偉大なる天体の周期(第6回)
上原 貞治
 
 今回は、木星と土星の会合周期について取り上げる。第3回、4回で、それぞれ金星と火星の会合周期について議論して、今度は木星、土星かい、マンネリだのう、という声も聞こえてきそうだが、それは少しだけ違う。第3回、4回は、金星と地球、火星と地球の会合周期であった。今度は、木星と土星の会合周期である。マンネリかどうかは読んでから判断していただこう。
 
1.木星と土星の会合周期
 まずは、地球の存在を忘れて、太陽から見て木星と土星が同じ方向に見える現象の周期について考えてみる。これを(太陽から見た)木星と土星の会合周期と呼ぼう。これは、従来の会合周期の公式、1/E=1/P1−1/P2 のP1に木星の公転周期、P2に土星の公転周期を代入すればよい。Eが会合周期である。
 ここで少し横道であるが、文献で土星の公転周期を調べて見ると、文献によって多少のバラツキがあるのに気づくだろう。『天文年鑑』の値(29.53216年)、『理科年表』の値(29.4572年)のように、値の小さいのは29.4年程度から 大きいのは29.7年というのもある。もちろん、そんなに大きな観測誤差があるわけではない。定義や元になっている文献が違うのであろう。また、そのほかにも、単位「年」の定義も自明ではない。ここでは細かい話はしないが、正確な周期について議論するためには、公転周期の定義や単位の定義について一通り把握しておくことが必要である。ここでは、日数単位で表現されたNASAのデータにある公転周期、木星4332.589日、土星10759.22日を用いる。また、以下「年」の単位を使うときは、それはグレゴリオ年=365.2425日単位である。天文年鑑などではユリウス年=365.25日を使っているので注意を要する。で、木星と土星の会合周期は、上の公式を用いた計算により、19.859年となる。近似として、19.9年、あるいは約20年と言ってしまってもいいだろう。木星と土星の会合周期=約20年 というのが今回の偉大なる天体の周期である。
 
2.地球から見ると・・・
 さて、上の木星と土星の会合というのは、太陽から見た場合の話である。地球から見るとどうなるかだが、実は大きな違いは起こらない。木星の軌道は地球の軌道より5倍以上大きく、土星軌道はさらに大きいので、太陽から見ても地球から見ても、多少斜めから見る程度の違いしか起こらない。 角度にしてせいぜい10度程度(以内)の違いである。よって、太陽から見て2惑星が会合しているならば、地球から見てもおおよそ会合していると言って良い。しかし、地球から見るとこの微妙な違いによって下に述べる「3連会合」という現象が起こるのであるが、それは後の話として、とにかく、地球から見ても約20年ごとの周期で木星と土星の会合が起こるわけである。
 ここで、定義を変えて、今後は、地球から見た場合に木星と土星が黄道(地球の公転軌道面を天に投影した線)に対して垂直に並んだとき(つまり2惑星が同じ黄経になるとき)を会合と呼ぶことにしよう。前述のようにこれは約20年周期で起こる。これがもっとも最近起こったのは、2000年5月〜6月であった。次は2020年12月である。その前は1981年であった。
 
3.目立たない現象
 と聞いても、木星と土星の会合は特に見た覚えもないし、世間が騒いだこともないし、見ようと思ったことすらなかったという人がほとんどではないだろうか。筆者も見た記憶が何とかある程度で、感激どころか具体的な感想の記憶すらない。2000年の天文現象を扱った西中筋天文同好会のWebページや「銀河鉄道」でも取り上げられていない(情けない・・・)。それは、はっきり言って、珍しいだけで見栄えのしない現象だからである。もっとはっきり言わせてもらえば、毎年のように起こる珍しくも何とも無い「金星と木星の接近会合」のほうがよほどよほど見栄えがするのである。「遠くの親戚より近くのあかの他人」という言葉があるが、これでは、近くの親戚と遠くのあかの他人の比較になってしまう。なお、2000年の会合で接近が起こったときは、両惑星は太陽に近い方向にあってほとんど観望不能であった。そういうこともあって記憶にないのであろう。
 その前の1981年の会合もほとんど記憶にないが、実はこの時、1980年から1981年にかけては「3連会合」という相当に珍しい現象が起こっていた。3連会合というのは1年以内に木星と土星の会合が3回起こるという現象である。しかし、特に目立たない現象が3回起こっても目立たないことに変わりはなく、珍しいからと言って特に騒がれることはなかった。
 
