「食」と「掩蔽」について (第3回)
 
 5.掩蔽の起こる頻度
 
 5-1 日食
 
 さて、掩蔽の起こる頻度について考えてみましょう。最初に日食です。読者の皆さんは日本にいて部分日食を見たことがあると思いますが、日本で皆既日食を見た人はたぶんいないと思います。たとえば、日食はこの40年間、日本の本州で10回以上起こっていますが、皆既日食は明治時代を最後に本州ではここ100年以上一度も起こっていないからです。ある同一の場所にいて皆既日食が見られるのは平均して360年に1回だと言われています(あくまでも平均です。360年周期で見られるという意味ではありません。以下同様。)。参考までに皆既月食について書きますと、皆既月食は居ながらにして年に平均1回見られます。では部分月食はもっと頻繁に見られるかというと、部分月食しか起こらない月食というのは皆既月食と同程度しか起こりません。
 この頻度の違いは「掩蔽」と「食」の違いとして説明できます。掩蔽は特別な観測場所でないと見られません。でも観測場所を選べばしょっちゅう見られることになります。一方、食は観測者の場所に関わらず、その天体の該当する表面が見られる場所ならどこでも見られます。これが、同一場所で観測した場合に、皆既日食は部分日食に比べてたいへん希な現象であるが、皆既月食はそれほど希な現象でないことの理由です。
 また、食分0.5以上の日食が起こる確率は、下の5-2-2で述べる「ある特定の恒星が掩蔽される確率」とほぼ同程度(5年に1回)になります。1970年〜2009年までの40年間に本州で見られた食分0.5程度以上の日食は6回あることになっています。少し少ないようですが、ある程度のばらつきはあって、これは最近の傾向だということだと思います。
 
 5-2 星食
 以後、問題にするのはすべて掩蔽現象です。掩蔽が起こる確率というのは、観測地をあらかじめ決めておいた場合のことを指すものとします。
 
 5-2-1 恒星の星食
 ある視直径のある天体が、恒星を掩蔽する場合を考えてみましょう。このような現象が特定の天体対について起こる確率は、隠す天体の視直径と天空での(対恒星)角速度の積に比例します。単位時間に「隠す天体」がスィープする(あるいはワイプする)天空上での面積(正確には立体角)が、掩蔽を起こす確率に比例しているからです。
 星は夜空にいっぱいあるし、月は見た目がけっこう大きいので、星食はけっこうおこっているように予想されるかもしれません。しかし、実際にはそれほどでもないのです。
 月が大きいように見えるのは錯覚もありまして、実は月は全天の立体角のわずか20万分の1を占めているに過ぎません。全天には6等より明るい恒星は6000個あまりありますが、ある瞬間に月が6等より明るい恒星を掩蔽している確率はわずか30分の1というわけです。月が自分自身の視直径だけ恒星天を動くのに約1時間かかりますので、星食は、約30時間に1回ということになります。実際に観測するとなると、月が出ていて夜でないといけませんので、確率はさらに1/4となり120時間つまり5日に1回ということになります。ちなみに、天文年鑑に記載されている東京で観測できる2001年の掩蔽は38件で、10日に約1回となっています。天文年鑑ではいろいろな理由で観測しにくい現象を除外していることを考えるとだいたい概算と合っていると言うべきでしょう。
 接食というのがあります。ある星食が恒星が消えたり現れたりを繰り返すような接食になる確率は約0.2%ですから、ある観測地で6等よりも明るい恒星の接食が見られるのは、約7年に1回という計算になります。
 
 5-2-2 特定の恒星あるいは惑星の食
 では、ある特定の恒星が掩蔽されるのは、何年に1回でしょうか? 恒星は、6000個あるから、6000×5日で3万日に1回でしょうか? 平均的にはそうなりますが、実は地球から見た場合、月が天球上で存在する方向は限られていますから、月に掩蔽されうる星はもっと高い確率で掩蔽されますし、決して掩蔽されない星は何百年たっても掩蔽されません。掩蔽される可能性のある天球の部分は全天の約9%ですから、ここにある星は、3000日すなわち8年に1回掩蔽されます。昼夜を問わなければ4年に1回です。惑星についてもほぼ同程度ということになります。ある特定の惑星の掩蔽が夜間にいい条件で見られる確率は、ほぼ10年に1回というふうに覚えておけばよいでしょう。
 
5-3 惑星、小惑星による掩蔽
 では、掩蔽を起こす天体が惑星である場合はどうでしょうか? 掩蔽の確率は、視直径に比例し、移動角速度に比例します。たとえば、木星を考えますと、月との比較において、視直径が4%、角速度が0.6%ですから、掩蔽の確率は、月の4000分の1ということになります。6等よりも明るい恒星の木星による掩蔽は、20000日に1回、つまり、 50年に1回という珍しい現象となります。確かに、この手の現象は、1971年に起こって以来、現在までずっと起こっておりません。土星、天王星、海王星と遠くになるほど、視直径も小さくなり、角速度も小さくなりますので、掩蔽を起こす確率はどんどん下がっていきます。
 最後に、小惑星の掩蔽について考えてみましょう。かりに、直径30kmくらいの小惑星があって火星と木星の間を公転しているとします。すると、これが、6等以上の恒星を掩蔽するのは、ほぼ10万年に1回という確率です。絶望的な小ささですが、ここで条件をゆるめてみましょう。直径30km以上の小惑星は2000個くらいあってそのどれでもよいとし、掩蔽される恒星も9等まではいいことにすると、確率は一挙に6万倍に増えて2年に1回になります。最近では、小惑星の恒星の掩蔽は、日本全体では年に2〜3回観測されています。観測地点を固定した場合は、これの数分の1程度、数年に1回くらいになるでしょうか。頑張れば、同じところで観測していても一生の間に10回くらいは観測できることになります。
 
 以上、概算で計算してみました。正確な計算と比べることはできませんが、だいたいの目安としては正しいのではないかと思います。    (連載終わり)