横道相対論シリーズ(9)
 
   E=mc2 と エネルギー問題(前編)
 
上原 貞治
 
八つぁん(以下 H): ご隠居、(ドンドンドン、=玄関の戸を叩く音)いてますか。いないんですか? (ドンドンドン) あれいないのかなぁ。
ご隠居(以下 I): はいはい、いますよ。ばあさん、玄関の戸を開けておくれ。誰だね・・・ なんだ、八つぁんか、騒々しいね・・・
H: なんだ、じゃないですよ。ご隠居。ご隠居のうち、あんまり静かなので留守かと思いましたよ。
I: 静かなのが何でいけないのかね。八つぁん、「隠居」というのは漢字でどう書くかご存じかな。
H:「隠れている」でしょ?
I:あぁ、困ったもんだね。それも言うなら「穏やかにおる」だよ。騒々しくしてもらっちゃ困るね。
H:でも、今日は、ご隠居、ぜひ、ご隠居に話を聞きたいということで、熊の野郎を連れてきたんで。
I:ほう。そこにいらっしゃるのが、熊さんだったっけね。
熊さん(以下 K):はい、あっしは八の大工の仲間で、熊五郎といいます。いつも八の野郎がお世話さんになっておりまして。
H:おいおい、何という言い方をするんだ。確かに、ご隠居にぁひとかたならねえお世話になっちゃいるが、熊よ、おめぇにそんな言い方されたかないね。
K:何言ってんでぇ。おめえ自分から、ご隠居にはたいそう世話になっていると俺に自慢してたじゃねぇか。
I:まあまあ、玄関先で大声を出されると困るから、中に入っておくれよ。熊さんは、何か私に聞きたいことがあるんだって?
K:いや、八がね。最近、アインシュタインに凝ってるっていうんで、どうしてそういうことになったんだ、と聞いたら、ご隠居がいろいろ教えてくれるんだっていうもんだから。そいじゃ、あっしも昔から気になっていることがあるということでお邪魔したんです。
I:そうかい、そうかい。まあ、話はゆっくり聞くから、二人とも上がってお座りよ。で、どうしました、熊さん、あなたも相対性理論について知りたいことがあるんですか。
H:知りたいも何も、俺もご隠居に質問するんだから、次の休みにはお宅まで連れて行け、いつ行くんだ、忘れるんじゃない、と、うるさいのなんの。
I:まあまあ、八つぁん、熊さんの質問を聞いてみようじゃないか。
 
