ポンス・ガンバール彗星続編・失われた大物周期彗星
 
上原 貞治
 
 
  前回まで2回連続で「失われたポンス・ガンバール彗星」をお届けしたが、今回はポンス・ガンバール彗星のような失われた大物周期彗星が他にもあるか調べてみた、という報告である。「大物周期彗星」の定義は、以下のようなものとする(私が前々回の冒頭で適当に決めた定義である)。
 
・30年以上の周期が計算されている周期彗星で、
・直近の近日点通過の予定日を大きく過ぎても検出されず、再検出の目処が立たない状況にあり、
・かつて肉眼で観測できるくらい明るくなったことがある彗星。
 
 この条件に合う彗星を資料を当たって探してみた。国際天文連合CBAT/MPC発行の彗星カタログ2008年版とG.Kronk著"Cometography"(いずれも冊子)を参照した。
 
 なお、以下で「回帰」という言葉を使うが、これは過去に観測されたことがある周期彗星が、その発見のあと1回以上の公転ののちまた太陽に接近することを指す。いっぽう、「出現」というのは、最初の発見であるか回帰時の観測であるかにかかわらず、とにかく1回の太陽接近について1件以上の観測があれば1度の「出現」としてカウントする。
 
1.「失われた大物周期彗星」はいくつあるか
 彗星カタログに出ている周期30年以上の彗星のなかから、最近の出現が1980年以前のものをピックアップする(それ以降の出現の観測があるものは、それを直近の回帰時の出現の観測と見なせるので、失われたという条件に合致しない)。すると、そういう彗星は9個あり、その内訳は2度以上の出現が確認されているものが4個、1度だけの出現が記録されているものが5個である。それらのうち、計算されている周期を信用したとして、2010年現在で直近の回帰時の予想をすでに5年以上過ぎているものが3つある。それらは、C/1827 M1ポンス・ガンバール彗星(Pons-Gambart)、C/1921 H1ドゥビアゴ彗星(Dubiago)、20D/ウエストファール彗星(Westphal)である。始めの2つは、ただ1度だけの過去の出現が記録されており、最後のもののみが過去に2回の出現の記録がある。
 
 ポンス・ガンバール彗星は前回までで述べたように肉眼等級になっているので「失われた大物周期彗星」に該当する。他の2彗星はどうであろうか。
 
 ドゥビアゴ彗星の1921年の出現時の観測を見ると、せいぜい10等くらいまでしか明るくなっていないようである。その後、61年程度の周期の軌道が計算されたが、十分な精度ではないのか、次の回帰では検出できていない。1980年頃に偶然に観測されていても良さそうなものであるが、ドゥビアゴ彗星であると考えられるような彗星はそれ以降も見いだされていない。完全に行方不明状態である。しかし、肉眼で見えるほどの大きい彗星ではないのでこれは「失われた大物周期彗星」とは呼ばない。
 
 ウエストファール彗星は、前回の1913年の出現時に近日点通過を前にして、暗く拡散してしまった記録が残っている。どうやらこのときに消滅してしまったらしい。この彗星は2度の出現が記録されているだけあって、ある程度正確な周期が計算され、1976年の再観測が期待されたが、捜索にも関わらず検出されなかった。やはり、消滅してしまった可能性が高い。この彗星は、最初の出現の時である1856年に肉眼で観測されているので(5等くらい?)「失われた大物彗星」である。ただし、「失われた」というのは見失われたというよりは「本当に消滅してしまった」可能性が高く、次回の接近予定の2039年頃にまた捜索はされるであろうが、再検出の期待はあまりもてない。
 
 以上のことから、現時点での「失われた大物周期彗星」(私の定義に従ったもの)は、ポンス・ガンバール彗星とウエストファール彗星の2個だけである。しかも、ウエストファール彗星は、すでに消滅してしまっている可能性が高い。
 
2.過去の時点での「失われた大物周期彗星」
 当然のことであるが、「失われた大物周期彗星」に該当する彗星の個数は時とともに変わっていく。今から、20年前の1990年の時点を考えてみよう。その時点で、同様の手法で、周期30年以上の彗星のなかから、最近の出現が1960年以前のものをピックアップすると、そういう彗星は12個あり、そのうち、2度以上の出現が確認されているものが4個、1度だけの出現が記録されているものが8個である。それらのうち、1990年の時点で知られていた周期を信用したとして回帰時の予想を5年以上過ぎて観測されていないものは、現時点でもそうである3彗星(ポンス・ガンバール、ドゥビアゴ、ウエストファール)に加えて、スウィフト・タットル彗星とデビコ彗星の2個があった。その後、これらの彗星は、それぞれ、1992年と1994年に再び検出された。この2つは、再検出後に肉眼等級にまで明るくなり、「再び見いだされた『失われた大物彗星』」と称えられたものである。なお、2006年に2度目の出現が観測されたバーナード第2彗星は、予想に遅れずに検出されたので失われた彗星にはならなかった。
 
 注:1990年当時、スウィフト・タットル彗星の周期と発見前観測についていろいろと議論があり、これが1回だけ出現して失われてしまった彗星と考えられていたかどうかについてはやや微妙である。その捕らえ方は人によって違ったであろう。しかし、客観的にみて、当時はもはや再検出に大きな期待をかけられる状況ではなかったから、ここでは「当時の失われた彗星」として分類した。
 
3.将来の「失われた大物周期彗星」
 現在、失われた大物周期彗星の数は2個までに減っている。次に、今後の予想である。観測技術も進歩していることだし、これが増えることはもうないのであろうか。ところが、そうは甘くない。20世紀の観測で長い周期が計算されている彗星が、今後も回帰を控えているからである。それらの彗星がすべて無事再検出されるかどうかはわからない。ただ、ここ10年間には周期30年以上の彗星の回帰は予定されていないので、当面は現在の状況が変わることはないだろう。
 個々の彗星を名指しでこれは怪しいとか今後危ないとか予想するのは穏当を欠くであろうから、そういうことはやめておく。また、仮に1回の回帰において「失われた」としても次々回の回帰で再検出される可能性はじゅうぶんあるので、あきらめる必要はない。よって、将来のことはまったくわからない、ということで結末としたい。

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