横道相対論シリーズ(7)
 
ドッ プラー効果 と 光行差 と 光速度不変性
 
上原 貞治
 
 前回に引き続き、長屋談義でいかせて下さい。
 
ご隠居(以下 I): おっ、八つぁん、また来たね。まだ、ハワイ旅行のみやげ話が完結しないと見えるね。
八つぁん(以下 H): ご隠居、いやですよ。おいらはそんなつもりじゃないんですがね。
I: いや、お前さんが、毎日のようにやってきてハワイの話を延々と聞かせてくれるものだから。それはまた飛行機が嫌いな私に冥土へのみやげ話にしてくれるつもりかね。
H: あー、ご隠居には参ったな。いくらなんだってそんな大それたことは考えちゃいませんや。じゃあ、もう今日はお邪魔しないほうがよろしいですか。おかみさんもお忙しいでしょうし。
I: ははは。冗談だよ。いくらでも聞かせておくれ、冥土へのみやげ話はいくらあっても荷物にならない。賃料は六文に決まっているんだから。
H: じゃあ上がらせていただきますが、ハワイ旅行の続きの話はもう終わったことにして、おいらが帰りの飛行機の中で思いついたわからねえことだけ教えてくださいよ。
 
・光速度不変性
I: まあ、そんなこと言わずにおゆっくりおしよ。今日は仕事も休みなんだろう。それで、どんなことを思いついたんだい?
H: いやね。帰りの飛行機の窓から見ると、翼の先にランプが点いていたんですがね。飛行機が前に飛びながら、前に光を出すと、光にこう勢いが付いて速く飛んで 行くことになりませんかね。
I: それはどうだったろうかね。
H: と、考えたところで、アインシュタインって人が考えたという「光よりも速いものはない」というのを思い出したんで、光に速いのや遅いのがあるっていうなぁおかしいなぁと思ったんです。ウィスキー引っ掛けながらですけどね。
I: ほう、ほろ酔いの頭でよく考えたね。それで? 
H: 結局、飛んでいる飛行機から出た光は、速くなるんでしょうか。
I: それはね。光の速さは変わらない、っていうこともアインシュタインの理論で言ってる正しいことで、速くなることはないのさ。でも、これは、真空中の話だけ どね。
H: あっ、そうか。飛行機は空気ん中を飛んで いますからね。空気中だとどうなるんですか。
I: 真空中の光の速さよりもちょっと遅いことになるな。どちらにしても速くなることはないね。
H: そうですか。で、もし、空気の影響が無くて、真空と同じことだとしても、光の速さは速くならないんですか。
I: そういうことだな。
H: そりゃ妙ですね。勢いがついて速くならないとおかしいじゃありませんか。
I: まあ、そうでもないよ。お前さん、音を 知ってなさるかい。救急車が走りながらサイレンを鳴らしたら音の速さが速くなるかい。
H: さぁ、どうですかね。おいらにゃ、ピンと 来ませんけどね。
I: それはね。速くならないんだよ。空気が音を伝える速さというのは、空気の性質として決まっているんだね。だから、自動車が走ってようが止まってようが関係ないんだよ。もっとも、これは風のない場合の話だけどね。
H: ほう、よくわかったような、わからないような。空気というのはそういうもんですかね。
I: で、光についても、真空が光を伝える速度は決まっているってぇんで、変わらないわけだな。
H: そうですか。だいたいわかりやしたよ。
I: っと、ところだがね。お前さんはまだわかってらっしゃらないんだよ。一知半解ってやつだね。今度は救急車が止まった状態でサイレンを鳴らしていて、聞く人 が別の車に乗っていて救急車に近づいていくと考えてみなさい。
H: イッチアンカイ? 行っちまわねぇかい、とおっしゃったんですかい?
I: せっかく上がってもらった人にそんなこと は言わないやな。で、聞く人が近づくと音はどうなると思うね。
H: おっと、同じじゃないんですか...どうやら違うようですね。
I: その場合は、空気に対して聞く人の車は 走っているから、音が速く飛んでくるように感じるんだね。
H: そうですね。感じるだけですけどね。また、前から風が吹いているように感じるでしょうね。
I: で、光の場合はそういうことは起こらないんだ。飛行機が止まっていて光を出していて、それに近づくように飛んでいる飛行機からその光を見ても速くは見えな いんだね。
H: それは解せませんね。真空に対して走っているわけだから...
I: 真空に対して走るのはどういうことかな。
H: これは理屈ですね。困ったな。真空中では風も吹かないんでしょうね。
I: そういうことだな。昔は、真空中にも光を伝えるエーテルという空気のような物があると考えていたんだが、光は発生源が動いても見る人が動いても、真空中 じゃ速さは変わらない、だからエーテルはない、真空があるだけ、ということになったんだよ。
H: おぉ、真空があるんですか!? 光の速さが変わらないのは、真空が何もないからじゃないんですか。
I: それも理屈だね。でも、真空中の光の速さが決まっているからね。真空があるんだよ。
 
