「巨大な星座」について
 
上原 貞治
 
 星座というものは、夜空の星をいくつかつないで何らかの図形をつくり名前を付けたものである。つなぎ方は一通りでなくてもよいので、何個かの星の集合を星座と呼ぶことにしよう。何個といっても別に1個でもよい。が、今回は「巨大な星座」を議論するので、星1個とか2個の星座は対象にはならない。
 ある意味、「巨大な星座」というのは、あまり意味のないものである。星座というのを夜空に区画を切って星々の方向をわかりやすくしたものと考えれば、巨大な星座というのは役に立たない。早い話が、空じゅうが1つの星座だったら、星座としてはめいっぱい大きくなるが、その代わり、ほとんど意味が無くなる。こんなことばかり言っていても話が進まないので、本論に入る。
 
1.西洋の星座
 現在、天文学で正式に使われている88星座のうち、いちばん大きいのは何座だろうか。星座の面積は角度を3次元空間に拡張した「立体角」という量で表現される。ここで、面積を定義するためには、境界線があることが必須である。点の星を線で結んだだけでは、線がいくら多くとも面積(立体角)はゼロである。
 いちばん面積の広い星座は「うみへび座」である。確かに、うみへび座は大きい星座である。しかし、歴史的にいうと「アルゴ座」というのがかつてあって、これは現在4つの星座に分割されたことになっている。もし、アルゴ座が分割されずに、現在の4つの星座、とも座、ほ座、りゅうこつ座、らしんばん座の面積を足した面積を持っていたとしたら、アルゴ座のほうが広かったのである。国際的に星座の境界線が決められたタイミングとアルゴ座が正式に廃止されたタイミングの時間順序については、多少の議論があるようだが、後者のほうが遅かったとすると、アルゴ座は一時期最大の星座であったことになるのかもしれない。
 しかし、アルゴ座は広すぎるゆえに分割された。星座が広いと不便なのだから、大きな星座というのはあまり自慢になることではないのかもしれない。うみへび座は細長い星座なので、実用的には、「頭のへん」、「胸のへん」、「腹のへん」、「しっぽのへん」というように区分して使わないと実用にならないだろうが、そういう区分けが確立しているわけではない。
 では、現在の88星座で、2番めから5番めに大きいのは何座であろうか。それらは、順に、おとめ座、おおぐま座、くじら座、ヘルクレス座、である。いずれも大きな星座である。ただ、人の感覚とは合わないのもあって、たとえば、さそり座はカシオペア座よりも狭いことになっている。通常、星座の主要部分と考えられている大きさと定められた星座の面積の関係は、星座によってかなり違っているのである。
 
 

図1:うみへび座の広さ(水色の枠)と旧アルゴ座の広さ(黄色の枠)
 
 
2.中国の星座
 では、西洋起源以外の世界の星座ではどうだろうか。現在までに体系立った星座がひろく知られているのは、西洋のほかには中国である。しかし、中国の星座はどれもそんなに大きくない。また、中国の星座は境界線が定められていないので、その面積は厳密に定義できない。だいたいの見た目で判断することにする。
 中国の星座で大きく見えるのは、「紫微垣」、「太微垣」、「天市垣」とよばれる3つの特別な区画のそれぞれにある「右垣墻」、「左垣墻」(うえんしょう、さえんしょう)と呼ばれる星の並びである。これは、それぞれの区画を、地上の宮殿とか広場とかと考えた場合の境界の城壁に対応するもので、弓形の長さはあるが、そんなに広いというものではない。いずれにしても、西洋のりゅう座やへびつかい座にくらべて大きいというほどのこともない。
 で、個々の中国星座にそんなに大きいものはないのであるが、やや非公式の中国星座として、四神の星座というのがあって、これは通常の中国星座を再構成したものなのであるが、その中の「青龍」というのが結構大きい。青龍の胴体はさそり座にほぼ対応するが、中国星座では、ここは、房宿、心宿、尾宿に分かれている。心、尾は、青龍の心臓、尾の意味であり、これは、二十八宿の便宜のために小さな星座に分割されたものである(二十八宿とは、おおむね天の黄道に沿った一周を28分割したものである)。それで、青龍には角があって、ひとつの角はおとめ座のスピカ(角)、もう一つはうしかい座のアークトゥルス(大角)まで伸びている。ここで、どのようにさそり座の胴体がアークトゥルスまでつながるのかは明瞭ではないが、かつてサソリの爪とされたてんびん座の2星を経由するのかもしれない。とにかくアークトゥルスからさそりの尻尾までをひとつの星座とすれば、まあ巨大なものとしなくてはならない。この青龍は、非公式ながらも上のように二十八宿や1等星に関連する名前を残しているので、ちゃんとした星座と考えても良いだろう。それでも、うみへび座の長さと比べると6〜7割程度でしかない。
 
 

図2:青龍
 
 
3.日本の星座
 では、我が日本の星座について見てみよう。日本に星座があるか、といわれるだろうが農漁村に伝えられていた星座があるのである。それでもその中に大きな星座があるはずはなかろう、日本人がそんな大きな星座を考えるはずがない、とお考えになるだろう。その通り、日本に大きな星座はない。日本人は、昔から一貫してカワイイものが好きである。でも、それだけではない。日本人は実用目的で目印になるよう空に星座を作ったのである。うみへび座やおおぐま座の大きいのは、道楽になっても実用にはまったくならない。
 ところが、日本人は、星のシリーズというのを考えたらしいのである。早朝にイカを釣る漁船では、イカが釣れるのと空の特定の星が出る時間との間にタイミングの関係を見いだし、漁の目安になる「ヤクボシ」というものを考えた。20世紀の漁師からの聞き取りによると、これがシリーズで決まっていて、サキボシ(カペラ)、スバル、アトボシ(アルデバラン)、マスボシ(オリオンの三つ星付近のサカマスとも呼ばれている部分)、アオボシ(シリウス)と星々が、ひとつひとつ昇ってくる時がイカ釣りの好機と考えたという。(なお、ここで挙げた和名は例であって、地方ごとに異なっており、この例が一貫しているわけではない)漁師は、これらの星の光にイカが反応すると考えたらしく、そういう意味で、これらの「ヤクボシ」は特別の効果を持つ一連の順序づけられた星の集合と見なすことも可能であろう。カペラからシリウスまでの星は線でつながれているわけではないが、それぞれが30分から2時間近い時間間隔で昇って来て同じ役割を果たすことから、これらの星々は「時間感覚の線」でつながっていたと言えるだろう。これを日本のユニークな「巨大な星座」と考えてはどうだろうか。
 
なお星図は、ステラナビゲータ9から拝借したものである。3枚の星図は。ほぼ同じ縮尺である。
 
 

図3:日本のヤクボシのシリーズ
 
 
 

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