「準惑星」の問題点(第3回)
 
上原 貞治
 
6.訳語と教育普及上の問題点
 さて、今回は、おもに日本国内の問題について書く。
 「準惑星」は、準惑星の英語名 dwarf planet の訳語である。しかし、これは誤訳ともいうべき不適切な訳である。dwarf は、名詞なら「小びと」、形容詞なら「小型の」という意味である。いずれにしても、小さいという意味であることは、はっきりしている。
 準惑星の「準」とは、「準ずる」の準である。「準」は、それに次ぐもの、あるいはそれに近いもの、と言う意味である。大きい小さいの問題ではない。「準惑星」という日本語の語義は、惑星ではないが惑星に次ぐもの、あるいは惑星にかなり近いもの、という意味である。一方、dwarf planet は、小さい惑星 という意味である。全然、意味が違うことは明白なので、違いついてはこれ以上議論しない。
 固有の分類名だから、どんな訳名でも良かろう、という意見があるかもしれない。しかし、それは、多くの場合間違っている。科学用語の訳名の場合は、やはり体系というものがあるのだ。天文学や物理学では「準」はおもに、quasi- の訳であり、dwarf は「矮」あるいは「矮小」と訳すことになっている。準惑星は「矮惑星」とするのが慣例の方法であった。また、訳名は勝手に付けて良いということになると、giant panda を「小熊猫」と訳し、lesser pandaが「大熊猫」でも良いことになるし、Republic of India を「インド王国」と訳しても良いことになる。意味が全然違えば、分類名であろうが、固有名詞であろうが、誤訳は誤訳である。
 では、なぜ、dwarf planet を「矮惑星」と訳さなかったのか、おそらく「矮」という字が親しみやすくない、あまり良い印象がない、であるからと思われる。しかし、天文学では、すでに「矮星」、「矮銀河」などの用語が使われており、専門書を読んでいるとしばしば目にする。天文書では、「白色矮星」などは「準惑星」とそう変わらない頻度で目にするであろう。「矮銀河」も「矮新星」もある。これらはWeb検索をするとバンバン引っかかるのである。「矮」を避ける意味など全然ないのである。
 「矮」の漢字が難しいので、子どもの教育に適していない、ということもあるかもしれない。でも、この可能性も成立しない。準惑星の分類の成立後、日本学術会議の天文関係の分科会では、「学校教育をはじめ社会一般においては、この用語・概念(「準惑星」のこと)を積極的に使用することは推奨しない。」と決めた。つまり、準惑星を学校で積極的に教育することはなくなったのである。学校で教育しない理由と訳語の命名の間に直接の関係はないが、日本で訳語を決めた人達とこの教育方針を決めた人達はほぼ同じ団体でである。準惑星の教育を推奨しないのなら(その是非も別に問うべきであるが)、子どもの教育のためという理屈が立たないことは明らかである。
 dwarf planetの訳語は、ドイツ語、フランス語、イタリア語、スペイン語、ロシア語でも、「こびとの惑星」となっている。中国語、韓国語でも、「矮行星」である。おおげさにいうと、日本は世界で文化的に孤立しているわけである。
 でも、根本をいうと、dwarf planet 自体が不適切な名前であるとも言える。dwarf planet の分類の定義に、天体の大きさの大小は関係ないからである。今のところ、水星が最小の惑星で、それは最大の準惑星と見られるエリスよりも大きいが、今後、水星よりも大きい準惑星が「発見」される可能性が低くない。そういう意味では、間違っているのは英語名のほうで、dwarf planet ではなくquasi planet と名付けるべきであったかもしれない。ただ、 学問上の検討によって「冥王星は惑星ではない」としたのであるから、それを「惑星に準ずるもの」と積極的に呼びたくなかったということは推測できる。いずれにしても、dwarf planet と命名したことを「誤り」ということはできない。いっぽう、「準惑星」は誤訳である。
 
7.分類上のインパクトの問題
 準惑星の分類が登場すると、8つの惑星はいいとして、「小惑星」の分類はどうなるのか、準惑星は小惑星の一部なのか、という疑問が湧く。これについてはよくわからない。例えば、準惑星である冥王星を小惑星と思う人は少ないと思うが、冥王星には「小惑星番号」が振られている。ただし、ここでいう小惑星は、minor planet であって asteroid ではない。いっぽう、準惑星ケレスは、小惑星(4大小惑星の筆頭)であり、しかも asteroid だと思う人も少なくないだろう。どうやら、準惑星と小惑星は別系統の分類に属するらしい。
 次のような整理方法は可能かもしれない。「新しい方式」による太陽系天体の厳密な分類方法によると、太陽系で太陽を回っている天体は、(衛星は別にして)、惑星、準惑星、太陽系小天体に分類され、これらは排他的である。そして、これとは別系統の「伝統的な方式」があり、それは小惑星と彗星を含んでいる。小惑星は彗星に対抗する概念であるが、しばしば分類の難しい境界線上の天体を広く包含する。すべての彗星は太陽系小天体であるが、準惑星(の一部)が慣用によってしばしば小惑星に分類されることもある。この解釈を取れば、ややこしいが大きな問題はないように思われる。
 さらに、新しい方式は、「太陽系外縁天体」と「冥王星型天体」を含んでいる。この「太陽系外縁天体」も一種の誤訳である。これだと太陽系の外側の境界あたりの天体を指すように思われるが、原語(英語)では trans-Neptunian object であるから、正しくは「海王星以遠天体」(海王星は含まない)である。「外縁天体」を直訳して、エッヂとかフリンジとか言っても、米国のみならずドイツでも韓国でも通用しない。そもそも、太陽から31天文単位の距離からはるばる数万天文単位のかなたまで「外縁」というのは相当無理のある言語感覚である。最近では、太陽系の「外縁部」が複数の領域に分類されている。日本語の「外縁」では、より細かい分類についていけない。外縁が意味するのはいちばん外側だけのことだけである。中国語では「海王星外天体」、韓国語でも意味的には中国語と同じである。
 誤訳はおくとして、太陽系外縁天体を海王星より遠くの天体とし、それに属する準惑星を冥王星型天体と定義してするのは、それなりにすっきりした定義である。しかし、この定義では、将来、セドナのような冥王星よりもずっと遠くにある天体(散乱円盤天体など)が準惑星になった時に、これを「冥王星型」と呼ぶことに抵抗が生じるだろう。「冥王星型」天体は、惑星から降格した冥王星を記念顕彰するためにもうけられた分類だったかもしれないが、まあ無用の分類であったといえるのではないか。また、ほかに「冥王星族」といのもあって、これは、冥王星にとても近い軌道の大きさをもつ天体を指す。英語では、冥王星型がplutoidで冥王星族がPlutinoである。私は、「冥王星型天体」の呼称は、紛らわしいだけで学問的明瞭性も利便性もなく、いずれ使用されなくなると予想する。
 
 とりあえず、今回で最終回とさせていただきます。
 
 

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