ。原子核はあくまでもハドロンとは違う。エキゾチックハドロンも原子核とはちがう。でも、その違いの本質は何なのかということなのでね。異国風ハドロンの研究の方法はいろいろあるけど、とにかく多くの種類を発見して、現物をよく観察するということと、いろいろな模型を想定してそれぞれに対して性質を予想することが重要だね。
H:ほーう。こうやって無理やりストーリーが組み立てられているんですね。ご隠居もなかなかしたたかだねぇ。
 
                                 (続く)


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