E=mc2の意味
K:ご隠居お忙しいところすみません。というようなことで、質問があるんですよ。
I:あたしゃちっとも忙しかないからいいけどね。忙しいのはつきあってくれている、八つぁんじゃないのかい。
H:おいらだって熊の質問、気になりますからね。ほっとけませんよ。はいはい早く聞きましょう。
K:私の質問はですね。アインシュタインの数式に、イー・イコール・エムシー2乗(E=mc2)というのがありますよね。あれは、エネルギーは質量とイコールだ。2つは同じもの、という意味なんですか。
I:まぁ一言で言えばそう言っていいんじゃないかね。
K:それで、もし同じものならば、その辺に転がっている石ころでもなんでも質量があるから、これらをエネルギーにしてしまえば、エネルギー問題は解決、石油も買わなくてもよいし、二酸化炭素の問題も原発事故も心配なし、といかないのですか? というのが質問なんですよ。
H:何と、何と、下らん質問だ。石ころだってぇ? こいつめ。こんな質問のために、二人してわざわざご隠居のお宅までお邪魔したのか。そのくらいの質問だったら、なぜおいらに聞かないんだ、そのくらい、仕事場で昼弁当前に説明してやったのに。
K:ほう、八にわかるのかい。
H:あたりき車力よ。この唐変木。そんなおまえ、石ころがエネルギーになるわけないだろよ。なったら、みんな燃料買わずに河原に小屋掛けて石拾いして暮らさぁ。
K:そのくらいは俺にもわかるが、それじゃなんでエネルギーにならないんだい?
H:そりゃあおまえ、燃える燃料と燃えない燃料があって、石は燃えないからだよ。つまり、質量にはエネルギーにはならない質量があるってことだね。
K:「燃えない燃料」ってのは傑作だね。どうも、八の言ってることはほんとかどうか信用ならない。ご隠居、エネルギーにならない質量があるってことでいいですか。
I:うん、これは一言では片付かない難しい問題があるようだね。八つぁんの言うことが全部間違いということでもなさそうだし。
K:エネルギーにならない質量があるんなら、質量とエネルギーはイコールとは言えないような気がするんですがね。
H:そういうことなら、そもそも、ご隠居。このE=mc2の Eというのはどんなエネルギーのことなんですか。おい、熊、おまえそこから聞かないとだめだろ。
K:じゃぁご隠居、すみませんが、そのへんから順を追って、八にもわかるように説明してやっておくんなさい。
H:いちいち腹の立つ物言いだね。
I:はいはい、いいですよ。でも、お二人さん、仲良くしておくれよ。こっちは穏やかに暮らしてるんだからね。さて、ここがいきなり大事なところだが、このEというのは、質量mの物体が止まっているときの物体全体のエネルギーなんだね。だから、普通はこれを「静止エネルギー」というんだけど、ここでは混乱が起こらないように「内部エネルギー」と呼ぶことにしよう。静止エネルギーと内部エネルギーは同じ意味なんだけどね。
H:なんで静止エネルギーでなくて、内部エネルギーと呼ぶんですか。
I:いや、どっちでもよくて、深い意味はないんだけど、「物体が静止しているならエネルギーはゼロじゃないか」とか言って、突っ込む人がいるかもしれないんで、そうではない、物体内部にエネルギーが閉じ込められているんだ、という気持ちを表してるんだよ。
K: じゃあ、内部エネルギーがあるなら「外部エネルギー」もあるんですか。
I:うん、あるんだけどね。それは、外部エネルギーとは呼ばずに、「運動エネルギー」と呼ぶことにしよう。運動エネルギーは止まっているときはゼロだね。
H:内部エネルギーと運動エネルギーですか。それだったら、静止エネルギーと運動エネルギーのほうがわかりよかないですかね。または、内部と外部にするとか。
I:運動している物体があれば、その運動のエネルギーと、物体内部に閉じ込められている内部エネルギーとの2種類のエネルギーを持っているということで、これでじゅうぶんわかりやすいと思うがね。それから、さっき言い忘れたが、光の粒である光子のように静止しないものもあるから、光の静止エネルギーは不自然でも、光の内部エネルギーならいいだろう?
H:まあ、そこまでわかったことにしよう。
K:それで、このmですが、この質量ってのはなんですか。
I:これは、正確には「慣性質量」と言ってね。物に力を加えたときの動かしにくさの量で定義するんだが、そんな厳密に考えずに、普通に、重さと思ってもらっていいよ。
H:でも、ご隠居。重さは重力の強さで定義する重力質量から来ていて、慣性質量は、力による加速度で定義するから違うんでしょう。
I:八つぁんは最近詳しいね。でも、ここではそんな細かいことは考えなくても、質量は、ただ物質の量を表していると考えてもらえばいいんだ。1グラムのものを3つ集めると3グラムになるだろう。そういう足し算ができる量だよ。そういう物の量がエネルギーと等価なんだね。難しく考えなくてもいいよ。
K:へぇ、ちょっと気が楽になりました。で、このc2 の cというのは光速ですかい? 何でこんなところに光速が出てくるんだろう?
I:うん。これは真空中の光速だよ。でも、これはただの定数で、絶対変わらない換算の比率だから、これも、今回はぜんぜん気にしなくていいよ。この光速の2乗を気にしなければ、エネルギーは質量とイコールで、交換可能、同じものというわけだよ。
K:へぇ、光速はどうでもよくて、そいで、エネルギーと質量は交換可能で同じものなんですか。そんないいかげんなことでいいんですか。
I:今日のところはそれでいいんだよ。例えれば、日本のお金が円で、アメリカのお金がドルだとするね。もし、仮に、ずっと1ドル=102円に決まっていたとしたら、円もドルもどちらもお金としては同じことで、ただ、単位が違うだけでどっちを持っていても同じことだ、ということになるだろう。100円玉1個と1円玉2個が1ドル札1枚と事実上同じということだ。それは、50円玉1枚と10円玉5枚が同じなのと同じことだ。
K:でも、そのためには、いつも両替が手数料無しでできるんじゃないと困るでしょ。
I:そこはおまえさんの第二の質問の「エネルギーを利用する」問題だから、それはあとでぼちぼち答えることにしよう。
H:ご隠居。確認なんですが、さっき、E=mc2のEは、内部エネルギーだとおっしゃいましたね。
I:そうだよ。
H:内部エネルギーと運動エネルギーを足したものじゃないんですか。
I:そういう定義をする人もあるがね。でも、そういう定義をすると、質量mが物体の運動エネルギーの増減に従って変わることになって話がややこしくなるから、ここは、Eは内部エネルギーだけ、だから、質量と内部エネルギーはどちらも物体の運動の速さによって変わらない、ということにしたんだ。これが、より適切でわかりやすい定義なんだね。
K:そうですか。じゃぁ、E=mc2 は、止まっている物体の内部エネルギーと質量が同じだ、ということを表しているんですね。
I:うん、そうなんだけど、別に動いていてもかまわなくて、そもそも内部エネルギーと質量は、物が動こうが動くまいが変わらないので、E=mc2は運動の状態に関わらず成り立っていると考えるわけだね。そもそも、運動エネルギーというのは、見る人の運動によっても変わるので、運動の状態によらない部分を抜き出して取り決めた、と思っておくれよ。これが、わかりやすくて便利なんだよ。
 
