「準惑星」の問題点(第2回)
 
上原 貞治
 
3.衛星についての問題点の経緯
本稿では、太陽系天体の比較的新しいカテゴリーである「準惑星」について問題点を挙げ批評をしている。確認のため、下に準惑星の(それが設定された当時に発表された)定義を再掲する。
 
 太陽系の準惑星 とは、(a) 太陽の周りを回り、(b)十分大きな質量を持つもので、自己重力が固体に働く他の種々の力を上回って重力平衡形状(ほとんど球状の形)を有し、(c) その軌道の近くで他の天体を掃き散らしていない天体であり、(d)衛星でない天体である。
 
 この中で(d)は定義のロジックとしては最悪の事態になっている。「衛星」の定義ができていないからである。しかも、テクニカルには「準惑星」の定義より「衛星」の定義のほうがはるかに難しい。「準惑星」のほうは新たにそれも半ば恣意的に導入した分類だからある意味その定義はどうにでもできるが、「衛星」は一般的な語感を含むこれまでの歴史的経緯と物理学的側面の両方に縛られていて身動きが取りにくい。科学技術用語を定義するには、すでに明瞭に定義されている言葉を引用する必要があることはいうまでもないが、広辞苑を見ればわかるとおり、一般に使われる用語のレベルまで下りてくると、どうしても明瞭な定義が存在しないところに帰着するのはやむを得ないのかもしれない。ここでは、科学用語の定義や「衛星」の定義の中身を中心に議論するつもりはないので、これ以上の脱線は避けるが、準惑星においては、衛星の定義がからむ具体的な問題が起こっていることを指摘せねばならない。
 冥王星が「惑星」から降格される時に「準惑星」の定義がなされたのであるが、その直前に、今は幻となった「惑星インフレ案」が提唱された。それは、冥王星を惑星として維持しさらに新たに3星を惑星に昇格させようというものであった。その3星とは、カロンとケレスとエリスである。このうち、カロンは冥王星の衛星であり、この提案は少なからず当時の天文学者や天文ファンを驚かすことになった。衛星が惑星になるなど前代未聞である。そもそも衛星が惑星になることがありえるのだろうか。それとも、同一の星が衛星であり同時に惑星であっても良いのか。頭の中身がぐるぐる公転して頭がおかしくなりそうである。幸か不幸かこの案は国際天文連合の多数決により却下され、カロンの問題は再び水面下に沈むことになった。しかし、これは、カロンの問題を単純に回避するためではなかっただろう。というのは、新しい準惑星の定義に衛星の定義が絡んだので、衛星の定義の問題が顕在化した状態で準惑星の定義がなされることになったからである。
 
4.衛星の定義について
 しかしながら、現在のところ、衛星の定義は相当難しいので、準惑星の定義のためだけに厳密な衛星の定義を決定する状況にはないのかもしれない(私は天文学者ではないのでよくわからない)。ここでは、準惑星の候補であるカロンについてのみ考えることにする。カロンは準惑星の候補ではあるが、今のところ準惑星ではない。カロンを準惑星にすると、上の定義によりカロンは衛星ではないことに決定してしまうので、おいそれとは動けないのであろう。
 常識的な意味では、カロンは冥王星の衛星である。天文年鑑によると、カロンの直径は冥王星の直径の約1.9分の1、質量は約7分の1である。しかし、衛星かどうかが主星との大きさの比率で決まるということにはなっていない。かりに2星が地球と月のような関係で太陽の周りを公転している場合、大きいほうが衛星ではないのは確実だが、小さいほうが衛星かどうかは明瞭な定義がない。ほぼ同じ大きさであった場合は、どちらかを衛星と無理に定義するよりも「二重惑星」と呼ぶ方が学問的には適切であるからである。ふたごの兄弟がいたとして、人間社会の法律においてはどちらかを兄としもう一方を弟と定義することが必要であろうが、医学的には兄と弟とみるよりも双生児として見る方がはるかに意味があるのと同じである。(人間のふたごを天体の喩えにしては失礼かもしれないが、天文学の事項の説明を意図したものなのでご容赦願いたい)。
 カロンの惑星昇格案が出た時には、カロンと冥王星の重心が冥王星の本体の外にあることから「カロンは衛星ではない」と結論され、よってカロンは惑星であってもよいとされた。しかし、昇格案自体が棄却されたので、この衛星の定義法も結果的に保留になったわけである。なお、この定義によると、月は(かろうじてではあるが)地球の衛星である。
 冥王星降格を真摯に議論している時に、難しい衛星の定義を議論に巻き込んだのは、やはりやり過ぎだったのかもしれない。重心がどちらかの星の本体の外にあるというのが衛星の定義として適切なのかどうかは詳しくは議論されなかった。これ自体がまた簡単に否定も肯定もできない難しい判断である。この定義で行くと、衛星の定義には両星の質量比のみならず、両星間の距離や大きい側の星の密度も関係することになるので、この点からある程度の説得力のある異論が出ている。
 それなら、純粋に質量比で決めるほうが理解しやすいだろうから、それでいくのが良いとなるかもしれない。しかし、このやり方ではカロンの場合うまくいかない。質量比の境界の設定値を決める方法が事実上ないからである。カロンの質量は冥王星の質量の7分1くらいなので、カロンを準惑星にしたい人は「質量比が10倍以内なら二重準惑星ということにしよう」と提案するだろう。すると必ず「いや5倍以内がいいだろう」という反論が出る。学問的にこれを決着する方法はないし、交渉で理解を得て譲歩が得られる性質のものでもないので、これを合理的に決着させることはできない。
 
5.将来について
 問題をカロンだけにしぼれば、衛星の定義を先送りにしたまま、カロンを衛星ではないとし、カロンを準惑星にすることは可能かもしれない。カロンが衛星でないことが保証される範囲で衛星の定義を将来決めればよいからである。あるいは、当面カロンは準惑星にしないことにしておいて、将来衛星の定義がなされた時にカロンの準惑星としての扱いを再検討すればよいのかもしれない。さらにいえば、衛星の定義に「カロンは衛星ではない」とか「準惑星は衛星ではない」とかのタヌキ親父的ウルトラC条項を盛り込むことも不可能ではない。しかし、いずれも「衛星」というすでに根づいた用語の定義としては姑息の感を免れず、世の天文学者の多数の心情の支持を得るものではないと考える。衛星の定義についてある程度の見通しが得られるまでは、カロンが準惑星になることはむずかしいだろう。
 現在、メインベルト帯にある準惑星の候補で二重小惑星になっているものはなく、それが今後発見される可能性もないので、カロン以外のこのような天体があるとしたら、それは海王星以遠の天体である「太陽系外縁天体」に限られる。今のところ、カロン以外にそのような候補があることは聞いていないが、将来、そのような「二重準惑星」の候補が発見されれば、そこでもカロンと同様の問題が起こるものと予想される。
 
 次回は、日本語の「訳語」、分類上のインパクトの問題について書きたいと思います。

今号表紙に戻る