知られざる原子核とハドロンの話(第3回)
                   〜 ハドロンてどんなもの? 〜
 
                                上原 貞治
 
八つぁん(以下 H):ご隠居、いてらっしゃいますかい。八ですよ。八です。
ご隠居(以下 I): おぉ、相変わらず騒々しいね。でも、久しぶりだね。八つぁん。長いこと来ないで。どうしていたかい?
H:いやね。息子夫婦がうちを増築したいっていうんで、休みの日は毎日、図面描きですよ。それで、ああでもない、こうでもないと言われてね。手間賃もくれないし、いやになっちゃう。
I:なに馬鹿なことをお言いかね。あんな立派な息子さんに頼りにされているだけでも幸せ者だ。
H:ふん、そんな立派な息子なら、おいらもはやく引退して隠居して、ご隠居に「ご隠居」と呼んでほしいもんだよ。
I:あんた本当に馬鹿かい。あたしがあんたのことをご隠居と呼ぶはずがあるかい。それはそうとして、今日のご用件は何かい?
H:別にご用件がなくても来ますけどね。今日は、この間の原子核の話の続きを聞きに来たんです。よろしくお願いします。
I:そうかい、原子核のねぇ。前回どこまで話ししたっけねぇ。「銀河鉄道」の前号を見ればわかるんだけど・・・
H:何をわけのわからないことをおっしゃっているんですか。おいらもよくはおぼえていないですけどね。
I:じゃ、いいや、もう原子核の話は。今日は「ハドロン」の話の方に移ろう。
H:えっ、そんないいかげんなことでいいんですか。原子核の話を適当にほっぽり出しちゃって。
I:いいんだよ。どうせまた、原子核の話にはあとから戻ってくるんだ。今日のところはハドロンにしよう。
 

ハドロンとはなにか

H:で、ご隠居。「はとろん」って何でしたかね。ちらっと聞いたように思いますが。
I: 「はとろん」じゃないよ。「ハドロン」だよ。
H:そうですかい。ハトロン紙とは関係無いんですか。
I:関係ないね。ハドロンだからね。
H:ハドロンというのは何でしたかね。
I:ハドロンというのは、原子核の中にある、陽子と中性子ようなものの種類の総称だね。
H:ああ、あの男子生徒と女子生徒のね。
I:もう、そのたとえは忘れてもらってもいいんだが、ハドロンには、陽子や中性子以外にももっと様々な種類があるんだ。
H:そうなんですか。陽子と中性子しか聞いてないですけどね。他にどんなのがあるんですか。
I:有名どころとしては、「中間子」だな。
H:えっ、中間子? 中性子とは違うんですか。どんな字を書くんですか。
I:違うものだね。どちらも同じハドロンの仲間だが、ぜんぜん別物だ。ハドロンのうちの多くは中間子で、クォークと反クォークというものでできているんだが、組み合わせが違っているんだな。中間子はこのように書くんだ。質量が、電子と陽子の中間にあると言う意味だな。元々はね。
H:中間ね。ちゅうげんじゃないんですね。で、クォークってなんでしたっけ。前にでてきたかな。
I:陽子の中にはクォークが3つはいっているんだ。中性子もそうだけどね。
H:あっ、ちょっと思い出した。チョンチョンチョーンと3つ入ってんだよね。
I:それだね。陽子と中性子はそれぞれクォーク3つからできていて、それで大きさがあるんだよ。中性子はクォーク3個だから、中間子ではない。
H:そうでしたね。じゃ、中間子はなんですか。クォークのそのもう一方のはなんですか。
I:反クォークだよ。反対の「反」だ。クォークのちょうど反対の性質を持っているというものなんだよね。
H:反対って、クォークが熱ければ反クォークは冷たい、ってそういうわけですか。
I:だいぶ違うな・・・ ちょうど反対の性質というのはね。本当は、ほとんど同じ性質なんだけど、電気のプラスマイナスが正反対で、出会うという両方が消えてしまうんだよ。こういうのを粒子と反粒子の関係というんだ。電子と陽電子がそうだね。電子はマイナスで、陽電子はプラスだ。
H:へぇー、クォークと反クォークもそうなんですか。電気が逆。
I:そうだね。まあ、クォークと反クォークにはいろいろと性質があるんだけれども、今日のところは、クォーク、反クォークは、電子と同じように「点状」の粒子で、電気力に感じるほかに強い力にも感じて、これで、陽子と中性子が結びついて原子核ができていると思っておくれよ。
H:とにかく陽子と中性子はクォークからできていて、中間子はクォークと反クォークからできているわけですね。それで、中間子はどこにあるんですかい。
I:中間子にもいろいろ種類があってね。原子核の中にπ中間子(パイ中間子)というのがある。原子核の中では、陽子と中性子がパイ中間子をたえずキャッチボールしているんだが、π中間子は、単独で、原子核の外を飛んでゆくこともできるんだ。
H:へぇー。π中間子のキャッチボールねぇ。それで、それを受け損ねると、ついつい外に飛び出すってわけか。
I:いやいやそうじゃない。そんなもの自然には飛び出さないよ。外に飛び出すためには、外から原子核にエネルギーを与えてやらないとだめだ。
H:そうですか。でも、ご隠居おかしいですよ。クォークと反クォークは出会うと両方が消えてしまうんでしょ。じゃあ、π中間子なんかすぐ消えてしまうんじゃないですか。
I:そうだね。実際、すぐ消えてしまうんだが、消えるまでの時間が短いながらもそこそこあって、その間に外を飛ぶことができるんだね。
H:うーん、新しい物がたくさん出てきて、話がややこしくなってきやがったね。結局はハドロンてなんだっけ。
I:そもそも、短く正確にわかりやすく定義するのは無理なんだけど、とりあえず、クォークまたは反クォークが集まってできているのがハドロンで、原子核の中にはその例として、陽子と中性子とπ中間子がある、と思っておくれ。
H:まあ、そういうことで覚えておきましょう。
I:まだ、完全に正確な定義ではないけどね。で、クォークは電子とは別の粒子なので、電子はハドロンではない。原子核はハドロンの集合物だけど、陽子のことである水素の原子核以外はハドロンとは言わないんだ。
H:ほう。そりゃ、原子核も結局はクォークからできているのにですか。
I:ハドロンには、一体性というか、分割不可能な性質があるんだね。
H:へっ、その分割不可能てなんですか。
 