運動エネルギーの役割
K:じゃあ、E=mc2 は、内部エネルギーだけが関係する法則で、運動エネルギーは関係ないんですね。質量と等価なのは内部エネルギーだけなのか。
I:今まで言った範囲内ではそうなんだけど、実は、運動エネルギーも内部エネルギーになることがあるんで、その時は、運動エネルギーも質量に貢献できるんだ。
H:えっ、なんで、運動エネルギーが、内部に入ってくるんですか。
I:ははは、八つぁん。驚いたかね。じゃあお聞しきますが、おまえさんは、内部エネルギーとはどんなものだと思っておいでかな。
H:うーん。よくわかんないけど、ガソリンとか爆弾とかは火をつけると爆発するから、内部にエネルギーがあるんじゃないかな。
I:そうだね。それは化学エネルギーというもので、それも内部エネルギーなんだが、運動エネルギーが内部に閉じ込められている物もあるんだよ。
H:中でごじゃごじゃ動いている。あぁ、膨らんだゴム風船を針で突くと中の空気で破裂して大きな音がしてたまげるというようなんですか。空気圧も分子の運動なんでしょ。
I:うん、そうだね。それから、熱も運動なんだ。熱いお湯の中の水の分子も細かく見ると運動している。この熱のエネルギーも一種の運動から来ている内部エネルギーだね。
K:何かどれも小さい物の話ですね。もっと大きな物ではないのかな。
I:大きな物では、太陽系はどうかな。太陽が自転して、惑星が公転しているのは、運動エネルギーだが、これを、太陽系全体のエネルギーの一部、と考えると内部エネルギーの一つということになる。
K:へぇ、内部エネルギーってのは、ものの見方なんすか。でも、太陽の自転とか惑星の公転は内部エネルギーと言っても、外から見えるんでしょ。
I:そりゃ、太陽の表面だけでなく太陽の内部も自転しているからね。全部が見えるわけではないよ。でも、今言ったのは、太陽系全体を一つの集合体として見たら、惑星の運動も内部だということで、おまえさんのおっしゃるとおり「ものの見方」ということなんだよ。
K:太陽系全体を考えると太陽系内部が全部内部エネルギーなんですか。スケールの大きい話ですね。じゃあ、その場合の運動エネルギーはなんですか。
I:太陽系全体が恒星の間を移動していたら、それが太陽系を全体としてみたときの運動エネルギーだね。太陽系は、銀河系の中心の回りながら、ヘルクレス座の方向に高速で移動しているそうだね。
 