・ドップラー効果
H: じゃあ、飛んでいる飛行機からの光を止まっている人が見ても、何も変わらないのか。
I: そういうわけでもないよ。ドップラー効果で、色が変わって見えるはずだよ。
H: へ、色が変わるんですか。
I: 飛行機くらいの速さでは、実際には変化はほんのわずかで誰も気がつかないけどね。音の場合は、サイレンの音の高さが変わるだろう。あれをドップラー効果と 言うんだよ。
H: はあ、あの救急車のサイレンが近づいて過ぎていく時に、ピーポーピーポーピーポー、ピイイポオオピイポオオピイポオオ、となって音の高さが変わるやつですね。あれぁ、おいらは、子どもの時からずっと知ってるけど、理由は今日まで知らなかったな。
I: ときに、いくつにおなりだい?
H: そんなことはどうでもよろしいやね。で、何でそんなことが起こるんですか。
I: 光でも、音でも、波なんだな。波というのは、こうナミナミの形になっていて、この波の山の部分がポンポンっとやってくるんだが、これが時間的に早くポンポンポンっとやってくると、音の場合は、高く聞こえ、光の場合は色が変わって見えるんだ。たとえば、黄色い光だとすると、近づいてくる場合は、緑がかって見えるんだと。遠 ざかる場合は少し赤くなる。ほんのわずかだけどね。
H: えっ、そんなことになるんですかい?何で、近づいて来るとナミナミの山がポンポンッポンって早く来るんですか。
I: そりゃ、発生源が山をポンポンと出しながら近づいているのに、波が伝わる速さは変わらないので、波の山と山の間が詰まってゆくんだな。絵を描いて考えると わかるんだが。
H: そうですか。おいらはどうせ絵を描いても わかりませんよ。
I: お前さんは大工じゃないかい。絵を描いてもわからないというのはどういうこったい。
H: 家の図面ならわかるんですがね。波の絵はね。
I: じゃあ、お前さんは計算はどうかね。波の山から山までの間隔を波長といって、ドップラー効果では、これが発生する側と観測する側で変わるんだが、それがど ういう形になるか考えてみなよ。
H: まあね。大工だからね。少々の計算はできますけどね。光の速さに対して、飛行機の速さの割合だけ波が詰まるのかな。
I: そういうことなら、発生側の波長をλ、光 速をc、飛行機の速さをvとすると、飛行機が光の向かってくる方向に飛ぶとして、観測される波長λ’は、λ’=λ(c−v)/cとなるとお考 えかな。
H: そんなけったいな数式を突然出してもらっても困るけどね。まあそんなところかな。
I: 今日は、長屋で物理の数式の談義をするという記念すべき日だな。
H: 記念すべきかどうだか、まあ行きがかり 上、ですね。この「λ」というのは「人」ですか、「入る」ですか。
I: それは、ギリシャ文字で「ラムダ」と読むんだけどね。波長を表す文字だな。
H: そうですか。何で波長がラムダかと尋ねても、「そら無駄だ」と答えられるだけでしょうから尋ねませんけどね。
I: かきまわしちゃいけないね。ところで、 さっきの式は、飛行機が音を出す時ならそうなるんだけど、光はそうはならないんだよ。
H: ほぉ、どうなるんですかい。
I: 光の場合は、少しだけ違って、特殊相対性理論で出てくるローレンツ変換というので計算しないといけないんだ。それで、計算すると、 λ’=λc/{γ(c+v)}と、γ(ガンマ)というのが出てくる。
H: 何ですかい。そのガンマていうひねくれた やつは。だんだん、この長屋談義にも無理が出て来たんじゃないかね。
I: γは、 1/√1−(v/c) のことでね。ハワイに行く前に話をしたことないかね。
H: したわけないでしょう。してても覚えちゃないですよ。そんな妙なやついやですよ。
I: γが嫌なら約分できてね。 λ’=λ√(c−v)/(c+v)となるんだ。簡単だろ。
H: 手品みたいもんですな。
I: 八つぁんもルートの計算ができるならやっ てごらんよ。
H: おいらは、ピタゴラスの定理の計算をするので、ルートの計算はできますけどね。電卓でできる計算しかしませんよ。
 
