知られざる原子核とハドロンの話(第1回)

〜 原子と素粒子の間 〜

 
上原 貞治
 
 前回の「横道相対論シリーズ」に引き続き、長屋談義による物理学解説を続けたいと思います。よろしくお願いします。
 
ご隠居(以下 I): おや、八つぁん、今日はいやに早いね。これから仕事かい。
八つぁん(以下 H): いや、朝からすみませんね、ご隠居。いやね、今日の仕事は昼からなんですが、ご隠居に教えてほしいことがありやしてね。今日は、このぼんくら頭が朝から冴えてるみてぇだし、ご迷惑だとも思ったんですが、お邪魔したんですよ。
I:こっちの頭は年中、同じようなものだから、いっこうにかまわないけどね。おまえさん、朝から頭が冴えているって、よほどややこしい問題かい?
H:問題って、まあ、また科学の質問なんですけどね。どうなんでしょうねぇ。あっしにとっては、とにかくこういう朝は珍しいんですよ。
 
1.原子の中心には原子核
H:以前に、ご隠居から相対性理論について、いろいろ教えていただきましたがね。その時、原子力エネルギーの話が時々出てきましたよね。
I:あぁ、そうだったね。位置エネルギーとか、質量とかの兼ね合いで出てきたね。 
H:で、原子力エネルギーは、原子核の中にあるんだということだったと思うんですが、「原子力」というのや「原子核」というのはこりゃ何なんですかい?
I:えっ? 原子核のエネルギーについては説明したと思うが、お解りいただいていなかったのかい?
H:まあま、その時はわかったんですがね。原子核の中に原子力エネルギーがあるんだということで。でも、原子核のなかみがどういう形をしているのかわからなかったので、イメージがよくわかなかって・・・、もっと絵に画いたようにわからないものかなぁと思いましてね。
I:あぁあぁ、そういうことかい。原子核の中身を見てきたように説明しろということだね。
H:まあね。それからね。原子とか素粒子とかは時々聞いてなんとなくわかった感じはしているんですが、原子核についても良く聞くけど、まったくわからないって感じです。
I:まあ、ある意味、中途半端な存在だからね。そういうものかもしれないね。さて、八つぁんは、原子核がどこにあるかご存じですかな。
H:そりゃ、原子の中にあるんでしょう。それも、原子の中心にあって、回りを電子が回っている。
I:うん、それでいい感じだね。原子核は原子の中心にあって小さいけれど、原子の質量の99.9%以上を占めているんだ。残りのわずかの質量が電子だね。それでいて、原子核は原子よりもずっと小さい、1万分の1から10万分の1くらいの直径にすぎない。
H:かなり小さい・・・、というよりも、べらぼうに小さい、という感じだね。
I:そうだね。原子の大きさを野球場にたとえると、原子核はパチンコ玉くらいの大きさだということがよく言われる。
H:まぁ、原子核は「点」みたようなもんですね。
 
2.原子核は複合粒子
I:原子と比べた大きさで言うとね、原子核は点ということになるんだろうが、本当は、原子核には大きさがあって、実は、もっと小さい粒子が集まってできているんだよ。つまり、原子核にも内部の構造があるんだね。
H:へぇ、そんなに小さいのにまだ内部構造があるんですか。
I:内部に構造があるからこそ、そこにエネルギーを溜めこんだり、そこから外へエネルギーを放出したりできるんだね。本当に点だとそうはいかない。
H:そりゃ、そうですね。タンスに引き出しがあって、中に隙間があるから、着物を出したり入れたりできるわけだ。点のタンスでは役に立たない。世の中便利というか、ややこしいというか。
I:ややこしくできているというべきだろうね。だから、八つぁんや私のような者でも世間で生きていけるということもあるんだろうけど。
H:はぁ、それぁありがたいことだ。それでも何かと昨今、生き辛れぇですけどね。で、どんな仕掛けが内部にあるんですか?
I:それが、実はもっと小さい粒子があつまっているんだけど、この粒子が陽子と中性子というもんなんだよ。
H:ほう、その陽子、中性子は、原子核よりももっと小さい粒だということですね。それが、素粒子ってわけか。
I:うん、陽子、中性子ってのは原子核よりも小さい粒子なんだけどね。でも、最近は、それらを素粒子とはあまり言わないみたいだな。陽子も中性子ももっと小さい粒子が集まってできているからね。
 
