横道相対性理論シリーズ(1)
 
超光速通信と因果律の破れ
 
上原 貞治
 
 ジュネーブ近郊の研究所CERNにある陽子加速器から打ち出されたニュートリノが、イタリアのグラン・サッソの地下トンネルにあるOPERA検出器で観測されている。最近、そのニュートリノが光より速いことを示す結果が得られたとして関心を集めている。確かなことは今後の追試を待つしかないが、ここではそれとは別に、光の速さを超える超光速の信号が通信に利用できれば、本当に因果律が破れるのかを議論してみたい。
 
 通常の解釈では、相対性理論は、物体を光速を超えて加速することを不可能だとしている。しかし、始めから光より速い物質の存在を否定してはいない。ただし、光より速い物質が通常の物質と影響を及ぼし合うならば、過去と未来が逆転して、結果が原因に先行する、つまり因果律が破れるという。でも、「光速を超えたとしても、通信の信号は常に未来に向かうものだから、過去に影響を及ぼせるはずがない」と考える人もいるようである。また、相対性理論に詳しい人なら、「別に光速を超えなくても、相対性理論では『同時性の破れ』が起こって、あちこちで時間が乱れているので、光速を超えて初めて変なことが起こるわけでもあるまい」と思う人もあるかもしれない。しかし、そうではない。超光速通信ができれば過去に信号が送れることを簡単な計算で示してみよう。
 
 超光速通信は粒子のようなものを飛ばして行うとする。この粒子が光速よりも大きい速度を持つとする。この速度の粒子を信号として発射する送信機があるとする。もちろん受信機も必要である。さらにロケットが1台必要である。ロケットは無人でよい。まず、送信機と受信機を2台ずつ用意する。そして、受信機1台と送信機1台をロケットに搭載して打ち上げる。残りの1セットは地上に残す。このロケットは強力で光速に近いスピードまで加速できるとする。打ち上げ後、ロケットが十分に速いスピード( とする)まで加速したら、ロケットの速さを一定にして、地球から遠ざかるロケットに向けて超光速の信号を送る。ロケット側は信号を受信すると、ただちに(自動的に)その信号をそのまま地球に送り返す。この時は、ロケットに搭載されている超光速発信機を使う。その信号を地球で受信する。やるのはこれだけのことである。地球とロケットの間で通信するのが目的ではない。ロケットを中継局として、地球と地球の間で通信することに注意してほしい。
 
 地球から送った信号がロケットに届く瞬間を考える。ロケットが速度で地球から遠ざかっている時に、信号が速度で追いついた。追いつくためには、でなくてはならない。信号がロケットに届いた瞬間の地球からロケットまでの距離がだったとしよう。信号がロケットに届くまでに要する時間は、である(信号の往路の時間)。これは普通の計算である。が小さくても大きくても、たとえを超えていてもこの計算は変わらない。
 ロケットが信号を送り返す時、その信号は、ロケットに乗っている観測者から見てV の速度になるはずである。送信機がロケットに固定されているからである。(ロケットは無人でよいが、これは、観測者が乗っていたら、という仮の話)。これを地球から見ると、信号の速度はには見えない。通常の計算なら、V−v の速さになるところである。ロケットの進行方向とは逆に信号を飛ばすからである。しかし、相対性理論によると、速度の合成で単純な加減算は成り立たない。相対性理論の結果は、
 
=(V−v)/(1−Vv/
 
である。導出はここでは説明しないが、特殊相対性理論の適当な解説書で「速度の合成」を参照していただきたい。通常はは同方向に取るが、ここでは逆方向なので解説書の式でを− で置き換える必要があるだろう。の時(超光速通信でない場合)は、上の式の右辺は分母も分子も正である。がいずれもよりもずっと小さい時は近似的にになること、c ならばに関係なく常に になること(光速度不変)になることをまず確認いただきたい。
 
 さて、信号が地球に帰ってくる時間(信号の復路)に要する時間は、W である。ここでW は地球から見た距離と速度であることに注意する。(ロケットから見るとこれらは両方とも違ってくるが、この際ロケットから見ることを考える必要はない。)従って、往復に要する時間は、
 
  {1/ +(1−Vv/)/(V−v )}
 
となる。そして、もちろん、普通の場合は、>0である。
 
 ところが、になると、<0になることがある。理由は省略するが、上のの式は、が光速よりも大きくても、ローレンツ変換の式として成り立つ。変換に用いる相対速度はロケットの速度で、こちらは光速を越えていないので計算に虚数が出てきたりはしない。ただし、が光速を超えた時にも本当にこの式が正しいのかは、実験ができないので証明されてはいない(も光速以下なら素粒子実験などで実証されている)。それで、でも上のの式が使えると仮定すると、<0が成り立つのは、
 
1/+(1−Vv/)/(V−v )<0
 
の時である。ここで かつで、この条件が満たされるのは、
 (1+√1−(/) )/
 
の時である。このとき、必ず、V である。従って、通信の速度が光速以上で、さらに上記右辺の値を超えた時に、通信の往復に要する時間は負となり、地球の過去への通信が実現する。送信以前に受信をすることになるのである。
 また、ここで、を発信機の性能として固定し、ロケットの速度に対する条件、
 
>2Vc/(
 
を示すほうがわかりやすいかもしれない。 ならこの右辺は より小さいので、ロケットを十分に加速できれば、常に の範囲でこの条件を満たすことができる。
 これらの時に<0となるが、これは、信号の進行方向が逆になるわけではない。信号を地球に向けてロケットより速く打ち出しているので、信号が地球に向かわないはずはない。逆になったのは時間の進みのほうだと解釈するのである。
 
 なお、超光速発信機の台数をけちって、往路を通常の光速の通信にしたなら、往路の所要時間( )を復路で取り返すことはできず、因果律は破れない。従って、往復とも超光速通信を使う必要がある。また、この方式では、ロケット打ち上げ以前の過去に情報を送ることはできない。残念ながら、超光速通信機が発明される以前に信号を送ることはできないということである。以上で、超光速通信機を光速近くまで加速できるロケットに搭載して、地球との間で超光速の信号を往復させれば、計算上は過去に信号を送れることがわかった。
 
  最後に計算例を挙げておこう。
 光速の5倍の速さで通信ができる発信機があったとしよう。また、ロケットが地球を飛び立ったのち何十年かして、光速の50%まで加速できたとしよう。この時、 =5 =0.5 だから、=−3 となる。もし、ロケットが地球から5光年のところで超光速の信号を送り返したなら、往路が1年、復路がマイナス5/3年で、信号は、発信の8カ月前に受信される。
 
 
 なお、これを「横道相対性理論シリーズ」の第1回として、今後とも、相対性理論に関わる入門編でも最先端でもトンデモでもない微妙なトピックを取り上げていきたい。ただ、毎号連載するわけでもないので期待しないで下さい。
 

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