有人宇宙船用大型ロケットについて(第2回)
 
上原 貞治
 
 
2.有人宇宙船用大型ロケットは必要か
 前回の第1回では、現在までに、有人宇宙飛行に用いられた大型ロケットは、サターンIB型、サターンV型とスペースシャトル(いずれもアメリカ合衆国)だけであり、いずれのロケットも現在は廃止になって運用されていないことを紹介した。
 では、現在、大型ロケットは存在しないのかというと、これはもちろん存在していて、もっぱら無人での大型の人工衛星の打ち上げに用いられている。例えば、日本のH-IIBロケットも低軌道(LEO)に19トンの衛星を打ち上げる能力を持っている。ほかにも世界にはいくつかあるが、当面、有人宇宙船には関係ないので、ここでは紹介しない。
 有人宇宙船についていえば、現在、国際宇宙ステーション(ISS)への移動に使われているソユーズ宇宙船が中型ロケットで打ち上げられていることからわかるとおり、この目的には大型ロケットは必要ないのである。必要なければ、わざわざ大きくて高価なものを使うことはない。
 では、なぜ、かつては、有人宇宙船の打ち上げに大型ロケットが使われていたかというと、これは、人間と荷物を同時に運ぶためであった。アポロで月に行くためには、小さな宇宙船だけでなく、地球から月までそれを運搬するロケット、月着陸船、帰還用の燃料などが必要で、これらを人間と同時に打ち上げる必要があった。また、スペースシャトルは、人間がスペースシャトルの貨物室の中で実験をしたり、貨物室に材料を積んで宇宙ステーションの建設を行ったりするために、人間と貨物を同時に打ち上げていた。もっとも初期のころは、人工衛星という貨物を宇宙に届けるためにわざわざスペースシャトルを使っていたが、スペースシャトル・チャレンジャーの事故以降、人命を賭けるには引き合わない目的ということでやめになった。
 でも、最近、人は月には行かなくなったし、ISSも完成したので、そういう必要はなくなった。ISS向けには、人は人、荷物は荷物で別々に打ち上げるほうが都合が良い。
 実は、厳しいことをいうと、現在では、新規の月旅行や宇宙ステーションの建設にも必ずしも大型ロケットは必要なくなった。無人の遠隔制御の性能が上がっているので、月に向かうロケットも宇宙ステーションの建設資材も無人で打ち上げ、地球周回軌道に置いておいて、あとから人間が手ぶらでそこに向かえば良いのである。喩えれば、引越しをする時に、昔は、大型トラックに荷物をつんで人も同じトラックに乗って移動したかもしれないが、現在は、荷物はすべて引越業者に任せ、人間だけあとから自家用車で移動するようなものである。こちらのほうがずっと気が楽で費用もかからない。
 
 それでも、有人宇宙船用大型ロケットがあって良い場合がある。それは、すでに存在する貨物用の大型ロケットで「大型の宇宙船」を打ち上げたい場合である。 それは、おもに大勢の人が宇宙旅行をする場合(団体旅行用の観光バスに喩えよう)と、火星のような遠くまで行くために快適に旅をしたい場合である(キャンピングカーとかラウンジカーに喩えよう)。もちろん、こういう場合でも、大型宇宙船だけ大型ロケットで無人で打ち上げて、あとから人が(必要なら小分けに分乗して)そこに乗り移っても良いが、さすがにここまで来ると、宇宙空間で乗り移ること自体が手間なので、人を乗せたまま打ち上げて良いと考えられる。もちろん、大型ロケットの信頼性が問題になるが、高価な大型宇宙船や惑星間ロケットの打ち上げは失敗するわけには行かないので、とても高い信頼性が(たとえ無人であっても)要求される。ただし、どんな場合でも失敗の可能性はあり、人命は最優先なので、有人宇宙船打ち上げには、人間の緊急脱出の方法を用意しておくことが重要である。ところが、スペースシャトルにはその用意がなかった。アポロ宇宙船には用意があった。スペースシャトル・チャレンジャーの事故の後、緊急脱出装置が検討されたのに、取り付けることができなかったのである。スペースシャトルがいかに有人用大型ロケットとして不適格であったかということがいまさらながらにわかるだろう。
 
3.計画中の有人宇宙船用大型ロケット−−アメリカのSLS
  では、今後の有人宇宙船用大型ロケットの個別の計画について見てみよう。
最初に紹介するのは、アメリカのスペース・ローンチ・システム(以下SLS)である。これは、これまで、たった2つしかなかった有人宇宙船用大型ロケットであるサターンロケット(IB型とV型)およびスペースシャトルの正統的な後継者といえるものである。なぜならば、まず第一に、SLSはNASAによって有人宇宙船用として開発されているものである。次に、これは、月や火星への飛行の時に使うことをめざしている。最後に、その水素エンジンと固体ブースター(補助ロケット)にスペースシャトルの技術が引き継がれている。
 アメリカはブッシュ大統領の時に、アレスというロケットを使った有人月飛行計画「コンステレーション計画」を立ち上げた。これは、予算の都合で、その後中止になったが、火星旅行計画自体は現在まで維持され、別の種類のロケットで実施が計画されている。それがSLSである。ちなみに宇宙船は、「オリオン」という新しい種類の宇宙船を使う。オリオン宇宙船は、コンステレーション計画から引き継がれていて、質量7.9トン、乗員最大6名というものである。こちらは、現在テスト機を試験中の段階である。
 さて、本論で問題にするのは打ち上げロケットのSLSのほうである。SLSは、このオリオン宇宙船を打ち上げるためのロケットでまだ完成していない。構成は2段式で、1段目はスペースシャトルの外部燃料タンクとメイン水素エンジンを合体させたような構造になっている(何通りかのオプションがある)。これに固体のブースターがつく。 2段目はいくつかのオプションがあり、既存のデルタロケットを利用する場合やコンステレーション計画で計画されたロケットをつく場合などがあり、必要とされる能力に従って複数のタイプが使われることになるであろう(といっても、最終的に実用まで残るのは2〜3種類であろうが)。LEO打ち上げ能力は、オプションによって異なるが、70トンから129トンとされており、いずれにしてもサターンV型クラスの文句なしの大型ロケットである。
 
 現在の計画では、2018年までに無人のオリオン宇宙船を月周回・往復軌道に打ち上げることにしている。その後の有人計画については明瞭な発表はないが、NASAは、2025までに人間を小惑星まで送り届けるのに必要な能力を身につけると言っている。本当に行くのかどうかははっきりしない。これは、火星旅行のもとになる技術であるが、火星面に着陸してから帰還することは小惑星探査より格段に困難である。したがって、まず、有人月飛行が必要となるだろう。それが行われるのは、2020〜2025年のことになるであろう。とにかく、2020年頃に行われるであろうオリオン宇宙船の有人初飛行のときに、どの程度のニーズが生じているかによって決まるのではないか。
 なお、ISSへ人員を送り込むことにSLSが使われる可能性についてであるが、これは費用対効果からいってあまり高くないと思われる。現に、NASAは、ISSへの人員への運搬には民間開発の宇宙船(「ドラゴン」、「シグナス」次回以降に紹介する)を利用することにしていて、「オリオン」は優先度の低いバックアップとしている。ただ、ISSは現在のアメリカの意向では、2024年まで運用してそこで廃止する考えと言われ、その最後のほうで、SLSとオリオン宇宙船の有人飛行が、ISSとの何らかの関連で行われるかもしれない。
 
(つづく)
 

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