内部エネルギーと質量の等価性
H:ということはご隠居。内部で運動している物があったらその運動エネルギーも、物体の質量に影響しているということですか。
I:そういうことだね。物体の内部での運動の具合は、ちゃんと物体の質量に反映されているんだ。私たちの身体を作っている原子の中にある原子核の質量もそうで、それは体重に反映しているから、私たちの体重は、原子核の内部のエネルギーの蓄積具合が影響をしていることになるね。
H:そら、おっそろしい話ですね。うちの嬶ァはその原子核エネルギーをダイエット体操で発散しようとしてるのか。
I:いやまあ、八つぁんの奥方はまさか原子力を発散できるわけはないだろうから、そんなことはないがね。人間の体重がそういう仕組で生じていることは事実だ。
H:人間が全体として運動しても、内部の運動を簡単にどうこうできるわけではないのか。ダイエットも難しいな。
I:内部の運動を取り出せるかどうかは、熊さんの質問の後半に関わるので、またあとで考えるとしよう。それで、この内部の運動エネルギーだが、原子核にしても、太陽系にしても、内部の運動エネルギーは、一般に絶えず変化して位置エネルギーになったりしているので、どれだけが運動エネルギーだと指定することは難しいんだ。
H:位置エネルギーになって運動エネルギーが変化する、ってどういうことですか。
I:うん。たとえば、太陽系に彗星があって、これは軌道に沿って運動していて運動エネルギーを持っているんだが、同じ彗星でも太陽に近いときと遠いときで、速さが違って運動エネルギーが違うんだ。でも、太陽に近いときは運動エネルギーが大きく位置エネルギーが小さい、太陽から遠いときは運動エネルギーが小さく位置エネルギーが大きい。そういうわけで、太陽系全体としての内部エネルギーは一定なんだね。だから、太陽系全体の質量も一定だ。これは、ほかの恒星からの引力を無視した場合の話だがね。
H:位置エネルギーって何ですか。よくわからないですが。
I:それについては、この「横道相対論シリーズ」の第5回の「『位置エネルギー』とは何か」(「銀河鉄道」WWW版第41号)を読んでごらんよ。さっき言ったのと同じような位置エネルギーと質量の関係が説明してあっから。ただし、そこに書いてあるのは、内部の運動エネルギーがない場合についてだけれど。
H:そんなの読むの面倒だから、手短に説明してやって下さいよ。
K:ほんとに八はわがままだね。
H:何をいうんだ。おい。今日は熊のわがままにつきあって、ここに来てるんだからね。
K:でも、さっきからお前ばかり質問しているじゃねえか。
I:まあ、けんかになるといけないので、簡単にいうとね。位置エネルギーとは2つ以上の物体の間に力が働いていて、その力の強さのためにエネルギーがため込まれているということなんだ。縮んだバネとか、引力で引き合って互いに回りあっている2つの星などを想像してもらえば、そこの力がエネルギーを持っているということがわかるだろう。
H:それも内部エネルギーの一種で質量に貢献するということですか。
I:そうだよ。さっき言ったガソリンや爆弾の化学エネルギーも位置エネルギーの一種なんだ。この位置エネルギーと運動エネルギーは、物体内部にある限りは区別は難しいんだが、この2つのエネルギーと内部にある物の質量を足したものが内部エネルギーで、これが物体全体の質量と等価なんだよ。
 
午前の部のまとめ
I:だから、ここらで、まとめると、
 
 物体全体のエネルギー = 物体の内部エネルギー + 物体の運動エネルギー
 
 物体の内部エネルギー = 物体の質量(×換算定数=光速の2乗)
 
 物体の内部エネルギー = 物体内部の構成物の内部エネルギー +物体内部の構成物の位置エネルギー + 物体内部の構成物の運動エネルギー 
(ただし、右辺の三者は厳密な分離は困難で、足した結果だけが意味がある)
 
ということになるね。
 
H:3番目の式が少々ややこしいですね。
I:物体内部の構成物の内部エネルギーというのは、物体内部の構成物の質量のエネルギーのことだし、位置エネルギーと運動エネルギーは確定して分離されていないので、両者の和を「束縛エネルギー」と名付けると、3番目の式は、
 
物体の内部エネルギー = 物体内部の構成物の質量のエネルギー + 物体内部の構成物の束縛エネルギー
 
となる。これならわかりやすいかな。この式は、これから、内部エネルギー、つまり質量のエネルギーの利用を考える上で助けになるだろうね。
K:なるほどわかりました。それじゃぁ、潜在能力的には、エネルギーはぜんぶ質量と同じものだと言ってよさそうですね。
I:そういうことだな。内部エネルギーの全部あるいは一部をエネルギーとして利用することが出来れば、それだけ、物体の内部エネルギー、つまり質量、は減少し、別形態のエネルギーとして利用できるわけだ。
H:この内部エネルギーの一部を取り出せさえすれば、内部ではどんなエネルギーであっても、そんなことはどうでもいいんですね。とにかく、内部のものを外部に引き出せばよい。
K:じゃぁ、何でエネルギーにならない質量があるんだろう。そっちに進んで下さい。
I: そうだね。そういうことになるんだが、でも、もう昼だから、昼飯にしようか。ばあさんがそばをゆででくれているから、先にいただくことにしよう。続きは、そばを食べてからにしよう。
K:そうですか。お昼飯をいただけるのはありがたいですが、でも、せっかくここまで来たんだから、すぐに第2段階に進んでもらえませんかね。つまり、内部エネルギーを外に引っ張り出せば、エネルギー問題は解決ですね。俺はもうここまでわかりましたよ。どうしたら、八のカミさんの内部エネルギーを取り出せるのですか。
H:うるさいやつだね。おいらは、せっかくのおそばが伸びては申し訳ないので、先にいただくよ。ご隠居だって、伸びてないのがいいでしょ。熊だけ食べなきゃいいんだ。
K:いや、はいはい、私もありがたくすぐにいただきます。
I:熊さん、人生は長いんだから、あせりなさんな。第2段階は、そばをいただいたあと、昼寝をしてからということにして、これで、次回に続くということにしよう。
H:これじゃあ、また連載が長くなるね。
                          (後編に続く)
 

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