偉大なる天体の周期 (第1回)
 
    上原 貞治
 
 
 今回から数回の連載で、顕著な天体の周期現象について紹介したい。天体においては何らかの周期を持つものが多いので、その中から特に「偉大な」ものを選びたい。「偉大な」の定義はそうとう自由であるが、ここでは、
 
1.人間の一生のうちに確認できる
2.肉眼での観察で確認できる
3.多少の天文の知識を要する
 
というような天文現象としたい。最後の条件がちょっと意外かもしれないが、特に天文知識を要しないことにすると、季節ごとの日の長さまで「偉大」になってしまうので、それは避けさせていただいた。
 1回めの今回は、「メトン周期」である。
 
1.月齢のメトン周期
 実は、メトン周期は、特に天文の知識がなくてもわかる程度の容易な周期である。だから、多少レベルを上げるため、日食・月食の周期についても触れることにする。
 1年は365日で(うるう年は366日)で12カ月である。1カ月の長さは月によって違うが、これは、そもそもは月の満ち欠けの周期(新月から新月まで−−これを朔望月という)をもとにして決められている。朔望月の平均的な長さは、29.5306日である。従って、12朔望月は約354.4日となり、1年より11日ほど短い。ここで1年の長さとしては、グレゴリオ暦の各年の平均の長さ365.2425日、あるいは1太陽年365.2422日を考えれば良いだろう。
 だから、ちょうど1年が経つと月齢は11日ほど進んでいて、同じ日付でも同じ月齢にはならない。これは面白くないので(そんなことを言っても仕方ないが)、丁度何年か経って日付も月齢もおおよそもとに戻る日があるだろうか、というのがこのメトン周期の問題である。
 1年で11日ずれるなら、3年で丁度うまくいくのではないか。というわけで、3太陽年=1095.73日と37朔望月=1092.63日を比べてみると、それでも3.1日もずれている。こうしてあたっていくと、19太陽年=6939.60日がほぼ235朔望月=6939.69日に当たることが見つかる。僅かに0.09日(約2時間)ずれるだけなので、相当正確な周期と言って良い。(数学的には、これは、365.2422/29.5306を分母分子がともに小さい整数の分数で近似する努力に帰着し、これには「連分数展開」という系統的な手法が使える。)
 こうして、丁度19年経つと日付と月齢が一致する。この「ちょうど19年」というのが「メトン周期」である。といっても、19年の間には、うるう年が4回あるケースと5回あるケースがある(まれに3回しかないケースもある)。4回あれば、ちょうど19年の経過日数は6939日、5回あれば6940日で、どちらにしても235朔望月から最大で0.7日ずれるだけである。
 仮に満月の日に生まれた人がいるとする。その人の19歳の誕生日、38歳の誕生日、57歳、76歳の誕生日はほぼ満月である。我らが天文同好会のオリジナルメンバーは今年か来年に記念すべき3メトン周期の誕生日を迎えられる方が多いであろう。人の一生を5メトン周期としても、日付と月齢の関係は一生の間に1日ずれるかずれないかの程度である。人の一生の間は十分に使える周期である。
 ここで思い出されるのは、太陰太陽暦であろう。このメトン周期に完全に従う暦にするならば、19年に235カ月の太陰暦の月を定義してやればよい。そしてそれを19年ごとに使い回す。235カ月ということは、12カ月の年を12年と13カ月の年を7年組み合わせてやれば良いのである。1年に13カ月ある時は、その余分の月を閏月(うるうづき、じゅんげつ)というので、「十九年七閏法」というのがメトン周期を利用した太陰太陽暦の別名となっている。しかし、日本の旧暦の太陰太陽暦は、このような周期を利用せず、実際に計算される個々の新月の時刻などを利用しているので、19年ごとに単純なパターンが繰り返されているわけではない。
 
