私の天文グッズコレクション(第11回 天文学史資料編その2)
上原 貞治
 
 前回は、江戸時代科学古典名作全集のようなことになって肩が凝ったかもしれません。今回も出版された天文学史に関係する書籍ばかりですが、昨年出版された洋書も含め、ずっと広い範囲から選びたいと思います。1979年以降刊行のものは新刊本で、それ以外は古書店から買いました。
 
1.『明治前天文学史』(日本学士院編、日本学術振興会、 丸善、1960)
 この本は、全集のような大部ではなく、ただ1冊で江戸時代以前(明治時代は含まない)の日本天文学史をまとめた本です。多少古い本ですが、著名な観測が「観測史」として表にまとめられており、参照や概略の研究にとても便利です。その他、暦学の説明なども簡潔にまとめられており、とりあえず間違いのないところを調べることが出来ます。下の写真に写っている図は、明和7年(1770)に見られたオーロラで、これまで日本で観測されたもっとも派手なものと言われています。

 
 
2.斎藤月岑『武江年表』全2巻(東洋文庫、平凡社、1968)
 これは、天文書ではありません。江戸時代(戦国、明治の一部を含む)に起こったあらゆる事件をまとめた年表で、今でいうと新聞の縮刷版の見出しページ(当時に新聞はありませんが)のようなものです。記事は、当時の有名人の動静や火事、犯罪事件などのほかに、天変地異が多く含まれており、その中で天文現象の割合も決して少なくありません。彗星の出現記事などは、今でも学術的価値があります。何度読んでも正体のわからない天文・気象?現象の記載も含まれており、謎解きが楽しいです。

 
 
3.G.Kronk(and M.Meyer, D.Seargent) "Cometography" 全6巻(Cambridge University Press, 1999-2017)
 これは、英書で、アメリカ人のGary Kronk (1956-)(5巻はMeyerと共著、6巻はMeyer, Seargentと共著)が膨大な資料を使って観測された「全て」の彗星についてその観測記録ほかをまとめたものです。西洋では歴史的に「彗星誌」という本の分野があり、ルビエニエツキとパングレのものが歴史的偉業として有名ですが、これは、その後継を意図した現代の大作です。古代より1999年までの彗星記録が含まれています。従って、古文書などに彗星の出現記録が見つかった時は、この本と照合すれば直ちに既知の記録との整合をチェックすることが出来ます。残念ながら、前書にあったような彗星の出現状況の図版はまったくないので、眺めて楽しむというわけにはいきません。なお、この本は昨年までに刊行されたこれら6巻で完結らしいですが、今後7巻めが出る可能性も皆無ではないでしょう。1項目の合計購入価格としては、ご紹介シリーズの私のコレクション中もっとも高価なもので、10万円を超えるのはこれだけです。

 
 
4.江戸漂流記総集第6巻(『環海異聞』1807)(石井研堂コレクション、日本評論社、1993)
 これは天文とはほとんど関係のない江戸時代の漂流記です。ではなぜここで取り上げたかというと、理由は2つあります。一つは、これが日本人の初の世界一周航海記(著者は航海した人たちではなく、日本で尋問した人たちでしたが)であり、ロシアの科学技術に関わる記述があるからです。もう一つは、尋問した人たちが日本の蘭学者や天文家で、この件がのちに幕府天文方の公的な洋学研究の礎になった(そして、明治以降の日本の大学や研究機関の始まりとなった)ことによります。世界の辺境を含む長い陸路と航海の記録は、ノンフィクションのストーリーとしても楽しめます。下に紹介する図版は、日本人が初めて目にした気球とプラネタリウムに相当するといわれているサンクトペテルブルクの博物館にある展示物で、後者は大きな地球儀の中にはいって星空が見られるようになっているといいます。他に帰りに見た南洋の動植物等の図版もあります。




 
5.『梅園全集』全2巻(名著刊行会、1970)
 これも見た目の通りの大部ですが、江戸時代「最強」の自然哲学者で、天文にも通じていた三浦梅園(1723-89)の著作の全集です。原著者の執筆を(1870〜80年代)を息子の三浦黄鶴がまとめたものを元に1912年に版が組まれて出版されたものです。主要な著作はすべてカバーされていると思います。主著『玄語』は圧倒的な分量と構成を誇り、宇宙の全てのモノとコトを対称性の原理を元に説明し法則を演繹しようとするもので、その手法は現代の物理学研究者にも高く評価されています。ほとんどの内容は漢文ですが、『玄語』は書き下しや現代語訳にしてもさほど理解しやすくなるわけではなく、この漢文は一種の数式であると考えて解釈するのがよいかもしれません。『玄語』は今やネット資料で研究する方が適していると思いますが、梅園の全生涯の仕事をチェックしてゆくには、このような全集があると役に立つでしょう。

 
 
6.大森惟中『博物新編』全4巻5冊(うち 増訂再刻 二下、三、四の3冊、青山堂 1870年代?)
 一つだけですが、和本を紹介しましょう。これは、本当に明治初期に発行された博物学の普及書です。科学書の和本の実物を一つくらい持っていてもいいかな、ということでネット古書店から買いました。日本の博物学は、もともと本草学といって、動植物と鉱物が中心でしたが、蘭学が普及してからは、天文・気象、物理・化学も含むようになりました。この版は全4巻構成になっていて、私は、一部しか所持していませんが、その内容は、物理学、地理学、天文学、動物学などが含まれています。Benjamin Hobson (中国名・合信)という英国の学者が中国に移住して発行した中国語の本を江戸時代に日本語に翻訳したもので、蘭学書ではありません。新惑星「海王星」が、「ネブトン星」として紹介されています。

 
 
7. M. Grosser "The Discovery of Neptune" (Dover Publications, 1979改訂)
 最後は、天文学史の英書の名著を一つあげておきます。これは発行からまもなく東京の書店でたまたま見つけて買ったものです。私が最初に買った天文の洋書だったかもしれません。しばらくして『海王星の発見』という日本語翻訳書(1985)がでました。内容は、天王星の発見から始まっていて、海王星の発見前後の事情が歴史が詳細に書かれていますが、包括的な歴史書ではなく、ものごとの本質のストーリーが読み物として追えるようになっています。なお、私にとって英書を読むのは楽なことではないのですが、それほど厚い本でもないので、全編を通して読むことも可能です。

 


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