日本の古典で学ぶ天文学(第3回)
 
                     原著 J. Keill,  蘭語訳 J.Lulofs
翻案著者  志筑忠雄、現代語訳・監修 上原貞治
 
 
 第2回(前号)では、幾何学上の楕円の性質について検討したが、今回も第6節でそれを続ける。そして、第7、9節で、それは力学と融 合して議論され、ケプラーの第1法則(楕円軌道)から、ニュートンの万有引力の逆2乗則が導かれる。
 なお、「暦象新書」では、下編上巻で「半正方」(=c)を定義しながらも、下編下巻の計算式中ではおもにその2倍の長 さ(=「正方」)を用いているので、以下の現代語訳でも、原文に忠実に数式中で(2c )を約分せずに残してい る。計算の理解のためには、もちろん適宜約分していただいて問題ない。
 
6.第五の定理:楕円の半正方 (全4段)(下編上巻「求心常経張本」より)

・[図5-19]
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



[図5-19]第三紙(六)
 
 
ALは常に半正方に等しい。AL=c 。 (c は半正方。以下においても同じ)
 図の解説は第4段にある。
 
 第1段:中離時の半正方

・[図5-16]
 
 
 
 
 
 
 
 



[図5-16]第三紙(三)

 
 物体が楕円の正脇点(点E)にある時を「中離時」という。(「中離」は「平均距離」と同じ意味)点Sと点Dは焦点である。
 KI⊥ED、KL⊥ESである。Kは楕円の中心である。ここで「第四の定理」の第3段によると、ED=ES=a。だか ら、ES:EK=EK:ELより、abb:EL
ゆえに、 EL=b2/a,  (EIも同じ) EL、またはEIの長さを「半正方」と呼ぶ。(以下、c とする)よって、
 abbc
 物体が正脇点になくても、[図5-19]のALのような長さは常に半正方である。このことは以下に詳しく述べる。
 
 第2段:大小の直角三角形の比例(一)

・[図5-17]
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



[図5-17]第三紙(四)
 
 AI:AM=ea
 
 DI⊥AH、EM⊥Oo。Aは楕円の中心である。ここで、「第四の定理」の第4段によると、
   GH:GE=ba  ・・・ @
また、同定理の第2段によると、AH=ACである、ゆえに、直角三角形 △AGE、△AGHを考えると、
 GE2−GH2=AE2−AC2, (AC2=AH2 だから)  
そして、同定理の第4段の結論によると、EA2−CA2=AI2 。ゆえに、
 GE2−GH2=AI2   ・・・  (甲)  また同定理の第3段によると、
 a2b2e2   ・・・(乙)
@によって、(甲)、(乙)を考えると、
 AI:GE=ea
GE=AMであるから、AI:AM=ea がわかる。
 
 第3段:大小の直角三角形の比例(二)

・[図5-18]
 
 
 
 
 
 
 
 



[図5-18]第三紙(五)
 
 
 AM:BC=ae
 
 EKは点Eの垂線である。(点Eにおける接線の垂線を略してこのようにいう) 点Sと点Dは焦点である。KB⊥ES。SCは中離時の SL[図5-16]に等しい。ここにおいて、「第四の定理」の第9段によると、ES:SK=ED:DK。ゆえに、
 ES+ED:ES=SD:SK,(第6段によると、ES+ED=2a、SD=2e)ゆえに、
 a:ES=e:SK, (e=SA だから) ゆえに、
 ES:SK=ae ・・・ @
 △KBSと△EMSは、相似の直角三角形だから、
@と合わせて、 ES:SK=EM:KB=SM:SB=ae
 物体Eがどこにいてもこの関係が成り立つから、中離時において同等の比例式を考えると、それは E'S:SA=E'A:AL=SA:SL=ae,(E' は正脇点。点Lについては[図5-16]を参照)だ から、辺々の差を取ると、
 ES−E'S:SK−SA=EM−E'A:KB−AL=SM−SA:SB−SL=ae 
 SM−SA=AM, SL=SCだから、SB−SL=BC。これで、
 AM:BC=ae がわかる。
 
 第4段:半正方

・[図5-17, 18]

 BE=c    ([図5-18]のBE=[図5-19]のAL=c
 
 まず前段によって、AM:BC=ae。また、第2段により、
 AM:AI=ae。 ゆえに、
 BC=AI
 「第四の定理」の第6段によると、AI+a=SE。 ゆえに、
 SE−BC=SC+EB=a, (BC=AI だから) ゆえに、
 SC+EB=a
 SCは[図5-16]のSLであるから、これをaから差し引くと、EBは[図5-16]のELに等しい。EL=c だ から、
 EB=c

