知られざる原子核とハドロンの話(第2回)

〜 原子核はどんなもの? 〜
 
上原 貞治
 
ご隠居(以下 I): いや、八つぁん、お待たせしたね。では、話の続きをしようかい。
八つぁん(以下 H): あっ、ご隠居。お年の割には召し上がるの早いですね。もっと、ゆっくり食べないと胃に悪いですよ。
I:そうかい。どうも人を待たせていると、ものを食べてても落ち着かないものでね。
H:そりゃぁ悪かったですね。次からは気にしないでゆっくり召し上がって下さい。
I:こう見えても、あたしゃ神経が細いからね。さて、話はどこまでだったかね。
H:さぁー、どうだか。男女が入れ替わるのは鮮明に憶えていますが、どこで終わったのか忘れました。まあ、どうでもいいから、原子核が目に見えるように説明して下さい。
I:そうかい、じゃあ、原子核の形について最初から話をしようか。
 
原子核の形
H:それで、原子核というのはどういう恰好をしているのですかね。
I:一言で言うと、陽子と中性子がぎっしりつまっているという感じだね。
H:へっ、ぎっしりですか。スキマもないほど?
I:まあ、互いに動ける程度のスキマはあるんだけど、芋の子を洗うくらいかな。
H:へぇー。陽子、中性子というのは大きさがあるんですよね。球形ですか?
I:うん、陽子も中性子も似たような大きさで、サイズは1兆分の1ミリメートルくらい。重さもほぼ同じくらいだね。少しだけ中性子が重いんだけれども。球形かどうかはじっくり見た人がないと思うが、まずは簡単には球形と思っていいだろうね。だいたい、よく見る図ではこんな感じだ。




H:うーん。見てきたように描きますね。原子核も球形なんですかい?
I:原子核は自転の激しいものがあって変形しているのもあるそうだよ。でも、普通には球形として考えていいと思うよ。いずれにしても、じっくり止めて形を見ることは難しいので、形にはあまりこだわらないでおくれよ。
H:じゃあ、ギッシリ詰まっているというのは、どうやって観察したんですか。
I:陽子を何個か隙間をあけて並べておいて、そこへ別の陽子を多数、勢いよくぶつけるわけだ。それがぶつかって跳ね返る確率から、陽子1個の大きさがわかる。陽子の大きさが小さいと、隙間をまっすぐぬけていくやつが増える。
H:ほっ、それで陽子1個の大きさがわかるのか。そんなうまいこと隙間があくものですか。
I:うん、液体水素のタンクをつくると、水素の分子だから水素原子核、つまり陽子だね、その間には相当の隙間があいていることになる。それで、次に原子核の大きさなんだけど、こんどは同じ種類の原子核を隙間をあけて並べて、同じ方法で測ると、原子核の大きさは、そこに入っている陽子と中性子の数の合計に比例した体積を持っていることがわかったんだ。
H:その実験で、体積が測れるんですか。
I:体積は測れないけれども、上の方法では断面積が測れるので、原子核が球形だと思えば、体積がわかるね。体積が個数に比例するということは、ぎっしり詰まっているということだね。
H:ふーん、そうか。原子で、原子核と電子の間は隙間だらけだったけれども、原子核の中はぎっしりなんですね。
I:そうだね。それから、原子の場合は、中心に原子核という文字通り「核」になるものがあるんだけれども、原子核の中は詰まってはいるが特別な中心があるわけではないんだ。あくまでも、陽子と中性子の寄せ集めなんだよね。
H:梅干しの種のようなもんですな。おいらの祖母さんは、梅干しの種をこじ割って中身を食べていましたよ。
 
