有人宇宙船用大型ロケットについて(第3回)
 
上原 貞治
 
 前回の第2回の第3節の終わりのほうで、少々不正確なことを書いてしまったので、訂正をさせていただく。それは、「NASAは、ISSへの人員への運搬には民間開発の宇宙船(「ドラゴン」、「シグナス」)を利用することにしている」という部分で、このうち、「シグナス」は今のところ無人の貨物輸送のみで有人の計画はなく、「シグナス」の代わりに、ボーイング社のCSTを挙げるべきであった。ただし、利用することにしているといっても最終的に決定されているわけではない。
 
4.計画中の有人宇宙船用大型ロケット−−アメリカの民間開発
 アメリカは、ISSへの貨物輸送の宇宙船として、従来のロシアのプログレスや日本のHTV「こうのとり」の他に、民間からの商業参加として、「ドラゴン」、「シグナス」という貨物宇宙船を採用している。これらは大きさからいうと有人宇宙船と変わらないもので、打ち上げにも大型ロケットを用いる場合が多い。ただ、人が乗っていないということで、信頼性と安全装置が割引になっている。事実、最近、貨物輸送の宇宙船の打ち上げ失敗が相次いだことは記憶に新しい。
 アメリカのスペースX社のドラゴン宇宙船は、有人バージョンを計画している。打ち上げロケットとしては、貨物用にはファルコン9v1.1が現在使われているが、これはすでにLTOペイロード能力13.5トンの大型ロケットである(これを大型とせず中型とする分類も行われている。貨物用としては中型と言ってもよいかも知れない)。ファルコン9はマーリンという独自のロケットエンジンを搭載しているが、これは従来型のケロシン燃料を用いている。ただし、将来は、回収して再利用することを目指しているところが先進的である。今月(2015年12月)、初めて、1段目の回収(地上に軟着陸)に成功した。
 ファルコン9には、その1段目の改良型を3本束ねるファルコンヘビーという上位バージョンの計画がある。これは、LTOペイロード能力53トンという文句なしの大型ロケットである。超大型と言っても良い。用途があるのか、と多少心配になるが、火星の生命探査計画が挙げられている。2015年6月にファルコン9による無人ドラゴンの打ち上げ失敗があったので、計画の進行は現在、見通しが悪くなっている。
 ドラゴンのほかには、ボーイング社がビゲロー・エアロスペース社と協同で、CST-100「スターライナー」という宇宙船をISSへの人員輸送に使おうと売り込んでいる。低コスト、高安全をうたっており、すでにNASAから開発費の補助を受け取っている。宇宙船の打ち上げテストはまだ行われていない。CST-100の打ち上げロケットはまだ最終的に決まっていないが、既存の無人打ち上げのみの実績を持つ「アトラスV」を使うことを計画している。アトラスVは冥王星探査機「ニュー・ホランズンズ」を打ち上げた大型ロケットで、LTOペイロード能力はバージョンによって違いはあるが、10〜20トン程度である。これまで無人用の大型ロケットが有人用に転用されたことは一度もないので、これ自体も興味のあるチャレンジと言える。(過去にタイタンIIがジェミニ宇宙船用に転用されたことがあるが、これは中型ロケットであった)
 
5.ISS有人宇宙船打ち上げ採用の駆け引き
 今後のISS人員輸送用に、アメリカの有人打ち上げロケットとして大型ロケットが採用されるかどうかについては、いろいろと複雑な問題が絡み合っている。もちろん、問題は、スペースシャトル退役以降、アメリカが有人宇宙船を持っていないことに依る。ISSは2024年まで運用されることになっている。これは、アメリカ政府の希望によるものなのであるが、現在の唯一の人員輸送手段であるロシアのソユーズ宇宙船が利用できるのは、2020年までになりそうなのである。というのは、ロシアは2020年でISSの運用から撤退したがっているのである。
 ロシアの撤退が政治的なものかどうかはわからない。政治的な意味合いもあるだろうが、ロシアとしてもいずれはソユーズを廃止して新型の宇宙船にモデルチェンジしたいと思っていることは当然であろう。ISSはそもそも元々は2020年までとされていて、アメリカがそれを4年伸ばしたというのが実情である。いずれにしても、現在の輸送手段がソユーズしかないとなると、ロシアにとってISSへの人員輸送は政治外交カードになり得る。ロシアが本当に撤退したいのかどうかもわからないし、政治に絡めてくるかもわからないが、カードを使うときは、当然ながらその意図を知らせてはくれないのであるから腹のさぐりあいとなる。アメリカにしてみると、ロシアにカードを握られるのはいやだし、平和利用の科学共同研究を政治取引に使うのはけしからんと言ってみても、原因はそもそも自国での宇宙船の開発の停滞に原因があってロシアに宇宙船の利用を頼んでいる身だから文句を言うこともできず、ここは何としても自前の有人宇宙船を早期に開発するかあるいはソユーズの後釜を見つけないといけないのである。そういう見込みがないならば、2024年までの延長運用を決めたこと自体が無理筋というべきだろう。
 しかし、新規に有人用ロケット開発するにしても、高い開発費を使って従来とあまり変わらない性能の物を作っても仕方がない。ソユーズもアポロも定員3人であるが、スペースシャトルは7人であった。せっかくだからここはどうしても7人乗り以上を開発したい。ところが、それにはお金と時間がかかるし、ロケットもある程度大きくなるのである。そして、2020年という期限が決まっているのが何とも厳しい。ISSへの輸送の用途は、いずれ消滅する(早い場合は2024年)。たった4年の用途だけのものを目指すのもあほらしいので、それ以降の用途も睨まないといけない。月や火星に行くとなると、さらに何倍もの費用がかかるし、開発に時間もかかる。2020年に間に合わないと何をしているのかわからない。ということで東京オリンピックの新国立競技場以上にたいへんな事態かも知れず、何かは起こるであろうが、何が起こるかは相当不透明である。
 
 
(つづく)
 

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