・[図5-19] 

 上のEBはこの図ではALである。よって、AL=c 。物体が動くと、いろいろな線分の長さは変わるが、この長さは一定であ る。これを半正方という。
 

7.求心力の一般則
(下編下巻「求心常経」より)

 すべて求心力によって曲線の軌道(曲線は、円や楕円に限らず、直線以外の線の総称である)を運行する物体にかかる求心力は、その軌道の各点 において、次の2つを合成したものに比例する。(1)物体から中心までの距離に比例、(2)中心から物体のある点での接線に下ろした垂線の長 さの3乗と物体のある点での接円の半径(または直径)の積に反比例。(合成は乗算、中心は求心力の中心である){求心力〜SA/(SP3・AR)  [図6-1]}
 
・[図6-1]による説明
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 





[図6-1]本文総図(一) {本連載第4節に出た図4-7に同じ}
 
QAOは曲線であり、物体が点Sの方向への求心力によって運行する軌道である。Aは、現在、物体がある点である。PMはそこにおける接 線である。AOは、ほとんど無限小の時間に運行する曲線の弧である。ARは、弧AOの接円の半径である。つまり、この弧は、接円の無限小の弧 でもあり、ARはこの弧AOに対応するものである。
 SPは、中心Sから引いた接線への垂線である。また、OM//SA、ON//SP。このとき、OMを点Aにある物体がSに引かれる求 心力であるとする。また、物体が接線をその直角方向に遠ざかろうとする力をON(つまり接円の部分の力)とする。この力はRのほうを向いてい る。Rは接円の中心である。もし、物体がこのままの速さでこの力によって運行するならば、この接円の円周を運行するであろう。この力とSに向 かう力(求心力)との比は、ON:OMである。また、相似関係にある直角三角形を考えると、これはSP:SAに等しい。
 さて、ニュートンの「起源」{「プリンキピア」}の第4条によると、円軌道の運動の求心力は (速さ)2/半径  に比例する。(このために「円運動の求心力」の定理を論じた)そして、速さはSPに反比例する。つまり、1/SPに比例する。(このために 「速さに比例する量」の定理を論じた) ゆえに、速さの2乗は1/SP2 に比例する。ゆえに、ONは、
1/(SP2・ AR)に比例する。
 さて、前に述べたように、SP:SA=近心力:求心力であり、近心力は1/(SP2・AR) に比例する。また、SP:SA=1/(SP2・ AR):SA/(SP3・ AR)である。ゆえに、S方向の求心力は、SA/(SP3・AR)に比例する。
◇円でない曲線は、多くの半径の違う微小な円弧が連続しているものなので、曲線上のそれぞれの点においてそれぞれの接円がある。接円 は、該当する点付近の無限小の弧の両端2点でのそれぞれの接線に垂直な2線を引き、その2線の交点をその中心とするものである。正しい円弧で はないので、この2線の長さも違いがあってよいのであるが、無限小弧に関するものなので、その差も元の半径に比べると無限小に過ぎない。◆
 
 
8.接円半径(下編下巻「相応輪径」より)

・[図6-3]による説明
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 












 [図6-3]本文総図(三)
 
