「準惑星」の問題点(第1回)
 
上原 貞治
 
 2006年に冥王星が惑星からはずされ、9惑星が8惑星になった。そのときに「準惑星」という分類が新設され、そこに冥王星が含まれることになった。その経緯からして、「準惑星」は一種の妥協の産物であったと見られるのだが、妥協の産物は得てして少し時間が経ってから問題点を呈するものである。6年たったし、このへんで準惑星の問題点を取り上げて議論してみるのも意味があるだろう。準惑星の問題点は複数の方面に渡るので、2〜3回の連載にする。
 
 以前にも議論したが、まず「準惑星」という訳名に問題がある。はっきり言ってこれは誤訳である。正しくは「矮惑星」あるいは「小型惑星」などと訳すべきものであるが、これは日本語訳の問題で天文学上の問題ではないので、連載の終わりのほうで議論することにしたい。それまで、まことに不本意ながら誤訳の「準惑星」を使うがお許しいただきたい。
 
1.準惑星の定義
 科学上の分類というのは、自然現象が対象であっても、自然や神様が行うものではなく人間が行うものであるからそれは一種の定義に過ぎない。だから、それを間違っているとか問題があるとかいうのは、お門違いかもしれない。ただ、そこに合理性や客観性、一貫性があり、かつ、科学上の真理の追究に有用なものでなければならないのは当然であろう。
 
 準惑星の分類はどうなっているのだろうか。準惑星の定義には、順序としてあらかじめ「惑星」の定義があって、これらがまず準惑星から除かれる。そのあとで準惑星の定義がされる。2006年に国際天文連合が出した準惑星の定義の和訳は以下の通りである。
 
(1) 太陽系の惑星とは、(a) 太陽の周りを回り、(b)十分大きな質量を持つもので、自己重力が固体に働く他の種々の力を上回って重力平衡形状(ほとんど球状の形)を有し、 (c) その軌道の近くでは他の天体を掃き散らしてしまいそれだけが際だって目立つようになった天体である。
 
(2) 太陽系の準惑星 とは、(a) 太陽の周りを回り、(b)十分大きな質量を持つので、自己重力が固体に働く他の種々の力を上回って重力平衡形状(ほとんど球状の形)を有し、(c) その軌道の近くで他の天体を掃き散らしていない天体であり、(d)衛星でない天体である。
 
 
(1)に相当するのが惑星で、これは、「水金地火木土天海」の8惑星だけである。これらは準惑星ではない。(2)に相当するのが準惑星で、これは、現在のところ、ケレス、冥王星、エリス、ハウメア、マケマケの5星である。今回の問題点の議論は当面これだけの資料で十分である。
 
2.8惑星の問題点
 準惑星の問題点を論じるのに、まず8惑星の選択の問題点から議論しよう。8惑星の中に準惑星に格下げされる可能性のあるものがあれば、それは準惑星の問題になる。また、惑星も準惑星と同様の問題を有しているかもしれない。
 
 まず、(1)の定義であるが、まことにわかりにくい。(b)のほとんど球状というのがどのくらいの球状をさすのか明瞭ではない。たとえば、大質量の木星や土星は一目でわかるほど楕円形をしていて球状からはずれている。でも、遠心力を考慮するならその形状は「重力平衡形状」と言えるのでこの点は問題ない(地理学上の定義では、自転による遠心力も重力の一部に含められる。物理学ではそうではない)。問題は(c)にある。
 
 まず、我らが地球である。これは他の天体を掃き散らしたといいつつ、月を連れて歩いているではないか! 月はまぎれもなく他の天体であり、地球の1/4の直径と1/80の質量を有しているので、地球だけが極めて目立っているということはない。地球は惑星から準惑星に格下げされてもおかしくないように思える。おそらく、(c)の「他の天体」は「自身の衛星を除く他の天体」と表現するべきなのであろう。最近の惑星の定義には「衛星でない天体」というのがついているが、「衛星」の定義が自明のことではないのでこの追加条項が意味をなすものかあやしい。衛星は、(2)の(d)に出てくるので、あとで(次回)議論する。木星や土星には月よりも大きい衛星があるが、これらは直径でいって、親の惑星の数十分の1あるいはそれ以下なので、親に対してそれほど目立っていることはないだろうから、地球以外の惑星の衛星は問題にならないのだろう。
 