ハドロンは分割不可能

I:今日は、記憶物と理屈っぽい話が続いて苦労をかけるが、もうちょっとがまんしておくれよ。分割不可能というのは、ハドロンは、もうこれ以上、細かく分離できないというわけなんだ。
H:えっ、ハドロンは、クォークや反クォークに分けられるんでしょう?
I:理屈の上ではそうだが、現実的には分けられない。単独のクォークというのは自然界には存在しないんだ。だから、クォーク1個だけ持ってこいと言われても無理なんだね。クォーク3つなら持って行けるけどね。
H:はぁ、不思議な話だね。リンゴが3個セットなら注文できるけど、1個だけなら注文できないってわけですか。
I:何となくちょっと違うな。3個がくっついている状態から1個だけを取り外すことができないんだよな。
H:ハドロンのなかにクォークがあるのに取り外せない。納得いかないね。クォークが1つ1つ中にあるのは確かなんですか。
I:陽子の中を叩くと、クォークが3つ入っているのは確かなんだが、単独では出てこないということだな。
H:つまり、3人姉妹が仲良くて常に手をつないでいて、見ると確かに3人いるが決して手を離さないようなものですか。
I:まあ、そんなところが良い喩えかな。3人手をつないだ状態は実際にあるが、1人だけ離れた状態は作れないということだね。
H:大工仲間から腕っ節の強いやつを連れてきてもだめですか。
I:力任せに取り出そうとしても、クォークと反クォークの対が新たにできて、ハドロン2個にはなるが、クォーク単独では出て来ない。というような感じになる。下のような図のような感じだな。
 

H:へたな絵だけど、そんな感じか。これはしぶといね。じゃあ、1人だけ嫁にもらうことはできないね。
I:そこまで気をまわすことはないけどね。まあ、クォークというのは、そういうこれまでの常識概念を覆すような物質なんだ。                
H:うーん、納得がいかないね。なんとか、引きはがして、めでたく嫁に行ってもらいたいものだ。何とかならないんですか。
I:できないんだから仕方ないね。あんたは、他に悩みがないんかね。「クォークの閉じ込め理論」というのがあって、単独じゃ出てこれないことになっているんだ。
H:「閉じ込め」とはひどいね。父親の虐待じゃないでしょうね。
I:別に父親がいて止めているわけじゃないんだ。3つの組み合わせで1セットという理論だよ。
H:じゃあ、中間子もクォークと反クォークに分けられないですか。
I:そうだね。同じだね。2つで手をつないで1セットということだよ。喩えれば、1本の紐に両端があってこれが中間子というわけだ。紐を2本に切るとそれぞれに両端ができて、端が1つだけの紐なんて物は決してできない。
H:何のこったいそりゃ。どうも納得いかないけど、おっしゃることはわかりましたよ。仕方ないなあ。
I:これで、ハドロンの1つの定義ができたね。手を離さない1セットが1つのハドロンだ。複数の陽子や中性子が結びついた原子核は、陽子、中性子のレベルまではばらばらにできるので、全体としてはハドロンではないわけだ。
H:ふーん。じゃあ、ハドロンと原子核は違うんですね。
I:一応はね。一応は違う。でも、原子核も陽子と中性子が手をつないでいるんだけど、これは、内部のクォークが別のハドロンの内部のクォークと手をつないでいると考えていいから、この部分は共通しているね。
H:なんだか、今日は、盛りだくさんにややこしい話ですね。今日はそのくらいにしてもらえませんか。
I:今日はこのくらいにしておこう。次は、ハドロンの種類の話をしようか。
H:よろしくお願いします。おいらは、どうしたらクォークをお嫁に行かせることができるか、頑張って考えてきますよ。
I:そんなことは考えなくてもいいよ。息子さんの家の設計の方をがんばんな。
 


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