私の天文グッズコレクション(第8回)  天文民俗・伝説関連古書編

上原 貞治
 
 前回がごく軽い内容だったのと対照的に、今回は本連載でもっともディープな回になるかもしれません。といっても、一般の人々が天体についてどのような感情を持ち、天文の知識や伝説を伝えてきたかということを記録した本ですので、興味を持って見れば意外に親しみやすい内容と思います。今回は、昭和期に単行本書籍として発行されたもの(シリーズものを含む)に絞りました。多くは古書として比較的最近買った物ですが、書店で新品として買った物もあります。
 

1.内田武志 『星の方言と民俗』 岩崎美術社(初版1981)

 著者の内田武志(1909-1980)は秋田県生まれの民俗学者で、東京で柳田国男や渋沢敬三の指導を受けたそうです。内田氏は、持病のために一生の大半を病床で執筆をしながら過ごしたといいます。この本は本格的な民俗学者のデータ収集によって書かれた星の方言と民俗(伝承や風習)の集大成で、私は、1990年頃この本を新品として書店で買いました。自分も天文民俗学を勉強して何らかの貢献をしなくては、という意識があったものと思います。天体それぞれにまつわる和名や伝承が広く公平に集められていて、その信頼性も高く、日本の天文民俗の全般的な状況を知るのにとても役に立ちます。


 

2.野尻抱影 『星』  恒星社 (1941)

 野尻抱影(1885-1977)といえば、英文学者であり、そして古今東西の天文雑学と日本の天文民俗学の開祖のような存在ですが、この本は、資料というよりエッセイに近いです。それでも、昭和10年代の一般への科学普及事情がわかって、それ自体が今から見ると天文民俗としての価値があるように思います。当時、天文に詳しかった人、それほどでもなかった人の興味の在処などがわかって楽しめます。


 

3.野尻抱影 『星アラベスク』 河出書房新社 (1977)

 この本は、野尻抱影が存命中に新刊書として出した最後の星座案内書です。特に星の伝説集というわけではありません。装幀もわざと昔風に作られていて、晩年の抱影の自身の生涯への想いがこめられているようです。それぞれの星座の説明はどれも短く、これが抱影の到達点だったのかもしれません。

 
 

4. 桑原昭二  『星の和名伝説集 : 瀬戸内はりまの星』 六月社 (1963)

  姫路高校の教諭だった桑原昭二氏(1927-)が高校の天文気象班の生徒ともに集めた兵庫県、岡山県、香川県を中心とした瀬戸内地方の星の和名や伝説がまとめてあります。懐かしさと手作り感豊かな書籍です。それでも、瀬戸内は海運や漁が盛んな地域だったので、星の生業への利用としては一級の本格的な資料となっています。ほぼ、星座ごとに分けられていて包括的な伝説資料としての価値もあります。野尻抱影の序文がついています。収集に協力した生徒さんたち名簿のリストも長々と載っています。


5.礒貝勇 『丹波の話』 東書房 (1956)

 我らが西中筋天文同好会の発祥の地かつ本拠地である丹波の地の民俗を集めた本です。礒貝勇(1905-78)は広島出身の民俗学者ですが、これは礒貝が綾部高校(の前身)の校長であった1943〜56年の研究をまとめたものです。最後の章が「丹波・丹後の星」というおもに京都府北部の天文民俗を集めたものになっています。この本が書かれたことは、郷土にとってとても良かったことだと思います。礒貝は工学が専門だったそうで、この本でも、民具やランプ、.電気など道具や文明の利器の変遷が多く取り上げられています。特に、綾部で初めて飛行機が飛んだ様子(1914年)など貴重な記録です。


 

6.鈴木壽壽子 『星のふるさと』  誠文堂新光社 (1975)

 このユニークな本については、1976年に本会誌でタイトルだけ紹介させていただいたことがあります。出版されてからすでに40年が経ってしまいました。しかし、当時、リアルタイムで記録された星の光は時が経っても少しも色あせることがありません。鈴木壽壽子 (1927-85)は、星の好きな少女として、そして主婦と母として、星と同時代の社会とともに生きました。ここに書かれている人生、自然、静かな公害への怒りと社会運動、そして小望遠鏡で行われた火星の観測記録は、生活をする人と宇宙との関わりについて多くの人の心に直接語りかけてくれるように思います。民俗学は過去のことを研究するようにみえて、現在の人の心を見通しているということがよくわかります。
 
 
 


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