太陽黒点活動と地球の気候変動(補足編)
 
上原 貞治
 
「太陽黒点活動と地球の気候変動」の本編の3回連載は前号で終了としたが、「なぜ太陽黒点活動が地球の気候変動につながるのか」という根本の問題の考察をしていなかったので、今回、「補足編」として付け加えることにした。
 
 結論から言うと、太陽黒点活動と地球の気候変動に因果関係があるとしても、そのメカニズムについて明確なことは何もわかっていない。極端に言えば、観測結果によって推定されているだけだと言ってもよい。これが、データに相関が見られてもそれを偶然の一致と見る人があることの最大の理由である。私はこの問題について十分な分析を行うことができないので、情勢の概要と、検討のためのヒントだけを列挙してお茶を濁させていただきたいと思う。
 
1.太陽定数の変化について
 太陽活動の変動によって、太陽から地球に到達するエネルギーがどのくらい変化しているか、というのがまず調べないといけないことであろう。このエネルギーは太陽定数という呼ばれる基本的なパラメータで、地球が受ける単位面積あたりのエネルギーで表されるある。定数と言っても多少は変化しているかもしれない。太陽が出す光のエネルギーは大量なので測定しやすいように思われるかもしれないが、実はたいへん測定が難しい。地球の大気やチリで簡単に吸収され、測定値が時によって大きく変動してしまうからである。 ここで知りたいのは、太陽が放出するエネルギー、あるいは地球が全体として受け止めるエネルギーである。正確な測定のためには、人工衛星による観測が使われる。ところが、人工衛星で正確な太陽定数が測定できるようになったのは、1980年代以降に限られている。それ以降現在までの変動は小さく、特に気候に変動を与えるほどの変化はないとされている。そして、このデータから、太陽活動による地球の気候変動の因果関係は否定されている。
 しかし、ここで主張されたのは、「太陽定数11年周期の変動は、観測されている地球の気候変動を説明するのには不足であるらしい」ということだけである。100年単位の変動についてはまったくわからない。11年周期の変動と100年単位の変動は、現象も理由も違う可能性があるので、より長いタイムスパンではもっと大きな太陽定数の変動が起こっているかもしれない。マウンダー・ミニマムの頃の太陽定数を十分な精度で推定する方法は存在しないのである。(この議論で、地球の気温データをインプットにしてはいけないことに注意)。 そもそも、11年周期の気候変動が明瞭に見えているわけでもないので、11年周期の太陽定数の変化が小さくても議論に直接影響はしない。
 また、その他に理論的な側面の問題もある。黒点活動が活発になると太陽には黒い部分が増えるが、実は太陽定数は減るのではなく増えるのである。これは、複雑なメカニズムが太陽で起こっていることを示唆している。簡単に因果関係が目に見えるとは誰も期待していない。さらに、地球において、太陽定数がどれだけ変化するとどれだけの気候変動が起こるのか、という問題もまだ解決しているものではない。
 
2.宇宙線の変動の問題
 太陽活動の変化によって起こる宇宙線の変動の影響もあるかもしれない。宇宙線を高エネルギーの荷電粒子(陽子など)とした場合、太陽活動が活発になると、太陽からの宇宙線は増加する。一方、太陽からの宇宙線が地球の周りの磁気圏に届く影響によって、遠い宇宙からの宇宙線は逆に減少する作用を受ける。すでに紹介した炭素14やベリリウム10の量の変動は後者の理由で起こっていて、太陽活動とは逆の相関になっている。
 このような宇宙線の影響によって、大気中の同位体の量が変動して気候に影響を与える可能性がある。同位体は、化学的性質は通常の原子と同じであるが質量が違う(より重い場合が多い)ので、気体分子を構成した時に、その運動や循環、熱力学的な性質に差が出るかもしれない。しかし、その程度については正確にはわかっていない。また、宇宙線の効果により、雲の形成頻度に差が出るという研究もある。これは、宇宙線が空気中の原子をイオン化して、水分の凝縮を推進するからであるが、それに気候を変えるほどの効果があるかどうかわからない。
 以上、宇宙線の気候への影響についてはよくわかっていないが、太陽活動が地球の気候に影響を及ぼしているとするならば、かなり有力な要因の候補であると考えられる。また、宇宙線と強度とそのミクロレベルでの反応はよく知られていて、その効果は全地球的に共通なので、シミュレーションには載りやすいはずで、今後の研究に期待したい。
 
3.因果関係について
 大気中の二酸化炭素の増加が20世紀を通して観測されている「地球温暖化」の主原因とする見方については批判を何度もしてきた。さらに言うと、これについては、二酸化炭素の増加が原因で、地球温暖化」が結果である、とする必要は必ずしもなく、別の原因があって、その結果として、二酸化炭素の増加が起こり、地球温暖化も起こっているという可能性もある。大気中に観測される二酸化炭素の増加が単純に人間が人工的に放出している量と一致するならば、二酸化炭素の増加の原因は、人間のせいということになるが、海洋や植物が二酸化炭素を吸収するので、そうことは単純ではない。また、因果関係が逆で、地球が温暖化すると二酸化炭素が増加する可能性もある。海水や水蒸気が初動において大きな影響を与えているという説もある。
 いっぽう、太陽の黒点活動の変動が地球の気候変動については、このような不定性はない。太陽黒点と地球の気候が、何か別の共通の原因によって結果として引き起こされているとは考えがたい。もちろん、因果関係をひっくり返して、地球が太陽に影響を与えているということもあり得ない。
 
4.最後に
 この議論は、今後、新しい特別な意味を持ってくるかもしれない。それは原子力発電政策に関連することである。これまでは、二酸化炭素によるとされる地球温暖化が原子力利用の推進の理由として使われていた。現在、東日本大震災の影響による福島第一原発の事故によって、原発の安全性に大きな疑問が投げかけられている。原発が大きな危険性をはらんだものであることは、もはや否定のしようがない。そのいっぽうで、原子力発電を縮小して、従来の火力発電を主力に頼るならば二酸化炭素の大量放出は避けられない。二酸化炭素は地球変動を起こす危険度はどうか、ということが問題になる。原発からの放射線と二酸化炭素の放出の天秤の議論になるであろう。
 実は、二酸化炭素の放出に、原発事故からの放射性物質に匹敵するような危険性は認められていない。二酸化炭素の放出によって、どの程度の気候変動が起こるかはまだ実証されていないし、仮に一定の気候変動が起こったとしても、その結果、どの程度の不都合が起こるかはわかっていない(敢えて言うなら、温暖化によって好都合なことも起こるであろう)。
 私は原子力発電反対論者ではないし、二酸化炭素放出の増加を肯定するわけでもないが、素直に両者の危険性を比較した場合、現時点での結論は明瞭である。将来のことはわからないが、それを考えるための時間はまだある。観測の続行も必要である。早急な結論を出すことなく、現実に目に見えている危険をまず避けることが正しい態度であろう。
 少なくとも、二酸化炭素放出による地球温暖化の説を、現時点で原発を推進する方向に世論を導くために利用することは、議論をゆがめる誤った行為である。原発推進論者は、「少々の放射線被曝が(たとえば100ミリシーベルト以下)、人間の健康に悪影響を与える証拠はまったくない」とよく引用する。同様の言い方をするならば、「これまでに人間が放出してきた二酸化炭素が地球の気候に影響を与えたという証拠もまったくない」のである。
 

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