・横ドップラー効果
H: さっき出て来たドップラー効果の波長の式ですがね、v=0なら、λ’=λになって波長は変わらないわけですね。ということは、光が 観測者の真横を通過する時は、色は変わらないということですね。
I: ところが正確に言うとそうではなくてね。さっきの式は、光が真っ正面からやってくる時は正しいんだけど、飛行機が横を通って横向き に光を出す時はまたちょっと違うんだ。その時は、λ’=γλとなるんだよ。
H: また、γが出てくるんですか。よく出てくるやつですな。
I: γは、相対性理論で、飛んでいる物を見た時の時間が延びる効果を現しているから、しょっちゅう出てくるんだな。真横でも時間が延び て振動の速さが1/γになる。相対性理論に特有の効果だよ。ちゃんと実験で確認されている。
H: へえ、でも、時間が延びるって、1/γは1より小さいんじゃないですかい?
I: 小さいんだがね、時間が延びるって言うのは、時間の進みが遅くなるんだから、数値としては小さくなるんだな。
H: そうか、長さが伸びると長さの数値は大きくなるが、時間が延びると時間の数値は小さくなるのか、日本語は難しいな。
 
・光行差
I: ここでもう一つ問題があってね。光が真横からやってくるというのも簡単なことではなくて、光が真横からやってくる時に、発光源が真 横にあるわけではないんだよ。
H: えーっ、どういうことですか。
I: ドップラー効果で考えているのは、光源が動いている場合のことだね。この時は、光行差という現象が起きて、実際の光源の方向と光の 飛んでくる方向がずれて見える。
H: 光行差っていうのは、何ですか。
I: 天文学者のブラッドリーが星を観測して見つけたやつだよ。季節によって、天の星の位置が少しずれて見えるというもんなんだな。
H: そのう星の位置が変わって見えるんですか。
I: そうだね。お前さんがさっき言った、空気中で走ると前から風が吹いているように感じるあれと同じ原理だね。よく言われている光行差は、地球の公転のような観測者が動いていることによって起こるんだが、光が真空中を飛んでいる場合は、発光源が動いているのか観測者が動いているのかは、まったく区別できずに、相対的な運動だけが関係するんだから、観測者が止まっていて、発光源が動いていると考えても、光行差が起こる。
H: また、やなことですね。
I: で、発光源が90度の方向にあった場合は、直角三角形で速度ベクトルの合成をしてね、tanθ=v/cととなる角度θだけ、光源の 方向がずれて見える、と説明するんだ。
H: あぁ、おいら、タンジェント・シータ知ってますよ。大工ですからね。勾配角ってやつですね。屋根が1/10の勾配というときは、 tanθ=1/10 ということだね。
I: なるほど、さすがだね。で、光の場合は、実はこの速度合成はまずくて、それでは、斜辺が√+v になって、光速度不変が成り立たなくなってしまう。
H: なるほど、ピタゴラスの定理ですね。光には、ピタゴラスの定理は成り立たないですか。
I: 直角三角形で速度合成をするからいけない んだな。ここでもローレンツ変換を使わないといけない。そうすると、正しくは、真横から光 が来る場合の光行差は、tanθ=γv/cとなる。γが嫌いなら、tanθ=v/√−v だがね。また、γがかかるわけだ。
H: へえ。さすがにしぶといやつですね。じゃあ、地球の公転の光行差の式は間違っているんですか。
I: 間違っているとまでは言えないんじゃか な。、地球の公転では、γは1.0000000005くらいだから、1で実用上問題ないね。
H: へえ、細かい話なんですね。
I: γを1だと思える範囲で成り立つ近似っ てぇもんなんだよ。
 
・光の速さで光を見るのは..
H: このvってぇのは、飛行機の速さであってもいいし、観測者の速さであってもいいんですね。
I: そうだよ。
H: じゃぁ、観測者が光速で光について走って光を見たらどうなりますかい?
I: それは無理な相談だな。観測者は、質量があるから、光速では走れないんだよ。まあ、理想的に言えば、光速に限りなく近いけど光速よ り遅い速さで走ることはできるがな。
H: じゃあまあ仮に、ほとんど光速で走って、 横を走っている光を見たらどのように見えるか。
I: それも無理な相談ってものだな。ほとんど 光速で走っても光のほうは光速で逃げていくわけだ。
H: じゃあ、光が前から向かってくるのを、後ろ向きに光の速さに限りなく近い速さで逃げたらどうなりますかね。
I: v=cということは、γが無限大になるってことだ。今の場合は、光源から遠ざかるのでv=−cとしないといけないが、これで波長が 無限大になる。波長が無限に長い波は、波には見えず、光として認識できない。だから何も見えないわけだ。
H: えぇ、光をゆっくり見ようと思って、光から逃げるように走ると、光はみえなくなっちまうのですか。
I: まぁ、世の中得てしてそういうものだよ。
 
H: そういうことですか...。あっ、ご隠居、どうもすっかり長っ尻しまして、もういい時間になったようです。勉強になりました。
I: こっちこそハワイの話を聞かせてもらってよい勉強になりましたよ。「少年老いやすく学成り難し。一寸の光陰軽んずべからず」という が、一生かけてゆっくり勉強するのも悪くないな。
H: へぇ、そうですか。ご隠居の光陰はドップ ラー効果でだいぶ延びているかもしれませんね。
I: そうだね。それにあやかって、長生きせて もらいたいもんだね。
 
 
 

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