有人宇宙船用大型ロケットについて (第1回)

      上原 貞治
 
 
 
  我々が子どもであった時代、すなわち1960〜70年代には、宇宙旅行の夢というのがあって、いずれは誰もが宇宙旅行ができるようになると言われていた。また、プロの宇宙飛行士は遠からず火星旅行に行くと言われていた。残念ながら当時の夢は、50年経っても実現されていない。その最大の理由は、有人宇宙船用の大型ロケットの開発がほとんどなされなかったことによる。誰でも海外旅行ができるようになったのは大型ジェット旅客機が大量に作られたためである。なぜ宇宙ロケットはそう簡単にはいかないのか。
 ここでは、この問題を考える端緒として、また将来の展望の材料として、有人宇宙船用大型ロケットの現状についてまとめてみたい。
 
 まず、「有人宇宙船用大型ロケット」の定義であるが、ここでは限定的な意味でとらえる。つまり、現実に有人宇宙船を打ち上げた実績のあるロケット、または、具体的に有人宇宙船を打ち上げることを目的にして開発されているロケットに限る。現在は、無人の人工衛星や貨物船用として運用しているが将来の開発のオプションによっては有人に転用されるかもしれない、という状況にあるものは除外する。有人宇宙船用の大型ロケットはそのような中途半端な状況では、安全性や運用コストの点が詰め切れずなかなか具体化できないからである。それは下にみるようにこれまでの歴史が物語っている。また、当然のことであるが、打ち上げ時に宇宙船に人間が乗っていないとだめである。「有人用」宇宙船を無人の状態で打ち上げて、宇宙空間で人間が乗り込むことも可能だからこういう制限は意味がある。
 
 次に、大型ロケットの定義について書く。大型ロケットの公式な定義があるかどうかは知らないが、あったとしてもJIS規格やISO規格で決まっているものではあるまい。ここでは、数人以上の飛行士が一定時間快適に暮らせるような宇宙船がまず存在してほしい。そのためには、宇宙船の重量は積み荷を含めて数トン以上必要である。ここでは十分な能力をあることを要求して、ロケットの低軌道(LEO)ペイロード(通常の地球周回軌道への重量物打ち上げ能力)が10トン以上という定義にする。
 
1.これまでの有人宇宙船用大型ロケット
 1961年のボストーク1号以来、これまで多くの有人宇宙飛行が行われてきたが、既存の飛行実績がある有人宇宙船用大型ロケットは、実は2つしかない。アポロ宇宙船を打ち上げたサターンロケットと、スペースシャトルだけである。両方とも開発・運用したのはアメリカ合衆国である。しかも、現在は双方とも運用されていない。これの事実を見るだけで、有人宇宙船用大型ロケットが開発・運用ともいかに難しいかということがわかる。
 有人宇宙船に使われたサターンロケットには、2種類あった。サターンIBロケット(サターン・いち・ビー型)と、サターンVロケット(サターン・ご型)である。前者は有人宇宙船と月着船をセットで打ち上げない場合、後者は月着陸船も打ち上げる場合に用いられた。第1段はケロシン燃料、第2段は液体水素燃料を使っており、サターンVには第2段と同様の液体水素ロケットの第3段がある。サターンIB、サターンVのLEOペイロードは、それぞれ、15.3トン、118トンであった。アポロ宇宙船は3人乗りだったが、サターンVは、月まで人間と着陸船を送り届ける必要があったので、LEOに換算するとこのような高い性能が必要であった。このサターンロケットが有人で運用されたのは、1967年から1975年までの短い期間に過ぎない。
 
 もう一つの例は、スペースシャトルである。こちらは、最大7人の宇宙飛行士が乗ることができた。液体水素ロケットを使っていて、固体燃料補助ロケット2基の能力を合わせて、LEOペイロードは、24.4トンであった。なお、このペイロードにスペースシャトル本体部分の重量は含まれていない。スペースシャトル本体の重量は78トンである。
 これまで打ち上げられているそれ以外の有人宇宙船、ジェミニ(米国、タイタンII型で打ち上げ)、ソユーズ(ソ連、ソユーズロケットで打ち上げ)、神舟(中国、長征3号で打ち上げ)などは、いずれも大型ロケットで打ち上げられたものではない。いずれも、LEO打ち上げ能力5トン前後の中型ロケットで打ち上げられたものである。3人程度の宇宙飛行士が狭いところで1〜2週間程度の宇宙飛行を行うことは可能であるが、余裕を持ったシステムとは言えない。
 
 また、有人宇宙船に使うつもりで完成したが結局は使われなかった大型ロケットもある。ソ連のプロトンロケット(LEOペイロード約20トン)は、1960年代後半に、ソユーズ宇宙船で月往復飛行が計画されていて、動物を搭載していた試験が繰り返し行われたが、結局はアポロ11号の月着陸までに十分な信頼性を確認することができず、有人飛行計画は放棄された。また、ソ連では、1960年代後半から1970年代前半にN1ロケットという月着陸をめざすサターンVをもやや上回る大型ロケットが開発されたが、これは開発自体に失敗し、成功裏に飛行をしたことも一度もなかった。さらに、1980年代後半に、ソ連版スペースシャトル・ブランの打ち上げに用いるエネルギアロケットが開発された。(ブランは、スペースシャトルと違って打ち上げ用の大型ロケットエンジンを内蔵していないので、それ自体はロケットではない)エネルギアは88トンのLEOペイロードを持つものとして完成し、、またブランの無人飛行も成功したが、その後、ソ連崩壊によって有人計画は放棄され、今日までのところエネルギアは有人船打ち上げには使われていない。また、現在のロシアではエネルギアの流れを引く大型ロケットの開発は停止されていて、ロシアの将来の計画においても、エネルギアあるいはその後継機を有人宇宙船に使うという確固とした計画はない。
 
 まとめると、現在までに、有人宇宙飛行に用いられた大型ロケットは、サターンIB型、サターンVとスペースシャトルだけであるが、これらは現在運用されていない。かつてソ連で開発され、実現間近までこぎ着けていたプロトンロケットとエネルギアロケットは性能は満たしているものの、現在のロシアには具体的な飛行計画はない。現在、宇宙飛行士を宇宙に送り届けているソユーズロケットと、中国の長征3号は、いずれも中型ロケットである。つまり、現在運用中の「有人宇宙船用大型ロケット」は存在しない。
                                
 次回は、現在進行中の計画について書きます。   (続く)
                             
 

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