望遠ズームと星野写真
 
上原 貞治
 
 20年前と比べて天体写真も大きく様変わりしました。いちばんの変化は、デジタルカメラの普及です。そしてそれに伴って、ズームレンズが安くなったこと、CCDピクセルセンサが高解像度になって、感度が良くなったことが挙げられます。それで、デジカメに望遠ズームをつけて気楽に星野写真が撮れるようになりました。今回は、これに関連した写真の原理に関わる話です。
 デジカメの解像度すなわち「画素数」が十分大きければ、トリミングをすれば良いのだから、ズームの焦点距離はどうでもよいのだ、という考え方が起こりうるでしょう。事実デジタルビデオカメラや携帯電話のカメラでは、「デジタルズーム」という「ニセ望遠効果」が採用されていますので、これはおおむね正しいかもしれません。しかし、その考えは正しくない、ということを証明したいと思います。
 
写真の明るさはF数で決まる
 
 自動露出のカメラで写真を撮るときに、今や意識することはほとんどありませんが、写真撮影にはF数というのがあります。F数は写真の明るさを決定するカメラレンズの設定です。ある明るさの被写体を考えます。のっぺりとした平面的なものを考えましょう。建物の外壁とか、人の顔とかがよろしいでしょう。それを写真に撮ると写真の上である明るさに写ります(画像処理はしないものとしてください。カメラのセンサの感度も一定とします)。この明るさを決めるのがF数です。F数は、
 
 F数 = レンズの焦点距離 ÷ レンズの有効口径
 
で決まります。どちらも同じ長さの単位に取ります。これは、長さの比ですから単位のない数になります。
 それでは、写真の被写体の明るさがF数で決まることを証明しましょう。レンズの焦点距離は、「拡大倍率」のようなものです。焦点距離が2倍になりますと、遠くの被写体は、2倍の大きさに写ります。センサの受光面の面積では4倍に拡大されます。ここで受光面にある被写体の像は4倍に拡大されるのですが、受光素子そのものの面積は変わるはずがありませんから、受光素子1コが受ける光の量は4分の1になります。従って、写真の明るさも4分の1になります。レンズの焦点距離が2倍になると写真の明るさは1/4になります(ただし、写っている像は面積で4倍になります)。
 次のレンズの有効口径です。レンズの有効口径とは、そこから入った被写体からの光がセンサに達する光の入り口の直径のことです。像の明るさは入り口の面積に比例しますので、有効口径が2倍になれば、明るさは4倍になります。たとえば、レンズの焦点距離が2倍になり、有効口径が2倍になれば、拡大されて暗くなった分がちょうど口径増で補われて明るさに変化無しとなります。このとき、上の式で計算されるF数も変化しません。2倍になった数を2倍になった数で割り算するから答えは同じです。
 従って、F数が同じであれば、写真に写っているものの明るさは同じということになります。
 ズームレンズというのは焦点距離を変えることにより、写真の像の大きさを変えています。その際、写る明るさには適正というものがありますから、F数は変えずに写真を撮るのが適切です。そうならば解像度が問題にならなければわざわざズームにする値打ちはなく、ズームで焦点距離を変えて望遠にして写真を撮るのも、適当に広角で撮ってあとでパソコンでトリミングしても同じだというのは、根拠のある話で正しそうに思えます。
 
そうはいかない星野写真
 
 ところがこれには例外があるのです。星野写真がそうです。星は点光源であるからそうはいかないのです。星の写真を撮るときに、F数を変えずに望遠にしたとしましょう。望遠にするとは焦点距離を長くすることです。F数を維持するためには口径も大きくしないといけません。すると星の光がより多くカメラにはいってくることになります。当然、星は明るく写ります。あれっ、なぜだろう、と思われるかもしれませんが、当然と言えば当然です。
 もともと面積のある被写体の場合は、像が大きくなって単位面積あたりの明るさが維持されました。点光源の場合はどうなるでしょうか。星は点光源で、本当に点であるとしましょう。その場合は、どっちみち、星の光を受ける画素はただ一つだけです。点は何倍に拡大しても点に変わりはありません。従って、口径が2倍になれば、星の光を受けるただ1コの画素に達する光の量が4倍になり、その星が4倍明るく写ることがご理解いただけたでしょう。
 レンズには研磨精度があるし、光にも波長があるから、点ということはありえない、というのが正しいでしょう。その考えを受け入れて、仮に極端な場合を考えて、焦点距離が2倍になると、星像も(長さで)2倍になるとしましょう。元々は、1コの画素で受けていた星の光が、焦点距離が2倍になったために4コの画素で受けることになります。そのとき、F数を一定にするために口径も2倍にしていますから、星の明るさは合計で4倍ですが、画素1コあたりの光の量は変化しません。ホラ、面積のある場合は、写真の明るさはやっぱりF数で決まるのですよ。ズームを使っても変化しません、となるのでしょうか。
 ところがそうではないのです。星はやはり4倍の明るさになります。星の周りは暗い夜空ですから、元々は、星は、画素上で「...黒黒黒黒白黒黒黒黒...」という感じで写っています(「白」が画素1コの星の像だと思ってください。」 それがF数を保ってズームで撮ると、「...黒黒黒黒白白白白黒黒黒黒...」になるのです。星が明るく写るようになるのをわかっていただけたでしょうか!!
 「...黒黒黒黒白黒黒黒黒...」をトリミングして拡大しても「...黒黒黒黒白白白白黒黒黒黒...」になるから、同じだと思われるかもしれません。しかし、この場合は単に一つの白がコピーされるのだから新しい情報が入ってくるわけではありません。背景のノイズに打ち勝って星として写るためには、同じ複数の「白」でも異なる情報に起因しないと意味のある貢献にならないのです。柔道の試合の判定で独立した意見の「白旗」が3つ上がると意味のある判定ですが、同じ人が3本白旗を上げても意味が増すわけではありません。
 星の像の明るさは、口径に入ってくる光量、すなわち口径の2乗に比例して明るく写ると考えて良いでしょう。F数が同じなら、焦点距離の2乗に比例して暗い星まで写ると考えられます。焦点距離が2倍になれば、1.5等級くらい星まで写ることになります。計算上はなかなか強力です。
 
撮影実験
 
 それでは、実際に撮った写真をお目にかけます。使用したのは、望遠ズームでニッコールの28〜300mmです。星野写真はF5.6、10秒露出に固定しました。精度は悪いですが自動追尾しています。焦点距離は、短い方から、約35mm、70mm、150mm、300mmです。(すべて「約」です。)拡大・縮小とトリミング以外の画像処理はしません。だいたい、同じ大きさになるように拡大操作しました。
 と、ここまで書いて、やはり、ちょっともったいぶって、地上の建物の写真からお見せすることにしましょう。こちらはすべて自動露出(AE)です。AEのポイントはズームでそんなに動かないものと思います。35mmがぼけたように写っているのはピンぼけではなく、画素を拡大している(写真の1画素がパソコンのモニタ画面で1ピクセル以上になっている)からです。35mmはぼやけていますが、70mmと300mmの写り具合に大差はないです。









   次にようやく星野写真です。これは、へびつかい座67番星付近です。この写真で何等まで写っているかをみると、だいたい、35mm、70mm、150mm、300mmで、それぞれ5.5等、7.0等、8.6等、9.9等くらいです。焦点距離2倍で1.5等というのと良く合っています。(300mmは掲載写真では縮小が激しいので、縮小で消えてしまった9等星があります。)星野写真における望遠の意味が実感できました。









(終わり)
 

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