4.単一会合と3連会合
 約20年の周期で木星と土星の会合が起こるのであるが、その会合の中にはその1回の期間に3回の会合が起こる「3連会合」という現象が起こることがある。詳しい説明は省くが、惑星は「惑う」動き、すなわち逆行と順行を繰り返しているが、木星が順行中に土星を1回追い越して終わりになるパターン(図1左)の他に、順行で追い抜いた後、また逆行中に逆向きに追い越すパターンがあり、この場合は、最終的にもう一度順行で抜き返すことになり、3度の会合となるのである(図1右)。マラソンに喩えるならば、後続のランナーが先行するランナーを追い抜くがそのあといったん気を抜いて抜き返され、そして気を取り直してもういちど抜き返すようなもので、決して「3人抜き」をしているわけではない。マラソンなら、追い抜いた後すぐにいったん気を抜くと抜き返されて3連会合になるが、追い抜いてある程度引き離した後に休むなら差は縮まっても抜き返されることはない、まあそういう違いである。この時の3回の会合は、1980年12月、1981年3月、7月に起こり、いずれも太陽との位置関係が観測しやすかった。3連会合の場合、2回目の会合は逆行の途中の両惑星とも「衝」の近くにある時に起こるので、地球との位置関係が良く(「衝」とは地球との「会合」のことである)、3回のうち少なくとも2回目を含む2回は地球から観測する条件が良い。
 
図1: 木星と土星の会合の模式図(説明のためのイメージ) (左)1回のみの会合 (右)3連会合 
   線で結ばれているのが同時刻の位置。赤い線が会合。
 
 天文シミュレーションソフト「ステラナビゲータ9」で1524年〜2040年まで約500年間の木星と土星の27回の会合をチェックしてみたが、3連会合になっているのはわずかに3回だけであった。また、その間隔は不揃いでとくに周期性はないようである。3回しか見つからなかったので正確な数値は言えないが、平均すれば、木星と土星の会合20年ごとに起こるが、3連会合は100年か200年に1度しか起こらない珍しい現象である。
 
5.ベツレヘムの星
 さて、ここで話が終わるなら、木星と土星の会合周期は20年というキリのよい周期ではあるが、特におもしろみのない現象である、ということで終わりになるだろう。しかし、そうはいかない。それは、この木星と土星の会合現象が、イエス・キリストの生誕を告げた「ベツレヘムの星」であったという説があるからである。ベツレヘムの星とは新約聖書に出てくるイエス・キリスト降誕の際に「東方の三博士」を聖母マリアと生まれたばかりの救世主イエスのいる場所(ベツレヘムは地名)に導いた星であり、象徴的に言えば、クリスマスツリーのてっぺんに輝いている星である。聖書の物語のエピソードとして架空の現象であると捉えても良いが、キリスト教信者の多くは、これが新約聖書のマタイ伝にはっきりと書かれていることから、これを史実として受け止めている。しかし、聖書にそれが何の星であるかは書かれていない。
 このベツレヘムの星の正体を、木星と土星のBC7年の会合であると説明したのは、あのヨハネス・ケプラーである。ケプラーの持つ惑星軌道のデータと計算力をもって初めて当時の惑星の位置が計算できたと言っていいだろう。BC7年の木星と土星の会合の観測記録があったわけではない、あくまでもケプラーが計算で「発見」したものである。
 しかし、ここで疑問が湧くだろう。仮に、ベツレヘムの星がイエス生誕の頃に出現したとしても、それが木星と土星の会合などという目立たない現象でよいのか、しかもそれは20年に一度の現象では珍しくも何とも無い、これでは20年ごとに世界を動かす救世主が誕生するという主張になってしまってキリスト教神学からもちょっとまずいのではないか・・・と。これはもっともな疑問である。しかし、これらの疑問は一応論破できる。
 