 
 DABは楕円の半分である。DBが長径で、点Fと点Sが焦点である。ARとORの2直線はきわめて接近していて、どちらもAGに垂直 である。{A、Oは、ともに楕円軌道上にあって近接した点である。この時、ARは接円の半径である。接円については、本連載第1回の第4節を 参照} また、KL⊥AS、OT⊥AS、KM⊥ORである。ここで、ユークリッド第6巻の第3段によると、SA:SK=FA+SA:FS。 (このために「焦点間距離配分の比例関係」の定理を論じた)だから、SA:SKは常に一定の比(楕円周上のどこにおいても変わらないこと)な ので、Aが楕円周上を動く時、SAとSKのそれぞれの長さの変化分同士も同じ比になり、AT:Kk=SA:SK。また、ミルネの楕円解第6巻 の第6段によると、AL=c 。(このために「半正方」の定理を論じた) また、KA//SPなので、 ∠ASP=∠KAL=∠TOA。なぜならば、∠TAOが∠ASPと∠TOAの双方にとって余角となるからである(余角とは90°との差のことである)ゆえに、KA:AL=SA:SP。それで、SP=2c ・ SA/(2KA)。 そして、KA=2c ・SA/(2SP)である。
 さて、直角三角形の相似関係 △KMk∽△GPS と △OTA∽△SPAが成り立つ。よって、 KM:Kk=GP:GS=AP:SK。また、Kk:AT=SK:SA。(前に出た)
AT:AO=AP:SA。ゆえに、KM:AO=AP2:SA2。 また、この比は、
=SA2−SP2:SA2=SA2−(2c )2・SA2/(4AK2):SA2。(SP は前に出た) だからこの比は、=4AK2−(2c )2:4AK2。 (AK:c =SA:SP だから)ゆえに、
(2c )2:4AK2=AO−KM:AO=AK:AR。  よって、AR=4AK3/(2c )2
◇ある人が問うに、上で、SAの変化分をATとするのは、SO=STとしてのことであろう。しかし、OT⊥ASだから、SO≠STでは ないのか。答えて言うに、SOに比べるとOTもATもごく小さいので、長さの差はあるが、その差をATと比べるとまだそれよりもごく小さい。 ゆえに、ATを変化分の長さとする。また、AOは接線であるが、円弧と接線の区別がないのも、またごく小さい区間だからである。ごく小さい、 というのは、無限小ということである。しかし、無限小の次数が同じものは、それらの間に有限の比がある。ATとAO、AOとMKのようなもの がそれである。◆
 
・[図6-4]の説明
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 






 [図6-4]本文総図(四)
 
 ここにおいて、楕円周の各点における接円の半径を求める作図法を得た。AKは物体のある点での接線の垂線で、長径の軸と点Kで交わ り、HK⊥AKで、HはASを延長した直線上にある。RH⊥AHとする時、ARがその半径である。(このために「接円の半径」の定理を論じ た)
 

9.本来の例:中心が楕円焦点の場合〔ケプラー運動。ケプラーの第1法則からの重力逆二乗則の導出〕
(下編下巻「正例心楕臍」より)

・[図6-3]の説明

 物体が一つの楕円形の軌道上を運行し、その求心力が焦点の1つの方向に働いている場合は、その力は中心までの距離の2乗に反比例している。
 その理由は、AR=2c ・SA3/(2SP3) の関係になっているからである。(この関係の導出についてはあとで説明する) そうすると、求心力〜SA/(SP3・ AR)=
SA・2SP3/(SP3・2c ・SA3)であ る。(割り算の商でまた割るので、分母分子が入れ替わる)これはまた、=2/(2c ・SA2)であ る。(SP3と SAが約分されるから) ここで、2/(2c )は一定なので、これを省くと、求心力〜1/SA2 となる。〔ケプラーの第1法則からのニュートンの万有引力の法則の導出〕
◇ AR=4AK3/(2c )2 というのは前に出た。また、AK=2c ・SA/(2SP)、これも前に出た。ゆえに、AK3=(2c )3SA3/(8SP3)。 4AK3=4(2c )3SA3/(8SP3)。
この両辺を(2c )2 で割るとARが得られる。AR= 4(2c )3SA3/(8SP3・(2c )2)。 
(2c)2 と4が約分されて省かれ、=2c・SA3/(2SP3) となる。◆
 
 
 以上、3回の連載を通じて、中心力運動におけるケプラーの第2法則の証明(第1節)とケプラーの第1法則からのニュートンの万有引力 の法則の導出(第2〜9節)を行った。なお、逆は必ずしも真ならずで、ニュートンの万有引力の法則の下では、放物線軌道と双曲線軌道も許され るので、楕円軌道がユニークに導かれるわけでない。しかし、放物線も双曲線も広い意味では、楕円と同等の2次曲線である。
 
 もともとは、ここで連載を終える予定であったが、ケプラーの第1、2法則だけ学んで、第3法則の証明を学ばないのは、あまり気持ちが すっきりしないので、この目的のために、もう1回だけ連載を延長することとする。

(つづく)
 

付録:原典資料紹介(その3)
 


 
志筑忠雄「暦象新書」下編下巻「相応輪径」より幾何学の比例式の多いページ(『暦象新書』写本、早稲田大学古典籍総合データベースよ り)


 
J. Lulofsオランダ語訳本"Inleidinge tot de waare natuur- en sterrekunde, of de natuur- en sterrekundige lessen”(グーグルブックス)より 上の「暦象新書」(志筑版)の部分に対応する付近。「ジョン・ケイルからエドモンド・ハリー氏への手紙」という章に収められている。
 


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