二十八宿和名考(下)
                              上原 貞治
 
 
5.分類の試み
 前回までで二十八宿の和名のそれぞれについて起源の考察を終えたが、せっかくなので、今回は、その和名の付け方の分類をして統計をとってみた。和名の起源は大雑把に次のように分類できるだろう。
 
A)漢名の読み    に従ったもの。音読み・訓読みは問わない
B)漢名の直訳    によるもの。 漢和辞典的な意味
C)漢名の意訳    によるもの。 漢名と共通するイメージの和名
D)伝統的和名    によるもの。 独立して民間にある和名
E)新作和名     によるもの。 民間には無い和名で、漢名との関連も無さそうなもの
 
 起源が不明瞭なものが多いので具体的にこの分類に割り当てることは困難だが、とにかく無理矢理1つずつ割り当ててみた。その際、確かそうなもの(「ほぼ確か」)と、そうでないもの(「不確か」)に分類した。下の表の通りである。「みぼし」は伝統的和名の星座として民間に存在するが、星座の割り当てが違うので、漢名の「箕宿」からダイレクトに派生したものとみて、B)に分類した。
 
 
 当然のことながら、統計数値にはある程度の誤差はあるだろうが、数値は起源がばらばらに散在していることを支持している。これはどういうことであろうか。
 
6.なぜ和名が付けられたか
 二十八宿の和名が誰によって付けられたか、何のために付けられたかは明確でないが、日々の吉凶の占いをするためのものであったらしい。現在でも、二十八宿を日々に配当し、それに占いを施すということは行われている。たとえば、「はつゐぼし: 祈願始め・結婚・祝い事・祭祀・井戸掘りに吉」 というようなものであるが、このような占いは、需要と供給があって世に行われるようになったものであろうから、この占いを世に広めることを意図した人がいて、漢名より親しみやすい和名を付けたのではないだろうか。
 占いというのは、あまりにズバリと予言を行うとめったに当たらなくなり信用を落とすので、「適度にぼかす」ということが重要である。それに合わせて、星の和名も。何となく怪しげで、意味がわかりそうでわからないものが意味深長に見えて良い、と考えられたのではないか。そのために、故意にさまざまの起源の和名が取り混ぜられた、ということが考えられる。
 
7.二十八宿の和名の意義
 日本の民間に行われている星の和名を調べてみると、中国の天文学や日本の官暦(支配者・朝廷によってつくられた暦)と関連があるものはごく少ないことがわかる。それだけでなく、日本の民間に広まっていた天体に関する知識や習俗と、日本や中国の支配者やアカデミズムによって行われていた天文学・暦学の直接的な関わりはほとんど見いだされない。
 これは、「官」の天文学が、暦を通じて国民を支配するために民間に「天下った」ものであり、それは暦の分野に限定されたので、民間においては官暦と実際の天体の関連が特に追求されなかったためと思われる。一方、民間においても天体の知識は暦と同様に農業や漁業に欠かせないものであったが、これは独自に民間で蓄積されたものが重宝された。
 こういう状況において、中国天文学の星宿名と民間の和名の融合が確かに認められる「二十八宿の和名」は希有の存在である。そこには新たな研究の糸口となる可能性を秘められている、といってよいであろう。
 二十八宿の和名が考案されたのは江戸時代と考えられるが、その頃は暦にいろいろと勝手な註釈や解釈を施すことは人心を惑わすものとして幕府が禁じていた。だから、これらの和名は民間の暦業者か占い師が闇の事業として官の天文学の立場を装って始めたことかもしれない。その結果、幕府から見るとこれらの和名は民間の伝統的習俗に見え(だから「お咎め無し」)、民間から見ると官学の一部のように見えた(だから威厳がある)ので都合が良かったということも考えられる。
 そうだとしたら、二十八宿の和名の研究に天文学史、天文民俗学上の価値を見い出すためには、「すばる」「からすき」以外の和名が民間にどのように流布していたか、それを調べることがまず第一に重要になるであろう。
 
(終わり)
 

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