6.木星と土星の会合をキリスト降誕の徴とする根拠
 聖書によると、天の徴から救世主の降誕を知ったのは東方の三博士の1グループだけである。彼らが星に導かれてベツレヘムに来てみると、そこは天文ファンやら占星術師で混雑していたということはなかった。つまり、相当の学識を積んだ人で初めて見極めることができるような渋い現象であったはずである。並みの天文学者なら見落とすような現象、と考えると木星と土星の会合はこれにふさわしいクラスである。また、20年に一度の現象という批判については、BC7年の会合が「うお座」で起こった3連会合であったことが強調される。これぞ救世主の降誕にふさわしい条件なのだ。うお座は、イエスの時代に歳差現象によって天の基準点である春分点がやってきた星座で、魚はイエスのシンボルになっている。イエス生誕というと、ぜひとも「うお座」でないといけないのである。占星術では、黄道12星座というものを重要視し、惑星の方向を黄道にそって12等分する。この方式に従うならば、木星と土星の会合が起こっても、それが「うお座」の方向である確率は約12分の1でしかない。
 さらに、3連会合という現象が相当珍しいこともすでにのべた。かくして、うお座で3連会合ということになると、条件としてこれを満たすことは数十倍厳しいことになる。事実、イエス生誕の頃以来、現在まで、うお座での3連会合は、BC7年と967年の2回しか起こっていない。
 なお、ケプラーに倣ってベツレヘムの星を惑星の会合で説明しようとする研究は、科学史研究家の作花一志氏によってなされていて、ネット上でも論文等を読むことができるので、興味のある方は検索してご参照いただきたい。そこでは、木星と土星以外の惑星についても惑星の会合が計算され、ベツレヘムの星の有力候補として扱われている。しかし、私(上原)は、火星よりの内側の惑星が絡む会合は発生頻度が高く、またそのことは三博士も百も承知であっただろうから、彼らがありふれた現象を救世主誕生の徴と見たとすることは宗教上の無理があり、ベツレヘムの星を実在の惑星現象とするならば、やはり木星と土星の会合とするほかはないのではないかと思う。図2は、計算で再現したBC7年の木星と土星の軌跡である。この年の初めには木星と土星はともに順行(右から左へ)をしていたが、年の半ば頃からどちらも同じようにループを描きはじめ、その間に3回の合が起こった。
 

図2: BC7年1月1日〜12月26日までの木星と土星の20日毎の位置。日付は(後の時代の日付を遡った)ユリウス暦による。

おまけ1: 一部のネット文献によると、うお座での木星と土星の3連会合は「973年周期」で起こるとある。確かに、これは、BC7年と967年の現象の年数差になる(紀元0年は存在しないことに注意)。そうすると、1940年にもうお座で3連会合が起こったことになるが、実はこの年は3連会合が起こるには起こったが、それはうお座の隣のおひつじ座でのことであった。973年周期といっても少しずつ星座がずれて行くので、ずっとこの周期でうお座での3連会合が起こるわけではない。ざっと調べたところ、うお座での3連会合は、今後2000年ほどは起こらないようである。
 
おまけ2: 次回の2020年の会合は3連会合ではなく単発であるが、両星の接近距離もなかなか近く、低空ながらも観測可能である。東京オリンピックの年でもあるし、覚えておいて、ぜひ楽しみに見られていてはいかがであろうか。この年の木星と土星の接近は、11月〜12月に夕方の南西の空のいて座とやぎ座の境界付近で起こる。見かけ上もっとも近づくのは12月21日の夕方で、日本で観測できる日没後に7'くらいまで近づくので、両惑星を望遠鏡の同じ視野に捕らえられるはずである。2020年の12月後半の両惑星の動きを図3に示す。


図3: 2020年12月16日〜30日までの木星と土星の2日毎の位置(日本時間0時)。木星、土星とも、図で、右から左に移動する。

 

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