 次に、海王星である。海王星は冥王星と軌道が接近していて、これもやや問題がある。場合によっては、海王星と冥王星は、お互いに互いのために共に格下げになってもおかしくなかった。冥王星は海王星の衛星ではないから、互いに対等のはずである。海王星は冥王星よりも十分大きかった(直径で20倍ほど)ので、海王星だけお許しいただいた、と解釈すれば大きな問題ないだろうが、(c)の「それだけが際だって目立つようになった」というのは定量性をみじんも持たない表現で、科学上の定義としては相当不適切なように思えることを指摘しておきたい。
 なお、現在のWikipediaの英語版"planet"には最後の「それだけが際だって...」の部分の記述は定義として含まれていない。他のものを一掃した、となっている。でも、海王星は冥王星を一掃できていないのは事実である。
 
3.準惑星のメンバーの問題点〜ケレスとハウメア
 (1)と(2)の違いはおもに両者の(c)で、それは排他的に規定されているので、惑星側に問題なければ準惑星側にも大きな問題は生じ得ないように見えるが、どっこいそうではない。こちらでは(b)が問題となる。まず、ケレスである。これが(b)の条件を満たすのは良いとして、なぜ、ケレス(長短径: 959.2 × 932.6 km)に近い大きさを持つ小惑星のパラス(三軸径:582 × 556×500 km)とベスタ(直径 :468.3 - 530 km)が準惑星になっていないのか明瞭ではない。パラスとベスタ今後に準惑星にされる候補ではあろうが、いつ、どういう判断で準惑星になるのか(あるいは永久にならないのか)まったく明確でない。
 
 上のパラスやベスタについては、ほぼ球形とは言えないかもしれないので、重力平衡形状をしているとまだ判断できず、準惑星になっていないのだ、と説明する人がいるかもしれない。しかし、これもはっきりした説明にはなっていない。たとえば、土星の衛星のミマス(414.8 × 394.4× 381.4 km)や天王星の衛星のミランダ(三軸径: 480×468.4×465.8 km)は、パラスやベスタとほぼ同じ大きさだが、惑星探査機により球形に近い形状が確認されており、この程度の大きさと概略球状に近い形があるならば、ただちに重力平衡状態にあると判断できそうだからである。さらに、次のハウメアが逆の例となる。
 
 準惑星ハウメアの形状は、三軸径が 1960 × 1518× 996 km と測定されていて(けっこうな誤差はあるとは思うが)、大きく球形から外れている。これを「ほぼ球状」という人はいまい。それでも、ハウメアはケレスよりも大きいので、何らかの理由でこれは重力平衡形状なのかもしれない。しかし、この著しく球形からはずれた形状がどういうメカニズムで生じたかはわかっておらず、慎重な見方をするのであればハウメアを準惑星にすることは当面見送るべきであった。また、これほど球状からはずれたハウメアを重力平衡形状と断定するのであれば、球形に近いパラスやベスタを同様の判断にしない理由は思いつかない。ハウメアとパラス、ベスタの大きさが違うことは理由にならない。準惑星の定義はあくまでも(b)であり、この観点に立てば、パラス、ベスタのほうがハウメアよりも準惑星にふさわしいように見えるからである。従って、パラスやベスタを見送って、ハウメアを早々と認定したのは、控えめに言っても公平を欠いているように思われるのである。
 
 次回は、準惑星の範囲がどこまで広がりそうか、カロンと衛星の問題などについて議論したいと思う。
 
(つづく)
 
 
 

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