 
原子核のエネルギー
H:じゃあ、次に原子核のエネルギーがどこに入っているのか教えて下さい。
I:えっ、質問の意味がよくわからんが・・・
H:陽子や中性子がぎっしり詰まっているのなら、エネルギーの収納場所に困るんじゃないですかい?
I:ああ、そういうことかい。確かに困るね。まあ、でも、それでも多少の隙間はあるんだ。原子核の中の陽子と中性子の結合力や反発力はたいへん強いので、少々の隙間に大きなエネルギーをため込めるんだ。
H:そういうものなんですか。
I:強いバネがあると、少し縮めるにも多大のエネルギーがいるということだね。
H:ふーん。わかったようなわからんような。
I:それから、原子核には、エネルギー障壁というかエネルギーを出しにくい壁のようなものがあるんだね。
H:は? そりゃ何ですか。石油の輸出障壁のようなもんですか。
I:まぁ、だいぶ違うけど。例えば、原発で使っているウラン燃料は、ウラン235という原子核を使っていて、これをほぼ真っ二つにわるとエネルギーが出るんだ。
H:あぁあぁ、ちょっと思い出しました。でも、簡単には割れないですよね。
I:そうそう。これが簡単に割れると、燃料の輸送中や保管中にエネルギーと放射線が出まくって燃料にならない。これに中性子を適量当ててやって初めてウラン燃料が順調に燃え始める。これはね。ウラン原子核はその殻がしっかりしていて通常は内部のエネルギーが簡単に出ないのだけれども、衝撃を与えると、「爆発」して真っ二つになり、そのさい、内部からエネルギーが出てくるんだ。
H:出てくるエネルギーって何ですかね。「エネルギー」と書いたノボリが出てくるんですかい。
I:そんな馬鹿なことがあるかね。割れた破片が高速で飛んでいくということだね。運動エネルギーだよ。つまり、爆弾と同じだ。爆弾は、爆発するまでは、置いておけばじっとしているが、爆発すると、破片が激しく飛んでいくだろう。爆弾というのはそういうものなんだよ。ウラン燃料も爆弾と同じ仕組みを、陽子と中性子の集合体である原子核が実現しているんだ。
H:へぇー。うまくできてますね。たった2種類の材料しかないのにそんなカラクリができるもんですか。
I:それができるんだね。逆に言うとね。そういううまくいくやつだけが原発の燃料になるわけだ。エネルギーをまったく出さないのはそもそも燃料にならないし。
H:勝手に自分で燃えるやつは運べないので燃料にならない。
I:というか、そんなものは、人類が地球上に現れるまでに自分で燃え尽きて、もうどこにもないわけだ。
H:そもそも原子核のエネルギーというのは、どこにその大元があるんですか。
I:それは、さっきも出てきた陽子と中性子の引力にあるんだね。
H:ほうー、引力がエネルギーの正体なのか。それじゃ、引力が強いほど、エネルギーが大きいんですね。
I:原子核のエネルギー利用という意味ではその逆だね。引力が小さい方がエネルギーが大きいんだよ。
H:えっ、なんでだっけ?
I:引力が強いと言うことはしっかり結びついていて変化しない、安定だということだよ。こういうものは燃料にはならない。ちょっと操作すると、初めてエネルギーを放出してさらにしっかり結びついてエネルギーの低い状態に落ちるのが核燃料だと、熊さんが来た時に話さなかったかな?
H:あぁ、思い出した。熊の野郎、借金に借金を重ねて散財するとか、ろくでもない喩えを出しやがった。
I:原子核はね、どれも大なり小なりの引力で結びついているのだけど、小さな原子核と大きな原子核は、陽子、中性子の1個平均あたりのエネルギーが高めで、中くらいの鉄原子核がいちばん陽子、中性子の1個平均あたりのエネルギーが低いんだ。だから、小さな原子核は合体して少し大きな原子核になるとエネルギーが出る。これが核融合エネルギーだ。逆に大きな原子核は、分裂して小さな原子核になるとエネルギーが出る。これが核分裂エネルギーだね。
H:なるほど、わかりましたよ。じゃあ、世の中の原子核をくっつけるなりばらすなりしてみんな鉄にしてしまえばエネルギーがじゃんじゃん出せるんですね。
I:うん、理屈の上ではそうだが、実際にはそう簡単にはいかない。そのへんにある原子核を適当に組み合わせれば鉄ばかりができるのならいいが、いろいろと半端や不足が出て、鉄以外のエネルギーの高い原子核ができてしまう。そういうのができると著しく効率が悪い。
H:そうか、結局、不経済なハギレができてしまうのか。
I:まあ、だからなかなかうまくはいかないんだけれども、星の中はなかなか良くできていて高い圧力のもとで、核融合が進んで、最終的には鉄までできて、それで星が輝き、最後は超新星爆発までするやつもある。
H:ふーん。じゃぁ、核燃料に使うウランのように鉄より重いやつはどうやってエネルギーをためんこんだんだろ?
I:それはね。超新星爆発の時に勢いよく原子核と原子核がぶつかって大きな原子核ができてしまったと言われているね。そのぶつかる時の運動エネルギーが大きな原子核の中に溜めこまれたと言っていい。
 
H:まあまあ何となくはわかりました。午後から仕事なんで、もう帰らないといけないんですが、最後にひとつ聞かせて下さい。なんで中くらいの原子核がいちばんエネルギーが低いんですか。
I:それは中くらいの原子核がいちばん引力が強いと言うことなんだけど、これはあくまでも陽子と中性子1個平均のことだよ。原子核が小さいと数が少ないのでお互いの引力が効率よくお互いに働かないんだ。それから、陽子と中性子の数がともに偶数で、できれば同じ数だと、全体にしっくりおちついて、結びつきが強くなる。
H:前の学校生徒の例で行くと、男子女子同数だと合コンもうまくいくというわけですね。で、大きくなると何がまずいんですか。
I:大きくなると、今度は、陽子と陽子のプラス同士の電気の力が退けあうのが問題になるんだよね。陽子と陽子は原子核をつくる核力としては引力なんだけど、同時に電気力もあって、陽子同士ではそのぶんだけ、結びつきが弱くなる。原子核が大きくなると、核力より電気力のほうが遠くまで届く関係で陽子同士反発がエネルギー状態を高くするんだ。これがばかにならないんで、大きい原子核では、中性子が陽子より何割か多めになっているんだ。
H:じゃあ、中性子が適度に増やせばエネルギーは低くできるんじゃないですかい?
I:低くできるんだが、それも限度があってね。さっき言ったように、陽子と中性子の数が同じくらいなのがいちばん安定なんだよね。でも、それでは電気力が強すぎるというので、中性子をたくさん入れると、今度は陽子と中性子がぜんぜん同数にならないので、そんなに状況は改善しないんだ。これが、大きい原子核がエネルギーが高い理由だね。
H:ふうん。原子核も苦労しているんだ。男子生徒同士がケンカしやすいからと女子を多めにすると解決するかと思いきや、今度はあぶれた女子から不満が出るわけだ。
I:お前さんのそのふざけた喩えはなんとかならんもんかね。
H: はあ、でもね。自然界はうまくできていますよね。ちょうど、エネルギーのつりあったところでいろんなものができている。
I:うん、不安定な物はすでに消えてしまって、我々の身近に残っているのは安定な原子核ばかりなんだけれども、それにしても、いろいろな元素の原子核が安定に残っていてよかったと思うよ。
H:それで、木や金属やコンクリートや軽いのやら重いのやらいろんな材料があって、あっしも大工として存分に腕がふるえるわけですね。そう思うと、重い材料も運び甲斐があるってもんよ。じゃあ今日もひとつ頑張って働いてきますか。
 
(つづく)


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