3.ハドロンも複合粒子
H:へっ、そうなんですか。陽子が素粒子なんじゃないんですね。それじゃ、陽子のなかにも別のもっとちっちゃい粒子があるんですか。
I:そうなんだね。つまり、それが素粒子で、クォークというんだよ。中性子も陽子もクォークが3個からできているんだ。
H:へぇ、驚いたね。原子核があって、中身は陽子と中性子で、そのまた中身はクォークなんですね。
I:3段階あるんだね。それで、その真ん中の陽子と中性子の段階の粒子は「ハドロン」と総称しているんだ。クォークが集まっている粒子の総称がハドロンだね。小さい方から、クォーク、ハドロン、原子核という順番の階層になっているんだ。
H:うーん、ややこしいことになっていますね。で、ハドロンって、どんな字を書くんですか。
I:カタカナだよ。外来語だね。「強い」という意味のギリシア語から来ているそうだから、漢字で書くと「強粒子」ということになる。
H:ちょっと、おっかねぇ感じですね。原子核もおっかねぇ感じだけどね。何で、みんなそんなに偉そうにするんですかね。
I:おっかないのは、知っての通り、内部に蓄えられているエネルギーが大きいからだろうね。また、「強粒子」は陽子と中性子が結びついている力が強いからだ。
H:なんで、そんなにややこしいことになっているんだろう。えーと、ハドロン、つまり、陽子と中性子は、クォークとやらからできているんですね。クォークもカタカナですよね。
I:当然、そうだね。これも外来語だ。特に意味はないそうだけど。
H:えっ、意味がないってどういう意味ですか。
I:意味がないという意味じゃないかな。
H:ふーん。まあいいや。で、原子核が陽子と中性子からできているなら、原子核も結局はクォークからできているわけですよね。
I:そういうことだね。
H:じゃぁ、なんで、クォークから原子核に一足飛びにいかないで、途中にハドロンなどとかいう変なものを考えないといけないのですかい?
I:それは、おまえさん、変なものといっても、現に、ちゃんと、陽子、中性子としたレッキとした粒子が間にあるんだから仕方ないじゃないかい。
H:そうかぁ、陽子、中性子という粒は、しっかりあるのか。それが、集まって原子核を作っているということですか。
I:そこは本当は重要な点なので、あとでおいおい説明することにしよう。つまり、ハドロンの中でクォークがどんな状態にあるのか、原子核では陽子、中性子が中でどのようになっているのかが重要なんだよ。だから3段階あると言えるんだけど、その実態が問題で、単なる常識が通用しないんだね。
H:へぇ、そうなんですか。やっぱり、見てきたようにはわからないな・・・
I:そうなんだよ。つまり、ひらたくいうとね。仮に、陽子のなかに、クォークが3つ、大人しく3つチョンチョンチョーンと並んでいるだけで、原子核のなかに陽子がいくつかチョンチョンチョーンと並んでいるだけだったら、原子核というのはクォークが・・・
H:チョンチョンチョーンチョンチョンチョーンチョンチョンチョーン・・・と並んでいるだけのことになりますよね。This is PPAPみたいですね。
I:ふん。でもね、実際はそんなことはないんだ。そんな大人しく並んでいるわけではないんだね。
H:ほう。
I:例えば、原子核が教室で、陽子が男子生徒で、中性子が女子生徒で、男子女子10人ずついるとしよう。
H:女子が「中性」ですか。何かいい感じですね。
I:喩えだからいらんイメージを働かす必要はないけどね。そうすると、原子核っていうのは、男子女子が並んで椅子におとなしく座っているというような生やさしい状態ではない。
H:そりゃそうでしょうね。どうせ男女入り交じって教室の中を走り回っているんでしょう?
I:そんな甘いもんじゃない・・・
H:へぇっ、そうなんですが、男子対女子で抗争でもしているんですか。
I:実はねぇ、男子が女子になったり、女子が男子になったりしているんだよ。しょっちゅうね。
H:え、ええーっ、そりゃー、ハイパーというか、学園SF映画も顔負けですね。でも、男女各10人なんでしょ。
I:うん、各瞬間では、ずっと男女各10人だけどね。男女が瞬時に入れ替わってるならこれはキープできる。
H:うわぁー、まいったね−。
I:まあ、まいるほどのことでもないよ。そういう世界なんだ、原子核の中は。でも、原子核の中にもそれなりの法則というか仕組みがあるから、別に乱暴に乱れているわけでもなくて、これから説明したいんだけど、先に朝飯を片付けさせてくれないかね。
H:あぁ、すみませんでしたね。おいらはもう済ましてきたんですがね。ご隠居はまだでしたか・・・。待たしていただきますんで、ゆっくり召し上がって下さい。早く来て申し訳なかったです。
I:八つぁんは現役の大工だし、私は無職の隠居なので生活時間が違うのは当然だがね。すまないが、お茶でも飲んでいてくれよ。縁側によい日差しがあるよ。
(つづく)
 

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