2.月食(日食)のメトン周期
 日付と月齢が合うことだけでは、あまり特別な天文知識が必要なわけでもないので、今度は月食(または日食)のメトン周期を考えよう。なお、ここで扱うのはあくまでもちょうど19年のメトン周期である。サロス周期と混同しないようにお願いしたい(サロス周期については次回に取り上げるので、今はご存じなくても支障ない)。
 ある夜が満月で、たまたま月食があったとしよう。そのちょうど19年後の同じ日付の夜もほぼ満月であるが、その夜に月食があるだろうか。「そんなうまいことにはいくまい」とお考えになるだろうが、実は月食が起こる可能性が高いのである。それは、月と太陽の位置関係で、日食や月食が起こる確率の高くなる季節の変化に周期性があり、それが偶然にも19年に近いからである。
 恒星天における太陽の通り道(黄道)と月の通り道(白道)は5度ほど傾いていて、天の2箇所で交わっている、日食や月食が起こるのは、月と太陽の両天体がこれらの交点の近くにいるときに限る。同じ側の交点に2天体があれば日食になり、それぞれ別々の交点にあると月食になる。あるとき太陽がこの交点にいて、次に一周して同じ側の交点まで戻ってくる時間を食年という。日月食が起こりやすくなる周期、という意味である。交点が黄道に対して固定されていたら、食年はちょうど1年になり、日月食が起こりやすい季節も固定されるが、実際はそうではなく、交点は黄道に対して少しずつ動いていく。食年は346.620日ほどで、太陽年より19日くらい短い。つまり、黄道と白道の交点は、黄道上を太陽を迎えに来る方向に「逆走」しているわけである。実際には、日月食は朔望月の単位で起こるので、食年の周期で起こるのでなく、これに近い12朔望月=354.4日の間隔で起こることになる。だから、この354日(1年−11日)というのが、もっともベーシックな日月食の周期である。反対側の交点も動員すれば、この半分(177日)も周期と見なせる。
 さて、なぜ、食年は、太陽年=365.2422年ではないのだろうか。それは、上にも書いたが、月の軌道が太陽の方向に対して少しずつ移動しているからである。1年で18.622日ぶん元の交点から手前に来るから、これが19.61食年=18.61太陽年=6798日分たまると、交点がまたもとの方向、つまり同じ日付のところに帰ってくる。つまり、18.61年後にちょうど日月食の起こりやすい方向が元に戻るのである。ところが、18.61年は18年と7カ月ほどだから季節がぜんぜん違い太陽がもとの方向にいない。メトン周期で、太陽が(そして月も)もとの方向に帰ってくるちょうど19年のことである。ちょうど19年経つと、月と太陽は、その交点をまた0.39年分行きすぎてしまうのだが、18.61年に対する0.39年分だから、それは交点の方向角度でわずかに7.5度ほどに過ぎない。月食は、条件によるが10度くらい交点からずれていても起こるので、ちょうど19年後にも月食が起こる可能性がけっこうあるのである。以上の考察から、3メトン周期ほどは月食は同じ日付に連続し、月が出ている時間帯に月食が起これば、19年後、38年後にも月食が見られることが十分期待できる。ただ、その後の57年後、76年後は、満月には違いなくても月食は期待できなくなる。
 日食についても、ほぼ同様であるが、日食は視差の関係が問題になり、地球上で見られる範囲が狭いので、同じ場所で観測する限り、19年後の同じ日にまた日食が見られる確率はかなり小さい。一方、世界中どこにでも日食が見られる場所に移動できるとするならば、月食に近い確率で19年後の同じ日付に日食が見られることが期待できる。
 
3.日月食のメトン周期の調査
 それでは、実際の月食、日食が、19年の周期で起こっているかチェックしてみよう。今年(2014年)4月15日に日本では東日本でだけ見られた月出帯食があった(銀河鉄道前号・WWW版第44号の表紙写真参照)。その19年前の1995年4月15日にも部分月食があり、日本の夕空で見られた。また、19年後の2033年4月15日には明け方になってしまうが立派な皆既月食が見られる。また、2052年4月14日に海外で軽微な月食が見られる。しかし、1976年4月には月食は起こらなかった。
 今年の10月8日には日本で皆既月食が見られる。同様に2033年10月8日にもほぼ同じ時間帯にやはり皆既月食が見られる。この2つの皆既月食はとてもよく似ている。なお、1995年10月には月食は起こらなかった。2052年10月8日は、部分月食になるが日本で見られる。
 西中筋天文同好会では、1974年11月29〜30日に皆既月食観測会を実施した。残念ながら雨天となり、雲のあいだから皆既月食は少し見られたもののおおむねマージャン大会となった。1993年11月29日にも日本で見られる月食が起こったが、2012年には11月28日に半影月食があっただけであった。このように、ある夜に月食が起こるとその19年前、19年後に月食が起こる可能性はそこそこあるが、非常に高いと言うほどではない。
 日食の場合は、月食と違って、地球上のどこでも(月あるいは太陽さえ見られれば)同じように見られるわけではないので話がややこしいが、例えば、一昨年の見事な金環日食について調べてみよう。2012年5月21日には日本の人口密集地で金環日食があったが、その19年前の1993年5月21日にも部分日食が見られた。ただし、日本では残念ながら夜の時間帯だったので、北極圏に近い太陽の出ている地方でこの日食は見られた。また、2031年5月21日には、日本本土では見られないが南太平洋で日食が見られる。 
このように、メトン周期は、もっとも簡単な日月食の予報方法といえる。日食の場合は、観測可能場所が世界を駆け巡るのであまり実用的ではないが、月食については、確率50%くらいの予報は出せるようでなので、一応、あたってみるくらいの価値はある。
 
 次回は、このメトン周期よりもずっと確かな日月食の周期を与えるサロス周期について紹介する。
 

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